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薩摩いろは歌 雌伏編(四)十六夜の空(無料公開)
[【時代小説発掘】]
2010年11月7日 12時31分の記事


【時代小説発掘】
薩摩いろは歌 雌伏編(四)十六夜の空(無料公開)
古賀宣子


(時代小説発掘というコーナーができた経緯)



これまでのあらすじ: 
 大久保利通の原点はお由羅騒動ではなかったか。斉彬派に属し、喜界島遠島に処せられた父次右衛門は、流人船で発つ日の朝、果たせなかった志を、正助(大久保利通)と吉之助(西郷隆盛)に託していく。
「企ては発覚しては何もならぬ。慎重に念には念をいれど。激しては負けだ」
 一網打尽と思われた処分に四人の脱藩者が判明し、敵方(庶子派)は探索の目をゆるめない。二人は会読の集まりも控えがちになる。
 その二人を脇から支持していく錦屋源助(黒田家隠密)。役料が途絶えてかさむ借金に母の病。そして、かつて父が赴任した沖永良部島に住む島妻からの手紙に心揺れる母。
 だが、正助はそれらに苦慮しつつも道を外すことなく対処していく。
 常に支えとしたのは、郷中教育で叩きこまれた日新公いろは歌だ。梱包を終えた荷から母はなかなか離れようとはしなかった。(中略)
「筆さぁ、ひょっとしたら喜界島へ逢いにくうかも・・」
「いけんそ(どうでしょう)、遠すぎもす(遠すぎますよ)」
 否定しながら正助は懸命に母の肩を揉んでいた。(本文より)


梗概:
 心の師と仰いでいた無参和尚をはじめ友人そして吉之助の祖父・父・母と相次ぐ死に遭遇。どん底に近い苦悩の中で二人は、江戸詰のため旅立つ仲間たちを水上坂まで見送る。
 林間に後姿が消えるまで見送った二人は、どちらからともなく白く変じた月を凝視した。(中略)
「おい達の月は、すでにこれ以上へこみごとが無いほどに細か」
 我に返ると、吉之助が胸に手をあてている。
「そん代わい、両端は天空を突き刺す如くだ」
 二人は肩を揺すり、低く抑えるように笑い声を洩らした。(本文より)


作者プロフィール:
古賀宣子。年金生活の夫婦と老猫一匹、質素な暮らしと豊かな心を信条に、騒々しい政局など何処吹く風の日々です。新鷹会アンソロジー『武士道春秋』『武士道日暦』『花と剣と侍』、代表作時代小説『剣と十手の饗宴』などに作品掲載。
 当コーナー【時代小説発掘】では、編集担当。


薩摩いろは歌 雌伏編(一) 仙巌洞
薩摩いろは歌 雌伏編(二) 血染めの裃(かたぎぬ)
薩摩いろは歌 雌伏編(三)島からの手紙) 


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【時代小説発掘】
薩摩いろは歌 雌伏編(四)十六夜の空(無料公開)
古賀宣子




