このブログのトップへ こんにちは、ゲストさん  - ログイン  - ヘルプ  - このブログを閉じる 
惟正、請益僧円仁に従い入唐求法の旅 (無料公開)
[【時代小説発掘】]
2013年8月4日 9時33分の記事


【時代小説発掘】
惟正、請益僧円仁に従い入唐求法の旅
斎藤 周吾


(時代小説発掘というコーナーができた経緯)


【梗概】:
平安時代初期の西暦804年、第十九回遣唐使発遣の勅がおりた。
東国・道奧の布教中であった天台僧の惟正(ゆいしょう)は、突然、比叡山に呼び戻された。
比叡山に登る途中、不思議な狼に遭遇する。
惟正は、請益僧(しょうやくそう、一年の短期留学僧)になった慈覚大師円仁の従者に選ばれた。
渡唐するが、楊州大都督の李徳裕に、請益僧は直ぐに帰れと命じられる。
宗敵である法相宗の円行と常暁の請益僧が、大元帥法という敵対者を調伏する秘中の秘の大呪法を得た。円仁が手ぶらで帰ったら、天台座主の地位どころか天台宗そのもの存立が危うい。
円仁は大元帥法の神髄を得ようと、唐皇帝の勅を無視して五台山に行く。
最後に、長安の義真から、大元帥法以上の大熾盛(しじょう)光如来法を修得するのだが……。
文中の呪法の解釈は、作者の創作である。
 


【プロフィール】:
斎藤周吾 (さいとうしゅうご)
受賞歴
 平成20年8月、日本文学館『最後の家康』で、短編部門の審査員特別賞。
 平成20年1月、(財)斎藤茂吉記念館にて、『短歌部門』で、川嶋清一選で佳作。


これまでの作品:
女帝物語−わが子に
血染めの染雪吉野桜
遙かなるミッドウェー『父からの手紙』前編
遙かなるミッドウェー『父からの手紙』後編



↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓   ↓  ↓  ↓  ↓






【PR】システム構築、ソフトウェア開発はイーステムにお任せ下さい


************************************************************
当サイトからの引用、転載の考え方
・有料情報サイトですが、引用は可能です。
・ただし、全体の文章の3分の1内程度を目安として、引用先として「ニュースソース・NewsSource(有料版)」と必ず明記してください。
・ダウンロードしたPDFファイル、写真等は、透かしが入っている場合があります。これは情報管理上のことです。現物ママの転載を不可とします。ただし、そこから情報を引用しての表記は可とします。その場合も、全体の3分の1内程度を目安として、「ニュースソース・NewsSource(有料版)」と引用先を必ず明記してください。
・商業利用の場合は必ず、連絡下さい。
 メールは、info*officematsunaga.com
(*を@にかえてください)
************************************************************

【時代小説発掘】
惟正、請益僧円仁に従い入唐求法の旅
斎藤 周吾



(一) 天台僧惟正、比叡山に帰る

 
 惟正は、北の道奧の巡錫から、四年ぶりに帰った。
「むむ……」
 惟正は、比叡山の西塔に行く峰筋の尾根にたたずんでいたが、腹部に疝痛が奔った。
 突然、眼下に広がる京の街が消えた。
「……ここは、どこだ」
 惟正が切り立った崖を見あげると、見覚えのある崖だ。衣に付着する雪泥を見ると、足許の黒い残雪に足を取られ、崖を転げ落ちたようだが、全く覚えていない。
「狼だ!」
 目の前には川が流れている。水辺には一頭の狼が伏し、惟正をじっと窺って居るではないか。屍と思い、惟正を食おうとしているのだ。子供の時に犬に噛まれた惟正は犬が恐い。狼はもっと恐怖だ。独鈷杵の付いた錫杖を握りしめ、狼の目を睨みながら、じり、じりっと後ずさりし、どうにかその場を走り抜けた。
 逃げきった惟正がほっとした時、激しく悔やんだ。狼は腹を空かして動けなかったに違いない。憐れみを乞う目だった。飢えに苦しむ虎の母子に身を投げ与えた薩?(さった)王子のように、達観できぬ己が情けない。全てに仏性はある。飢えているなら救わねばならない。幸い、昨日食い残した乾飯がある。惟正は勇気を奮い起こしてもう一度戻った。「はて?」
狼がいないどころか、川そのものもない。場所を間違えたか、気を失って頭が変になったのか。

