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薩摩いろは歌 雌伏編(五)慈父の眼差(無料公開)
[【時代小説発掘】]
2010年12月5日 17時13分の記事


【時代小説発掘】
薩摩いろは歌 雌伏編(五)慈父の眼差
古賀宣子


(時代小説発掘というコーナーができた経緯)


これまでのあらすじ:
 大久保利通の原点はお由羅騒動ではなかったか。斉彬派に属し、喜界島遠島に処せられた父次右衛門は、流人船で発つ日の朝、果たせなかった志を、正助(大久保利通)と吉之助(西郷隆盛)に託していく。「企ては発覚しては何もならぬ。慎重に念には念をいれど。激しては負けだ」(本文より)
 一網打尽と思われた処分に、四人の脱藩者が判明し、敵方(庶子派)は探索の目をゆるめない。二人は仲間との会読の集まりも控えがちになる。その二人を脇から支援しているのが羅宇屋の錦屋源助(黒田家隠密)。役料が途絶えてかさむ借金に母の病。そしてかつて父が赴任した沖永良部島に住む島妻からの手紙に心揺れる母。苦悩はどん底に近い。立て続けに肉親を失った吉之助も同様だ。そんな中、二人は江戸詰のため旅立つ仲間たちを水上坂まで見送る。心の柱は郷中教育で叩きこまれた日新公いろは歌だ。林間に後姿が消えるまで見送った二人は、白く変じた月を凝視した。(中略)「おい達の月は、すでにこれ以上へこみようがないほど細か」我に返ると吉之助が胸に手をあてている。
「そん代わい、両端は天空を突き刺す如くだ」
 二人は肩を揺すり、低く抑えるように笑い声を洩らした。(本文より)



梗概:
 藩主斉彬の二度目の帰国が翌月に迫っていた嘉永六年五月、謹慎が解かれた正助は再び記録所へ。今回の赦免は謹慎・免職の者たちだけで遠島者は含まれていない。斉彬が藩主になれば、すぐにでも高崎崩れの犠牲者は処分が解かれ、一方反斉彬派は厳しく罰せられるであろうと期待していただけに、藩士たちの不満はくすぶっていく。ある日正助は吉之助に思い切って打ち明けた。日頃から抱懐してきた意見を上様に伝えてみてはどうかと。一晩かけて書き上げた建議書を二人は源助に託す。と、思いがけなく年の瀬に、言葉を尽くした斉彬直筆の諭告書が・・。
・・当国は昔より隼人と唱え、人気(じんき)勇壮比類なき候えども、第一のかん忍は薄き方にて候間(中略)・・
 黙読をしていた二人はどちらからともなく声を合わせた。
「痛いところを突かれたな」(本文より)



作者プロフィール:
古賀宣子。年金生活の夫婦と老猫一匹、質素な暮らしと豊かな心を信条に、騒々しい政局など何処吹く風の日々です。新鷹会アンソロジー『武士道春秋』『武士道日暦』『花と剣と侍』、代表作時代小説『剣と十手の饗宴』などに作品掲載。
 当コーナー【時代小説発掘】では、編集担当。


薩摩いろは歌 雌伏編(一) 仙巌洞
薩摩いろは歌 雌伏編(二) 血染めの裃(かたぎぬ)
薩摩いろは歌 雌伏編(三)島からの手紙) 
薩摩いろは歌 雌伏編(四)十六夜の空)

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【時代小説発掘】
薩摩いろは歌 雌伏編(五)慈父の眼差
古賀宣子