一 無参和尚

 昨年秋のお手紙にも記しました通り、五月に斉彬公がご入国なさって以来、藩内のようすは変わりました。私のように下級の、しかも謹慎中の身でさえ、その空気が感じられるのですから、殿様と直に接する執政者の方々が受ける風圧は如何ばかりかと。充足感に満たされる者や内心顔を背けている者など、無論その様相は一筋縄ではいかないのでしょうが。
 嘉永五年、三月の日めくりも、あと僅かとなったころ・・・。
 父次右衛門が喜界島へ遠島になって以来、三通目の書状が飛脚船によってもたらされた。その返事を、正助は認めている。
 さて先ずは、悲報を綴らねばなりません。先便で、寝込みがちでおられるご様子をお伝え致しました無参和尚ですが、あれから間もなく十月十四日に遷化(せんげ)なられました。その前々日の夜、危篤の知らせが届き、草牟田の誓光寺へと急ぎました。
 そこまで書いてきて、正助は筆を止めた。
 吉之助との会話が甦ってきたからだ。福昌寺の墓前に参ったときのことである。
 無参和尚は天保十四年に新照院町にある上山寺の住職に就いて以来、妙国寺、南林寺と転任し、島津家の菩提寺である福昌寺を最後に嘉永三年八月に隠居し、誓光寺へ移っている。しかし墓は在職中に建てられていた。
 歴代住職の墓地は、松や竹が鬱蒼と繁る山の中腹にある。二人は先ず妙円寺参りで慕う義弘公などの墓に参り、その後、脇の石段を上っていった。石門正面に開基の墓があり、その左右から石門の脇まで古びた卵塔が並ぶ。
「墓はそん奥と聞いとう」
 正助は先に立ち、低くなった場へ飛び降りた。
「卵塔じゃなかな」と吉之助。
 屋根付き角型で、中央がくり貫かれており、身分の高い人の墓によく見られる型である。
「勤めのない日は毎早朝、参禅にいき講話を伺うのが楽しみで、戻って信吾や従弟たちに習字や読書の指導をする。それが習いになっておった」
 線香を手向けたのち、吉之助がしみじみという。
「拙者も同様。父上が遠島になって、いっとっは(暫くは)遠慮をしておったが」
「福昌寺を辞されたのは、大久保さぁと親しゅしていたため、自ら身を引かれたちゅう噂も耳にしたこっがあうが、まこっか」
「あいううかも知れんなあ」
「皆吉の鳳徳御祖父様が処分を受けた四十年前の騒動のときは、無参和尚は武士でいらしたと聞いておうが」
「近思録崩れであろう。あん騒動の中心人物の一人とは断金の交わいちゅうほど親しかったごとだ」
「ご自身も連座なさって処罰を受けられたとか」
「処分は軽かったごとだが、そん後仏門に入られた」
「享年七十か。初夏にな、上席の方々が古希のお祝いをなさっていたな」
「金のない者が加われう宴ではなかった」
「我らは、ひたすら参禅し、講和を伺うのみ」
「拙者など祖父からのご縁ゆえ、何かこう大きな柱が抜けたごとだ」
「お名前は正助から聞いておったが、自ら思い立ち、初めて福昌寺に訪ねたときのこっが忘れられん」
 無参和尚が坂本村の玉龍山福昌寺に転任してきて間もない嘉永元年六月末ごろであった。吉之助は早めの昼飯を済ませて福昌寺へ向かった。山之口馬場通りから御城の前の広い通りへ出て、吉野橋を渡って名越殿のお屋敷前の急坂を一気に上り詰めていった。しばらく行くと門前町になる。家を出てからそこまで半刻(一時間)を少し回ったであろうか。襦袢が背中に貼りつくほどに大汗をかいていたが、境内の木陰に入った途端に涼風が首筋を撫で、思わず立ち止まって一息ついた。周囲は蝉しぐれで、鳴き声の主はくま蝉だった。
