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薩摩いろは歌 雌伏編(六)(無料公開)
[【時代小説発掘】]
2010年12月26日 13時54分の記事


【時代小説発掘】
薩摩いろは歌 雌伏編(六)耳目の門(みみめのかど)
古賀宣子


(時代小説発掘というコーナーができた経緯)


これまでのあらすじ
 大久保利通の原点はお由羅騒動ではなかったか。斉彬派に属し、喜界島遠島に処せられた父次右衛門は、「激しては負け」との言葉を残し、果たせなかった志を、正助(大久保利通)と吉之助(西郷隆盛)に託していく。一網打尽と思われた処分に、四人の脱藩者が判明し、敵方(庶子派)は探索の目をゆるめない。困窮のため苦悩のどん底にある二人を脇から支援する錦屋源助(黒田家隠密)。心の柱は郷中教育で叩きこまれた日新公いろは歌だ。斉彬が襲封し、犠牲者への赦免と反斉彬派への厳罰が期待されたがその気配はない。赦免は正助等謹慎・免職者だけで、人事への不満がくすぶるなか、二人は建議書を提出。と、思いがけなく年の瀬に、言葉を尽くした斉彬直筆の諭告書が・・。
・・当国は昔より隼人と唱え、人気(じんき)勇壮比類なき候えども、第一のかん忍は薄き方にて候間(中略)・・
 黙読をしていた二人はどちらからともなく声を合わせた。
「痛いところを突かれたな」(本文より)


梗概
安政元年一月。とうとう西郷吉之助も斉彬出府に随従し江戸へ。国境まで密かに見送る正助。その正助には「・・いまだ次右衛門が流人の身であり・・。庶子派の動きに惑わされぬよう西郷に代わり、仲間をまとめていく一人であるよう・・」という斉彬から短い書状が届いている。加えて、記された一首を日々よく咀嚼せよとも。
果たして斉彬の意図は。


作者プロフィール:
古賀宣子。年金生活の夫婦と老猫一匹、質素な暮らしと豊かな心を信条に、騒々しい政局など何処吹く風の日々です。新鷹会アンソロジー『武士道春秋』『武士道日暦』『花と剣と侍』、代表作時代小説『剣と十手の饗宴』などに作品掲載。
 当コーナー【時代小説発掘】では、編集担当。



薩摩いろは歌 雌伏編(一)
薩摩いろは歌 雌伏編(二) 血染めの裃(かたぎぬ)
薩摩いろは歌 雌伏編(三)島からの手紙
薩摩いろは歌 雌伏編(四)十六夜の空
薩摩いろは歌 雌伏編(五)慈父の眼差

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【時代小説発掘】
薩摩いろは歌 雌伏編(六)耳目の門(みみめのかど)
古賀宣子



一 吉之助江戸へ

 両手を握り締めたり開いたりと繰り返すうちに、ようやく指先に感覚がもどってきた。正助はその手で凍てつく大気を払うように頬を叩いた。白く息が弾み、胸部が火照る。
 出水筋最初の宿駅がある水上坂の阿弥陀井がもう目の前だ。
 薩摩の夜明けは遅く、江戸とは半刻近くの差があるらしい。宿場はまだ眠った状態だが、低い話し声が充満し、うねるように伝わってくる。
 そこへ吉之助が近づいてきた。
「ゆうと(よく)判ったな」
「長年の付き合い。体つきと歩き方で判るさ」
「休憩か」
「そこんお屋敷で、殿様は旅装束に着替えておられう」
 吉之助は後方の黒い木立を振り返った。
「それで、こん喧騒なのだな」
「これでん前方組は先へ向かっておう」
「殿様は、ここからは馬か」
「所によっては歩かれう」
「いっとっかかるな。では拙者は仕明地の川上いも寄らねばならぬゆえ、先に参う」
 薩摩藩では、持高に沿って土地が与えられており、その土地には幾つかの種類がある。仕明地とは自費開墾の田畑で、士分の者に限り永代私有が許されている。
 西田橋の袂で行列を見送り、列後方を歩む吉之助と黙って視線をかわした後、行列とは半町ほどの距離をおいてきた。
「留守を頼む」
「道中の無事を祈う」
 二人は互いに力強く頷き合い、別れた。
 大山正円(綱良)、樺山三円(資之)そして有村俊斎が、茶道坊として初めて東上したのが一昨年の冬。昨年早々には税所喜三衛門(篤)が江戸に出て、平田塾に入ったという。
 彼等からの情報で、昨年六月には米国のペルリが軍艦を率いて浦賀に来航し、いよいよ来るべきものがきたかと、天下の形勢が切迫してきたのを知った。
 諸藩の動きもせわしく、内外まさに多事ならんとしてきたようだ。その空気に直に触れることが出来たら。書面で知るもどかしさは募るばかりであった。  
 そして今日、安政元年(一八五四)一月二十一日、とうとう吉之助も江戸へ向かう。年が明けて間もなく、郡方書役助から中小姓・定御供・江戸詰を仰せ付けられたのだ。

