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薩摩いろは歌 幕末編1 口上(無料公開) 
[【時代小説発掘】]
2011年10月23日 12時1分の記事



【時代小説発掘】
薩摩いろは歌 幕末編1 口上
古賀宣子


(時代小説発掘というコーナーができた経緯)


口上 梗概
 上京した大久保一蔵(利通)は、近衛邸で幕府と朝廷の現状を訴え、率兵上京の必要性を説く。一方、藩邸御用達商人田中正十郎の店で働く手代角兵衛に、三人の風変わりな京都人を紹介され・・。

「それをやってだけいれば、本務を果たどしたとしておる」
 一蔵はそこで思わず力強く頷いてしまった。すると唐人服の常に睨んでいるような視線が、一瞬、和んだ。


作者プロフィール:
古賀宣子。年金生活の夫婦と老猫一匹、質素な暮らしと豊かな心を信条に、騒々しい政局など何処吹く風の日々です。新鷹会アンソロジー『武士道春秋』『武士道日暦』『花と剣と侍』、代表作時代小説『剣と十手の饗宴』などに作品掲載。
 当コーナー【時代小説発掘】では、編集担当。



薩摩いろは歌 雌伏編(一)
薩摩いろは歌 雌伏編(二) 血染めの裃(かたぎぬ)
薩摩いろは歌 雌伏編(三)島からの手紙) 
薩摩いろは歌 雌伏編(四)十六夜の空)
薩摩いろは歌雌伏編(五)慈父の眼差
薩摩いろは歌 雌伏編(六)耳目の門(みみめのかど)
薩摩いろは歌 雌伏編(七)父の生還
薩摩いろは歌 雌伏編(八)心の駒
薩摩いろは歌 雌伏編(九)吉之助帰藩
薩摩いろは歌 雌伏編(十)祝言
薩摩いろは歌 雌伏編(十一)痛撃
薩摩いろは歌 雌伏編(十二)精忠組
薩摩いろは歌 雌伏編(十三) 思案堪忍
薩摩いろは歌 雌伏編(十四)四天王誕生
薩摩いろは歌 雌伏編(最終回)初めての上京へ


                         
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【時代小説発掘】
薩摩いろは歌 幕末編1 口上
古賀宣子



