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 薩摩いろは歌 幕末編5 寺田屋事件 (無料公開)
[【時代小説発掘】]
2012年2月19日 11時15分の記事


【時代小説発掘】
薩摩いろは歌 幕末編5 寺田屋事件
古賀宣子


(時代小説発掘というコーナーができた経緯)


寺田屋事件・梗概
 小松帯刀の家僕として薩摩藩大坂藩邸に残った源助の視点で有馬新七ら過激派の動きを追う。背後には長州藩の影が。
諭告を通して久光が義挙に反対であることを知り、諸侯を頼らない義挙へと突き進んでいく。
「あれではっきいしたな。三郎様が義挙に反対じゃぁこっが」
 怒りを込めた物言いからは、期待していた久光に絶望したというより、切り捨てていくといった響きの方が強い。(本文より)


作者プロフィール:
古賀宣子。年金生活の夫婦と老猫一匹、質素な暮らしと豊かな心を信条に、騒々しい政局など何処吹く風の日々です。新鷹会アンソロジー『武士道春秋』『武士道日暦』『花と剣と侍』、代表作時代小説『剣と十手の饗宴』などに作品掲載。
 当コーナー【時代小説発掘】では、編集担当。



これまでの作品:

薩摩いろは歌 幕末編1 口上
薩摩いろは歌 幕末編2 率兵上京に向けて
薩摩いろは歌 幕末編3 時に到りて涼しかるべし
薩摩いろは歌 幕末編4 久光入京
 

                      
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【時代小説発掘】
薩摩いろは歌 幕末編5 寺田屋事件
古賀宣子



一 有馬新七 

 京からは、伊牟田尚平を伴ったのだな」
 少し急いたような物言いは有馬新七だ。一を聞いて十を知る頭の回転の良さが、物言いにも表れている。加えて剣術の腕も半端ではないだけに、肉体の反応も早いようだ。年齢は三十代後半。
「着京したのが二月の十五日」
 順をおって話すが、そう前置きするのは、落ち着いた物言いの柴山愛次郎だ。話の速度を有馬新七に合わせると、解かっていることも縺れてきてしまう。何時だったか苦笑交じりに語っていたことがある。二十代半ば過ぎだが、歳の割には老成した感がある。
「そん足で、清河八郎を田中河内介の屋敷に訪ねた」
「九州では無論、白石正一郎宅でも会えなかったゆえ」
 若い声音は橋口壮介だ。
 二人は今年一月藩命による出府の途次、九州各地の尊王志士を歴訪し、皇政回復策を確定させている。
「それは何か訳でも」
 もどかしげに頷き音を発しながら、有馬が訊く。
「資金不足から西下を延期しておったのだ」
「二人に伏見義挙を告げたのは、そん時か」
「それを受け、田中河内介が西国尊王志士に檄を発した」
「三郎様に先だっての上京を促した、ちゅうこっだな」
 三郎様とは久光の通称で、この年五月に朝廷の内命により、和泉を三郎と改名。
 志士達の京への参集がこうして始まったのか。隣室の襖越しに耳を傾けるのは源助。源助が小松帯刀のもとで動いているのは言うまでもない。