・ ・いまだ次右衛門が流人の身であり、他に男手のない大久保を
江戸に連れて行くわけには参らぬ。庶子派の動きに惑わされぬため、西郷に代わり、仲間をまとめていく一人であるよう。いま少し堪忍の二字を磨く時と思うべく候。加えて、ぬす人は・・の一首を、日々よく咀嚼しておくべき候。
 この書状は、まだ松がとれぬうちに、錦屋の源助によってもたらされた。
 小声で書状を読み上げていた正助は、斉彬公に命じられた一首を諳んじた。
 
 ぬす人はよそより入ると思ふかや 
            耳目の門に 戸ざしよくせよ


「どのような意味ですか」と源助。
「悪かちゅうこつは外から入ってくうものと思っとう人が多いが、本当の悪は自分のなかにあうものじゃぁ」
「もうちっと砕いて言いもすと・・」
「人のことばに惑わされたい、まわりの変化に自分を見失ったいすうこつがないように」「つまい、それが耳目の門の意味になう・・」
「いかにも。心の戸締いをしっかりとせよと。まさに拙者にうってつけの一首じゃぁ」
「そげんこたぁ、あいもはん。誰にでん当てはまう。おいも心しておかねば」
「そいどん、上様が日々ゆうと咀嚼しておくべき候と、わざわざ記されたのには、もっと深か意味合いが・・。今の拙者には理解できぬような何かがあうような気がしてならぬ」「頭の隅にとどめておきもそや。きっと膝を打つときが・・」

 何事もなければ、藩主の国許出立は月末近くであろう。そう踏んで、正助は、病その他で休みをとりたい人に代わり、進んで出仕してきた。出立の時期に合わせ、まとまった休暇をとるためだ。
 できるだけ遠くまで吉之助を見送りたい。せめてそのくらいは許して欲しい。往復を考え、届け出る日数は三日とした。一日は家僕嘉介の縁者がいる川上に泊まり、街道での宿泊は一晩と路銀を切り詰めた。
 数日前、記録所奉行の伊地知季安に書面を出しにいくと、待ち受けていたような表情を見せた。
「野間関まで見送ってはどうか」
 そのつもりで受け取っておこう。このために上から咎を受け免職になろうと構わぬ。
「こん歳ゆえ」
 伊地知季安は張りのある眼元に穏やかな笑みを湛え、念のためにと、三を朱で七とした。今年七十三歳になるが、淀みない話し方といい、筆を持つ手の動きといい、年齢を感じさせない。
 文化五年の近思録崩れに連座し、役障(やくさわり)となり、喜界島への流人となった。当時二十七歳だったという。
 所内で聞いたところによると、三年後に帰還したものの、引き続き五年間の自宅謹慎を命じられ、処分が解けたときは三十五歳。
 だがその後も任官は認められず、再び任官がかなったのは、三十一年後の弘化四年(一八四七)で、六十六歳になっていた。
 敬服する点は、不遇の日々も決して無駄に過ごさず、幾つかの著作をまとめ、それが契機となって周囲の援助もあり、藩内の書籍史料の博捜に勤しんでいたという。
 奉行の配慮に謝意を表して辞する際、穏やかな眼元にゆるぎない光が漲った。
「耳目の門に戸ざしよくせよ、だ。よかな」
 奉行の一言は裏付けがあり、重い。
「あいがとうござおいもす」
 小稚児(こちご)や長稚児(おせちご)の頃、二才衆に自顕流の稽古をつけてもらうと、必ず声を張り上げて頭を下げたものだった。そのときの光景が、まさに心中で重なっている。

