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薩摩いろは歌 雌伏編(八) 心の駒 (無料公開) 
[【時代小説発掘】]
2011年4月17日 11時4分の記事


【時代小説発掘】
薩摩いろは歌 雌伏編(八)心の駒
古賀宣子


(時代小説発掘というコーナーができた経緯)


これまでのあらすじ: 
 大久保利通の原点はお由羅騒動ではなかったか。斉彬派に属し、喜界島遠島に処せられた父次右衛門は、「激しては負け」との言葉を残し、果たせなかった志を、正助(大久保利通)と吉之助(西郷隆盛)に託していく。一網打尽と思われた処分に、四人の脱藩者が判明し、敵方(庶子派)は探索の目をゆるめない。昨年はとうとう吉之助が斉彬出府に随従し江戸へ。そのほか多くの会読仲間も。一人取り残された正助を脇から支援する錦屋源助(黒田家隠密)。心の柱は郷中教育で叩きこまれた日新公いろは歌だ。


梗概: 
 斉彬の施政にたいして庶子派の反発はますます強まり、とうとうある晩、源助も襲われる。
 左利きの源助は右肩で担ぎ、半纏の下に携帯している大振りの仕込み矢立てを確かめた。しかし、これはめったなことでは使わない。五感のすべてを左目、左耳、左頬に集中させている。(本文より)


作者プロフィール:
古賀宣子。年金生活の夫婦と老猫一匹、質素な暮らしと豊かな心を信条に、騒々しい政局など何処吹く風の日々です。新鷹会アンソロジー『武士道春秋』『武士道日暦』『花と剣と侍』、代表作時代小説『剣と十手の饗宴』などに作品掲載。
 当コーナー【時代小説発掘】では、編集担当。



薩摩いろは歌 雌伏編(一)
薩摩いろは歌 雌伏編(二) 血染めの裃(かたぎぬ)
薩摩いろは歌 雌伏編(三)島からの手紙) 
薩摩いろは歌 雌伏編(四)十六夜の空)
薩摩いろは歌雌伏編(五)慈父の眼差
薩摩いろは歌 雌伏編(六)耳目の門(みみめのかど)
薩摩いろは歌 雌伏編(七)父の生還



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【時代小説発掘】
薩摩いろは歌 雌伏編(八)心の駒
古賀宣子