「脱藩者の伊牟田を伴ったわけは」
「先ず水戸へと、誘われたのだ」
「東西呼応して事を挙げごとちゅう、清河さんの策略なのだが」
 橋口壮介が言い添える。
「義士を扇動して関東にて一騒動を起こさせる」
「ところが、それを江戸におった堀次郎に告げたところ、無理だと反対された」
「例の坂下門外の変によって厳重な警備が敷かれておったゆえ」
 ここは大坂中之島の『嶋』という料理屋。路地裏にあり、構えも目立たぬ店だ。『嶋』の持ち主は兵庫の廻船問屋北風荘右衛門で、『嶋』の主人はその配下である。
 実は源助は、京の薩摩藩御用達田中正十郎の店で働く手代角兵衛からの紹介状があって、出入りしている。
 このように北風荘右衛門は、多数の手代を各地に派遣し、広い情報網を敷いていて、川内川渡唐口にある加世田屋とも、そのつながりにある。幕府側でも朝廷側でもない。中立の立場で、あくまでも情勢を掴むのを第一としており、その分口は固く、自らどちらか一方へ情報を流すということはしない。
 源助をこの部屋に通してくれたのも、角兵衛の紹介状があったからではない。浪人たちと呼応する藩士の動きがあり、それを防ぐための諜報活動だと、説得してのことだ。『嶋』にとって、身内の紹介状は、未知の者より素性を明らかにする。その程度の効力しかない。
 使用人はほとんど男で、女は年老いたのが数名。台所他の奥で働いている。従って花街で見るような華やかな雰囲気とは無縁だ。それだけに密談の場として口コミで広がっているふしがある。
 今日は四月十日。久光に供奉してきた有馬新七が大坂に到着したその日の晩である。江戸藩邸を脱藩してきて、魚屋太平に宿泊している柴山愛次郎と橋口壮介が待ち構えて誘ったのだ。
 実はここにはもう一人いる。有馬同様、鹿児島から供奉してきた田中謙助だ。専ら江戸脱藩組の話に聞き入っているのか、時折「ほお」とか「うーむ」といった相槌しか伝わってこない。この四名が、薩摩藩激徒首魁と呼ばれている。
 二人は土佐堀の薩摩藩邸で、久光の諭告を聞いてきたばかりのはずだ。久光は次のように告げている。
 浪人等と私的に面会をしてはいけない。命令を受けずして妄りに諸方へ奔走しないこと。万一異変が生じた場合は動揺せず、命令がないうちに現場にかけつけないこと。酒色を慎むこと。
「有馬新七、そちはどう思うか」
 突然の名指しにも、うろたえた様子はみせず、三郎様の姿勢は尤もだと、学者らしく理路整然と返答したという。
 久光もその反応に安堵したようだ。しかし・・。
「一応は、従う素振りをみせておうが・・」
 小松帯刀と大久保一蔵は懸念していた。
 今までの会話だけでは確信には至っていないが、当たらずとも遠からずではないか。
「堀次郎の言い分を、もう少し詳しく聞かせてくれ」
「率兵上京は最初から義挙のためじゃぁゆえ、関東では様々な画策には及ばんと。そこまで言われては」
「で、納得した、ちゅうよりさせられたわけだ」
 しばらく沈黙があり、再び有馬新七が言う。
「三郎様の計画がそれによって頓挫すうのを恐れて、欺いたな。そいどん、こや使える」