 さて、野間関まで行くとなると、宿泊費をどう捻出するか。頭を痛めつつも、思いは募るばかりであった。が、一方からは、手紙の文字が迫る。堪忍の二字を磨け、今がその秋(とき)、今が・・。
 しかし、奉行の厚情を無駄にしては後々悔やむことにはなるまいか。気持ちのせめぎあいに苦しむ正助は、吉之助への餞別を届けに来た源助に、つい愚痴を洩らした。すると源助が耳打ちを。
「いずれ蔵役を仰せ付けうとのこつですよ」
 蔵役とは諸郷の年貢米を納入して、これを保管する職務をいう。古来よりの習いに伴い、所謂役得があり、これに任ぜられるのは困窮する藩士の救助にあるといわれている。
 僅かに光を見出した正助は、家政を預かる嘉介にだけ思いを打ち明け、念のため旅費を余分に携えきた。
 が、野間関まで行くかどうかは未だ判断しかねている。伊集院より先まで行くとなると、日置郡市来村の川上へ立ち寄れるだろうか。無理をすればできぬこともなかろうが、日にちのゆとりがあるのに負けて、つい足を延ばしてしまいそうだ。そうなると費やす金子は膨らんでいく。先ほど吉之助に別れを告げたのは、思いを断ち切るためでもあった。

       
二 源助の先導

 水上坂を登り、横井野町(よけんのまち)から緩やかな下り坂をしばらく歩き、谷口川を渡ると伊集院郷の野町に入る。その頃になると、陽も昇り、冷気も和らいできた。正助は歩調を緩めず妙円寺まで進んだ。ここ数年、妙円寺参りに連なっていない。
 参詣の帰り、山門の陰から源助が現れた。旅姿である。手には 鹿革製の嚢を携えている。
「笠を被い、おいについて来て下さい」
 被っていた菅笠を正助に手渡し、それだけ言うと、すばやく周囲に視線を投げて先導していく。
「ご城下を離れたとはいえ、庶子派の目は侮れません」
 庶子派と聞いて、川田丙蔵の細面の顔が浮かぶ。急に黙った正助の心中を察したか、源助が振り返った。
「ここまでは怪しか影はあいもはんでしたで」
 源助はなおも田畑に沿った道を西へ。ほどなく川縁に着いた。
「神之川です」
 堤を下りると葦の陰に小舟が舫っていた。
「ここからは刀を預からせて頂きもす」
 手にした嚢の紐を解くと、嚢は細長く蛇のように草むらに垂れた。
「脇差も、か」
「万が一濡れうよなこっがあってはないませぬ、ゆえ」
 全幅の信頼をよせている源助だが、刀を外すことへの抵抗感は否定できない。それが顔に表れたらしく、源助は柔和な表情をみせた。
「中は充分に蝋引きされておいもす」
 源助は受け取った刀を手際よくしまうと嚢の口をしっかり結び、余った紐を一尺ほど下に縫い付けられた紐通しの輪に通して固結びした。
「両膝にはさんでしっかいお持ち下さい」
 自ら櫓を握る源助に黙って促され、正助が船尾に腰を下ろすと、舟は左右に揺れて川面を滑り出した。
「神之川村から海へ出もすが、なうべく顔は伏せていて下さい」
 そう言われて正助は菅笠を手前に下げ、風で浮き上がりそうになる笠を両手で押さえ続けた。
「いよいよ海です」
 源助の声に笠を上げるなり、ゆっくりと迫ってきた波の飛沫に身を屈める。幾艘か停泊する弁財船以外は、はるかかなたに小さな島らしき影を臨むだけで、視界を遮るものは何もない。桜島が聳える錦江湾しか知らぬ正助は、舟ごと呑み込まれそうな恐怖を覚えた。また飛沫があがり、思わず革袋の先を握り締める。
 最も近くに停泊する弁財船を指して源助が言った。