一 伊地知季安

 夕日に城山が黒く浮かび上がる頃、紋付袴姿の正助は久しぶりに記録所を訪ねた。安政三年の新春である。
「ゆうと(よく)来たな。元気そうで何よいだ」
 門を入ると、松の木立から小柄な伊地知季安が現れた。道すがら年齢を勘定してきたが、七十五歳という高齢にもかかわらず、足取りは確かだ。
 執務の邪魔にならぬよう夕刻に伺いたい旨を近況に添えて認め、今朝方、家僕平吉に届けさせたところ、承諾の返事を貰ってきての訪問である。
「お変わいもなく」
 対峙した際に、自然に口をついて出てきた挨拶だ。それほど伊地知季安の肌は、染みも少なく張りがある。
「幾つになった」
「二十七です」
「拙者が遠島になった歳じゃぁ」
 束の間、伊地知季安は感慨深げに城山へ視線を投げた。
 先々代藩主の時代に起きた近思録崩れの主謀者である秩父太郎が伊地知家の本家筋にあたり、その関わりで連座し、喜界島へ流されている。
 本来なら正助など、奉行に接することなどめったにないのだが、
お由羅騒動による謹慎処分が解かれた三年前、再び記録所に入り、前任者の隈岡五助から紹介された経緯がある。
 伊地知季安は深く息をすると「昔話は止めよう」といい、笑顔を向けた。
「そろそろ身を固めねばのう」
「まだ末の妹がおいますゆえ」
 実はつい最近、その妹に縁談があり、両親はそれにかかりっきりである。決まれば漸く自分もと、ほのかな期待が芽生えつつあるのだが、それどころではないと話題を変えた。「正月にはお目にかかうこっが出来ませず」
郡奉行の屋敷へ年賀の挨拶に行った折に、伊地知邸へ回ったが不在であった。
「そうであった。あん日は登城しておってのう。家人も親類宅へ出かけておい」
 奉行は先に立ち、猫背だが力強い足取りで廊下を進む。
書籍の積まれた奉行の部屋は、墨の微かな匂いと書物にからむ埃や黴臭さが漂い、土と日向臭さに慣れた正助には懐かしい。
伊地知季安はすぐに本題に入った。
「さて、何を教えたら宜しかか」
「記録所へ出仕すうごとなって間もなくでしたか、頼朝の時代よい続く島津家の家譜の書写に加わったこっがござおいもす」
「後世に残すために、写しなおす作業だな」
「あん節は、一字一句間違いのんごっと、そればかい頭にあい、肝心のとこいが曖昧のままでして」
「肝心ちゅうと」
「特に将軍家や摂関家との繋がいなど」
「家斉公の御台所であられた広大院様のこたあ存じておうな」
「大方は」
「先ず将軍家じゃぁが、八代吉宗公の養女竹姫様が五代藩主継豊公の継室として迎えられたこっが契機となっておう」
「享保年間なあ」
「享保十四年だ。そん縁で八代藩主重豪公の三女にあたう茂姫様、後の広大院様が一ツ橋家世子豊千代様とご婚約なさったのだが、思いがけなく、そん豊千代様が十代将軍家治の世子に迎えられるちゅう経緯があった」
「当時としては青天の霹靂じゃったでは」
「薩摩藩側からすれば、僥倖を得たこっになう。そして三年前の八月、斉彬公の養女となられた篤姫様が御城を立たれ、江戸に向かわれた」
「ご縁談はいつごろからじゃったのでしょうか」
 源助からそれらしい話は聞いていたが、確認しておきたかった。
「ゆうとは知らぬが、嘉永三年秋頃に幕府から問い合わせがあったごとだ。広大院様の長命と島津家の子孫繁栄にあやかいたいと。すでに二度も御簾中様を亡くしておられる家定公ご自身のご要望でんあったらしか」
「それにしましても、長引いておいもすのは何故でしょう」
「第一は前将軍の薨去であろう」
その直前のぺルリ那覇入港に続いての浦賀来航と翌年つまり安政元年の日米和親条約の調印、同年四月には内裏炎上。その年六月にはぺルリが再び那覇に来航し、琉球和親条約調印。奉行の記憶は途切れることがない。
「そして昨年の大地震と幕府も国内外に気を煩わすことが多く、婚礼どころではなかったでは」
「殿様も気が気じゃなかでしょうに」
「それゆえ、磯でん反射炉建設は」
 奉行はそう言いかけてから補った。
「溶鉱炉と砲の中をくりぬく鑚開台もそうだが」
 すべては異国に目線を向けた上での軍備充実と生産物を増やし、未発達の産業を盛んにするためである。
「従って、出費が多すぎうと反対もあうごとだが、間違ってはおらんと拙者は思う」
「初めに反射炉の大竃(おおかま)建築に失敗し、そん時すでに島津豊後様などから反対の声が上がったと、聞いておいもす」
「確かそれには五千両を要したらしか。まあ総工費は恐らく四万五千両くらいになうのでは」
「気の遠くなうよな額です」
 殿様が存分に藩政を行うためには、島津豊後ら庶子派を先ず除かねば・・。吉之助がよく手紙で強調していることである。