一 赦免

 御城の前の広い通りで大久保正助は、目に映る景色を確かめるように見渡した。錦江湾に昇りはじめた朝陽が薄い雲間から温もりを含んだ光を放射し、静謐な空気があたりに漂う。昨日今日と梅雨の晴れ間が続いている。そのせいか、造士館に隣接した演武館からは、早朝の訓練らしく、鞭や蹄の音が樹木を震わすように伝わってきた。その演武館とやや狭い道を挟んだ北隣に記録所はある。束の間、向いの矢来御門に視線を止めてから、正助は記録所御門に一礼した。
 記録所の書役助に任じられたのが七年前の十七歳のときだった。そのころは父が処罰を受けるまで務めていた琉球館の役宅から通っており、当然のように引き戸に手をかけていたのだが。
 嘉永六年(一八五三)五月、出仕時刻にはまだ半刻(一時間)以上早いが、初心にかえって執務室の掃除をしようと下加治屋町の家を出てきた。そのくらいせねば、禁を解いて下さった斉彬公に申し訳ない。
 その藩主二度目の帰国は来月に迫っていた。
 漏れ伝わったところによると、嘉永四年五月の初入部以来、藩政の根底には異国船への危機意識があるという。まさに治にいて乱を忘れずというべき時節だと。こういうとき諸士困窮におよんでは、万一異国船がきたら、心では充分にわかっている者たちも、なかなかその手にはおよばないであろう。またかねて風俗礼儀を守るように申しつけておいても、今日の飢渇(きかつ)にせまっては(嘉永三年八月の台風による多大な農作物の被害などを指す)、志のある面々も学問武芸はそっちのけで、心に悪意はなくとも、よんどころなく不正行為を働かないとも限らない、とも。
 従って先年の入国の際も、多忙な初入部行事の間をぬって、この意識に基づいた抱負を実行している。すなわち民政・勧業・教育・造船・洋式産業・外交問題などの処理については、すべて手をつけているという。
 ただ一つだけ藩士の間にくすぶっていたのが人事問題である。
 激しい党争事件の直後だけに、斉彬が藩主になれば、すぐにでも高崎崩れの犠牲者は処分を解かれて、遠島者は帰り、一方反斉彬派には厳しい処分が行われるだろうと期待していた。
 正助も同様である。しかし、初入部の帰国中、一向にその気配はなく、二回目の帰国を迎えようとしている。
 今回の正助を含めた謹慎者や免職者の赦免は、前年十二月に斉彬が従四位上左近衛権中将に昇進したので、その恩赦といわれている。が、肝心の遠島者は含まれていない。
 ともあれ正義党の名を汚してはならない。今の正助にできることはその一点である。
「大久保様ではあいませぬか」
 角の番所から懐かしむような声が・・。記録所の先に広がる下乗・下馬の敷地は、まだ閑散としている。
「今日よいご出仕で・・」
 古株の小柄な番人から祝いの言葉を受けた。三年前の春、ここを辞するときにも声をかけて見送ってくれた人だ。
「ようやく御赦しが出てのう」口元が自然とほころぶ。
 上背のある正助は前屈み気味に一歩を踏み入れた。右手松の木立からは白壁が見える。島津家が源頼朝の家臣だった頃からの書籍や記録類を保存している土蔵だ。毎年梅雨が明けると、何日もかけて中の書物をすべて虫干しする。記録所にとっての一大行事だ。玄関先を小間使いの平作爺さんが掃いている。腰が少し曲がったようだ。足音に気づいて褐色の顔が振り返えるなり、懐かしそうに名前を呼んでくれた。
 正助は番人に告げたのと同じ言葉を繰り返し、宜しくといった。