 
「只今帰りました」
 惟正は、延暦寺の懐かしい本坊にゆき、伝燈法師円仁に三度叩頭し、帰山の挨拶をした。
「これは重畳。一段とたくましくなったようだ」
 師の病はすっかり快復したのか、丸顔が一層丸く、恰幅が良くなり別人を見る思いであった。
 惟正の父は幼い時に病で亡くなった。兄妹が多く、口減らしで七歳の時、下野国の大慈寺に入れられた。寺では夜ごと枕を涙で濡らしたものだ。そんな時、円仁が大慈寺の奥院の黒岩山に籠山行にやってきた。惟正は円仁に亡き父の面影を追った。惟正は円仁に従い、十五歳で比叡山に登った。
 師の円仁は三年前に倒れ、死を覚悟して比叡山北の閑寂な横川の草庵で入定修行に入ったと漏れ聞いた。惟正はここに来る前、横川に師の見舞いに立ち寄った。師が亡くなっていれば、罹病した惟正はその草庵で師の後を追って入定しようとさえ思ったが、師は本復して本堂に帰ったと言う。
「伝燈法師様のご回復、お喜び申しあげます」
 久しぶりの再会に、師弟は互いを喜び合った。
「こたび、遣唐使が差遣され、叡山にも、留学僧を出すよう勅命が下りました」
 比叡山延暦寺の僧自身は、この比叡山を修行地である『叡山』と呼ぶ。神代からの山の呼び名である日枝山(ひえざん)と紛らわしくなるからである。
「唐には円載様が行かれる、とか……」
「早耳だのう、それなら、従う僧の名は聞いておるか」
 渡唐の勅が下りて一年以上も経っている。化外の道奧にさえ伝わるのは当然である。
「従者には、定恵様と惟暁(ゆいぎょう)が決まったと聞いております」
 定恵とは、今をときめく藤原北家の子息で、いずれは天台座主になる人だ。一方の惟暁は惟正より一つ年上だが、一年遅れて比叡山に入った弟弟子である。惟暁も公家の連枝であり、どちらも、将来の座主か別当と噂の高い僧である。惟暁が座主になっても、惟正は生涯の兄弟子に変わりがない。それゆえにこそ、気位の高い惟暁に、目障りだと言って比叡山から地方の寺にいずれは追いやられるのは覚悟している。惟正が東国・道奧の巡錫を自ら願って下向したのはこの為でもあった。
「惟暁一人では心許ない。もう一人欲しい。帰国したら唐の密教新知識で布教できる、気働き者が欲しい」
 師の目は、渡唐の選に漏れ、病に苦しむ弟子をなぶるようでさえあった。
 顕教第一の天台宗は密教を蔑視するが、惟正の目は、密教と聞いて一瞬輝いた。
「あのう、定恵様は……」 
「定恵は、病だと称して麓にある三井の寺に下った。行きたくない者を無理に連れていけば、足手纏いになるだけだ」
 渡唐するには死の海を越える。海で遭難死する者が後を絶たない。各宗派の僧を合わせて数十名が四隻の船に分乗して渡唐する。その内の数人が教典を持ち帰れば良い、と歩留まりの算段だ。
「こたびの渡唐は、大法師(最澄)様が持って来なかった密教、特に教典や曼荼羅絵を持ち帰ろうと思う。心利いた者が欲しいのだが」
 病苦の惟正は、拙僧が、というのには腰が引けた。
「西国の布教で手の回らない真言宗は、東国・道奧を布教できる天台僧を引き抜きにかかっているそうではないか」
 師は、じっと惟正の顔を見つめた。
 惟正は、言葉(ことのは)が詰まった。
 東国・道奧は現世利益を説く真言密教の草刈場と化している。惟正は、天台宗も密教を説くべしと比叡山に上申したが、宗祖(最澄)以来の貴い祖法である天台顕教を汚す破戒僧と睨まれていた。
「惟正の才なら、曼荼羅絵の絵解きにあわせ、平易な言葉で密教を説く真言宗の理趣など、一晩で覚える。有能なそちを宗敵である真言宗に奔らせたくはない。惟正、どうして自薦せぬ」
「……!」
 惟正は再び言葉が詰まった。
「病か」
「はい……」
 惟正はうなだれ、上目遣いに師の目をうかがった。
 病に罹った師は、やはり、他人の病にも鋭いようだ。嘘はつけず、素直にうなずいた。 病では、民間宗教の真言宗さえ誘ってはくれない。
 惟正は、道奧の布教で忙しく比叡山には帰れないと言ったのに、理由も告げられず帰山を強いられた。遣唐支度で忙しいこの機に乗じ、還俗せよと引導を渡す為に呼び戻されたのかも知れない。