一 摂家の威容

 政(まつりごと)は生ものである。
 これは、久光四天王に組み入れられ、藩政につらなって以来、一蔵がしっかりと心底に落としたことだ。
 この度の上京からしてそうであった。
 中山中左衛門の朝廷工作不首尾という一報を受けて、一蔵は初め内勅降下工作を命じられていた。ところが、出水筋途中から蒸気船で出発した一蔵は、たまたま肥後水俣宿で京から戻ってきた中山に行き合い、京都情勢と近衛忠房書簡を持ち帰っていることを聞くに及んで、翌日帰藩したのだった。
 書簡には何と書かれているか。それを知ってからの上京でも、決して遅くはない。中身によっては、小松帯刀ともう一度練り直し、久光の考えを仰ぐことになるかも知れぬ、と。
 二人の判断は正しかった。
 国事周旋勅許は得られなかったものの、忠房書簡は、次のように記されていたのだ。
・・何とぞ御上京にて面謁も申し入れたく、御心易く御互いに隔意など之無く、御咄し共申し入れたく、待ち入り存じ候事・・
 自分の上京を促している文面を読んで初めて久光は、朝廷に率兵上京を建言することを決定し、一蔵上京の主なる目的を、その内勅降下周旋に変じたのであった。
 貴重な生きた体験を得た今、一蔵は黒に近い羽織に縞柄の袴姿で、近衛邸の使者の間に控えていた。
 文久二年一月十四日のことで、伏見には前夜に着いている。
 初めての密使。初めての京。そして初めての公家邸訪問である。
 伏見の薩摩屋敷から先ず錦小路藩邸へ。二里の道のりは歩きやすいぶっさき羽織に野袴で来た。そこで巴藤の紋付に着替えて、烏丸通へ出てまっすぐ北上。初めてづくしの緊張感からか、五感は新春の京をめでるゆとりもなかった。  
 似たようなことが以前にもあったな・・。
 五年前の安政四年十一月。東上する西郷吉之助に同伴して、肥後国まで赴き、藩の要職に面会した。噂に聞く長岡監物や津田山三郎だった。日頃の思いを語ればいいのさ。吉之助は屋敷の門前で一言そういった。が、何を話したか全く思い出せない。
 施薬院の質素な門前を過ぎると、築地塀が一丁はゆうに越えるかと思える先まで続いていた。
「摂家の一つ、一条家の屋敷です」
 従っているのは羅宇屋の源助だ。ここでは挟み箱を担いでいる。家僕代わりに連れて行ってはどうかと勧めてくれたのは小松帯刀だ。言下に町の情勢を探る意味合いが込められていた。
「塀はあそこの辻まで続いておうじゃなかか」
「あれが武者小路です。築地塀に沿って曲がい、一丁ほど行きもすと辻子に突き当たいもす」
「行き止まいの道だな」
「右手に乾御門が見えもす」
「乾御門を入ると左手に近衛家の裏門があうと聞いてきた」
「向かい側が御所です。では、ここで」
 武者小路の少し手前で、打ち合わせ通り源助が頭を下げた。
「近衛忠熙様が」
 京から戻ってすぐの中山中左衛門の声が甦った。
「膝元まで進めと命じられてのう」
 しかも近衛忠熙は中山中左衛門に「ヒタ(ぴたっと)御寄りかかり」というほどに密着してきたという。
「近衛家の家来でさえも、家中のこっお所司代に密告すう者がおうからと仰せで」
「幕府の目がかない厳しかですね」
 近衛家が身動きできない様子が伝わり、一蔵は身を引き締めたのだった。
 近衛家の屋敷は一条家の倍以上はあるだろうか。一蔵はしばし立ち止って、築地塀の奥に隠されたその威容に思いを巡らした。
「錦小路の薩摩藩邸より参りました」
 門番に姓名を告げると間もなく細面の取次が現れた。小松帯刀に言われていた通り、用人の名前を告げて面会を請うと、相手は頷き、玄関を入ってすぐ横の部屋に案内した。使者の間である。
 あらかじめ久光からの急飛脚が届いているはずなので、新顔ではあるが門前払いにはならなかった。
 一蔵は昨夜から日新公いろは歌の一首を反芻している。

  礼するは人にするかは人をまた
        さぐるは人を さぐるものかは


 他人に礼を尽くすことは、決して他人のためばかりでない。同じように人を見下げるということは、自分を見下げていることになる。
 まだ小稚児と呼ばれていた十歳頃だったろうか。二才衆の頭が謙虚さと礼儀正しさの大切さを説いてくれた。人前で威張るようなことは慎まなくてはならないと。
 後になって一蔵は、自分流の解釈を加えるようになった。人から蔑まれても怯むまい。相手は己自身を蔑んでいるのだから・・と。
 相手は公家の統領ともいうべき摂家。しかも五家あるなかで、最も家格の高い家柄である。無論、下級武士とはいえ、久光の名代として上京した一蔵である。露骨に蔑む態度は見せぬで、あろう。が、無言のなかに伝わる空気までは抑えられまい。
 しかし、と一蔵は考える向きを変える。立場を違えて、同じことは自分にも当てはまるのではないか。しかもそれは、不覚にも今朝まで意識していなかった。烏丸通を歩くうちに、京の雰囲気がひたひたと沁み込んできて、あらゆる臓腑を固くさせていたのだ。
 そして摂家の威容。言葉でどのように表せばよいのか・・。屋敷の広さだけなら、国元の一門家など、はるかに広大である。それでもなお、摂家に比すれば身内という馴染はぬぐいきれない。
 臓腑が委縮したままでは、相手を見る眼に曇りが生じてしまう。
曇れば柔軟な姿勢など取れなくなる。それでは生ものに対して、どのように対処していくのか。
 改めて日新公いろは歌の奥深さを思い知ったのだった。
 やがて先ほどの細面の家来が現れ、薄暗い廊下を何度か曲がり、奥へ案内された。襖の前には身なりのいい侍が端座していた。細面よりは年長に見える。侍が頷くと、細面は片手で座るよう示した。
「大久保一蔵殿がお見えでございます」
「入れ」
 ゆったりとした柔らかな声音だ。