 式台には平作爺さんが用意した桶がある。これも三年前とまったく変わらない。縁にかけた雑巾はすでに使用したあとがある。怪訝に思いつつ両刀を抜き、丹念につま先や足の裏を拭いて、すすいだ雑巾を固く絞った。次に使う者のために取り決められた所作である。 所内は物音一つせず、人声もしない。前方、左手庭を塞ぐように建っているのは閲覧室だ。塀際の樹木を見やりながら奥の執務室へ。手垢で黒ずんだ板戸を開けると、紙や墨の臭いが微かに鼻をついた。長机が向かい合って並び、正助の場所は壁側の末席近くだったが、改めて記録奉行の指示を待たねばなるまい。壁に設えた刀掛に両刀を納め、早速懐から雑巾を出し、机の乾拭きをはじめた。
 昨日正助が出仕の思いを告げると、母が端切れを重ねて縫ってくれたものである。
「本来なら、小袖や夏袴を新しゅ誂えたいのですが」
 門口まで出てきた母は、わずかに顔をそむけると、袖口で目頭を拭った。
 奥の襖が開いて奉行の隈岡五助が現れたのは、机を拭き終えたときである。
「おめでとう」万感をこめた一言だった。
「もうお見えになっておられたとは」
 式台にあった雑巾が脳裏をかすめる。
「そちが再度出仕と聞いてのう」
「それでわざわざ」
 恐縮してあとが続かなかった。三年前の正月、所内で古希を祝ったほどの高齢だが、目に張りがあり、物言いは淀みない。隈岡五助は朱子学者であり、国学にも通じた人で、胃弱のために武芸を諦めた正助へのよき理解者だ。
「お父上のご様子は」
「三月に便いが届き、元気なようで安堵致しておいもす」
「そや何よい。困窮の噂は聞いておったが、力にもなれず」
 隈岡五助は目元を曇らせ、苦しそうな息を吐く。
「ご心配忝く感謝申し上げもすが、主犯と見做されたお三方を考えもすと、弱音など吐いてはいられませんでした」
 強がりを言っては見たものの、家政は苦しいに他ならない。一昨年、父の知人で財力のある森山与兵衛から、一部は太刀を抵当に借り入れたりなどした三十四両一分も底をつき、長妹きち子の嫁ぎ先への借金申し込みを思案中なのだが・・。
「確かそこん近藤隆左衛門様と山田清安様では」
 隈岡五助は裏手の方へ手先を向けた。
 記録所を囲む広大な一角の後方は、寺社奉行所と町奉行所が占めており、千石馬場通りに繋がる道に面している。隈岡五助がそこと言ったのは町奉行所のことだ。近藤隆左衛門は町奉行物頭勤で山田清安は町奉行格鉄砲奉行勤だった。あとの一人は高崎五郎右衛門(船奉行家老座書役勤奥掛)で、父次右衛門に頼まれ、正助は屋敷まで何度か手紙を届けたことがある。
「かない厳しか処罰じゃったと聞いておう」
 三人に処罰が下ったのは嘉永三年三月だが、前年の十二月三日、評定所からの「御用召し」があった時点で切腹している。
「罪名は除籍・磔刑で、その上、近藤様には鋸挽までもが」
「最も悪意あいと見做されたのだな」
 処罰は家族にも及び、近藤・高崎両家は長子が十五歳の誕生月を迎えるのを待ち奄美大島遠島。山田家は妻女が種子島遠島になった。
「近藤家の嫡男は確か欽吉と申したが、高崎家は存じておうか」
「左太郎(後の正風)様です」
 父の手紙は必ず五郎右衛門に手渡すよう命じられていたので、不在のときは持ち帰っていたが、ある時から代わりに左太郎が出てきて受け取るようになった。鼻筋の通った聡明そうな面立ちで、正助よりも六歳ほど下と聞いている。
「まだ十七じゃぁからのう。先を思うと・・」
 隈岡五助は深く嘆息すると、「実は」と口調を改めた。
 昨年八月を以って隠居した旨を告げ、新しい奉行を呼んだ。現れたのは同年輩の老人だった。
「伊地知季安(いじちすえよし)殿だ」
 痩せて小柄だが、瞳の奥に揺るぎない光をみた。
「皆吉鳳徳さぁのお孫さぁなあ」
 突然祖父の名を言われ、正助は息を飲んだ。
「伊地知殿は例の文化五年の近思録崩れに連座し、喜界島に遠島になられた方だ」
 別名秩父騒動ともいわれ、同じく連座した皆吉鳳徳は、出水郷の寺に蟄居させられたと、母から聞いている。正助はつかの間、強い味方を得たような、えもいわれぬ情感に浸った。