二 残留組

 四月十三日。藩士は十二組に分けられ、そのうちの四組のみが、大坂から伏見へ向かった。藩内と江戸藩邸からの脱藩藩士、大坂藩邸・魚屋太平旅宿の志士は残留組となった。 その前の晩のこと。
 源助は藩邸を抜け出てきた藩士の跡をつけている。首魁四人のほか、二名が加わっている。連中は再び『嶋』へ。
 久光が着坂した翌日、浪士達は全員二十八番長屋に収容された。その内訳は、西国から集まった小河一敏以下岡藩二十名を中心とした四十五名。このなかには薩藩からの伊牟田尚平、是枝柳右衛門も含まれている。そのほか魚屋太平に宿泊していた江戸藩邸脱藩の薩藩藩士ら十三名など総勢六十名余り。ここに久光供奉の薩摩藩士二十名ほどが有馬新七になびいている。
 薩摩藩士は藩邸内も含め、他藩士との交渉は厳禁されており、江戸藩邸より脱藩してきた柴山愛次郎と橋口壮介の二人が、藩命によってその任に当てられている。
 有馬新七を先頭に六名は少しずつ距離をおき、周囲を窺うように向かっている。従う二名が誰なのか。背格好からおおよその見当はついているが、いずれ『嶋』へいけば判明する。
 六名はこの前と同じ部屋へ通され、事情の分かった店では、源助を先日とは反対側の小部屋に案内した。
「実は、海賀が」
 切り出したのは首魁側ではなかった。
「海賀宮門が何か」急いた声が尋ねる。
「黒田長溥が参勤途次、伏見において久光の入京を諌止するという
噂をもたらしたのだ」
「諌止。平野殿、その内容は」
「幕府に対して極めて不都合であり、速やかにその志を翻して幕府の嫌疑を憚るようにと、なあ伊牟田」
「江戸に直接向かうことを切言すう意向じゃぁとの内容ちゅう」
 もう一人の伊牟田尚平は我らにとっては由々しき事態と強調する。
「そや直ちに、阻止に向かった方がよかな。柴山、どう思う」
「それがよか。浪士が襲撃すうとの確実な情報を得たゆえの入京だと申し」
「では二人で明日、早速」
「三郎様の使者と偽ってはどうか」
「そんぐらいせねば、相手は信用すまい、のう」
「それにしても、久光公の諭告は・・」
 嘲笑するのは橋口壮介だ。
「あれではっきいしたな。三郎様が義挙に反対じゃぁこっが」
 怒りを込めた物言いからは、期待していた久光に絶望したというより、切り捨てていくといった響きの方が強い。
「三郎様の滞京が可能かどうか、今の時点では分からぬが、堀次郎のこっだ、何らかの動きはしておうであろう」
 久光四天王の守りは固く、有馬新七といえども内情は掴めていないのが現実だ。それだけに告諭の反動は大きい。そこに残留された不満が重なる。
「東西呼応の義挙は断念せざうをえんが」
有馬新七が今朝、上方での義挙を決意し、柴山愛次郎を通して、田中河内介と小河一敏に諮った旨を語る。
「尊王攘夷の大義こそが眼目であり、そん第一歩は姦吏を除くほかなかと決した」
 一に二もなく二人は賛成したと柴山愛次郎。
 そのあとを有馬新七が続ける。
「本来は下の者から順を追って排除することが道理だが、現状は不可能である」
「小河殿も同じ意見で、先ずは殿下と所司代を斃すことだと」
 殿下とは関白九条尚忠を指す。所司代は酒井忠義。
「天下列藩太平の酔夢も醒めて一新の端を開くべし」
 有馬新七は持論を展開する。
「併せて」と有馬新七は一旦言葉を切り、声を改めた。
「尊王攘夷の魁となり、天皇親政の実現に向けて、三郎様の決意を促す」
 これは結果として、久光の功績に結びつき、また、久光への忠誠に他ならないのだとも。
 切り捨てる心情に傾いてはいるものの、久光への忠誠やその功績にもこだわっている。藩士としての複雑な心境が窺える一方、見方を変えるなら、独善的とも捉えられる。が、いずれにせよ、大きな一歩を踏み出すために己を奮い立たせる必要があるに違いない。