 山門を潜り、本堂の前で手を合わせてから、本堂の奥、寺内の北にある方丈へ向かった。そこは山に接したように建っている。これは後で知ったことだが、背後の山を削り仮山とし、下に池を造ったという。それだけに奥深く景趣に富んでいるらしい。表からでも漂う雰囲気は掴みとれる。
 若い僧に取次ぎをたのんだのに、奥に入ったまま一刻経ち、二刻が経ったが、先ほどの僧は現れない。西方の山からは夕日が射し始め、我慢も限界に達してきた。吉之助は土埃でまみれた足を拭くことも忘れて、怒りの一歩を踏み出した。あいつめどこへ隠れた。糠で磨きぬかれた廊下を、吉之助はその姿を求めて大股で進んでいった。
 角の部屋まで来たときであった。香煙が立ちこめるなか、老僧が数珠を爪繰りながら座しているではないか。撫肩のやや曲がった背は取次ぎがあったことなどまったく知らないといった風である。吉之助は怒りを胸底に押し込め、廊下に正座した。
「御城下山之口馬場に住まっておいもすう」
 深呼吸をしてから一声を発して名を名乗り、続けた。
 かねてよりご高名は承っておりましたが、心貧しき者ゆえ逡巡いたし、それを乗り越えられずに今日に至りました。しかしながら一方では、そのご高徳に触れ、僅かでも己の弱さに打ち克つことができましたなら・・。その思いが日に日に募り、本日、奮い立って参らせて頂きました。
 吉之助は一語一語、言葉を選び、訪ねてきた目的を述べて教えを請うた。
 だが無参和尚は振り返る気配もなく、金仏のように黙ったままである。これには、一旦おさめた怒りが再び燃え上がり、激しく体内を焦がし尽くした。吉之助は鉄拳を握り固めるや、一撃のもとに無参和尚の坊主頭を砕かんとしたその時・・・。
「渇(かつ)!」
 鋭い一声に吉之助は膝を折った。夢から醒めたような一瞬だった。
「禅は振り上げた一拳(握りこぶし)の刹那(せつな)にあるのじゃ、お分かりかのう」
 一言、一言が胸に突き刺さり、覚えず吉之助は平伏した。無参和尚の乱れのない呼吸を感じつつ。暫くして視線を上げると、また何事もなかったように瞑想にふけっている・・。
「一喝されて、はっと思った瞬間、豁然(かつぜん)として光明の天地が開け、乾坤(けんこん)せましと、感ずう気が躍るごと胸中にみなぎるのがわかった」
「上手く言えぬが、人間の根源を感じ取らせて下さったちゅうこっだろうか」
 正助はそこまで悟れるほど学んでも生きてもいないが、日新公いろは歌や近思録を、それ以前よりは深く解釈できるようになってきている。
「それにしても吉之助さぁは我慢強い。拙者なら、一刻経っても取次ぎの僧が現れなにゃ」
 もう一度大声で呼ぶか、あるいは奥の方へ回って尋ねるかする。それでも音沙汰なければ、取り次いでもらえるまでは梃子でも動かぬと意志を鮮明にする。
「おいはそげなことを思いつかぬのだ」
「熱意の表し方が違うだけじゃなかですか」
 肯きあったそのとき、無参和尚が体内に落ち、悲しみから解き放たれたのだった。