「頭痛からくる腑の病のようだが、痛むか」
「はい……」
「痛みがあれば大丈夫だ。人は、痛みでは死なん。痛み窮まれば楽に変ず。安心いたせ。そちは御仏の影護(ようご)に包まれて居る」
 伝燈法師は、診た。
「そ、そんな……」
「わしも病に伏した時、横川の老杉下の草案で土に穴を掘り、我が国に神代の昔から伝わる、狼行(おおかみぎょう)に入った。ほとんど眠らずに居ると頭の半分は眠り、半分が起きているようになる。すると、千年叡山に住むという白い老狼が光を放ちながら夢に現れ、不思議と病が失せた。どうしてなのかは言辞で尽くしようがない。遣唐使差遣の勅を頂いてから更に良し。昔から、病を養うとは、よくぞ言ったものだ」
 師も帰る所がなく、比叡山の北で入定死を覚悟した。それも、入定の中で最も厳しい、土に埋まる土定であった。老狼とは、惟正がさきほど見た、あの狼であろうか。思えば真っ白い毛に覆われた狼であった。師と同じ狼を見たなどと恐れ多くて口が裂けても言えない。師は苦行の末に狼を見たが、惟正は崖から落ちた時に現れたのだから尚更である。
 惟正のその後の人生に決定的な影響を与える狼だったとは、この時は知るよしもない。惟正の前世は狼に惨殺され、その償いに狼となって降臨したのかも知れない、と思うだけであった。
「大慈寺の黒岩山では、そちはよく、苦労して松塊(マツホド)を見つけてきては、病のわしに煎じてくれた。その為に丈夫になった。この恩は生涯忘れぬ」
 円仁の目は、ふと、うつせみに返り、深々と惟正に頭をさげた。
「伝燈法師様、もったいのうございます」
 師に叩頭する惟正の目から涙がこぼれていた。
「わしは昨年、埃を被ったそちの何通もの上申書を初めて見た。勅が下りる前にそちの上申書を見ていれば、定恵や惟暁よりも先にそちを従者に指命しておった。道奧の雪が消えた頃、円澄座主の名で、わけも語らずそちを叡山に呼び戻した。渡唐するとあらかじめ告げれば、どんな邪魔が入るか分からない。そちが唐に行きたくないと言えば、それこそわしの立場はない。円澄座主に推薦するまで、そちの気持を確かめておきたかったのだ」
 道奧から円澄座主の名で呼び返えされたが、円澄座主の所に最初に行かなくて良かった。惟正はほっと胸をなで下ろした。
渡唐する円載に従って長年留学した後、帰山して一派を成すほどの学識もない。老いて帰国しては東国・道奧の布教が難しくなる。惟正の使命は、一日でも早く、奥州征伐で荒廃した東国・道奧の民を救済することにある。先進地の唐には憧れるが、直ぐには渡唐の話に食いつかない。
「そちは円載と円仁を聞き間違えたのであろう。当山からこのわしが請益僧として渡唐することにあいなった。わし自身の従僧を求めておるのだ」
「……! 伝燈法師様が請益僧として行かれる。でも、座主の円澄様は体調優れず、いつ何があるか分かりませぬ。伝燈法師様は死の海を越え、簡単に出かけられるお体ではありません。渡唐中、師に万が一のことがあれば、この叡山は」
 円仁は、遷化直前の大法師(最澄)に一心三観の法を賜り、後事を託されていた。天台座主の円澄が病に伏す今、師は次の座主の最右翼に居るのだ。
「円澄兄の死を待つような事をわしにはできぬ。一年は短い。その時はその時……。天台宗に密教を導入するには、唐で学んだという実績がなくては並み居る僧達を従わせる事はできぬ」
 円仁は、決然と言った。
 恩師に従う。それも一年で帰ってくる。惟正は飛び上がるほど喜んだ。求法の為、恩師と共に遭難死するなら本望である。生きて帰れば、東国・道奧への天台密教布教の悲願が叶う。
「円澄座主に、そちの帰山挨拶と渡唐の言上に参ろう」
 円仁は、惟正をうながした。
 奥の院に行くと、円澄座主の昔の面影はなく、痩せ衰えて骨と皮だけになっている。手に数珠を持ち、荘厳な顔で柱によりかかっている。暗い居間に、座主の目だけが宵の三日月のように輝く。
「天台顕教は我が代で尽きる。叡山は円仁によって生まれ変わる。惟正よ、弟円仁に従い、しっかり、天台密教を学んで来るように」
 円澄が肩で息をしながら無念顔で惟正に言うと、惟正は雷に打たれたように叩頭していた。