二 久光の政略 

 前左府様(近衛忠熙)か大納言様(忠房)の私室だろうか。
 襖が開いて、膝を一歩進めたときの印象だ。門前で抱いた威容とはかけ離れていた。が、次の瞬間に一蔵は解釈した。ここが最も安全な場所なのかも知れぬ。それでも前左府様は、中山中左衛門にピタッと寄り添うようにして、耳打ちしたというのだから。
 視線を落としたまま下座へ。向かって中央床柱右手に前左府様が、左手に大納言様が座っておられた。中山中左衛門からはそのよう聞いてきた。屋敷での服装は、宮中とは異なり、殿様と変わらないとも。確かに、名を名乗る目線の先には、柔らかな小袖の膝と仙台平袴が。
 口上はほとんど頭に入っているが、つかえた時のために手控を広げた。何がどの辺りに記されているか、大まかな位置を目に焼き付けてある。
 先ずは順調に進んだ二点について御礼を述べた。一つは朝廷への御剣献上の件ともう一点は近衛家との縁談である。加治木領主島津久長の娘直子(貞姫)を本家の養女にして、近衛忠房の夫人とすることであった。
 笑みを含んだ声音が重なって反応する。声質はかなり違うようだ。
低めだが力強さを感じさせるのは前左府様の方で、大納言様は線が細く感じられた。ともあれ、二人の反応に勇気づけられて、いよいよ本来の目的に臨む。一蔵は呼吸を整え、やや間をおいて、幕府と朝廷の現状を一気に訴えた。
 攘夷叡慮に対する因循姑息で不誠実な幕府の態度によって、朝廷が危険な状況に陥らんとしている点は実に焦眉の急である。そのため孝明天皇が大変お嘆きになっておられるとの中山中左衛門の詳細な報に接し、悲しみのあまり流涕に堪えない。しかも、和宮降嫁時の仰出も、反故にされることは確実である。

 西国志士たちの間で盛んに噂されていたのが、幕府が和宮を人質として天皇廃位・攘夷不実行を強行するのではないかという懸念であった。これは後に一蔵の耳にも入ったことだが、噂をうけた宮中からの推問に対して幕府は、将軍家茂の誓書と老中の請書を朝廷に提出し、七、八年後に攘夷を実施する旨を約定したという。ちょうど芝の薩摩藩邸焼失の頃である。
 口上は続く。
 また、幕吏はなすべきことをなおざりにして、目前の安楽をむさぼっており、天下国家の滅亡は意に介していない。
 和宮も掌中にされた今、幕府に先手を取られて主客逆転の形勢となり、その後は臍を噛み続けることは必至であり、恐懼に堪えない。  
現状の幕府に依頼せず、今後の主導権を朝廷側が執るために、機先を制すべきである。
 再び一蔵は呼吸を整えると、「次に」と進んだ。手控を繰りながら、伏し目の姿勢はそのままである。
 国家の一大事であることは勿論であるが、朝廷の安危にも関わるため、それを打開しなくてはならない。そのためには、甚だ遺憾ではあるが、止むを得ない事態であるため、兵を動かさざるを得ない。 
 また皇臣として忍び難く、「皇国復古」の御大業を実現することを誓願したい。
 加えて、京都の充分な守護が出来なければ、たとえ非常の聖断がなされたとしても、「戊年の覆轍」を繰り返すことになる。依って、かえって難題が増幅してしまい、甚だ心配である。従って、率兵上京を試みたい。 
「戊年の覆轍」とは、安政の大獄の引き金となった戊午の密勅の轍を踏むという意味である。
 孝明天皇の聖断を実現させるためには、京都守衛に力を注がねばならない。そのためには率兵上京が必要であるから、滞京守衛の勅諚を求めたのである。
 この口上は、昨年春以来、久光の意向に沿いながら、小松帯刀以下、中山と現在、江戸工作に赴いている堀次郎そして一蔵の四人が、政談を重ねて作り上げた藩の基本方針を基に、一蔵が原案を作成したものである。小松を通じて久光の裁可を得てあることは言うまでもない。
 口上は更に、率兵上京の実現可能な計画を提示していく。
 陸行にては急速に間に逢いかねるため、まず久光が五百五十人の兵を率いて、久見崎か阿久根より天祐丸に乗船。大坂上陸の後、上京する。後発部隊五百四十人を下関で待機させ、船を回送して上京させる。上京後、久光が近衛家に参殿し、諸施策を建白する旨を述べると、いった具合に。
 そしていよいよ、口上は核心部分へと入っていく。
 その建白とは、勅使派遣による一橋慶喜・松平春嶽の登用であり、あわせて尾張・長州・仙台・鳥取・土佐各藩へ勅命を別途下し、皇政回復のための一致協力した助力を求めることにあった。
 勅使の幇助を、薩藩だけでは難しいとの現実を直視した見通しに立つ方策で、その先には諸藩連合派再生を期待していた。これは斉彬が目指していた案を実現させるものであるが、より現状に適応した提言となっている。
 皇国の御為には赤心を尽くし、忠誠を抽ずるとする口上はさらに続く。
 もしこの幕政改革の目玉である人事案を幕府が拒否するならば、違勅として、国家の奸賊である老中安藤信正を速やかに誅伐すべき勅諚を下せば、諸藩は連合して勤皇義挙に及び、幕閣は戦慄して奉勅する。
 あるいは謀反の場合は長州・水戸藩をはじめとする諸藩および浪人が、四方から蜂起して「勤皇義挙」となり、関東において幕府は成敗されることは間違いない。
 また様々な議論があり、この時期に及んで徳川家を見捨て、大義名分唱えて正々堂々と天下に義旗を掲げ、干戈に及ぶと唱える暴論も存在している。つまるところ、その責は幕閣にあり、将軍家自体は皇国復古への至誠を尽くしているので、武力を伴わずに国体を傷つけぬよう維持しながら、奉勅体制構築の策を立てたい。
 あわせて、九条尚忠ご退職、前左府公関白ご奉職と青蓮院宮(後の中川宮)様のご幽閉を解くばかりでなく、国事扶助を命じて頂くよう懇請したい。
 最後に「徳川家御扶助公武御合体之叡慮にて先主遺志もその通り候間」として、叡慮も、また斉彬の遺志も将軍家扶助、公武合体であり、その趣意を何が何でも貫徹したいと表明した。