二 島津家の歴史

 正助は以前から気になっていたことがあり、伊地知季安を訪ねたのだった。
 それは三年前の嘉永六年にさかのぼる。
執政以下、庶子派が多く、気を許しておられぬのでは・・。なんとかせねばならぬ。あの頃からその思いは強く、日頃から仲間と語り合い、抱懐してきた意見をもとに、吉之助と練り上げた建言書を、密かに源助に託した経緯がある。
年の瀬も押し詰まった日、思いがけなく斉彬直筆の諭告書が届いたが、その中に・・。
「尚また秘密に候えども、於篤参府の事、深き考えこれ有る事にて」と記されたくだりがあり、言葉の意味は理解出来ても、何か今ひとつ不消化の感が拭えなかったのだ。
 また以下の文面も、伊地知季安の話を聞くことでようやく腑に落ちた。
 異船による嫌疑多き世の中に候間、公辺(公儀)ご縁組致し候えば嫌疑の憂いも少なく、万事国家の為とぞんじ取り計らい候事にて候ところ、前将軍薨去にて、少々様子変り、善悪などあい分けかね候えども、少々は善き事の趣にもこれ有り・・・。
 もう一箇所、不明な点があった。
 正助は諭告書について簡単に触れた後、その意味を訊ねてみた。
「代々将軍家へはきっと随従いたし、天下の望みはきっと致さぬよう仰せ出されてもこれ有り候て、とありましたが・・」
「そや、大中公と呼ばれておう島津氏第十五代貴久の家訓に、将軍職は子孫に至り望むなかれ云々ちゅう箇条があっとを指しておうのであろう」
 正助は大きく頷き、続く文面にも納得した。
 決して異心はなく候えども、以後異船など渡来にて世々騒々しく相成り候節、いか様の浮説も計りがたきゆえ、ご縁組相成り候えば左様の懸念これ無く、これまた天下の為に候間・・・。
 これについては老中阿部正弘も承知しているとあった。

「次に摂関家じゃぁが」
 伊地知季安が口調を改める。
「茂姫様と篤姫様はいずれも近衛家の養女となられておいもす」
「近衛家と島津家との繋がいは、さらに深くて古い」
「日新公(島津忠良)や島津義弘公については、そん要所々を郷中で二才衆から学んで参いましたが、それ以前はなかなか」
「島津家初代の惟宗忠久は近衛家の家司であった」
「けいし・・。家臣のこっですか」
「門流だな。家の司と書く。鎌倉幕府と朝廷を結ぶ役割を担っておったのだ。従って、もともとは藤原姓を称しておった」
「島津家を名乗ったのは頼朝に仕えてからですか」
「いかにも。島津庄総地頭職に命じられてから、忠久は島津姓を名乗うごとなった。そして戦国の世になうと、和歌を通じての交流を深めてきた」
「日新公いろは歌はそんよな背景から生まれたのですね」
「添削は京に住む連歌師の頭領に頼んだといわれておうが、あん着想は素晴らしか」
「あん歌の良さは、殿様もおいのような身分の者も、諳んじうだけで心が通じ合うとこいではと」
 諭告書の最後に記された一首を例に、当時の感慨を述べる正助に、伊地知季安は力強く頷く。
 奉行の反応に勇気を得て、正助は話を先へ進めた。
「徳川治世の初期に、亀姫様(島津家二十代綱貴娘)が近衛家久様に嫁がれましたのは、知っておいます。徳川期初代藩主家久様とお名前が同じで戸惑い、何度も頁を繰いましたで」
「なうほど。有い得うこっだ」
 伊地知季安は肩を揺すり、静かに笑い声を上げた。
「そん亀姫様が宝永二年に亡くなられ、満姫様(二十一代吉貴娘)が後室に入られました」
「そん通いだ。こういった経緯があい、最初に申した竹姫様婚礼の際には、近衛家出身の天英院様が関ってくださった」
 天英院とは六代将軍綱豊の御台所である。
「そして、郁姫様ですね」
 郁姫は斉彬の祖父斉宣の第七女だが、父斉興の養女として近衛忠熙に嫁いでおり、斉彬とは義兄弟の関係にある。
「郁姫様は嘉永三年に亡くなられたが、殿様は近衛家と今も親しゅしておられうごとだ」 伊地知季安は一旦言葉を切ると、穏やかな視線を向けた。
「長くなったが、呑み込めたであろうか」
「ようやく流れがつかめました」
「島津家の歴史ん上に、斉彬公の言動があう」
「そんことを踏まえつつ、藩や国家の行く末を論じなくてはと、つくづく感じました」
「とかく若い者達は血気に逸いがちだが、心の駒の行くにまかすな、じゃあ」
 伊地知季安はいろは歌の「り」の一部を口にした。