 
(二) 渡唐

 暴風の為、三回目の船出で唐の揚子江下流域の掘港(くっこう)に着いたのは、唐の開成三年(838年)であった。この間に、天台座主円澄が遷化した。
 生きて唐土を踏んだのは夢のようだ。動かない大地は安心だ。惟正は大きなのびをした。
「わあ、蚊だ。刺蠅だけかと思ったら大きな蚊も居る。昼間から襲ってくるのか」
 西国浄土のはずの唐土は、うだる暑さの吸血地獄ではないか。日本の比ではない。惟正は執拗な蚊に襲われ、海に飛び込んでいた。
「潮水に漬かれば、ますます刺蠅を呼び寄せますぞ」
 色は黒く、日焼けた半肩をむき出す僧が笑いながら寄ってきた。皮膚は象皮のようで蚊針を通さぬほど厚く硬く、半裸で居ても刺蠅は気にならないようだ。鴻臚寺のインド僧だと言う。惟正達は船中で、漢人(あやびと)の通辞(通訳)に唐語を学んでいたので、筆談せずとも会話は通じた。
 またもや船で、京杭(けいこう)大運河を上った。隋の煬帝が造ったという幅六尺の運河で、両岸から二頭の水牛に船をひかせた。水牛に群がる刺蠅や虻は人間の比ではない。惟正は水牛から目をそむけた。惟正は、同船してきた唐人に、唐語を懸命に習った。
 楊州節度使の役所に行くと、大都督李徳裕が自ら笑顔でむかえた。
 円仁は叩頭し、挨拶を述べた。
「その方、僧形通辞の唐人であろう。第二代天台座主円澄が亡くなり、次期天台座主になるという、沙門円仁はいずれに居る」
 大声で話す厳しい顔だちの大都督だが、洗練された柔和な笑みを湛えながら、唐語を話す円仁の背後を見つめた。円仁の後ろから本物の円仁が現れると思ったようだ。
「初めて大唐に来た、日本国僧の円仁でございます」
 円仁は、自ら答えた。
「……初めて大唐に来て僅かの日にちだというのに、円仁法師はもう唐語を流麗に語るのか。三十年前に来た空海や最澄が、僅か一年の留学でそれぞれの宗派を興したと聞く。死の海を越えてきた貴僧の覚悟を見れば、日本の仏教界はわが大唐を遙かに凌駕している……。一年と言わず、唐に骨を埋めるか、留学僧になったらどうか。今や大唐は、教典だけを持ち帰る目的の請益僧受け入れは認めない方向に来ている」
 楊州大都督は日本に精通しているようだ。外国船が出入りする港を管轄するので詳しいのだろう、とその時の惟正は思った。
「まことに嬉しいお言葉ではございますが、わが比叡山が案じられます。来年、遣唐使と一緒にどうしても帰らねばなりませぬ。天台教義の疑問とする公案だけを持ち、はるばる日本から参りました。天台山に行く公験(くげん、旅行証)が発行されんことを、伏して願い奉ります」
 天台座主に内定している円仁は、あわてて叩頭した。
 大法師(最澄)が唐に来た時には、即座に天台山行きの公験を貰ったと聞いた。
「請益僧の件は、先年より、勅許を得なければならないようになった。長安で許可を得て欲しい」
 頃合を見た大都督が、茶を出すよう笑顔で側近に命じた。外はあいかわらず暑く、茶も熱いのに、すすると清々しさが口中に広がる。洞庭碧螺春という、近くで採れた緑茶だと語った。
 長安へ上る遣唐使の随僧として、法相宗徒の円行だけが認められた。円仁・惟正達は、日本の国分寺のような開元寺で勅命を待つよう、告げられた。
 半年も待たされた翌年春、唐の皇帝に拝謁を終えた遣唐使が帰って来た。
 一年留学の請益僧達、特に天台座主の地位が待っている円仁は、即刻、帰国する遣唐使船と共に帰るべし、との勅だという。
 開元寺で散々待たされた円仁は、卒倒しそうであった。
 夏に遣唐使船が帰国するまでの間、天台山に登って、たとえ数日でも滞在して公案の回答を高僧から得たいと大都督に願ったが、勅命ではどうしようもない、とすまなそうに言うのみであった。
 帰国する為、円仁等は北方の山東半島に向かった。遣唐使船が暴風と座礁で壊れたので、新羅人に修理して貰う為であった。山東半島は、まるで新羅に占領されたように新羅人が多い。
 新羅僧が惟正に、腹痛の為、遣唐使船を下りて寝ていたら船が出てしまった、とすれば滞在できると囁いた。五台山には天台山から来た志遠和上という高僧が居る。その人に会えば天台山に登ったと同じだと言われたが、今年の帰国船に乗らねば、次の遣唐使船が来るのは早くて三十年後だ。
 日本国を背負う官寺の比叡山延暦寺次期座主が、違勅してまで唐に留まるわけにはいかない。勅命に背いて五台山に行けば、この国では死罪である。一緒に来た、南都法相宗元興寺の請益僧である円行と常暁も帰ると言う。
「ああ……」
 惟正は、またもや疝痛で気を失った。異国の風土に慣れず、持病がぶり返したようだ。 小国日本の狼は、大唐国の強力な天帝仏に結界を張られ、憑いて来られないのであろう。
「弟子も慣れぬ異国の地で体を崩しておる。やはり、帰る」
 円仁は惟正を見守りながら、新羅人に言った。