「ここで肝要なのは」
 政談を重ねていたある日、小松帯刀は言った。
「徳川家を否定すっとじゃのして」
 あくまで公儀体制を維持し、封建制存続を前提としたものでなくてはならない。
「そん上に立った天皇親裁体制とすう」
「言い換えゆっなら」と一蔵は確認する。
「現状の枠組みのなかで、国家の意思決定やそいを実行すう仕組みを改むう」
「つまいは天皇の意志である勅諚によって幕政の方針を支配すう」
 そういうことだなと堀次郎が頷く。
「それにしても」
 その日、小松邸の帰りに、一蔵は堀次郎に言った。 
「昨今の変化に、吉之助さぁは驚くだろうな」
「天皇の前では将軍と同列、とも受けとれう文面に、な」
 久光公は、幕府を痛烈に非難し、皇臣の立場から「皇国復古」を誓願したのだからと堀次郎は声を潜める。
「諸侯としては初めてじゃなかか」
「それにもう一点。青蓮院宮への対応だ」
「孝明天皇の親任厚い方であろう」
「なかなか思い切った動きをなさうお方のごとで」
「久光公の眼力だな」


三 父子の反応

「うまい」
 一蔵は煙管をひと吹かしし、呟いた。眼は閉じたままである。
初めての大役を果たし終え、廉価にしては気味良い指宿産の煙草を堪能していた。火の燃えがよく、紫煙がたっぷりと鼻孔を覆う。何よりも始終吸っても舌を痛めぬ。それがいい。 
 近衛家の表門は今出川通に面しているが、その北一丁余り奥に広大な寺領を有する相国寺がある。その山門近くの茶店が、源助との待ち合わせ場所だ。
 一蔵の神経は口と鼻に集中し、眼は放心したように参道の一点から動かない。まるでそこだけ光が当てられたように、行きかう人々の横顔や衣服の色合いなど、切り取った一片が次々と宙に舞い消えていく。
 無事大役を果たしたとはいえ、気がかりな点が一つ残った。口上を終えた際の父子の反応である。あれは明らかに困惑の色であった。
その因は何か。恐らく率兵上京であろう。
 久光への返書が整えば知らせると言われた。あの手控は、無論、議奏正親町三条実愛に内々渡される。当然のことながら、孝明天皇へも・・。
 気を利かせた店の老女が煙草盆を置いてくれ、我に返った。灰落としの縁を叩いていると、源助が現れ、後ろにもう一人が。
「加世田屋の弥助じゃなかか」
 京へはいつと聞くより早く弥助が言った。
「ずっと跡を付けて参りました」
 加世田屋は、川内川河口から約三里離れた地点にある渡唐口の廻船問屋だ。もう八年前になるが、吉之助が初めて参勤交代に扈従して東上したとき、ひそかに国境まで見送った。その節、源助を通して加世田屋には非常に世話になった経緯がある。弥助も黒田家の隠密と聞いている。その後も何度か会しているが、最も印象に残っているのがあの時だ。
「弥助は博多の本店で働いていた時に、よく京へ来ていましてね」
「詳しかのだな」
「いい処があいもす。そこでゆっくい昼飯を」
 弥助が先に立っていく。色白で肉付きのいい体つきは変わらないが、もう四十を越えたはずだ。手代のうちでも古手に違いない。どことなく丸みのある背にも余裕が見て取れる。