二 吉之助の苦悩

 お手紙にありました借財の件ですが、正直に申し上げます。
 昨年六月にとうとう父上様と親しい森山与兵衛(裳園・新蔵)殿から、合わせて三十四両一分を、皆吉の金六叔父上様に請人になっていただき借り受けました。内訳は三年返済として十四両一分、太刀を抵当に十年と取り決めた二十両です。
 今の暮らしが辛くないといえば嘘になります。まさに欠け続けていく月を見ている心境ですが、この日々によって自分は鍛えられているのだと思うと力づけられます。
 少し足りないくらいを満足とすべしという日新公いろは歌を、吉之助とよく口ずさみます。

 少しきを足れりとも知れ満ちぬれば
          月もほどなく 十六夜の空

 郷中の仲間入りをして間もない頃でしたか、父上様と交わした会話が蘇ります。
「何事いも欲を出すこっなく、ほどほどで満足すうことが大切じゃ」
「いざよい、って」
 首を傾げる正助に、父は両手で丸を作り、
「満月を十五夜と申すであろう。そん次の日はちっと欠けとる」
「すうと十六と書く」
「そん通い。それに夜をつけて、十六夜と読む」
 欲深くならず、足ることを知って満足せよ。そうすれば人をねたむこともなくなる。
「日新公はそんごと説いておられう」
 正助の筆は続く。
 何よりも仲間との会読は支えです。近思録の一語や一行が暮らしの場面と重なりながら腑に落ちていくのです。吉之助をはじめ、長沼嘉兵衛、税所喜三衛門、有村俊斎など、仲間との議論は楽しくて仕方ありません。
 そうそう、書き落とすところでしたが、昨年暮に吉之助が、両親のすすめで祝言を挙げました。相手は武村上之園に住む伊集院スガという人です。続いてこの春、妹琴さんが市来家に嫁ぎました。
 話を我が家に戻します。借財の請人になっていただきました叔父上様が、今年閏二月に屋久島へ赴任なさいました。その直前の九日に新納の義兄上様や吉之助らとささやかながら送別の宴をもつことができ、先ずは安堵致しております。
 母上様は、頼りとする方がまた鹿児島を離れることに不安を隠しきれないご様子ですが、根は気丈な方ですので、いずれ立ち直られることでしょう。
 