二 庶子派隠密

 帰宅するなり正助は、菜を刻む母に、奉行所での思いがけない出来事を告げた。
「伊地知季安様・・」母は首を傾げる。
「当時はお幾つでしたか」
「六つかしら。下の妹が生まれて間もなくでしたから。赦されてからは、ほとんど黙して語らず、でしたゆえ」
 それでも、祖父の名前がでたことに母の眼は輝き、これも何かの廻り合わせと、軽やかに包丁の音を弾ませる。暮らしの辛さを忘れさせるほんの一こまだった。

 六月に入って間もなくのことである。
「いかがでござおいもしたか」
 家政を預かる家僕の嘉介が傘も差さずに戸口から飛び出してきた。
 正助は黙って首を横に振るしかなかった。
「直左衛門様に面と向かうとなうと」
 きち子の夫石原直左衛門に借金の申し入れに行ったのだが果たせなかった。
「左様でござおいもすか・・」
「きち子の心中を思うと、切い出せず」
 我ながら情けなく惨めで、道中目は伏せたままだった。
「そいどん、御製薬方の利息上納などもござおいもすし」
 嘉介のつぶやきが腹の底に突き刺さる。
「承知致しておう」
 そのとき背後で呼び声が・・。
「源助じゃなかか」
 一昨日、預かってきた縫い直しの着物を母に届けに来たばかりなのだが。
 嘉介が戸口を広く開けた。源助は軒でいったん羅宇の箱を下ろして、雨よけの覆いをはずし、天秤棒をたてかけた。箱の一つを嘉介が運び入れると、もう一つを抱えながら、源助は四方をさりげなく窺う。
「川田丙蔵が跡をつけておいもしたよ」
 小座の板戸を正助が閉めるのを見届けるなり、源助が囁く。川田丙蔵は士分に取り立てられた人物で、敵対する庶子派の隠密と言われている。しかも実家は米屋と質屋を営む大店だ。
「見かけたのは、どの辺いか」
「武之橋へ向かう谷山筋でした」
 谷山筋とは城下から甲突川を渡り錦江湾沿いに、喜入、今和泉、指宿と南下していく街道である。
 源助は住まいの立て込む脇道から正助が通り過ぎるのを見つけ、歩を早めた。すると続いて川田丙蔵の姿が・・。足取りから尾行と直感。通りに出た源助は、蓑笠をやや上げ、しばらく細い縦縞の袴から眼を離さなかった。
「山之口馬場通の辻まで戻い、高麗町橋を渡って消えもした」
「実は妹の嫁ぎ先へ行った帰いじゃった」
 それしか口にしなかったが、源助は覚ったようだ。
「庶子派は大久保さん等が会読の仲間を広げとうのを警戒し、隙をみては切い崩しをと狙っておいもす」
 充分ご注意をと促す眼は、すっかり鋭さを湛えている。
「拙者がそん標的なのだな」
 困窮の噂は聞いていたがと、苦しそうな息を吐いた隈岡五助の表情が甦る。
「しかも、相手の最も弱か処を突いてくう」
「家の周辺は日々それとなく平吉に見張らせとうが、あれ以来、特に表立っては」
 平吉とは読み書き算盤の好きな嘉介の甥で、ここ数年、体調を崩しがちな嘉介が自分の跡継ぎにと育てており、今年十二歳になる。その平吉が「誰かがうろついている」と不安気に告げたのは、父が遠島になって間もなくのことだった。たまたま来ていた源助と中から様子を窺い、川田丙蔵と判明。あれ以来とはそのときのことを指している。
「敵もさるもの。ちっと離れた辻で見張っとうでは」
「行き先も掴んだな」
「ここは踏ん張い時ですよ、大久保さぁ」
 いずれどこからか借りなければならない状況にある。そこまで追い詰められているのなら、たとえ妹が惨めな思いをしようとも、信頼がおけるのは親類筋のほうだ。川田丙蔵の実家なら、担保の品と暖簾を潜る勇気さえあれば、金は借りられるであろう。その代わり大久保家の内情は筒抜けになる。そうなれば失うものも大きい。挙句は妹の立場も落としていくに違いない。
 流人船で発つ日の朝、父が吉之助と正助に残していった言葉が臓腑を駆け巡る。
「企ては発覚しては何もならぬ」
 その通りだ。斉彬公が目指しておられる政(まつりごと)が、滑らかにかつ速やかに行われるようにならねば、薩摩国はよくならぬ。微力ながら、我等はその駒として意義ある動きをしたい。そのためには、斉彬公の意を的確に汲み取る力と己の考えを述べられるだけの素地を身につけねばなるまい。吉之助と密かに誓った会読の目的もそこに定めて励んできたのではなかったか。
「正義党の火を絶やすな」
 声量ある、やや低めの声音が、改めて耳朶を打つ。