「私の為に、申し訳ありません」
 病褥に横たわる惟正は詫びた。
「いや、開元寺で法華経の教典を写経し、妙見菩薩・金剛界・胎蔵界の曼荼羅絵も絵師に写させた。本国へはこれで顔が立つ」
 惟正は、遣唐使が長安から帰る間、漫然と過ごしては居なかった。円仁は満足げにつぶやいた。
 明日は遣唐使船に乗りこもうとする、その前晩である。
 新羅寺の赤山法華寺で、惟正は夕涼みをしていた。蚊に食われたくない惟正は、枳の木のない土塀の陰に病身を横たえ、東の日本から昇る月を眺めていた。明日は晴れて西の風、船出には最適のようだ。まもなく懐かしい日本に帰れる。
すると、
「霊仙三藏法師の書いた大元帥法を手に入れたからには、南都仏教が復活する。宗敵の天台宗に一泡吹かせられる」
 常暁と円行の忍び笑う声がする。いよいよ明日は帰国だと気が緩んで語って居るのだ。 霊仙三藏法師とは、長期留学生として最澄空海と一緒に来た、法相宗元興寺の僧である。唐の憲宗皇帝から外国僧でありながら三藏法師の称号を賜り、皇帝の祈祷師である内供奉講論大徳に任じられた傑僧であった。
 惟正はさっそく、法華寺の僧に大元帥法とは何かと尋ねた。
 呪術の法で、敵国降伏と国家安寧祈願だと聞いた事があるが、詳しい事は知らないという。
 惟正は、このような大事を師に隠しておくわけにはいかない。
 円行は、円仁の円と同じ名を名乗っているので、他宗ながら二人は何となく馬が合った。円仁は円行に問い糾した。
「貴僧には帰国後、筑紫の鴻臚館で、唐から持ち帰った請来目録を朝廷に奉る時に話そうと思ったが、知られてしまっては、致し方ない」
 と言って語りだした。
 昨年、長安を訪れる遣唐使節に随行した時、霊仙三藏法師の直弟子だと言ったら、霊仙が大元帥法を修めたと漏れ聞いた。どのようなものかはそれ以上、教えては呉れない。開元寺に留まる常暁に言って八方手を尽くさせた。楊州に、応公という唐人で、霊仙の直弟子が居る事を突き止めた。何と、開元寺の近くに住んでいた。我等も霊仙の直弟子だと言ったら急速に親しくなった。頃合を見て大元帥法の話を持ち出すと、表紙だけを見せてくれた。霊仙が皇帝祈祷師にある時、この秘中の秘の呪法を知ったという。安史の乱で唐の力が衰えた時、日本の左大臣の藤原仲麻呂が新羅征討を企てたが、仲麻呂は変死した。これは、唐朝廷の『大元帥法』による敵国降伏だという。霊仙は、寵愛してくれた憲宗が廃仏派に暗殺されると五台山へ追放された。望郷の念にかられた霊仙は帰国を願っても許されない。秘密保持の為、五台山で毒殺されたと言う。
「応公に譲って欲しいと言ったら、金千両で写してゆけと言われた。これが太元帥の呪法だ」
 と言って、厳重に仕舞った箱から、悉曇文字(梵字)で書かれた巻物を取り出した。
 書写しただけで千両も取られた。千両は、唐の開元通宝一万枚である。僧を百人も生涯養える大金だ。遣唐正使に説明すると、驚いて工面してくれたという。
 ばかばかしい。単なる偶然だ。日本の民は平和に慣れ、船を造る技も未熟だ。無謀な戦を企てる仲麻呂を、反対派の吉備真備等が反間の計で滅ぼしたのだ、と惟正は想う。
 翌朝、円仁は、
「わしは唐に残って五台山に行き、霊仙三藏法師の跡を慕う」
 円仁は、惟正と惟暁を呼んで言った。
 師の言葉に微塵もためらいがない。天台座主の地位より大元帥法が上だと思っている。「密教の奥義は言葉や文字によっては伝えられない。ゆえに密教だ」
 惟正には訳が分からない。円仁は手許の書を見ながら言うが、それは、昨日見た大元帥法であった。月明かりと燭だけに照らされる経文を、師は書をめくっただけで悉曇文字の全てを頭に入れ、忘れないようにと、夕べ、一字一句違えず書き写したのだという。
 惟正は、開いた口がふさがらない。
「呪いは信ずる者に祟る。藤原仲麻呂を調伏した大元帥法だ、と円行が請来目録をだせば、朝廷は驚愕して法相宗を重要する。天台宗は官寺を外されて命脈が尽きる。五台山で霊仙三藏法師の霊に会い、経文からは得られない大元帥秘法の神髄を得る」
 師は本気で語って居る。比叡山横川の土定庵から生還した師の目には、凡人には窺い知れない何かが映るのかも知れない。
「元気な惟暁はいいが、惟正は遣唐使船に乗り、経文や曼荼羅絵を守って帰るように」
「私が師の身代わりで死んでも、師を置き去りにする事などできませぬ」
 霊仙のように、一生、帰国できないかも知れない。惟正は唐で客死を覚悟した。
 弟弟子の惟暁は、出帆する遣唐使船を悲しげに見送った。遣唐正使から、帰り船には乗せないと言われたのだ。比叡山は官寺である。乗船させれば官人の遣唐正使にも累が及ぶ。弟子が師を理由もなく異国に置いて帰れば、数珠と菅笠か網代笠だけを持たされて比叡山を追放されるのに、一族の遣唐正使に頼めば大丈夫と思ったのだろう。