「加世田屋の菱垣廻船です」
「かせだ屋、ちゅうと」
「渡唐口の廻船問屋ですよ」
 渡唐口は川内川沿い南岸、河口から約三里の地点にある。 
 鉢巻をした水夫が小舟に気づいて、銜(くわ)えていた煙管を放して叫んだ。
「錦屋さぁですな」
 源助は右腕を大きく回して合図する。
「平水主(ひらかこ)の留吉です」
 縄梯子が投げられた。固結びした革嚢の紐に右腕を通してよじ登り、源助が後に続いた。二人が甲板に降り立つと、背が低く、目と顔の大きさだけが目立つ羽織姿の男が待っていた。年は三十半ばだろうか。
「こちらは船頭の武平衛です」
 予め源助から言われていた通り黙礼だけする正助に、武平衛は物腰低く挨拶したが、一瞬、視線を絞り、菅笠をとった正助を確かめるような眼差しになる。
「ご案内しろ」
 命じられた留吉は荷の間を抜け、帆の下を潜り、中ほどの階段を降りて船底へと案内した。
「ここで、いっとっ(しばらく)我慢して頂きもす」
 そういうなり、留吉は階段を駆け上がっていく。下帯に漁師が着ているような藍半纏をまとっただけだが、冷たい海風を一向に気にする風はない。
 階段から光が僅かに射しこみ、なんとか源助の顔が見て取れる。
「荒くれを率いとうだけに、武平衛の面魂はなかなかだ」
「そん武平衛が心服しじぁのが、加世田屋忠兵衛です」
「なうほど」
 暗さに慣れ、内部を見回すと、そこは天井が間近に迫り、数人が横になれば隙間もないほどの空間でしかない。
 何やら掛け声が聞こえ、ほどなく床が上下に大きく揺れ、二人は頭をぶつけるようにして転がった。体勢を整えようとするが、次々に伝わる揺れで感覚が狂い、正座はおろか上体を起こしているのさえ覚束ない。鹿革の嚢が音を立てて四方へ滑るありさまで、やっとの思いで紐をつかんだ。あのまま脇差を差していたら・・。咽喉か腹を確実に突いていたであろう。
「眩暈がして、胃の腑がひっくい返いそうだ」
「揺れに任せた方がよかどよ」
 慣れているのか、源助は起き上がろうともしない。
「無駄に逆らうな、ちゅうわけだな」
 天井が左右前後に激しく動き、胃の残物を戻しそうになるのを、目をつぶり、身を屈めて辛うじて抑えた。いつまで続くのか・・。
「いっとっの辛抱ござんで。川内川の河口には船番所があいもんで」
 荒く息をする正助の心中を見抜いたように源助が付け加える。
 臓腑が少し落ち着いてきたところで、正助は揺れから気持ちを放そうと、源助に話しかけた。目は閉じたままだ。
「船の大きさは」
「三百石くらいでしょう」
「拙者など、丸木船しか乗ったこっがないゆえ、見当もつかぬ」
「ああ、船の半分が楠木を繰ったやつの、あれなあ」
「そう、もう半分は通常の接いだ板で出来とっと」
「至って足の早い船とか」
「とこいで、あん荷は」
「主に薬種や木綿で、専売品の煙草は、許しを得て小口の分を扱っとうらしか」
「専売品は指宿の浜崎家が一手に引き受けとうと聞いていたが」
「詳しかちゅうこつは知らぬが、恐らく収益の一部を納めとうのじゃなかだろうか」
「商いのこたあ分からんな」
「とにかく、あれらを河口で大型船に移し替えゆっとです」
 早朝から歩き詰めだった疲れが急に出たようだ。源助の話に相槌を打ちながら目蓋が重くなってきた。
「川内川に入いもした。じきに到着です」
 留吉が知らせてくれたと、源助に肩を叩かれた。体内の水分はまだ揺れている感覚だが、吐き気は失せている。