 飛脚船が去った一月後、長沼嘉兵衛の家での会読の帰り、正助は吉之助と番所小路を東南の方角に向かって歩いていた。
「あいつの咳、かない酷い。変だ」
 吉之助の提灯が足元で揺れる。
「嘉兵衛だろう。南瓜のような顔じゃったのが顎も頬も尖り人相が変わってきた」
 倅の体調を懸念していた嘉兵衛の母も、近頃はそれさえ口にしなくなった。
「もう二、三年前になるだろうか。道場に顔を見せんと大山さぁが案じていたが。察しじぁのだろうな。昨今は何も」
 大山さんとは名を正円(後の綱良)といって数奇屋茶道(茶坊主)を勤めている。会読の仲間で、吉之助よりは二歳年長だ。
「叔父の送別の宴に来てくれた日も、時折横になっていた」
「娘を亡くした筆さぁだが」
 その後、手紙に何か書いてあったかと吉之助。長沼嘉兵衛の母親を見て思い出したという。
「手紙をそんまま喜界島に送ったゆえ、筆さんの心情がよく伝わったようだ」
 昨年十月に届いた手紙にそう綴られており、言葉には表してはいないが、感謝している文面だった。当然ながら、父は筆へ悔やみの手紙を出したであろうが、それについては今回きた手紙にも触れられていなかった。
 二人はしばらく黙って歩いていたが、猫のくそ小路との辻まで来たとき、吉之助が沈んだ口調で呟いた。
「祖父さぁもなあ、惚けが進んできたし・・」
「そん兆しが見ゆっな」
「判るか」
「先日、珍しゅ御祖父様が出てこられたので、威儀を正して」
 挨拶をしようとしたら、誰何されて腰を抜かしそうになった。
「親父も、弱ってきた」
 吉之助はそのまま山之口馬場通りまで行くのだが、ため息をつくばかりで別れる素振りを見せない。新妻が待っているだろうに。スガの細面の顔が浮かび遠慮していたが、吉之助を気づかう気持の方がそれを押しのけた。
「話していきませんか」
 正助は右手で甲突川の方を指した。
 家では嘉介が一人起きていて、提灯の火で行灯を点す。
「灯心は一本だけでよか。あとは休んで構わぬぞ」
 嘉介を労り、正助は自ら小座に運んだ。
「お父上様は家督を継がれてまだ五年ほどじゃなかですか」
「年の割に老け込みが早か」
「お祖父様の風呂を入れうのは吉之助さぁがすうごとなったと、いつぞやゆうておいもしたね」
「祖父さぁは、自分の代で借金を無くそうと、七十五まで頑張っていたが」
「お父上様はいまお幾つですか」
「四十七。祖父さぁは傘寿だ」
「矍鑠(かくしゃく)としておられたが、気持ちの張いが抜けたんそかい。そいどん、血染めの裃(かたぎぬ)を見せて頂いたころは、まだそれほどでん」
「相次いで琉球に異国の艦船が来航して、国を開けと迫られた事態が発生しただろう」
 吉之助が突然話を変えた。
「嘉永に改元されう前の話であった」
 弘化元年(一八四四)三月に来航したフランスの軍艦アルクメーヌ号は、琉球に通信・貿易・布教を要求してきた。これが拒否されると、大艦隊を引き連れてまたやってくると言い残し、神父と清国の通訳一人を残留させて、出航してしまったという。二年後の弘化三年四月には、英国船がきて、伝道師を兼ねた医師が、皇帝の命令だといって、家族と通訳の五人で上陸し、強引に居留した。
「父上は琉球館蔵役じゃったゆえ、異国の風圧をかない感じていたごとだ。いずれ日本も開国へと向かうではと」
「それだど。その異国の脅威があって、晩年の調所笑左衛門様が軍制の見直しと給地高改めに取い組まれた」
「昨今は給地高の乱れがずいぶんとあったらしかからな」
 五十石取りの藩士が、実際には、その持高を抵当に入れたり、売り払ったりして、無高同然になっていたり、無高の者が多くの高を持っていたりする実情に、改正を余儀なくされたのだ。
「そんよな事態を引起した訳は、決められた範囲内でん高の売買を認めていたからだちゅう」
「持高に応じて、従卒何人・馬何匹と動員を命ずう決まいがあうちゅうのに、こんごと実質が違っていては藩としても困う」
「負担に耐えん家が出たい、一方では沢山の高を持ちながら、建前は無高同然だとすうと、何らの負担も命じられん藩士が出てきたいすう」
「それでは軍役がままならぬちゅうものだ」
 嘉永に改元された年に、大久保家にも日置郡市来村川上の仕明地高についての問い合わせがあり、正助は年限届出書を組方に提出した経緯がある。
「実は西郷家も、持高よっか実質は減っておい、祖父さぁは元に戻すのに苦労していたが、軍役を考えて隠居を決意したらしか。そのため父が豪商から借金をすうこっになった」
「水引郷の坂垣与右衛門だな」
「二百両だぜ。しかも父は勘定奉行のもとで、そん給地改めの取調掛をしておったゆえ、正義党の仲間に入るゆといもなかったらしか」
「お父上様は赤山様の切腹にな、かないの打撃を受けられたじゃなかか」
「多忙な職務に心身を磨い減らしておい、その上でん出来事じゃったゆえ」
「それが今も尾を引いて、弱気に・・・」
 答える代わりに吉之助は俯いた。暗くて表情まではつかめなかったが・・・。