 
 円仁一行に、肝心の五台山に行く許可がなかなか下りない。雪が積もる冬になり、翌年の初春に再び動き出した。登州都督府へ赴くと、更に青州節度使に行くことを勧められた。
「さきほど、公験を手配する、と登州長史(長官)は確約してくれました」
 円仁と惟暁が絶望の淵から救われようと、一心に文殊菩薩の真言を唱えていたある日、惟正が転がり込んだ。
「さすが惟正、でかした。外国人に勝手に公験を与えたと讒訴されれば首が飛ぶのに、唐にも未だ仏教に篤い官人がいた。御仏に願いが通じたのだ」
 円仁が惟正に合掌した。
「しかし、銭十貫、求められました」
 惟正は、苦しげにうつむいた。
「何と」
 安史の乱以後、辺境を防備する節度使の権限は強大である。不法滞在した足許を見られ、ただ唐内を通行するだけで、常暁が大元帥法を写したのと同じ額を求められたのだ。
「大唐の世は、もはや末か」
 銭十貫は、有り金全部はたいても足りない。円仁の破顔が、突然、醜悪にゆがんだ。
 赤山の新羅商人から借り、ようやく銭を工面して出立した三人は、赤山から計って二千里弱(約1300?)を踏破し、五台山に着いた。
 五台山は、日本の飛騨山脈ほどの高山である。苔を踏むと土が柔らかい。
「やや、五台山にも、蚊がいるのか」
 惟正は叫んだ。
「人のある所、仏法の及ぶ閻浮提(えんぶだい)。蚊は居る」
 この頃の惟暁は、どこか捨て鉢になっている。怒り目で兄弟子を睨んだ。
「見よ、空に、弥陀の五色の光が示顕した。やはり五台山だ……」
 見あげた円仁は、二人の和を保とうとつぶやいたが、惟正には何も見えない。瞼の裏に映るのは、あの不可思議な狼だが、ここの高山からは、瀛洲(えいしゅう、日本)にある比叡山は見えない。なぜだか涙がこぼれて仕方がない。
 しばらく滞在し、惟正と惟暁は、志遠和上の灌頂を受けた。
 灌頂とは坊主頭に水をかける儀式で、墓参りの時、墓石に閼伽(あか)という供養水をかけるように、伝授・受戒した証しである。
 五台山の南岳に登り、霊仙三藏法師終焉の寺院である、霊境寺の浴室院を訪れた。
 惟正は心を鎮めたが、霊仙の霊が現れない。
 師は、と見ると、浮かぬ顔をしている。師にも見えないらしい。五台山に強引に来て悔やんだ顔だ。やはり、霊などこの世には居ない。比叡山で見た狼も、やはり夢か幻であろう。飢えに苦しむただの狼を見ただけなのだ。このまま手ぶらで帰れば、それこそ笑いものだ。
「霊仙三藏法師は、今際の際に、もし、日本の僧が来たら長安の青龍寺に行け、と言い残しました」
 浴室院の住職が、思いだしたように語った。
 青龍寺とは、空海が、あの有名な恵果和上から密教を伝授された寺である。霊仙はその事を知らぬはずがないのに、なぜ、宗敵真言宗の祖である空海の後塵を拝せと言うのか。「長安青龍寺の恵果和上は、空海阿闍梨でさえ、本尊である大熾盛光明王曼荼羅絵の模写を認めなかった。青龍寺に行っても無駄だ。それに長安は今、仏教と道教が相争っている。長安に行けば、貴国に帰れないどころか、霊仙のように殺されるかも知れませぬぞ」
 志遠和上に尋ねると、ここから反転して帰国した方が良いと忠告した。
「青龍寺の曼荼羅絵に秘密が隠されている、と霊仙三藏法師の叫び声が、志遠和上の天頂から聞こえた。死は御仏の導きのまま。惟正、惟暁。わしは、長安へ行くぞ」
 師は長安行きを決めたようだ。長安に従うかと、またもや迫って来た。
「私は五台山に来て、急に元気になりました。これも、霊仙三藏法師のお導きかと思います」
 黙す惟暁を尻目に、惟正はすぐ師に和した。元気になったのは、日本人の霊仙が大元帥法の結界を解き、祖国の狼を導いたからだ。いや、身体は正直だ。壮麗だと噂の高い長安の都を見られる感慨に震えている。
 中秋に都の長安に入った惟正一行は、ただちに青龍寺に行った。
「二月ほど前、空海阿闍梨以来の聖人が日本から来る、と夢告があった」
 住職の義真が快く出むかえた。二ヶ月前は、惟正一行が長安に向けて五台山を出発した日である。
 惟正達は青龍寺で暫く修行し、胎蔵毘盧遮那経大法、蘇悉地大法、孔雀経法を授かった。
 最後に、本尊の大熾盛光明王曼荼羅絵の前に座った。
「これが、大熾盛光明王法の奥義ですか……」
 惟正が問う。
「これは、恵果和上が空海阿闍梨に最後に授けた、大熾盛光明王法の奥義です」
 義真は、灌頂した後に言った。
 絵を見ただけでは理解できない。奇特仏頂経と大仏頂如来放光悉怛多鉢怛?陀羅尼という長ったらしい経文を読了して初めて、大熾盛光明王法が理解出来る。目と言葉で聞き、灌頂を受けるという、六塵(五感)全てで感じて初めて、何となく伝授された気持になる。
 円仁が義真に、大熾盛光明王曼荼羅絵の模写を伏して願うと、
「今は世上が騒がしい。どうなるか分からない。特別に許しましょう」
 義真は、遠くを見る目で言った。
 やはり、廃仏毀釈がなければ許されないことであった。惟正は急いで絵師を雇った。
 翌年に写し終わり、帰国しようと上申すると、外国僧が長安から出る事を禁じたという。廃仏毀釈がますます強まり、青龍寺に仕える寺男が田畑の耕作に回された。律令の唐の寺舍は全て国費でまかなわれている。多くの僧も還俗させられた。
 青龍寺も打ち壊しに遭い、ほとんどの仏具が持ち去られ、農具に鋳直された。
 あの、大事な大熾盛光明王曼荼羅絵の本尊も焼かれたという。
 寄宿先に居る惟正が、恩に報いるのはこの時であると思い、持って居る熾盛光の絵を写させましょうと青龍寺に駆けつけた。
「何度やっても同じ事。それだけは大事に日本に持ち帰って欲しい。インドを源流とする大熾盛光法の密教が滅ぶのを惜しむ。仏法は東漸する。日本に、必ず広めて欲しい」
 インド系の義真は惟正に合掌した。本尊を失えば廃寺死提も同然。もはや、諦め境地顔だ。