三 加世田屋

 酔いが残った足元は覚束なく、光に慣れるまでは笠を被っていても、目は半開きだった。周辺の賑わいを見渡す余裕などない。幸い加世田屋は、上陸してすぐ街道の西側にあった。
「御仮屋はこん向かいですが、一行の到着は明日でしょう」
 源助は路地に入って、裏口へと案内する。通された部屋は台所が近いのか、煮炊きの臭いと女たちの話し声が盛んに伝わってくる。
 一旦奥へ姿を消した源助が、親しげに人を連れて間もなく戻ってきた。
「手代の弥助さぁです」
 弥助は色白で肉付きのいい体つきをしている。それに比べ源助は、日々荷を担いで売り歩いているせいか陽に焼け、袖からのぞく腕のしまりもいい。好対照だ。年齢は源助より上で、三十を過ぎているとみた。正助がここへ来た訳もすでに承知しているようすだ。
「生憎、主人忠兵衛は博多に出向いておいまして」
 戻るのは数日後になるという。あの武平衛が心服する主に会ってみたいと楽しみにしていたのだが。
「番頭の俊蔵さぁは」
「明晩のご到着に備えて寄い合いに」
「旅籠の宿泊も粗相があってはならぬからな」
「藩のほうからは人数だけ知らせてきとっとで、到着次第お調べしもす」
 弥助は手際よい応対をし、商い中なのでと部屋をすぐに辞した。
 続いて年配の女中が茶を運んできたが、昼食がまだと知って、急いで支度をと立ちあがる。
「船酔いで、食欲がないゆえ」
 正助は持参した握り飯をすべて出し、粥でも作ってくれぬかと頼んだ。
 間もなく先ほどの女中が、香の物を添えた膳を持って入ってきた。
「ちょうど湯が沸いておいもしたので、湯漬けに致しもした」
 口をつけてみると、咽喉が渇ききっていたせいか、意外にも美味しく、源助共々お代わりをして漸く一息ついた。
「忠兵衛さぁの郷里は加世田ですか」
 女中が部屋を出て行くのを待って正助は訊いた。
「屋号から皆さぁそう思われうようですね。二代前から博多です」
本家は博多だが、米之津で醸造業を営んでいた先代忠兵衛がここの株を買ったという。
「米之津のほうは、今も」
「弟の新左衛門さぁが当主ござんで。先代忠兵衛のときから懇意で」
そういって片目をつぶる源助に、正助は大きく頷いて応じた。
「そいどん、それを知っとうのは一部でしょう」
「無論。忠兵衛と新左衛門、そん他番頭の俊蔵もそうですし、あとは弥助です」
 翌日の晩、弥助に案内されて吉之助が現れたが、正助を見るなり表情が固まった。まるで食べ物が咽喉に痞えたときのように、大きな目を見開いたまま、焦点の定まらぬ眼差しだ。
「いけんして(どうして)、ここに」いつもの人懐っこい笑顔がようやく戻り、吉之助にしては早口に言った。
「水引郷の人が訪ねてきとっとっていうから、てっきい借金取いの催促かと・・」
 西郷家は祖父の代に水引郷の豪商から借りた百両があり、利息も返済されぬままだとよく聞かされている。吉之助の宿は、加世田屋とは間一軒おいた旅籠という。
 正助は妙円寺参詣からの経緯を簡潔に語り、自分自身も信じられない気分なのだと笑い合った。それから二人は頭をつき合わせるようにして話し続けた。藩政の改革案や会の集まりの今後について、また先に東上した仲間からの手紙をもとに手探りする江戸での暮らしなど・・。脈絡なく話題はあちこちに飛んだが、それでも充分に腑に落ちるほど二人の息はいつもの如く合っていた。ここは盗聴される心配もないと知りつつも、声をひそめ、出された茶菓も手付かずのまま夜は更けていった。源助に声を掛けられなかったら、吉之助は出立のときまで居続けたかもしれない。
 外に出て月を見上げた吉之助は、路地に差し込んだ光に背を向け、声を改めた。
「スガに離縁状を書いてきた」
「やはい・・」正助はそう思ったが、口にはしなかった。
 スガはあまり丈夫な体質ではなく、最近はよく熱を出しては寝込むことが多かったようだ。
「家計を気にし、祖母や妹たちの手前もあい、医者にも診せず無理が続いていた」
「まして吉之助さぁが留守となれば、さらに気兼ねをすうのは目に見えとうな」  
「拙者はどしこでん(いくらでも)我慢できうが・・」
「病持ちの女と子供は別だ」
 堪忍を強いるにも限りがある。癪の持病がある上に発熱しやすい母を持つ正助には、吉之助の気持ちが痛いほどわかった。
「スガさぁの実家も近況は知っておうのだろう」
「いずれ離縁の申し入れがなされうではと思っておう。そんときは直ぐに応じうごと、吉二郎に言い含めてきた」
「そんほうがスガさぁも出て行きやすかに違おらん」
 正助の言葉に、ふっと息を洩らした吉之助は、「では」と、片手を挙げて街道へ消えた。