三 見通し

「続いて、策略と見通し等だが」
 青蓮院宮の幽閉を解き、供奉して参内する。
「建白嘉納を踏まえて三百諸侯に迅速に上京するよう命じ、国是を定める」
「幕府がもし朝命に背いた場合は」
「そん罪を責めて討伐を加えるなど、臨機応変の措置を取う」
 柴山愛次郎が言い添える。
「あくまで三郎様の志を遂げさせるのだ」
 これは宸襟を安んずることであり、万民の塗炭の苦しみを救うことにも繋がる。
「たとえ我々が斃れたとしても、天下の義士が相次いで勃興すうこたあ疑いなく、今回の義挙は結果として三郎様の宿志を遂げさせられう端緒となうこたあ疑いない」
 有馬新七は己に言い聞かせるようにして述べている。と、源助には伝わってくる。これは、久光の意思とは無関係に、同士勧説の方便に持ち出したのではないだろうか。
「ところで、薩摩藩士二十名の同志は、実際どのようにして糾合したか」
 筑前訛りの平野次郎だ。まるで以心伝心の如く、源助の疑問が平野次郎の問いと重なる。
「拙者もその勧説を是非」
 有馬新七はたった今の熱弁を繰り返し、続ける。
「三郎様が入京し、近衛邸での建言の機会が叶ったとして」
 松平春嶽の大老就任や一橋慶喜の将軍後見職就任の勅命そして徳川慶勝、山内容堂、伊達宗城の謹慎解除などは、当然そのなかに込められるであろう。
「鹿児島を発つ以前からの主張であるゆえ」
 たとえ、そのために老中久世広周が上京しても、幕府の権威は依然として猖獗(しょうけつ)を極めており、その効果を期待することはすこぶる至難である。
「加えて、天皇親政の補翼を目指す三郎様の対応が、遅々として進まず滞っておるのは、姦物中山中左衛門が要路にあり、皇政回復の大業は成し難い。そう説いて回った」
「すると」太めの低い声は田中謙助。
「西郷信吾らが大久保さんは、と訊いてくるので、この頃は因循姑息で全く信用できんと申した」
 義挙派が蔑む度合いは中山中左衛門が最も強い。それは中山中左衛門の傲岸な気質のせいだけではないようだ。久光を直接非難できないことから、義挙逡巡の責任を中山中左衛門の一身に負わせようとしている風がある。勧説される藩士等は有馬新七ほどの心境には至っていない。露骨な久光非難はかえって逆効果になりかねないのでは・・。それが分かってのことであろう。
 大久保一蔵に対しては好意的ではないけれど、姦物とは見做していない。精忠組同志で、その中心人物であること。また何よりも西郷吉之助が一目置く存在であり、今回の西郷送還問題でも、献身的に尽力したという事実は動かし難い。
 翌日十三日、平野次郎と伊牟田尚平は播州大蔵谷駅で、参勤途次の福岡藩一行と邂逅。かねての計画通りに事を運んだ。
 しかし、黒田長溥が不穏な情勢を察知して帰藩を決めたまでは良かったが、脱藩者の二人は捕縛された。その後の経過は、平野次郎は藩内に拘禁、伊牟田尚平は薩摩藩に護送され、喜界島へ流されることになる。
 同じ日、平野次郎とともに中心人物の一人であった清河八郎も大坂藩邸を去っていく。田中河内介や小河一敏らとの感情的な不和がもとといわれている。が、真相は奈辺に。周辺を探った源助は、柴山・橋口の取った処置に納得した。
 その日、清河八郎は仲間数名と、芸者を連れて安治川へ舟遊びに出かけたが、その中に藩邸外に遇していた本間精一郎がおり、酔態となった挙句に幕吏と口論に及んだようだ。 本間精一郎を藩邸に連れ込み、その保護を図ろうとした清河八郎に対して、柴山・橋口は田中・小河と相談し、大事直前の軽挙妄動を厳しく責め、藩邸外で義挙を待つよう諭したという。
 久光が伏見に入った同じ日に、義挙画策の端緒をもたらした平野・清河が離脱するという皮肉な結果を生んだ。


四 長州藩の影

 時は前後するが、義挙派は天皇親政を企図し、これは結果として久光による「皇国復古」(皇政回復)の魁となるとの論理から、四月十八日の義挙実行を確定する。ところが・・・。
 久光が着坂した四日後の四月十七日、堀次郎からの書簡が、柴山・橋口宛に届いていた。例の『嶋』の部屋で、柴山愛次郎がそれを告げる。
「昨日、久光公の建言が嘉納されて、滞京の勅命があい、万事好都合であうので、当面滞坂すうと」
「止むを得ん。十八日は延期だ」

 その翌日。再び『嶋』で。
「海江田武次と奈良原喜左衛門が説諭に参った」
「これは、十八日決行が漏れてのこっだな」
「あくまでも抑えるべく」
「というこたあ、二十一日挙兵はまだ知られておらぬこっになう」
「ところで、毎夜『嶋』へ通っておうが・・」
 橋口壮介だ。
「金の心配か」と柴山愛次郎。
「長州から出ておうのだ。懸念には及ぶまい」
 急いた口調が明かす。
「あそこは家老や大坂藩邸の留守居役などが久坂玄瑞らの義挙派に与しておうゆえ」
「家老・・」
「浦靭負様だ」
「藩主が了解しておうかどうかは定かじゃなか」
「が、世子(毛利定広)が関わっておうちゅう噂もあう」
「そいどん、藩の方針は長井雅楽の航海遠略策ではなかったのか」
「いずこも同じだな」
「反対派の動きと申すか」
「あるいは、この時世、どちらに転んでも・・」
「なるほど。長州なら、やりかねぬ」
「さらにその上かも知れぬぞ」
「その上?」
「手柄の横取りだ」
「まあ、そいどん、藩などどうなっても。これが久坂殿の持論」
 有馬新七は一旦言葉を切って、声を低める。
「藩首脳がそこまで考えておうかは、別だが」
 四月二十日夜。
「大久保一蔵が説諭に参ってのう」
 有馬新七が他の三人に言う。
 源助は説諭を終えたばかりの大久保一蔵に会っている。
 一蔵は「て」で始まるいろは歌を諳んじていた。