三 当惑致し居り時宜

・・・近頃申し上げかね候えども、拠所(よんどころ)無き入用の儀これ有り、別して当惑致し居り時宜ご座候につき、何卒(なにとぞ)金子八両だけご拝借成られ下さり候儀、相叶(あいかな)い間敷(まじき)や・・・
 翌日の晩正助は筆を執った。「当惑致し居り時宜」と記す段に、父の顔が点滅し、しばし筆先が鈍る。
 父は文政末期と天保中期に二度、沖永良部島代官附役としてそれぞれ二年ずつ赴任しており、島妻筆との間に二人の娘を儲けている。
 父の遠島と入れ替わりに上の娘タケの死を伝える手紙が届いた。飛脚船は年に二度の往来なので、翌年の三月、熟慮の末にそのまま小包に添えた。秋に届いた手紙には、筆の心情がよく伝わったらしく感謝している文面だった。が、直接悔やみの手紙を出したかは不明であった。
 そして今年の春、筆から再び手紙がきた。二年前に頂いた「じえもんさま」のお手紙は、今でも時おり読み返しているとあり、続いて十五歳になるマツが近々祝言を挙げると喜びを綴っている。
 どうやら父は流人の身であることを伏せたようだ。素直に喜びを表した文面がその証である。タケが祝言を挙げたときはどうしたか。嘉介に尋ねると、父は僅かだが祝金を送ったという。ならばマツにも送らねばなるまい。筆は当然そのように受け止めているであろう。ありのままに今の状況を告げるのも一つの道には違いない。しかしそうなると、父が流人であると知れてしまう。
「お父上様があん騒動に連座なさったのは、国を憂い、国のためを思ってのしでした。己の欲得のために動いたではあいませぬ」
 父が出立する前夜、誇りを失うなと、子供たちを前に語った母の厳しい視線が甦り、筆先に勢いが戻る。
「実に不分別至極と思し召し候とは」「莫大なお世話に預り候て」「何とも申しあげ難く候得ども」と言葉を尽くしながら、「願わくはご才覚成られ下さり候様、萬萬伏して願い奉り候」と綴り、最後に正直に打ち明けた。
・・昨日もご相談申し上げたく所存ご座候得ども、さりとは申し上げ候面皮もこれ無く、近くにありながら大略書中を以ってご相談申し上げ候・・・と。
 正助は一旦ここで筆をおき、見直す間を取り、翌早朝、日付を六月四日とし、追伸を加えた。
 今日上様興国寺ご参詣につき、詰(つめ)にて急ぎ罷り出候事にて、乱筆偏に御免下され候。
 昨朝、記録所に出仕すると、伊地知季安に呼ばれ、興国寺の詰に参るよう告げられた。恐らく上部から人員提出の命が出たのであろう。遠目からでも初めて斉彬公を拝見できるかもしれぬ。鬱々とした正助の心に一条の光が射した。奉行の配慮には感謝のしようがない。
 藩主参詣に事寄せて、文面を締めくくるなど、卑劣の二字が脳裏を掠めたが、これが精一杯であった。
 手紙を平吉に持たせ、返事を伺ってくるよう言い含めた。
       