 それにしても、弥助に跡をつけるよう命じたのはだれであろう。源助が勝手な行動をとるわけはないゆえ。そこまで考えが及んだ時、かすかにはっと息を漏らした。久光公だ。源助のことも。
 朝来た烏丸通を戻っていることに気付いた。漂う空気はどことなくたおやかで、鹿児島城下とは異なる。束の間、一蔵は肩を縮め、視線を下げた。が、次の瞬間、「礼するは・・」と日新公の歌が脳裏を撃った。
 そうだ。歌が言わんとしているのは、人との関わりだけではない。空気だ。今初めてそのことを理解できた。腹底から湧きおこる歓喜を醸成するように、一蔵はゆっくりと姿勢を戻した。
 施薬院の南に御門が。視線を止める一蔵に、源助が説明する。
「中立売御門です」
「朝は気づかなかった」
 暫くは公家の屋敷が続く。源助に言わせると、御所の四方を囲むように大小様々な公家の屋敷があるらしい。奥まった正面に築地塀が見え、その左手、つまり南に面して御門が・・。
「蛤御門です」
「蛤御門・・。憶えやすか」
 朝から晴れてはいたが時折、空が一転曇り、つかの間、雨に見舞われる。今も時雨そうな気配だが、気にせず進んでいく。
「この冷え込みは、明日あたり雪だろうか」
「旅籠の女中は、一昨日ちっと降ったとは言っていたが」
 弥助は街道筋に宿をとっている。
 幾筋か通り過ぎて、一条家ほどの築地塀が見えてきた。
「あん塀は」
「閑院宮家です」
「宮家の中ではかない広いごとですよ」
 弥助が付け加える。
「こん筋は椹木町通と言いもす」
弥助に続いて右へ曲がりながら、源助は念を押すように言う。どうやら憶えておけということらしい。
「さわらは、魚偏のか」
「常緑樹の方です」
 烏丸通から二本目の筋まできて、弥助が立ち止った。
「衣と木偏の棚と書いて、ころものたな通と言いまして、こん辻を右に曲がいもす」
「京風に言い換ゆっなら、衣棚椹木町上ルとなります」と源助。
 そこは大店の店先だった。
「主は田中正十郎といいまして、薩摩藩邸の用達をしておいもす」
 そういうと弥助は、なかに消えた。
 間もなく一人を従えて出てきた。
「手代の角兵衛さぁです」
 弥助はそれだけいい、お互いに目礼しただけで、北に向けて歩き出した。後ろの源助が急に寡黙になる。仕方なく、一蔵は目印となる建物を確認しながら付いていくことにした。弥助と角兵衛の間柄を、あれこれ詮索してもはじまらない。
 黙ると急に空腹を覚えてきた。それに咽喉の乾きも。食う場所など大してこだわらない一蔵である。だが、お構いなくという言葉もかけ難い。やがて表通りから少し入った所で二人は立ち止った。
 焦茶の暖簾には『川』という字が染め抜かれている。ごくありふれた名前だ。が、構えは街道筋の店や国元の縄暖簾ともどこか異なる。ほのかに漂うのは、うどんか蕎麦の煮汁かあるいは煮物か。
「今日は初めての方を案内したんじゃゆえ」
「お席は」と落ち着いて張りのある声。女将だろうか。
「部屋を頼む」
「かしこまりました」
「ここは特におうどんが美味いのどす」
 角兵衛がはじめて笑顔を見せた。年の頃は弥助と同じくらいだが、童顔だ。それに応えながら一蔵は、ここまでの道順を反芻していた。