  敵となる人こそは己が師匠とぞ
             思ひかへして 身をも嗜め


 精忠組からは外れた有馬等だが、考えには耳を傾けるべき点があるかも知れぬゆえ、その気持ちで臨んだと。

「それで、大久保一蔵は、なんと」
「御親兵に推挙すうとの条件で鎮静を求めてきた」
「で、同意したのか」
「表向きは」
「ところで、真木(和泉)さんはどうなった」
「まだ着坂していない」
「そろそろだろうが」
「いずれにせよ、明日の決行は変わらぬ、のだな」
「それが、富田がしくじりおって」
 富田とは佐土原藩士富田孟次郎のことである。有馬新七が舌打ちした内容は、旅費不足のため金銭を藩吏に請求したため、留守居役の嫌疑を受けたことを指す。
「再度延期か」
「ところが、意気阻喪を恐れた長州義挙派の強い要請があって、二十三日に決まった」
「相手は殿下と所司代だな」
「それがのう、土佐、肥後藩からの参画志士が期待したほどはなく、両者襲撃は不可能となった。田中河内介の言によって」
 所司代もその姦甚だしとはいえども、雲上の方々をして死地に陥らしめ、丈夫の気に立ち帰らせ奉るは、九条殿下に打入に若かずと発言があり、最終標的は九条関白に定められたという。

 到着が待たれていた真木和泉は二十一日着坂。義挙派との合流は、決行予定日前日であった。
「久光公は」
『嶋』の一室で、田中河内介は真木和泉に言った。座はその他有馬新七と小河一敏である。
「著しく緩慢であり、<しんしんのしっそう者>ではない」
 搢紳とは朝廷に仕える高官で、しっそうはお上に申し上げる執奏だな。源助は以前得た知識を手繰り寄せていく。
 田中河内介は島津久光を当てにしない理由をそのように切り捨て、九条尚忠襲撃については次のように意味づけた。
「私事が多く、叡旨(天皇の思い)を叶えることは無理である」
「よって、九条家を襲い、これを斃して世間の胆を奪う」
 急いた口調が付け加える。
「それで、事態の一新を目指す」
 真木和泉の声音は、やや躊躇の色合いも窺える。
「しかし」
 暫時の沈黙の後、真木が憂慮の念を表わした。
「関白を斃した場合、孝明天皇へ義挙の大義を執奏できぬ、のでは」
「天下の事業、すでにこの如し・・」
 小河一敏が持論を踏まえながら奏案を示していく。
「臣等宜しく権を以って某氏の奸を討ち、かつ二品親王(青蓮院宮)を擁して入朝すべし。陛下親王とともに議を決し、遽(すみや)かに島津氏を辟(め)し之に委ねよ」
 座は頷き合う。とりあえず同意をしたのであろう。
 義挙派は青蓮院宮を掌中にすることを前提に、「孝明天皇―青蓮院宮―島津久光」の連携関係を奏聞すると決した。
 杜撰という言葉が、源助の脳裏をかすめる。これでは、岩倉具視―堀次郎を仲介とした朝廷と薩藩側の連携の方がはるかに綿密だ。
 義挙という行為そのものを「皇政回復」の魁にしたい。そんな風に受け取れるが・・。