 梅雨が明けたある晩、郡部の巡廻を終えた吉之助が久しぶりに顔を出した。吉之助は祝言を挙げて一年以上が経つが、子供はまだらしい。西郷家では、昨春、続いて、妹琴も嫁いだが、その後は祖父、父、母が、二カ月おきに逝くという不幸に見舞われた。来年には傘寿を迎える祖母と五人の弟妹を抱え、吉之助も生きていくのが精一杯な状況なのだろう。
「興国寺に詰めたそうじゃなかか」
 興国寺は坂本村にあり、島津家の菩提寺である福昌寺の末寺だ。
「御小姓組の者たちは本堂の周囲に配され、寺社奉行所の者が名を読み上げては場を指定していった」
「記した書面があったのだな」
「上様に何か起これば、近くの者が責めを負う」
「それで、正助はどの辺いを」
「山門から本堂に至う、中ほどじゃった」
「大きな燈籠があったろう」
「そん脇だ」
 上様御成り。山門の下から奉行所の下役人が叫んだ。その声が耳底に甦る。担がれてきた御輿が門前に横付けされるなり、控えていた者達が一斉に両手をついて視線を落とした。引戸の開く気配に、正助は視界の隅に力を込める。御草履に足袋の先が被さるや、いずこからともなくため息がもれた。
「驚いたこっに、場所を指定した役人が名前と職名を告げ、面を上げと命じていくじゃなかか」
「真か」
「そん都度、上様の頷かれうお声が」
 御草履が間近に迫り、胸が早鳴り、周囲に聞こえぬかと憚れたほどだ。
「ご尊顔を拝したのだろう」
「一瞬のこっで」
 力強い面差しに、首筋を引っ張られたような思いだった。
「もしや遠目からでんお姿が・・。心躍らせた前夜のめでたさに恥じ入っばかいだ」
「拙者とて、お顔は細面かと、たった今咽喉まで出かかっていたさ」
 吉之助の助舟に、正助は破顔する。
「そいどん、それほどの厳しか態勢じゃったとは」
 吉之助は口調を改めた。
「執政以下、庶子派が多いと聞いておうゆえ、お気を許してはおられぬのでは・・と」
「なんとかせねばならぬな」
「日頃から仲間と語い合い、抱懐してきた意見を、上様に伝えてはと考えもすが」
 正助は思い切って吉之助に打ち明けてみた。
「そや良策かも知れぬ。正助は謹慎中で知らされてなかったであろうが、上様は藩内に広く意見を求めておられ、拙者も農政についての建議書を提出している」
「では、善は急げ。早速、文案を練いもそや」
「大山さぁや樺山、有村等の書状から察すうに」
 大山は大山正円(綱良)、樺山は樺山三円(資之)そして有村俊斎で、ともに会読の仲間だ。彼等は昨年暮に茶道坊となって東上し、江戸の動きを知らせてきている。
「斉興公以来の権臣を退けうには、幕閣や水戸藩に働きかけねば無理のごとだな」
「権臣を退けうこっでしか、薩摩藩の刷新は叶わぬゆえ」
「先ずはそん辺からだな」と吉之助。
 筆を執るのは正助だ。
 夜更けて、建議書は書きあがり、封をした。二人はどちらからともなく瞑目し、大きく息を吸い込んでは吐き出すのを繰り返した。
「明日、母が錦屋へ仕上げた着物を届けに参うので、近日中に立ち寄ってくれるよう源助への言伝を頼みもす」
「先ずは第一歩だ」