四 唐人服の男

 その晩から京都を去るまで、一蔵は錦小路の藩邸に滞在した。
 先ずは、小松帯刀と打ち合わせた通り、近衛父子の反応についての率直な感想を綴り、それを飛脚便で送った。
 角兵衛はどこにでも見かける奉公人といった物腰だった。日を置いて市中で行き交っても、気づかぬかも知れぬ。あの時、一蔵を上座に招き入れると、三人は特に譲り合うこともなく座に落ち着いたのだった。
「角兵衛も、黒田家の隠密か」
 藩邸の共同風呂で温まり、あとは寝るだけという時である。一蔵は一服していた。
「違います」
 源助はきっぱりと答えたが、それ以上は躊躇っている。無理もない。あそこは、ここの用達ゆえ。知られてはまずい事もあろう。
『川』の格式はごく普通といったところか。大店とはいえ、手代の行きつけの店なら、さもありなん、である。
 しかし角兵衛が語る話題は、視野の広さを感じさせた。昨年は米穀が豊作で、幕府は諸品の値下げを命じたこと。また旧金貨を再び万延大判と引き換えるよう命じ、旧金貨の退蔵を禁止したこと。暮れには西欧への使節が品川を出帆したこと。これには薩摩藩士も加わっていると、一蔵は応じた。そのほか元旦に、江戸は雪が降り、一尺以上も積もった等々。
「明日はゆっくい市中視察と致すか」
 密使として上京している以上、藩邸内での諸士との交わりは、慎まなくてはならぬ面もある。
「弥助が茶漬けのうまい店に案内してくれるそうですよ」
「そや有り難い」
 その店は屋台を少し大きくした程度の規模だったが、やや背中の曲がった主人の味加減は絶妙だった。上品過ぎでもなく、野暮でもない。
 源助は早めに食すと、二十文を置いて先に出て行った。
「おいどもは昨日の角兵衛さぁのところへ、また参いもす」
 そこから、弥助は別行動をとるという。
「源助は島津家の、私は黒田家のです」
 弥助は片目をつぶる。
 薩摩藩御用達の店で働く手代なら、京の町を案内しても不思議ではない。かえって思わぬ場面や噂に出会うかも知れぬ。一蔵は勝手に納得した。
 ところが、角兵衛に連れられて行ったのは、昨日の『川』ではないか。昼食にはまだ早かったが、いらぬ口は挟むまい。部屋も昨日と同じ二階の一番奥へと向かっている。ふくよかな顔立ちの女将は、何も聞かずに案内しているので、角兵衛気に入りの部屋なのだろう。
「角兵衛はんがお見えどす」
 先客がいたのか。喉まで出かかったのを辛うじて呑み込んだ。
「おっ、お武家はんやな」
 唐人と思しき身なりの男が仏頂面で吐き捨てた。
「名は」
 長い煙管を吹かした男が一言。
「一に蔵で、一蔵はんどす」
「一蔵。ええ名や」
 右手の袖口から濃い緑の刺青が覘く。背中の絵柄は何であろうか。想像もつかない。
「一蔵はんとやら、ハンかバクのどちらで」
 何の商売かは判らぬが、どこかの主と思しき雰囲気の男が柔らかな物言いで訊く。が、意味がつかめず角兵衛に視線を投げると、代わりに応えてくれた。
「西国どす」
 呆気にとられている一蔵に、角兵衛は先客たちの名前も、唐人服から順に告げていく。「周囲の周で、カネはん、魚の鯉はん、ほんで」
 主風の男を「若いの、若はん」と呼んだ。
 昨日の近衛邸とは全く別の意味で、臓腑が縮こまる思いだった。一蔵は改めて「礼するは・・」と呪文のように胸中で唱えていく。
 先客の反応に気をとられていたが、三人は漬物や干物を肴にかなり飲んでいる。
 特に唐人服のカネさんは饒舌だった。しかし、よく聞いていると、無駄なことは一言も語っていない。それどころか論理だった物言いは、明晰な頭脳を思わせる。情緒に流れにくい一蔵は、好感すら抱いた。
「公家の輩は、どうもならんな」
 御所のすぐ近くでずいぶんと思い切ったことをいう人だ。目を見開く一蔵にはお構いなく、唐人服のカネさんが仏頂面のまま続ける。
「異国の船が近海に出没しても、海防のことやらなんやら関心も示さず」
「無理、無理。奴らに期待しはるやけ、無駄や」
 長煙管の鯉さんはすっかり軽蔑しきった物言いだ。
「学問もせず、たや歌を詠じ、鞠を蹴り、管弦を奏しはる」
 主風の若さんが、その仏頂面と口調を真似る。
 どうやら耳にタコができるほど聞かされているのだろう。しかしその真似は決して揶揄ではなく、同憤の意味合いが濃い。
「まさしく」とカネさんはさらに付け加える。
「それらをやってだけいれば、本務を果たどしたとしておる」
 一蔵はそこで思わず力強く頷いてしまった。すると、唐人服の常に睨んでいるような視線が、一瞬、和んだ。
 安逸になずんだ公家の意識と旧習への義憤だ。これは幕府を痛烈に批判した昨日の口上に通じるものがある。
 一見頽廃しきった酒盛りに、一筋の真面目さを見出し、一蔵は心に刻み込んだのだった。
 客人は四半刻ほどの間をおいて帰って行った。最初は鯉さんで次に主風の若さんが。そして最後に、残った徳利の一滴までを盃に振り入れていた周さんが、口をへの字に曲げ、一蔵を一瞥して出て行った。
「どういう繋がりの人達ですか」
「公家と博徒と貸モン屋どす」
「公家・・」
 あの仏頂面と近衛家との落差に、一蔵は絶句した。
「しかし」 
 しばらくして漸く口を開いた一蔵は、あの繋がりは解しかねると首を傾げた。
「宮中に上がる衣装を借りねばならぬほど貧乏やったゆえ、博打で暮らしを立てておったんどす」
「今は」
「わかりまへん」