四 境川河口

「明日は大小路町の渡瀬口まで船で渡い、あとは陸路です。出立は行列が立った後で充分間に合いもす」
「そや助かう。もうあん揺れは・・」
「弥助さぁが途中まで脇道を案内してくれもすので、出水郷到着はこちらが早かはずです」
 翌朝、昨晩言われたとおりに出立に備えていると、弥助が部屋に入ってきた。吉之助が泊まっていた旅籠の小僧が、弥助にと手紙を持ってきたという。
「開けもしたら正助様となっておいましたで」
「はて、昨夜言い忘れたこっでんあったのだろうか」
 同じ宿で川田丙蔵を見かけた。庶子派の奴であろうか、名は知らぬが、何やら密かに談じていた。
 それだけが走り書きしてあった。
「海路に変えもそや」
 手紙を読むなり源助は動いた。
「また船底だな」
「止むを得ません」
 慌しく出て行った源助が半刻ほどして戻ってきた。
「幸い昼過ぎに、米之津へ向かう小早があいもした。」
「こばや」
「小型の樽廻船です」
 ちょうど番頭の俊蔵が船頭の手配をするところで、一昨日の武平衛に決めてくれたという。
「すうと、帰いは」
「米之津に二泊して再び戻いますので、間に合いもす」
 米之津と阿久根の焼酎を積み、京泊で大型船に積み替えるのは、菱垣廻船と変わらない。
「酒樽は大きさが同じで、しかも菰(こも)被いなので、仕建ては短い日数で済むごとですよ」
それに比べ菱垣廻船の方は、濡れると商品の価値が下落する懸念があり、積荷の作業も日数を要するという。
「なるほど」
「そんまま小早は南下し、伊集院や市来の焼酎を積んで戻いござんで、われらは再び神之川を遡いもす」
「なんだか殿様に護られとうよな気がしてきたな」
「来うべき時“耳目の門”に備えて、ですか」
「心置きなく見送れと」
 遠目のため、たとえ吉之助の姿を認めることは出来なくとも、行列の後方をしっかりと見届けよう。人は人、己は己だ。城下に戻ったら、読書に励み、必要とされる時に備えねば・・。
 翌早朝七つ時(四時)に吉之助たちは出水郷麓の宿を出発した。
その半刻(一時間)前。名護浦の漁師佐助が、青龍(くるまえび)漁のため、湾へ漕ぎ出すところであった。船尾には、蓑を纏った頬被りの男が背を屈めるようにして、手繰網に手をかけている。正助だ。箭筈嶽など東方の山々は闇に沈み、夜目に強い佐助も、目を凝らさねば稜線すら覚束ないという。昨夕からの曇天で、月明かりも望めない状態だ。唯一の光は船番所の常夜燈である。しかしその方が都合良いと、佐助はいった。年は正助と同じらしいが、目が丸く、尖った口元は愛嬌があり、二人の子持ちには見えない。
「夜番のお役人さぁも、こん時刻になりますと、居眠りが出もす」 
 佐助の父は長年、名護浦の浦役(支配役)を務めており、加世田屋とは先代からの付き合いがある。
 痛いほどの冷え込みが、爪先から腰部そして肩から背筋へと容赦なく染み込んでくる。頼みの暖は、佐助が貸してくれた懐炉だ。正助は時折かじかむ指先を腹部に当てては、末梢の感覚を取り戻していた。
 漁船が目指していたのは境川の河口だ。佐助は岩場の陰に船を繋ぎ、行列が川を渡るまでには半刻はかかるはずだから、少し眠った方がよいと勧めてくれた。昨夜は佐助の家に泊まったが、実は興奮のため、ほとんど寝ていないし、いまも目が冴えている。
正助は煙管を取り出し、火打石を叩いた。酒を飲めない正助にとって、煙草は疲れをとるものであり、頭を円滑に働かせてくれるものでもある。が、今はどうであろう。一服吸ってみたが、かえって気持ちは苛立つばかりだ。
「目を瞑うだけでん違いもすよ」
 見送った後も加世田屋に戻るまでは気が抜けないだろうからと、付け加える。
「それは佐助にしても同じじゃなかか」
 そこまで口にして、正助は胸を突かれた。解ったようなことを言ったが、今の今まで、佐助の覚悟などには、考え及ぼすことさえしていなかった。
江戸へ行きたい。吉之助を見送りたい。その一心で野間関まで来たが、どれだけの善意に支えられてきたことか。その度に一つ一つ刻んできた積りが、何も彫られてはいなかった。
 自分ひとりが苦労を背負い込んでいる。そう思っていただけではないか。
 正助は改めて、一人一人の顔とその場の情景をなぞっていった。そして最後にあの文面が・・。
 潮を含んだ大気をおもむろに吸い込むと、正助は佐助に言った。
「役人に見つかれば、咎を受けう。引き受けた側のほうが重いのではなかか」
「世話になっとう加世田屋さぁからの頼みとあっては・・」
 愛嬌のある面差しに笑みが浮かぶと、こちらの緊張も自然と解れていき、目を閉じた。 少しはまどろんだようだ。佐助に膝を突付かれ目覚めると、空は曇天なりに僅かに白んでいた。
「御輿が渡うところです」
「橋がない」とつぶやき、正助は慌てて「当然だが」といった。
「行列のときは、国境に駐屯すう郷士が丸太を渡すです」
 普段はそれもないという。川幅はそれほどでもなく、流れが急だ。米之津のような平地の河口とは趣を異にする。所々に転がる石を頼りに渡っていくのだろう。
「全員が雨支度だ」
「半刻もすれば降い出すでしょうから」
「あれでは、顔は無論だが、体つきも判らんな」
「そん代わい、退却には都合がよか」
 最後尾が渡り終えるまで一心に見つめていた正助は、佐助の言葉に合点がいったのは、八代(やつしろ)海に漕ぎ出てからであった。