四 斉彬諭告書

 思いがけず藩主からの諭告書が錦屋によって届けられたのは、その年も押し詰まった夕刻であった。小座と座敷の掃除を済ませたところで、板戸も障子も開け放っていた。
「今しがた西郷家へ立ち寄い、半刻ほどしたら大久保宅へ参られうごと伝えてきもした。庶子派に気づかれてはないませぬゆえ」
「では、吉之助さぁが見えてから開封しもんで」
 油紙に包まれたそれを、正助は押し頂いた。
「東目巡視から帰られて早々、昨夜中に認められたとか。乱文乱筆だが、口上の代わいゆえ、よく意味を咀嚼し、関勇助等へも程よく申し聞かせうごとのこっです」
 関勇助は正助と同じく赦免されたが、すでに隠居の身だ。父次右衛門が、何か困った際は関殿に計らうようにと、言い残していった人である。
 錦屋が帰って間もなく吉之助がやってきた。正助は、板戸や襖に続き、道筋をさりげなく窺いながら庭に面した障子を閉めた。大気の入れ替えが済み、室内は凛とした空気が漂う。
「人心一和の義(ぎ)尤(もっとも)に存じ候」
 二人は力強い筆致を食い入るように追っていく。
 戸田・藤田等へ取り合いかつ書通等の事申し候処、その通りの事にて、少しも疑うべき訳はこれ無き候・・・
「こん戸田は、江戸からの書状にあった水戸藩士戸田銀次郎だな」
「そうだ。藤田は藤田東湖。わしらが幕閣や水戸藩に働きかけねばと、記したゆえ」
 小声ながら満足気な声音の吉之助。
 忠邪明白の処置、これまた尤もの事にて、その儀は山々相考え候えども、かようの一大事は時と位(場合)を考え申さず候ては、善事も却って悪事と相成り候儀、古今ためし(例)少なからず候・・
「このくだいは、幕府監察へ差し出すの件だな」
「表向きの事ゆえ宜しきように思えるが、その後がどうなるかと、懸念しておられもすね」
「成る程。いずれ寺社奉行等三奉行の評議になり、残らず呼び出される。吟味の上、忠邪分明にはなろうが、仙台騒動のように島津家の恥辱も世上に顕れてしまう。それでも良き方法と申すべきかと書いておられう」
「猶又申聞候、その節の形行・・。こや先年の騒動の顛末なあ。ならびに奸人の名前・・」
「庶子派の島津豊後等だな」
「近藤はじめ咎を請け候儀は・・。近藤様や高崎様等処分を受けた全員でなあ」
 つぶやきつつ、正助の脳裏に父の姿が浮かぶ。
・・残らず辰之口へは書面を出し居り候て承知にて・・
「辰之口ちゅうと」
「御評定所のこっじゃなかか」
「この儀を忠邪分明に致すには、また御評定所に出すほかはないとあう」
「そうなうと忠邪ははっきりしても、島津家の恥辱になり廣大院様(家斉の御台所、島津重豪の三女)のご由緒もあり、ご公儀にとっても宜しくない」
・・何分にも無事に相済候様にとの事にて、辰之口にても殊の外心配致され候て、御参府後拝領もの等にて首尾能取計相済候事にて・・
「辰之口ちゅうのは老中の阿部様を指しじぁごとだな」
「うむ。そん辺いに屋敷があうに違おらん。首尾ゆうと取り計らいちゅうのは、お茶入れを拝領し、それとなく先代斉興公がご隠居を命じられた一件だ」
「じゃっで、今更それ以上十分の処置はないと説いておられう」
「山くくりの儀も尤もに候得共・・」
 吉之助が音読する。
「このような表向きの諸事情があっては用い兼ねたとあう」
「しかしながら探索方を用いる儀はとくと考え申すべき候と、あいもす」
「建議の一つは受け止めて頂けた」
 一旦は口元をほころばせた吉之助だったが、その直後に表情を引き締めて続けた。
「尤も、既に密かに用いておられうのかも知れぬ」
「うむ。我等に聞こえてこぬだけで」
 二人は照れ笑いを浮かべ、先へと読み進める。
「次は秩父の件だ」
 薩摩藩では大量の藩士を処罰した騒動が、四十年ほど前にもあった。記録所奉行の伊地知季安が遠島に処せられた「近思録崩れ」である。先々代藩主島津重豪(しげひで)が、その子斉宣の起用した秩父太郎等の政策に激怒、近思録党と呼ばれた一党百十余名を処罰した一件だ。今回の建言書には、主犯格だった秩父太郎等の子孫の宥免も盛り込んだのだった。
「尤もではあうが、難行な事と書いておられう」
「政事向きの内容ではないが、三役以上側役に申し付ける際は、斉興公にご相談申し上げるのが昔からの慣わし・・と」