三 紙片二つ

 その晩、正助は記録所で書き留めてきたものの清書をし、それとは別に、殿様の言動を理解する参考にと、吉之助宛にも手紙を書いた。庶子派へのつのる不満が、かえって殿様を困らすような結果を招かぬよう。正助の懸念は、その一点にある。
 二月に入って、源助がかねて注文してあった父の煙管を持ってきた。羅宇の箱は担いでおらず、長細い嚢だけを提げている。
「朝早くに、わざわざ済まんな」
「構いません。こんとこい上方限(かみほうぎり)を回っておいもんで。西郷さぁは江戸ですし、大久保さぁも留守が多く」
 城下は記録所の辺りを境にして東北方向を上方限といい、正助の住む下加治屋町は南西方向になり、下方限になる。
「いけんした、そや」
 藍半纏の右袖口から覗く包帯を、正助が目ざとく見つけた。
「大した傷ではあいもはん」
 源助は照れ笑いをし、ついでながらと、嚢から別の煙管を見せる。
「新しか型です。いかがですか」と片目をつぶった。
「試しに吸ってみうか」
「気に入られたら取い寄せもすで」
 正助は朝餉の支度をしている母に、父の煙管を渡し、代金を払うよう頼んで、小座の板戸を閉めた。
 小机の前に座ると、素早く竹の部分を外す。中から巻いた紙片が二つ。長めのほうを広げて視線を走らせると袂へ。続いて硯箱の蓋を開け、短いほうに何やら記して、再び管へしまった。
 母と入れ違いに戸口を出ると、正助は煙管を返した。
「こや、やや太くて短めだな。細いのに慣れておうせいか・・」
「もし気が変わいもしたや、いつでん仰言って下さい」
 門口まで見送りながら正助は、垣根越しに猫のくそ小路と川沿いの道へ鋭く視線を這わせる。
 炭籠を持って小座に戻った正助は、火桶の灰を掻き分け炭を足し、赤くなるのを待った。ほどなく、紙片を袂から出して投げ入れ、立ち上る炎に両手をかざしながら、文面を反芻していく。
 先夜、菩薩堂の辻で何者か数人に襲われた。詳細は後ほど。樺山三円が月末に東上する。その前に是非話し合いを。
 正助は返事を記した。
 十五日早朝ここで。三円には連絡する。
 夜と一瞬思ったが、また襲われかねない。
「こよ樺山三円のとこいへ」
 朝餉の後、正助は平吉に命じた。
「西田橋を渡って、こちらの方へちっと戻ったとこいでしたね」
「そうだ。気をつけて参れ」
 見送る正助の背後で嘉介が呼ぶ。
「お父上様のお許しが出ましたで」
 近日中に平吉を連れて、市来村の川上に帰るという。
「いよいよ元服か」
「親から手紙が参いまして、村で祝ってやいたいと」
 嘉介は今年四十七歳になる。自分の体調を考え、将来を見据えて、平吉を田舎から呼び寄せたいと申し出たのは、父が流罪になる前年の嘉永二年秋だった。その後、しばらく遠慮をしていたようだが、すでに許しを得てあるのでと、平吉を連れてきたのは、翌年の師走だったろうか。
「平吉は嘉介の見込み通いに成長しておうな」
「実家でん楽しみに致しておいもすごとで」
「折角の機会だ。嘉介もゆっくいしてくうとよか」
「みね子様もご縁談がまとまいましたとか。大久保家も漸く往時に戻いつつあい・・」
 嘉介は首に巻いた手拭を外すと、目頭を押さえた。
「石原家には足を向けては寝られぬ」
 みね子は、すぐ下の妹きち子の夫である石原近昌の世話で、弟の
近義に嫁ぐことになった。
「何度もお金を借いに行かれました」
「忘れもせん。禁を解かれて、拙者が再び記録所勤めを始めたときであった」
 きち子の心中を思うと、面と向かっては切り出せず、翌日の晩に筆を執ったのだった。言葉を尽くした文面を綴り、最後に正直に打ち明けた下りが浮かび上がる。
・ ・昨日もご相談申し上げたく所存ご座候得ども、さりとは申し上
げ候面皮もこれ無く、近くにありながら大略書中を以ってご相談申し上げ候・・・。
 正助は一旦ここで筆をおき、翌早朝、上様興国寺ご参詣につき、詰にて急ぎ罷り出云々と、追伸を加えたのだった。
 藩主参詣に事寄せて手紙を締めくくるなど、卑劣の二字が脳裏を掠めたが、あれが精一杯だった。