 寺舍四千六百ヶ所。還俗させられた僧尼は二十六万人、没収寺田は数千万頃(日本国土の10倍)。中国史上最大の会昌の廃仏毀釈である。
 円仁や惟正も僧衣を奪われ、頭を剃る事を禁じられ、ヒゲや髪が伸び放題の蓬髪になった。
 あの体の丈夫な惟暁も、蚊による瘧(マラリア)を発病し、残暑中に亡くなった。元気だったのに、数日寝込んだと思ったら、あっけない死であった。遺言通り、遺骸は日本に向けて葬った。
 仏教を担当する左神策軍押衙に嘆願し、百余回目でようやく帰国を認められた。散々待たされたあげくが、即刻、唐を出よとの国外追放令であった。
 円仁・惟正は急ぎ、寄宿先から青龍寺に、明日は帰国すると挨拶に出むいた。荒れ果てた寺の坊には、義真が雨露をしのいでいた。
 その夜、帰り支度をする円仁の許に義真の使いが来て、直ぐに来て欲しいという。
 何事か、と惟正も円仁に従って急いで訪ねると、
「最後に、大熾盛光如来の秘法を授けたい」
 と言う。
「大熾盛光明王法は、昨年、灌頂を受けましたが……」
 如来は明王の本地であり、同一仏である。惟正が不思議そうに問う。
「大熾盛光如来法曼荼羅の真の本尊は、地宮にある」
 曼荼羅絵は燃やされたはずである。義真は、驚く円仁達を地宮に案内した。
 思ったより深い地下だ。こんな大がかりな地下があるとは夢にも思わなかった。
 真っ暗な地宮に燭を灯して入るが、余りも暗すぎ、灯りが闇に吸いこまれて足許さえ見えない。
 かびのような臭いがする。地宮の奥壁にたどりついて目を近づけると、本堂にあったのと同じ曼荼羅絵が火影に揺れる。何だ、写し絵があったのか、と惟正は苦笑する。
「本堂にあった大熾盛光明王曼荼羅絵の仏頂には、点睛という第三の目が入っていない。大元帥法は敵国調伏だが、熾盛光法は敵国さえ味方にする秘法だ。だが、点睛した真影を表に出すと周りの者の目を潰してしまうと恐れられ、こうして地宮に秘蔵する秘仏だ。真影を見る事が出来る者は青龍寺僧でも限られている。恵果和上は、空海阿闍梨にさえ真影を見せなかった。円仁阿闍梨を最後に、この地宮に土を被せ、この絵は永遠に地宮に埋匿される」
「ああ、これぞ密教の中の密教の神髄……。御仏は日本を見捨て賜わず」
 円仁は、身を震わした。
 仕える惟正には、真っ暗な地宮に居るだけで何も見えない。
「伝燈法師様、そろそろ出発しなければ」
 数日後に惟正が言う。早く長安を出ないと、それこそ違勅罪になる。
「大熾盛光如来法の神髄は思った通り、文書や言葉によって伝えられるものではない。悟りを得ずば、このままここに、如来法と共に入定しても悔いは無い」
 惟正は真っ暗闇の中で師をうながすが、師の声だけが響く。
 飲まず食わず、何日も何日も地宮に留まる師を、惟正は、はらはらしながら見守った。 師を見守ると言っても、何も見えない。
 一月後のことである。
 真っ暗な地宮に、白い光が天から降り地からも湧いてくる。惟正が不思議そうに見ていると、不思議な雲か靄が一つに固まり、生き物のように目の前に座る師を包みこんだ。青龍寺を守る龍神ではない。師の全身が白く光り輝きだした。惟正は、師の頭上に漂う姿を見て叫んだ。
「……ああ……叡山の狼だ……」
 惟正は、比叡山中で見た、あの狼だと思いだした。狼の恐怖から解脱したはずなのに、恐怖に震え、狼を伏し拝みしていた。
「そちは、叡山の狼を見た事があるのか」
 師は、不思議そうに尋ねる。
「……そうか。そちも見たか。わしは地下でこの如来法に触れ、すぐに狼の行だと気づいた。狼行は、大神行(おおかみぎょう)と言うのがまことの言い伝えだ。深い井戸の水を汲むにはつるべ桶が欠かせないように、如来法は、大神行を現世に示現する法なのだ」
 かつて、師は、狼の行は言辞で表せないと言われた。声字実相、すなわち、必ず目と耳によらなければ人に伝える事ができない。その為の如来法だ。惟正の体の震えは明らかな法悦であった。
 だが、早く唐を離れなければ違勅罪になる。惟正の法悦顔は直ぐ覚めた。
「まだだ、今度は如来法を隠す術を会得しなければならぬ。せっかく悟っても、霊仙三藏法師の二の舞になり、その害が身に及ぶ」
 円仁は、斎食して暫く休んだ後、再び籠もり始めた。
 全てを終えた円仁が地宮から出て安居する顔は、やせ細って憔悴している。だが、目と口は悦びに溢れている。
「宰相の李徳裕様が、未だ長安に留まる円仁様を捕らえる、とやってきました」
 そこに、寺男が駆けこんだ。
「ああ、ついに来た」
 惟正は、蒼白になった。
 李徳裕と名前を聞いて、楊州に居た大都督とは別人と思ったが、あの、李徳裕本人であった。
 唐朝廷宰相の地位を追われ、楊州に左遷されたが、再び宰相に返り咲いたという。
「過日、沙門円仁は遣唐使船に乗って帰れとの勅命に背いて残った。更にまた、国外追放の後も、長安に長く滞在すると讒訴する者があった。違勅罪は笞杖死に相当する」
 宰相の側に控える、青龍寺を監督する左街功徳使が傲然と叫んだ。
「偉大な大唐文物に触れ、わがままが高じて留まりました。弟子には何の科もありません。罰するなら、この拙僧だけを……」
 円仁が、叩頭して惟正をかばった。
「師の円仁に罪はありませぬ。全ては私の病ゆえに留まったのです。罰するなら私めを……」
 惟正は師を押しのけ、必死に嘆願した。
「大唐僧には見られない美しい師弟愛だ。大唐はすでに、仏法の世は終わった。日本国僧円仁、暫く会わぬ内に痩せ衰え、みすぼらしくなった。病なれば、長安に留まるのも致し方あるまい。良くなったら早く日本に帰り、体をいたわられよ」
 李徳裕の目は、なぜか急に、慈愛に変じた。
 円仁と惟正は門外まで出て、李徳裕宰相の駟馬(しば、四頭馬車)を叩頭して見送った。
 かつて、円仁一行が天台山に行くのを禁じたのは、楊州に居る李徳裕が朝廷に働きかけた為だ。廃仏毀釈を推し進めた張本人がこの李徳裕自身であり、円仁を足かけ六年も長安に留めた人だった。
 