「ご許容なられないのは明らかで、黙って行えば不都合が起き、却って政の邪魔になるのは必定と。そこまでは考え及ばなかったな」
 諭告書はまだ半ばにしか至っていない。
 先度之一條、忠邪明白も尤に候得共、此儀中々申しほどきむつかしく候・・・
「こや初めの人心一和の件なあ」
「あれでは言葉が足いんと思われたのか」
 忠邪分明になれば、表向きには不明であった悪名がいよいよ明らかになる。前文通り、公辺(公儀)のご沙汰を仰げば、いよいよ悪名増長にもなる。それを承知で無法に取り扱っては、果たして孝道といえるだろうか。右のような心遣い(遠慮)まで勘考の上で申しておるのか。書面の趣にては、少々粗忽の様にも思えるが・・。
 言葉を変え、噛んで含めるように順々と説き、こちらの至らぬ思いに触れつつ否定している。
 そして尚も続く。
 水戸を頼る儀も、忠士の志には候えども、思慮不足であろう。高輪(重豪)御座候はば兎も角も、この書面ばかりにては宜しきとは申されず候。折角前将軍(家慶)初め、辰(老中阿部正弘)等心配にて、無事平穏に治まったものを、只今申し立てれば、又々主家の騒動にも及ぶことになる。先ほど述べたとおり、これを意味勘考無く、人心一和でないというは、偏った見方ではあるまいか。
 その上、筑前(黒田斉溥)は親類筋だが、水戸は全くの他藩である。そこへ親子間で起きた諍いに、忠邪を明白にしてくれと申し出るのは、道理において如何なものか。
 花も開くべき暖和の節に到らずを無理に開かせ候ても、天然の美色はこれ無く、永き盛りはこれ無き候。
 花を喩えに解りやすく道理を解き、また人々が利欲にふけった当時の風習・風俗の面から、仏教の教えを以って、良い機会を捉え、良法をソロソロ取起すのが大事とし、何事もかん忍が第一と記している。
・・当国は昔より隼人と唱え、人気(じんき)勇壮比類なき候えども、第一のかん忍は薄き方にて候間、かん忍の二字第一に心掛けるは、漢之韓信も恥を忍んでこそ世に美名を揚げ申し候・・
 黙読をしていた二人はどちらからともなく声を合わせた。
「痛いとこいを突かれたな」
 猶又秘密に候えども・・・。
「ひみつ」正助は思わず料紙を持ち上げた。
「於篤とあうぜ」と目を見開く吉之助。
 ・・於篤(将軍家定の御台所、後の天璋院)参府の事、深き考えこれ有ることにて異船旁(による)嫌疑多き世の中に候間・・
「ご公儀とのご縁組があれば嫌疑の憂も少なく、万事国家のためと取い計らったとあう」
「源助にようと、発端は三年前の秋ころにあった幕府からの申し入れらしい」
「まことか」
「家定将軍御本人の強い御意向とか」
「どのような」
「十一代将軍(家斉)と広大院様の長命や子孫繁栄にあやかいたいという」
 二人の黙読は続く。
 代々将軍家へは随従いたし、天下の望みはきっと致さずよう仰せ出られもこれ有り候て・・。
「誰が仰せ出られたのか」と首を傾げる吉之助。
「代々とあうゆえ、家訓じゃなかか。それ以上は分からんな」
「それで、決して異心はないがと、あうのだな。だが今後は、異船等渡来にて世々騒々しく相成り候節、どのような浮説が出るか計りがたいと・・」
「御縁組が成り立てば、そういった懸念も無く、これまた天下の為になると取り計らったと書いておられう」
「当時その所も、辰(老中阿部正弘)もよく承知にて・・。成る程」
 四方八方によく目の行き届く方だと、吉之助が深く頷く。
 先ほど錦屋が伝えた言葉が末尾に記され、外に尤もの訳があるならば何度でも承けると、温かく締めくくっていた。そして、間を空けて、いろは歌の一首が・・・。

 ひとり身をあわれとおもへ物ごとに民にはゆるす心あるべし

 小声で詠じながら正助は、昔二才(にせ)衆から叩き込まれた意味を噛みしめていた。
 たよる者のない一人身は淋しいものである。上に立つ者は、そのことをわきまえ、慈悲の心と赦しの心を持たねばならない。
 上様の苦衷に比べれば、己の窮乏など何ほどか・・。

(続く)





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