四 源助襲われる

「山之口馬場通いを戻っておいまして、殺気を感じたのは日置裏門通いの辻を過ぎた時でした」
「あそこは、途中から菩薩堂を囲むごと道が曲がっておい、前方
が見通せぬゆえ」
 樺山三円が腕を組む。
「歪んだ辻で、敵は日置島津家屋敷側か菩薩堂側か寸前まで判らん」
 正助も頷く。
「あん日は高麗町橋を渡い、武村を回っておいもしたで、戻うのが一刻(二時間)ほど遅かったでしょうか」
 源助にとって身の危険とは、士分を見抜かれることであり、殺傷の懸念は二の次である。いかに慌てふためくか。そうしつつも、敵を確かめる。これが密偵に課せられた責務だ。月夜ではあったが、天秤棒の先にぶら下げた提灯には火が・・。
 薩摩には二つの「じげん」流があると言われている。徳川の治世になって完成された藩公認の示現流と平安期より極秘裏に伝えられてきた野太刀自顕流だ。野太刀自顕流の方は、昨今、下級武士たちが「実践最強の剣法」として熱心に学んでおり、代々薬丸家によって伝えられているため、通称薬丸流とも呼ばれているらしい。
 さて、潜んでいるのはどちらの流派か。
 源助は左手の広大な屋敷の長屋塀寄りに歩を進めていた。前後の箱が揺れるたびに、抽斗に納めた道具が音を立てる。
 普段なら、気にもならないのだが・・。
 菩薩堂を見据えつつ、右、左と視線を走らせ、それでいて、覚られぬよう歩調はいつもと変えていない。
 やがて長屋塀の角が見えてきた。
 源助はできるだけ菩薩堂の板塀に寄っていく。塀は低めだが、密集した樹木に遮られ中は見えにくい。それだけ敵の攻撃も一瞬とはいかない状況にある。
 左利きの源助は右肩で担ぎ、半纏の下に携帯している大振りの仕込み矢立を確かめた。しかし、これはめったなことでは使わない。五感のすべてを左目、左耳、左頬に集中させている。
 屋敷の角が間近に迫ったとき、源助は足元の小石を軽く蹴飛ばした。が、反応の気配はない。
 あっちだな。
 案の定、角から現れたのは白茶の猫一匹。転がってきた小石の臭いを嗅いでいる。
「おお、虎じゃねえか」
 左へ寄りながら、一声発し、束の間、緊張をほぐす。が、すぐさま五感を右へ。
 菩薩堂の角が迫り、暗いながらも前方が拓けた。道幅は倍以上になる。その先には、海へとなだらかに下る菩薩堂(ぼさど)通りが、ほの白く延び、自然と心にもゆとりが・・。
 その時。右手より数人の足音とともに、天を突き刺すように白刃が光る。
野太刀自顕流だ。薩摩入国に際して叩き込まれた言葉が浮かぶ。
初太刀を外せ。
 うろたえたように、たたらを踏むと、天秤棒が傾いて、後ろの箱が音を立てて落ちた。同時に前の箱が源助の面前へ。提灯が浮き上がり、一瞬、一人の顔を照らし出す。
川田丙蔵。
 西田町の大店鶴屋の次男で、数年前に士分に取り立てられた庶子派の密偵だ。
 そのまま箱を隠れ蓑に、慄くように天秤棒を握り締め、大声を張り上げた。
「誰か。人殺し」
 ほとんど同時に、右肩に強い震動が加わり、手首に鋭い痛みが走った。箱が落ち、棒が転がり、提灯が燃える。どうした、どうしたかと、頭上で響く声。
「町屋の木戸番たちじゃった」
「危なかったなあ」
 一心に聞き入っていた二人がほとんど同時に嘆息する。
「襲われうのは、初めてじゃなかか」
 三人は座敷で眠る正助の父を気づかい、頭をつき合わせている。 