五 蔵役任務

 藩の御蔵には、家中の知行高に課せられた出米を収納する出物蔵と、年貢米を収納する下代蔵がある。正助が所属したのは、藩内に四箇所ある下代蔵のうち、西目外場の蔵だった。ここは伊集院、川内、出水等の地域や長島と甑(こしき)島を含む十三の与(くみ)からなっている。
・ ・・妹鷹さんが三原家に嫁ぎ、スガさんが伊集院家に戻ったこと
を除けば、留守宅は御祖母上様をはじめ変わりない暮らしぶりです。渡唐口では、出立の慌しい時に、よくぞ一報をくれ・・。
 梅雨が明けたある日、正助は蔵役長屋で手紙を書いていた。
 陸路を海路に変更したその後の一部始終を綴り、記録奉行の伊地知季安や錦屋源助は無論のこと、加世田屋や漁師佐助など、いろんな人々の善意と覚悟に支えられつつ境川まで見送ることが出来たのは有難く、感謝をしてもし切れないほどである。
 お蔭で、すっかり気持ちを切り替えられ、蔵役の任務に専心している。先ずは指示を受け、ひそかに十三の与をつぶさに見て回ったが、これは得がたい経験であった。
 そういった事柄を記した上で、現在の感慨を述べた。
 父の遠島後、家政に目を向けるようになり、今度は藩財政の基盤である年貢米の実態に触れている。会読で鍛えられてきた頭は、暮らしに根付いた考えへと幅を広げ、深みも増してきた。江戸で見聞を広げる吉之助とはまた違った意味合いで成長している実感を得ている。今はこの機会を大切にしたい。
 筆を置きながら正助は、どん底から抜けつつある自分を感じていた。そして、その思いをさらに強くする吉報が届いた。
 父赦免の報である。残暑の厳しい七月三十日であった。藩庁より親類へ出頭命令がきて、判ったことである。生憎、正助は西目外場の役所に出向いた直後で、出頭してくれた義兄の新納嘉藤次(後の立夫)からの手紙でそれを知った。
・・宰相様の別段厚き思召しを以ってご赦免仰せ付けられ候。
 ただし奉公方障りといわれ、勤めは禁じられた由。それでも義兄によると、母の眼は輝き、頬に赤みが差し、ここ何年と、あれほど晴れやかな表情を見たことがなかったと記している。帰還は来年三月という。
「それまで、どうかご無事で・・」
 寝床で正助は毎晩祈った。
 今年の年貢高を定めるために、一ヶ月以上に亘り、正助は西目外場の役人数人と十三与の検見を行った。検見とは、稲田の出来を、刈り取らぬ前の稲によって検分することである。
 正助たちは、主に坪刈りといって一坪の稲を刈り、その量を基準に全体の収穫量を推定する方法をとった。役所で各与の年貢高を算出する作業を終え、正助が一旦城下に帰着した時、暦はすでに神無月(陰暦十月)になっていた。
 戻って直ぐ、密かに嘉介を錦屋へ遣わし、帰着を知らせたので、 その晩、源助がやってきた。
「心待ちしておいました」
 一昨年、東上した大山正円や有村俊斎等が職務交代で帰藩しており、吉之助からの伝言があるため待っているが、その前に是非とも耳に入れたおいた方がと、その眼差しや息遣いに差し迫ったものを感じた。
「江戸が大変なこつになっておいもす」
 正助が小座の板戸を閉めるなり、源助がささやく。
「江戸が・・」
 意味を掴みかねる正助に、源助は事の経緯を順序だてて語った。
「島津豊後等の庶子派が斉彬公の所為に不満なのはご存知なあ」
「五千両を要して、磯邸内に建造したオランダ式の大竃(おおかま)が失敗したにもかかわらじ、再度建築を命じられたちゅう」
「また、幕吏や諸侯と交わい、公武の間に斡旋しておられうのだが」
「それについては吉之助からの手紙に」
 吉之助は四月に庭方役になったようだ。詳細は述べられぬが、殿様の内旨を奉じて諸藩の志士と交わり、国事に力を尽くそうとしているが、幕府の嫌疑よりは却って内部の反対を恐れている。されば先ずは藩内の改革を行わねばと。
「そういった動きに庶子派の不満は益々嵩じておうとか」 
「それだけではなく、大珍事が」
 源助は閏七月二十三日に若殿(虎寿丸)様が急逝、その上、殿様も病に伏し、一時は大小用さえ御床の内にてなさるほどであったが、幸い九月に全快なさった旨を簡略に語った。殿様全快の言葉にひとまず安堵の息を洩らす正助に、源助はさらに畳み掛けた。
「これらの事態は庶子派が側室お由羅の方や奥向きの婦女等と結託して、呪詛や毒殺をしたではとの噂がしきいで」
「庶子派との対立が、殿様襲封以前のごと再燃し、深刻にないつつあうちゅうこっか」
「そこへきて、斉彬公は、小姓の伊東才蔵ちゅう方を召見して言われたそうです」
 周防(久光)の嫡男を世嗣と為さんと決意したが、これが明らかになると、藩地に在る関勇助等はこれを軽挙と見做し、大いに失望するであろう。それ故、予め内旨を関等に知らせておくようにと。
「とこいが伊東才蔵はこれを直ちに吉之助さぁに告げ、二人して諫言したそうじぁんどん」
 斉彬の決心は固く、その内意を伝えさせるため、密書を帰藩する有村俊斎等に授けたという。
「こんため、庶子派を排除せんとすう吉之助さぁ等の意思は益々激烈とない、東西相応して彼等を除かんと謀い」
 江戸に於いてこれを決行すると同時に、鹿児島に於いてもまた在藩の輩を除かんと決定し、この意を正助等に通知するよう有村俊斎等に託したという。
「ひよっとして殿様の本旨は継嗣を争うこっではなく、国家(薩摩国)のためにそん政の手腕を試さんとしておられうでは」
「やはい、そう思われもすか。ですから庶子派が争う所の禍を防ぐためには、多少は彼等の意見を受け入れにゃならぬ・・と」
 そこで一瞬、二人は何かを思い巡らすように沈黙し、ほとんど同時に肯き合った。
「耳目の門」