五 至急便の内容

 数日後の就寝前・・。
「京の動きがちっとずつ見えてきました」
 源助が声を潜める。
「清河八郎が上京していますが、薩摩藩の動向を知っておいもす」
「平野次郎から聞いたのであろう」
 昨年十二月半ば、平野次郎と伊牟田尚平が同志糾合のため薩摩に入国してきた。一旦捕縛されたものの、国事周旋が目的ということから寛大な扱いを受けている。しかし、藩士の動揺を恐れた久光と小松帯刀の意図から、小松と一蔵のみが面会を許され、その時小松帯刀は、既成事実の率兵上京を藩首脳として初めて、尊王志士に対して宣言した経緯がある。
「清河は田中河内介と会談し、中山忠愛にも謁見しておいもす」
 田中河内介は中山忠能家に仕えていた諸大夫で、忠能の嫡男忠愛は孝明天皇の側近である。
「西国情勢と薩摩藩の動きを告げたのであろう」
 あの時、小松帯刀は、あくまでも藩としての行動であることを強調し、事実上、尊王志士とは一線を画することもあわせて言明している。
「続いて、肥後藩から宮部鼎蔵らが上京し、清河に対して青蓮院宮の令旨斡旋を要望しておい、中山忠愛との謁見も叶ったごとです」