「今まで、大久保さぁが狙われとうと、そればかいを気にかけておいましたのに」
「身元を見抜かれた気配は」と樺山三円。
「目下のとこいは。去り際に、まだ判らんちゅう呟きを耳にしもしたゆえ」
「放念すうな、と、いうこっだな」
「こや、江戸の動きと連動しておうのでは」
 正助が呟く。
「城代家老島津豊後一派の反発は依然強いらしかゆえ」
「内外の情勢を見据えての施政を理解しておられうのだろうか」
 正助は伊地知季安との問答をなぞっていた。
「斉彬公が目指しておられうのは」
 源助が黒田斉溥からの情報を告げる。
「勤皇の精神を鼓舞して、大義名分を明らかにし」
「公武の一致を計う」
 樺山三円が相槌を打つ。
「いかいも。国内統一のためにです」
「そして富国強兵の基を開き、対外の政策を行おうとしておられう」
「そん通いです。ですから江戸でん公武の間に尽力なさい」
「藩政を改めていく際も同様で、磯の反射炉建設もそんためだと思っとうが、島津豊後らはそん辺が・・」
 正助も源助の話はよく理解できた。
「とこいが幕府側も、このような斉彬公の姿勢から薩摩藩を疑い、異心あっとじゃなかかと看做し、動静を注視しておうらしか」
「それゆえ斉彬公は」
 樺山三円が江戸滞在中に感じたことを語る。
当節は世の中が騒々しくなり、どのような浮説が起こるか計り難い状況にあるゆえ、公武の合体を計り、国家の基礎を固めることで、対外の策を行わんと欲する以外に意志なきを示さねばならなかった。
「それに加えての藩の内情じゃっでな」
 繰り返し論じていくことで、藩内外の動きがより鮮明になっていく。正助は必死だった。
 大きな渦の中で他藩の者達と国家の行く末を語り合えたら・・。江戸で働く吉之助をはじめ、郷中仲間を羨ましくないと言えば嘘になる。しかしそれは今の自分にとっては無理な話だ。
 それならば、西目地区の蔵役という命じられた職務に専心し、国許の基礎を固める駒となろう。ただ大事な点は、大きな視点を見失わぬことだ。
「それだ。斉彬公が最も憂えておられうのは、藩内の情勢で、庶子派の鎮撫も念頭にあうと聞いとう」
 樺山三円の言葉に正助は元気付けられる。国許を固めてこそ、江戸は思い切り振舞えるのだ。
「それで、斉彬公は有力な幕閣と結んで庶子派を鎮撫せんとなさった。そん幕閣が阿部正弘なのだ」
「襲封なさう以前から親交を深めておられたのだろう」
「何しろ阿部正弘は明閣老の誉れ高い方じゃっでな」
先代に退隠をそれとなく仄めかし、事を荒立てずに、斉彬公をして襲封させ得たのも、幕府内部よりの斡旋があったことが大きい。
「そいどん、利害が一致していた面もあっとじゃなかか」
 斉彬が暗愚や、ずる賢いだけの人ならば、賄賂攻勢も有り得るが、賢く経綸の才を備えている阿部正弘が、賄賂だけで動かされるとも考え難い。国家の大事を諮るべき相手は、斉彬の上に出るものはないと思っているからこそ、応じたのではないか。
「大久保さぁのいう通いですよ。ですから斉彬公も、抱懐しておられう開国進取の政策をすうにな、胸襟を開いて阿部正弘と親交を結ぶのが肝要と覚られた」
「篤姫輿入れに熱心になられたのも、そういった心の経緯があったればこそ」
 樺山三円も大いに肯く。
「当初(嘉永三年)は、幕府よいの申し入れであったごとだが。六年の間に内外の情勢も激変してきたしのう」
「東上した暁には是非、吉之助さぁへ国許の状況をお伝え願いたい」
「必ず」