三 肉親の死

 七月に入ったある日。昨夕からの雨は夜中に風をともない、明け方ようやく止んだ。朝食前、正助と嘉介は猫のくそ小路の溝を浚い、雨水の流れをよくしていた。雨水は川沿いの道に埋められた木樋を伝って甲突川に流れ落ちていく。
「信吾様が見えましたよ」
 嘉介の声に顔を上げると、いつもの洟垂れ小僧が立っている。腰紐で結んだだけの夜着姿だ。裾は膝が辛うじて隠れるほどの短さである。大きな目にはそれと分かるほどの翳りが・・・。
「いけん(どう)した、こげんに早朝に」
「祖父さまが、いなくなった」
「いなくなった・・。いけんいうこっか」
「最初に気がついたのは祖母さまで、厠かと思ったけど、いつまでたっても来んから大騒ぎになった」
 信吾はこの年十歳。いつもこのように、自分なりに理解した事柄を、筋道立てて話す子供だ。
「吉之助さぁは」
「父さまと探しに出とう」
 あとを嘉介に頼んで、正助は信吾を促した。
 門口では母親の政子が忙しく首を左右にしながら立っていた。
 正助の母とは違い、肉付きがよく、日頃からゆったりとした雰囲気の人だが、さすがに落ち着かない様子だ。吉之助や信吾の目は政子に似ている。
「あん風雨のなかを・・・」
 正助もそれだけ言うのがやっとだった。
「信吾、着替えてきなさい」
 束の間、政子は労わるような眼差しになる。
「おいが見ておいもすゆえ、中のお仕事を」
 台所仕事はスガが受け持っているだろうが、恐らくまだ布団も敷きっぱなしではないだろうか。
「そうですか。ではお願いしもすね」
 政子はほっとした表情で、信吾の背中を押す。
 それから小半時もたたないうちに、角から祖父を背負った吉之助が現れた。その後ろから父の吉兵衛と弟吉二郎も。
「遊山さぁが戻られました」
 竜右衛門は隠居して遊山と号している。正助は戸口から中へ向かって叫んだ。
 この騒動の詳細については、五日ほど後に正助は知ることになる。
「手分けしてお城の方まで探したが見つからず」
 父吉兵衛が武村を当たってみようといい、高麗町橋を渡りかけたところで、上之園に住む鎌田源次郎が、家僕に竜右衛門を背負わせてくるのに出会ったという。
「鎌田殿」正助には馴染みのない名前だった。
「大番頭進達掛を勤めとう人だ」
「お父上の勘が当たったわけだな」
「以前に何度か名前を聞いていたらしか。家政が行き詰った時は、上之園の鎌田源次郎に売れと」
「大番頭進達掛と申せば、大番頭へん上申を取い次いで届けうのが勤め。何かと謝礼などもあって実入いが良かのだろうな」
「耄碌はしていても、借金のこっだけは頭から離れなかったらしか」
 夜中に起こされた鎌田家では、竜右衛門を知っており、とりあえず保護したようだ。
 暑い盛りとはいえ、竜右衛門は夜中にずぶ濡れのまま彷徨したのがもとで、間もなく肺炎に罹り亡くなった。
 ところが、竜右衛門の葬式を済ませた直後から、吉兵衛が不調を訴え、寝込むことが多くなったという。大久保家の小座で、吉之助は頭を抱えた。長沼宅からの帰り道、別れる素振りをみせなかった吉之助が甦る。
「慌しさに紛れていたが、あん朝、久しぶいにお目にかかり、一回い小さくなられた印象じゃった」
「飯の量が激減しておい、茶碗半杯を食うか食わぬか・・」
「遊山さぁは天寿を全うなさったといってよかが、お父上様はのう」
「医者は不治の病といった。ここにしこいが」
 吉之助は胡坐をかいた背を伸ばして、鳩尾に手をあてた。
「痛むのだろうな」
 言葉を探しあぐねて、つまらぬ相槌を打ってしまった。
「御製薬方の借金がまた増ゆっ」
「解る」身に詰まされる言葉だった。昨年六月、叔父皆吉金六に請人になって貰い、森山与兵衛から借りた三十四両一分も底を付きつつあるからだ。
 吉之助は両手で顔を撫でると、肩で大きく息をしながら目を瞑った。左肘を膝頭につけ、右手は腕を突っ張らせたままもう片方の膝頭に載せている。安心しきって心身を弛緩させた姿だ。吉之助がこの姿勢を見せるのは小座にいるときだけで、自宅でもないという。しかし、たとえ小座でも、他の仲間がいるときはしない。
 竜右衛門の死から二ヵ月後、吉兵衛は激痛に耐えながら九月二十七日に亡くなった。家督を継いだのが弘化四年(一八四七)六月。三年前の嘉永二年(一八四九)三月に九郎改め吉兵衛と改名している。
 不幸は続くもので、同じ年の十一月二十九日、今度は母政子が胸の苦しみを訴えて、あっけなく亡くなった。その前日、正助の母ふくは内職で縫った着物を錦屋へ届けた帰り、西郷家に寄って、竜右衛門と吉兵衛の位牌に線香を供えたばかりであった。
「嘘でしょう」
 母は絶句した。頬から血の気が引き、鳩尾に右手を当てた。癪の発作が起きては・・・。正助は力強く母の背中を摩った。
「吉之助を支えなくてはなんもはん」
 母上まで倒れられては。いや、そうではない。今は母を気遣うゆとりもない。本音はそこにある。このくらい不遜な言い方をしなければ、発作は止められない。案の定、間もなく母の頬に赤みが差し、背中に力が戻ってきた。
「西郷家にとって、吉之助さぁとお琴さぁの祝言が続いた頃が」
 母はそれ以上言葉にしなかった。