 二十一日に近衛邸から呼び出しがあり、一蔵は、近衛忠房から返書を受け取った。
「詳しゅは書面に記したが、関白殿の力が強くてのう」
 趣旨に添いかねるという。予期していた通りである。
 しかし、勅諚はなんとしても賜りたい。よい方策はないものか。床に入ってからも、いろいろと思い巡らし目が冴えてしまい、その晩は眠れぬまま夜が明けた。
 茶漬けの店に出かける直前に、角兵衛からの伝言といって弥助が訪ねて来た。
「老中安藤信正が水戸浪士らによって、坂下門外で襲撃されたそうです」
 大坂まで蒸気船で来た客の話だという。
「いつか」
「十五日です」
「月末まで出立を延ばしましょう」
 即座に源助がいう。
「仲間を通して、恐らく朝廷にも伝わっとうはずです」
 名前は分からぬが、弥助のいう角兵衛の仲間が誰なのか、見当はついた。何らかの変化を期待する二人の物言いである。
「岩倉具視という下級の公家です」
 一蔵の胸中を見抜いて、弥助はそう告げると帰って行った。
 この時期の朝廷は、関白・九条尚忠と京都所司代・酒井忠義の繋がりによって、幕府の意に沿う公武融和路線が展開されていた。
 しかしと、小松帯刀から聞いたことがある。
「孝明天皇は、関白とは必ずしも円滑にいっておられぬらしか」
 よって天皇の寵愛を受ける内大臣久我建通および両役(議奏・武家伝奏)、とくに議奏の中山忠能・正親町三条実愛の両卿が、天皇と関白の間を取り持っていた。朝政における両卿の役割は他を圧するものがあるという。その両卿から最も信頼され、朝政に与らない員外の身ながら、朝議を常に正しい方向へ持っていく働きをしている公家がいる。
「それが岩倉具視だそうだ」
 一蔵が初めて岩倉具視の名を知ったのは、堂上八十八卿列参の時である。四年前の三月、通商条約勅許を阻止するため、宮中での示威行動を画策した人物として、伝わってきた。特に和宮降嫁以降は、孝明天皇、両卿および京都所司代という三者の関わりを円滑にする存在として、中央政局に隠然たる勢威を示しているとも。
「まさか、あん唐人服の男が・・」
 以前から京の様子は、仲間からの手紙や話を通して知ってはいたが、このなんとも言えぬ複雑さは、聞くと見るとでは大違いだ。
 近衛家から至急便が届いたのは、その翌日であった。
「騒擾に対すう迷惑が警固への期待に変じたか」
 一蔵には書面の内容が容易に想像できた。
「出立は二月一日まで延ばしましょう」
「京の動きをさらに掴まねばなうまい」
 一蔵は即座に応じた。
 月末近くの晩、角兵衛がまた『川』に一席設けてくれた。
「例の事変の報に接するや、清河八郎らが動きましたな」
 弥助が口火を切る。
「この機に乗じて東西呼応の義挙をと」
「よって、中山忠愛は書を記した」
 速やかに帰藩して同志を糾合し、義挙に従うよう命じる書を宮部鼎蔵らに渡したと、源助も意気込む。
「それは何日のことか」
「二十三日です」
「加えて田中河内介も」と角兵衛。
 二月半ばには令旨を持って西下する旨の副書を与えたようだ。
「まさに風雲急を告げる、だな」
 汽船が大きく舵を切ったときのような大気の荒立ちを感じた。一蔵にとっては初めて味わう感覚である。
 帰り際、角兵衛が耳打ちした。
「薩藩の柴山愛次郎と橋口壮介が藩命によって出府したそうどす」
「江戸詰になったな。何時だ」
「この二十三日とか。それより」
 角兵衛の視線が引き締まる。
「途次、九州各地の尊王志士を歴訪し、皇政回復策を確定させたちゅう噂が入ってまんねん」
 正月に久光東上が発表されているはずだ。それを伝えて回っているに違いない。
 二人は有馬新七と共に精忠組過激派といわれており、昨年、平野次郎らが帰途する際、薩摩藩内伊集院駅で会っている。恐らくそこで、流布されている孝明天皇に譲位を迫る廃帝問題や和宮降嫁の裏事情を聞いたであろう。
「義挙断行の決心を固めたかも知れぬ」
 小松帯刀はその情報を掴むや危惧した。久光四天王が密かに練り上げている企てを知らされていない彼らである。
「藩外尊王志士らと策動を開始すう懸念は充分にあいもす」
 一蔵はそう答えた。企てを漏らせぬ一蔵は、小松帯刀同様、有馬らには藩として行動する重要性を何度も強調してきたが、そのたびに彼らの陰口が伝わってきた。
「大久保説、旧に依って矢張り弛緩な説、誠に救い難きさまなり」
 懸念が今、現実となりつつある。精忠組は事実上、久光派と義挙派に分裂するであろう。しかし、時代の大きなうねりを浴びては、どうしようもない。






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