五 理も法も

 川内川沿いに並ぶ下代蔵近くに蔵役の長屋はある。そこに源助が密かに訪ねてきたのは、稲穂がたわわに実った頃であった。
「吉之助さぁが斉彬公の御前に召しだされたそうですよ」
「眞か。いつ」
「四月十二日に初めて、密室で問答を受けた由」
「問答を・・。人物を確かめられたちゅうこっか」
「五月までに四回あい、それぞれ半刻ほどでしたとか」
「緊張したであろうな。そいどん、それだけ回を重ねたちゅうこたぁ、お心に叶ったな」「いかいも。そん後召し出され、水戸斉昭へ密書を届けに行ったそうです」
「密書を水戸家へ」
 江戸の空気を一気に浴びたようで、正助は胸苦しくなった。
「そや、いつか」
「七月に入ってからです」
「斉昭公と直に言葉を交わしたのだろうか」
 正助には想像を超える場面だ。
「詳細は側近の安島帯刀様に述べられたと考えもすよ」
「なうほど。それにしても、吉之助さぁは、資金のやり繰りに苦労しておうのではなかか」
 昨年末、西郷家は下加治屋町の屋敷を売り払い、上之園の借家住まいをしている。挨拶にきた弟吉二郎の憔悴しきった顔が思い出された。
「無論、活動資金として五十両くらいは、側役を通じ、与えられておうでしょう」
 言われてみれば尤もなことで、正助は黙って頷いた。
 暫時の間をおいて、源助が声を落とす。
「水戸藩の内情も大変らしゅ」
「昨年の大地震で藤田東湖と戸田忠敬が亡くなったのも原因の一つなのだろうな」
「斉昭公も往時の輝きは感じられんとか。同じ頃、武田耕雲斎から藩の苦悩を聞かされた由」
「分裂か」
「いかにも」
「いずこも同じだな」
「そやそうと薩摩藩邸も」
 源助が話題を転じた。
「大きな被害を受けて、財政の負担が急増したため、斉彬公は蒸気船づくいを中止したそうですよ」
「すうと、国防力の増強はいけんなうのだろうか」
「外国船の買い入れに方針を変えたと聞いておいもす」
「鹿児島から、殿様考案の日章旗を掲げて運航した昇平丸が、懐かしか」
 
 師走の半ば頃、吉之助から短い手紙が届いた。
 返事がなかなか書けず気になっていたとあり、先ずは近況が簡潔に記されていた。
 一つは殿様に男児出生の願を芝明神にかけ、生涯不犯(ふぼん)の誓いを立てたこと。二つ目は篤姫の輿入れ準備に奔走していることであった。
 そして、読んだらすぐに燃やすよう、断りがあり、次のように記されていた。
 五月に水戸藩士たちから頼まれ、一橋慶喜を将軍世子にするよう殿様に働きかけたこと。八月に入って、島津豊後の更迭を殿様に言上したところ、老中阿部正弘に相談せよと命じられたことの二点である。
 最後に正助の手紙にあった同じ歌を殿様も諳んじられ、改めて胸に叩き込んだと結んでいた。

 理も法も立たぬ世ぞとてひきやすき 
          心の駒の 行くにまかすな


 二才衆から学んだ解釈はしっかり心に刻まれている。 
 乱れた世の中にあっても、自分勝手な振る舞いに走ってはならない。たとえ世間が乱れても、どのように変化しても自分の行動は正しく真直ぐにしなくてはならない。
 

(続く)




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