四 仲間の東上

 その数日後の夕方のことである。
「嘉藤次さぁから聞いていたのじぁんどん(ですが)」
 小座で読書をする正助に、母が遠慮がちに声をかけてきた。嘉藤次とは亡くなった姉なか子の夫である。その新納嘉藤次(後の新納立夫)の実弟にあたる樺山三円(樺山資之)が大山正円、有村俊斎(海江田信義)らと暮に茶道坊主として東上するという。
「嘉藤次さぁはよほど黙っていようかと思っていたごとじぁんどん」
 いずれわかることだし、そのときの正助の胸中を考えると、いま告げたほうがいいのでは・・と。熟慮の上でのことであったらしい。
「義兄上様にくれぐれもお礼を申し上げておいてたもんせ。知らにゃ郷中の仲間として礼儀を失すうとこいでした。吉之助には、おいから伝えもす」
 乱れのない正助の応答に、母は安堵の笑みを浮かべた。
 何事もなかったように再び書見台に向いた正助だったが、字句がちっとも頭に染み込んでこない。しばらくそのまま字面をおっていた正助は、音を立てて本を閉じると、その場で座禅を組んだ。
嫉妬、羨望、怨念、卑下そして悔しさなど。己が置かれている境遇は百も承知でありながら、それでも尚、あらゆる想念が頭や胸、腹に湧いては消え、消えては湧いてくる。逆巻く渦に抗わず、正助はひたすら姿勢を保ち続けた。やがて身体が破裂せんばかりに膨らんできた。そう思えるほどの感覚に息が止まるかと思った瞬間、体内が空になり、全身の力が抜けていった。
 四半刻して錦屋の源助が訪ねてきた。
「明日にでん店に行こうかと思っておったとこいだ」
 戸口から素早く外へ視線を投げながら正助は招き入れる。
「急なご用でん」
「先ほど三円が大山さぁらと江戸へ参ると聞いた」
 正助は書見台に背を向け、火鉢を引き寄せる。
「手前もそんこっでして。出立は十七日早朝。出水筋を行かれもす。夜明けに水上坂の待ち合わせとのこっ。つきましてはお三方へこよ」
 源助は煙管を一本ずつ包んだものを差し出した。
「お二人からの餞別として・・」
「忝い。助かう。吉之助さぁも喜ぶであろう」
 正助は両手をついて頭を下げた。正助の視線が錦屋の暖かい心遣いに向けられているのは無論だが、その先の黒田斉溥を意識してのことは言うまでもない。が、たとえ錦屋が一介の羅宇屋であったとしても、正助は同様に頭を下げたであろう。そのくらい今の正助にとって三本の煙管は心に染み入るものだった。
「加えてこよもう一本、お親しか税所様へ」
「喜三衛門(後の篤)も一緒か」
 税所喜三衛門は他の郷中だが会読の仲間で、吉之助と同年だ。
「勉学のため、年が明けて早々と聞いておいもす」
「では正月に渡そう」
 出立の三日前ささやかな送別の宴が仲間の家で開かれたが、母が癪の発作で倒れたのと喪に服している吉之助に付き合い、出席を遠慮した。その代わり水上坂で三人を待って見送ろうと話し合う。

「念のため提灯も」
 二人に懐炉を用意してくれた嘉介に見送られ、川沿いに西田橋へ。夜が明ける一刻ほど前である。月明かりのもと川面は微かに揺らぐだけだが、冷え切った大気が、吐く息ごとに頬や首筋の温もりを吸い取っていく。
「ここでは提灯は要らぬくらいだが、坂道にさしかかうと森林になうゆえ」
 橋の中ほどで吉之助が立ち止まる。
「十六夜なあ」
「うむ」
 再び二人は無言で歩き出した。
 西田橋から街道は西へ延びている。周りの商家はまだ閉まったままだ。城下の御搗屋(おつきや)から最初の宿場である水上坂まで一里。正助らの足では半刻もかからぬ。西田町を三丁ほど歩くと道は徐々に上り坂になっていく。日枝神社を過ぎ、阿弥陀井前の石橋が見えてきた。橋を隔てた向こうには御装束門がある。殿様が旅装束・国入装束に着替えられる屋敷だ。宿屋や茶屋はこの阿弥陀井一帯に点在している。
「ここらで待ちもすかね」
 橋の欄干に片手を置いて正助はその先を照らした。自然石を敷き詰めた坂道が微かに浮かび上がる。
 それから四半刻ほどして三人が現れた。東方に町屋の屋根が黒く連なり、その上空に光が差してきていた。
「西田橋で待ち合わせて参ったのだ」
 大山正円の整った顔立ちは、その声音から普段以上に晴れやかに違いない。
「昨夕嘉介が出立は変わらぬかと確かめにきてのう」
 樺山三円だ。その後ろに一番若い有村俊斎が続く。
「二人からの餞別だ。使ってくれ」
 正助がめいめいに手渡す。
「江戸の様子を必ず知らせうゆえ」
 気持ちをこめて大山正円が包みを握り締める。
 林間に後姿が消えるまで見送った二人は、どちらからともなく白く変じた月を凝視した。
 不意に激しい太鼓の音が耳底を撃ち、やがて微かに明け始めた空中を覆い尽くした。その長短強弱に合わせて、「す」で始まるあの歌が数え切れぬほど、隊列をなして浮かび上がってきたではないか。と、ひときわ強く短い響きを合図に、列は波打ち、一文字一文字が紙吹雪の如く乱舞する。やがて大方の文字は消え、整然と並んだ一首のみが僅かに欠けた月へと吸い込まれていった。
「おい達の月は、すでにこれ以上へこみごとが無いほどに細か」
 我に返ると、吉之助が胸に手をあてている。
「そん代わい、両端は天空を突き刺す如くだ」
 二人は肩を揺すり、低く抑えるように笑い声を洩らした。
   