六 沈思黙考

 二日後、有村俊斎が密書を携えてきた。帰着しているのを錦屋から聞いたと、人懐こい笑顔を見せる。
 斉彬公の命を、関勇助等に伝えたところ
「君公の年齢まだ老いておらじ、他日あるいは世子の誕生を見うかも知れぬ。君公の決意はたとえ記されとう通いであったとしても、宜しゅこれを諫止せねばなうまい、と」
「長老方も応じられなかったのだな」
「さらに西郷さぁ等に考えがあいそれも伝えた」
 有村俊斎は、源助が述べていた通りの内容を語った。
「関さぁ等のご意見は」
「止むを得まいと、直に承諾をして下さった」
「会読の仲間には話したか」
「決定に至らなかったが、実は」
 そう言って、有村俊斎は一通の書簡を差し出した。
 それは、有村俊斎が江戸を出立後に、西郷等の過激な企図を聞知した斉彬公によって、伊東才蔵と西郷吉之助が諭されたことが記されていた。
 国家のために尽くさんとする心意に他ならないと雖も、眞に国家の大事に任じ、天下の為に計らんと欲する所為ではない。庶子派の心術は元より憎むべきと雖も、斉興公以来の重臣である。軽易に事を起こせば、余が孝道を失うものに等しい。徒に軽挙を企て、余を苦しませることなかれ。
 殿様の意見に服し、叙姦の計画を停止したと吉之助の筆は綴っている。
「しかし」有村俊斎の眼は応ずる気配はない。直に諭された者と書面を通じ、人づてに受けた言葉の違いであろうか。
「江戸の島津等も当地の権臣等も等しく一味の徒である。断然決起し、排除すべしと有志で謀っておるが、如何か」
「それは我らが年来の宿志であり、元よい義挙なれども、今ちっと事情がはっきいせぬうちは」
 時機尚早ではないか。たとえ鹿児島で事を挙げたとしても、今だと、要するにその根を絶たず、枝葉を除くに等しく、徒に無益の暴挙に終わり兼ねない。懇ろに停止するよう説くと、有村俊斎は明らかに不服な情をあらわにした。
 その数日後・・。
「この一挙、可と出たぞ」
 有村俊斎が神符をかざしてやってきた。
「策を案じたな」
「いけんだ(どうだ)、薩摩藩中興の祖貴久公を祭う神社の神符だ」
 この神社は、薩摩では人々の信仰最も厚く、これを疑うものは却って不忠と看做されるほどの勢力がある。
「おぬしも、父君が流罪に処せられ以来、城下に在っときは日参しておうであろう」
 どのように迫られようが、心は変わらなかったが、正助は腕を組み、沈思黙考の振りをして、時を稼いだ。
 脳裏に・・耳目の門に外ざしよくせよ、の歌をしっかりと刻む。そしておもむろに説いた。
「神慮がこん挙を可となしたのは、そん大体、つまりおおよそじゃぁ。しかしながら事の緩急・時の後先については熟慮を重ねた上でん決定が肝要じゃなかか」
 まして斉彬公の考えも分かり、吉之助らも思いとどまっておる今、鹿児島で事を起こすは短慮といわざるを得ぬ。

(続く)









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