五 決行

 そして、いよいよ四月二十三日。
 源助は一足先に寺田屋へ。表の喧騒から離れた二階の小部屋を所望。早めの夕飯の後、一眠りする旨を告げる。
 一行は日暮れ前に寺田屋に集結。
 二階の三間を三十畳一間として使用し、夕飯を済ませたのち、それぞれ支度を始めた。「赤穂義士の心境だ」
 誰かの呟きに、あちこちから頷く声が。
 その間を縫って、有馬新七が帳簿を持ち、一人一人に名前を名乗らせ、筆写している様子が窺える。そこへ、店の者が知らせにきた。
「有馬新七様へ面会人が」
「有馬と言う者はおらぬ」
 酔いに任せて声高に怒鳴ったのは、たった今、有馬の問いかけに名乗ったばかりの橋口伝蔵だ。柴山・橋口両名に続き、薩藩江戸藩邸から突出してきた一人である。
 間もなく江夏仲左衛門と森岡善助が階上に現れたらしく、名乗った上で、有馬新七等首魁四名を名指し、階下へ誘った。
「ちっと相談したかこっがあう」
 これは後に知ったことだが、義挙派の動向を察知して、京都錦小路邸より鎮撫使九名が派遣されてきたのだ。
 踊り場の隅で震えたまま動けずにいる女中らに交じり、階下を窺う源助の耳に、途切れ途切れにやり合う声が届く。
「予らは久光公の命をおびて来たれり」
 あの太めの声音は奈良原喜八郎か。
「公、諸士を召されること切なり」
「宜しく錦邸に至・・公に謁見すべし」と別の声。江夏仲左衛門か。
「今や朝廷に於・・公の意見を採用せられ・・」
「皇威発展の機運に・・・時機の至るを俟つに若かず」
「我が党は青蓮院宮の令旨を奉じ、まさに宮邸に赴かんとしている」
 有馬新七だ。
「君命あらば先ず宮邸に赴きて後・・」
 有馬の声にかぶさるように述べるのは柴山か。
「君命に背かば、宜しく自刃すべし」
 有馬らが応じる様子を見せなかったか、一段と厳しく鎮撫使の声が轟く。
「止むを得ずんば上意打ちの厳命を奉じて来たれり」
 階下は遂に大争闘に。
 切り結ぶ太刀音や怒声が階上にも響き渡る。
 数名が相次いで階下へ。
 しばらくして、階下の一室にいたという田中河内介が姿を見せた。
「諸君静かに」
 田中河内介は日の丸の扇を開いて、座をまわった。
 その間にも下からは、他の旅客や使用人等が逃げ惑う悲鳴や足音がひっきりなしに聞こえてくる。加えて往来の雑音と階下の斬り合う音から、美玉三平が腰を浮かす。
「伏見奉行所では、ないか」
 幕吏が押し寄せてきたのではと判断。直ちに大声で怒鳴りながら、
美玉三平は部屋中を駆け巡った。
「兵が寄せますぞ、火をつけますぞ、梯子をかけますぞ、皆様ご用心めせ」
 志士たちは状況急変に殺気立ち、幕吏との対決に備えて刀の下げ緒で襷がけをし、臨戦態勢を整えていく。
 階段半ばまで降りていった柴山龍五郎を認めて、鮮血を被った奈良原喜八郎がしきりに叫ぶ。
「龍五郎、一時待て、君命じゃ。久光公も同意なので、御前で申し上げてそれから図ればよい。鎮めてくれ」
 ためらう柴山龍五郎に、奈良原喜八郎は大小を抛げすて、その場に座すと、もろ肌脱いで合掌した。
「鎮めてくれ。これでもまだ疑うか」
 騙されるなという背後の声を、柴山龍五郎は小声で制した。
「君命じゃっし、かつ、奈良原がこれほどまでに止めうのは」
 篤実な勤皇志士である奈良原喜八郎のことだ。何か仔細があるに違いない。ここは手向かわぬ方がよいと階上へ発し、了解した旨を告げる。
 階段でのやり取りの間も、階下の様子は伝わり、廊下近くに座した若い西郷信吾が立ち上がる。
「上意と、聞えたが」
 西郷信吾は伊集院兼寛とともに、無刀で階下に下りていくが、間もなく戻って来て、伝える。
「奈良原喜八郎から君命と諭告された」
「真か」次々に疑問視する声が。
「ここまで至ったのだ。斬って捨つべし」
「そうでなければ、この場で潔く屠腹を」
 主張したのは永山弥一郎。
 またある者は曰く。
「久光公、我が党の趣意を賛成あらば、宜しく君前に出でて宿志を上陳すべし」
 議論は紛々として決まらない。
 そこへ奈良原喜八郎が佩刀を帯びずに単身姿を見せ、勧説する。
「久光公も義挙には同意である。が、今晩はもう京に着けば夜が明けうぞ。明晩、久光公の下で義挙に臨んでは」
 奈良原喜八郎の懸命な懇請にもかかわらず、殺気立った空気の中で事は簡単には決しない。奈良原は階下で待つことになった。
 しばらくして真木和泉が階上に上がってきて、落ち着いた面持ちで一同を座に着かせていく。
「久光公も同意であることなので、明日の大挙を目指した方がよい」
 今日はこのまま伏見薩摩藩邸に向かってはいかがかと、懇々と説き、ようやくその方向で決着を見た。