  (続く)

   
  

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12/06 12:26 江戸浅草物語14「月こそ心よ花こそ心よ」 (無料公開)
11/15 15:30 〈助太刀兵法46〉北斎蛸踊り(8) (無料公開)
10/26 08:49 「本日のマーケット」(FX編)・・・今週は日米の金融政策イベントに注意。
10/26 08:40 「本日のマーケット」(株式編)・・・ 続伸後に日経平均株価が1万9000円台を回復。
10/21 08:39 「本日のマーケット」(FX編)・・・ドル円は120円ちょうどの壁を意識。
10/21 08:25 「本日のマーケット」(株式編)・・・手掛かり材料難のなか、方向感の出づらい展開。
10/19 08:33 「本日のマーケット」(FX編)・・・午前11時に発表される中国の一連の経済指標に注目
10/19 08:23 「本日のマーケット」(株式編)・・・午前11時、中国経済の指標しだい。
10/14 08:48 「本日のマーケット」(FX編)・・・昨日に続き中国の経済指標。米9月小売売上高。
10/14 08:31 「本日のマーケット」(株式編)・・・前日の動きが継続し軟調な展開。
10/13 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・ドル円は120円大台を中心に方向感に欠ける動きが当面続きそう
10/13 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・5日線(前週末9日時点で1万8218円)が下値を支え
10/05 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・東京タイムではドル円やクロス円は押し目買いが優勢
10/05 08:34 「本日のマーケット」(株式編)・・・続伸後、日経平均株価が1万8000円に迫る。
10/04 12:07 江戸浅草物語13「天海僧正の結界が破られる時、魔界の者たちの進撃が始まるのか」 (無料公開)
10/02 08:44 「本日のマーケット」(FX編)・・・米雇用統計を控えた様子見姿勢
10/02 08:35 「本日のマーケット」(株式編)・・・週末要因や米雇用統計を前にポジション調整
10/01 08:47 「本日のマーケット」(FX編)・・・9月日銀短観、9月中国製造業購買担当者景気指数(PMI)などが材料。
10/01 08:35 「本日のマーケット」(株式編)・・・欧米株式の上昇を受けて買いが先行後、もみ合い。
09/30 08:52 「本日のマーケット」(FX編)・・・日中は119円後半のもみあい
09/30 08:44 「本日のマーケット」(株式編)・・・反発後、上値が重い展開。
09/29 08:55 「本日のマーケット」(FX編)・・・株安・円高パターンの継続はドル高圧力を後退
09/29 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・続落後に落ち着きどころを探る展開。
09/28 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・東京時間のドル/円は120円半ばを中心にもみあい。
09/28 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・手掛かり材料難のなか、もみ合い。
09/25 08:53 「本日のマーケット」(FX編)・・・・朝方、イエレン米連邦準備理事会(FRB)議長が年内利上げが適切との見方を
09/25 08:44 「本日のマーケット」(株式編)・・・引き続き弱含みで推移。直近の安値1万7415円61銭を意識。
09/24 08:37 「本日のマーケット」(FX編)・・・・連休明けの東京時間のドル/円は120円前半を中心にもみ合う展開。
09/24 08:26 「本日のマーケット」(株式編)・・・続落スタート。連休中にNYダウが軟調に推移。
09/20 10:55 〈助太刀兵法45〉北斎蛸踊り(7)(無料公開)
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