 


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11/15 15:30 〈助太刀兵法46〉北斎蛸踊り(8) (無料公開)
10/26 08:49 「本日のマーケット」(FX編)・・・今週は日米の金融政策イベントに注意。
10/26 08:40 「本日のマーケット」(株式編)・・・ 続伸後に日経平均株価が1万9000円台を回復。
10/21 08:39 「本日のマーケット」(FX編)・・・ドル円は120円ちょうどの壁を意識。
10/21 08:25 「本日のマーケット」(株式編)・・・手掛かり材料難のなか、方向感の出づらい展開。
10/19 08:33 「本日のマーケット」(FX編)・・・午前11時に発表される中国の一連の経済指標に注目
10/19 08:23 「本日のマーケット」(株式編)・・・午前11時、中国経済の指標しだい。
10/14 08:48 「本日のマーケット」(FX編)・・・昨日に続き中国の経済指標。米9月小売売上高。
10/14 08:31 「本日のマーケット」(株式編)・・・前日の動きが継続し軟調な展開。
10/13 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・ドル円は120円大台を中心に方向感に欠ける動きが当面続きそう
10/13 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・5日線(前週末9日時点で1万8218円)が下値を支え
10/05 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・東京タイムではドル円やクロス円は押し目買いが優勢
10/05 08:34 「本日のマーケット」(株式編)・・・続伸後、日経平均株価が1万8000円に迫る。
10/04 12:07 江戸浅草物語13「天海僧正の結界が破られる時、魔界の者たちの進撃が始まるのか」 (無料公開)
10/02 08:44 「本日のマーケット」(FX編)・・・米雇用統計を控えた様子見姿勢
10/02 08:35 「本日のマーケット」(株式編)・・・週末要因や米雇用統計を前にポジション調整
10/01 08:47 「本日のマーケット」(FX編)・・・9月日銀短観、9月中国製造業購買担当者景気指数(PMI)などが材料。
10/01 08:35 「本日のマーケット」(株式編)・・・欧米株式の上昇を受けて買いが先行後、もみ合い。
09/30 08:52 「本日のマーケット」(FX編)・・・日中は119円後半のもみあい
09/30 08:44 「本日のマーケット」(株式編)・・・反発後、上値が重い展開。
09/29 08:55 「本日のマーケット」(FX編)・・・株安・円高パターンの継続はドル高圧力を後退
09/29 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・続落後に落ち着きどころを探る展開。
09/28 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・東京時間のドル/円は120円半ばを中心にもみあい。
09/28 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・手掛かり材料難のなか、もみ合い。
09/25 08:53 「本日のマーケット」(FX編)・・・・朝方、イエレン米連邦準備理事会(FRB)議長が年内利上げが適切との見方を
09/25 08:44 「本日のマーケット」(株式編)・・・引き続き弱含みで推移。直近の安値1万7415円61銭を意識。
09/24 08:37 「本日のマーケット」(FX編)・・・・連休明けの東京時間のドル/円は120円前半を中心にもみ合う展開。
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09/20 10:55 〈助太刀兵法45〉北斎蛸踊り(7)(無料公開)
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