 異聞では、空海も青龍寺で大熾盛光如来の霊力に撃たれて自得したが、大熾盛光如来法とは知らず、後世に伝えることができなかったと言う。


 
(三) 故国へ

「惟正、ようやく日本に帰れるぞ。全く、夢のようだ……」
 陸風を受け、赤山港で帆をあげる船上で、円仁は感無量に微笑した。
 一年のはずの求法旅が、廃仏毀釈で九年半も唐に足止めされていた。数千巻の経文も無事に船積みされた。
 強制還俗させられた惟正だが、船に乗ると師と共に剃髪し、三衣姿に戻った。
袈裟の覆わない右肩の薄い褊衫(肩布)から、数匹の蚊が長安のある西の方角に飛び去った。
「惟暁……」
 惟正は、惟暁の眠る、長安の方角に向かい、合掌していた。
 惟正はもう、蚊には怯えぬほどに回復していた。

 
 帰国した惟正は、天台座主の仕事で忙しい円仁に代わり、東国・道奧を巡錫開山して回った。
 惟正は、大神の行に大熾盛光如来法の論を加えて布教した。
 大熾盛光明王曼荼羅絵を見せながら説く和唐習合の天台密教が、東国・道奧の人々の心を鷲づかみした。慈覚大師円仁の名で惟正が開山した寺院は、東国に二百九寺、道奧に三百三十一寺を数えたのであった。
 
 惟正の没年は不明。比叡山にて、高齢で遷化したとだけ伝わる。










このブログへのチップ   100100pts.   [チップとは]

[このブログのチップを見る]
[チップをあげる]

このブログの評価
★★★★★

[このブログの評価を見る]
[この記事を評価する]

◆この記事へのコメント
コメントはありません。

◆コメントを書く

お名前:

URL:

メールアドレス:(このアドレスが直接知られることはありません)

コメント:


くる天
officematsunaga
速報情報は、オリジナル取材ネタも含めてtwitterで無料公開!
twitter

【オフイス・マツナガのブログ】

【CONTACT/連絡先】

カレンダー
<<2013年08月>>
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031
マーケット情報
by 株価チャート「ストチャ」


FX経済指標


会員制システム
会費は月額1000円で、すべての記事、すべての連載、バックナンバーを見ることができます。また、一般には入手困難な資料等をダウンロードできます。
 購読の規約に関しては、くる天 よくある質問を参考ください。


会費の支払い方・課金の仕方

1:くる天へ会員登録する。
2:ポイントを購入する。
3:記事を購入する 。
 という手順となります。
 初めての課金の申し込み方

返金システムに関して

なお、会費を支払い購読されて「これは課金に値しない」と判断された方には、すみやかに返金に応じます。詳細は、返金システムに関してを参考ください。

入稿後は加筆・修正しません

有料会員制度のサイトという性格と、くる天さんのシステムから、有料記事に関しては入稿後の修正、訂正はきかないようになっています。そのため誤字・脱字・錯誤が含まれる場合があります。誤字・脱字・錯誤等の修正に関しては、別途、指摘させていただく場合があります。誤字・脱字・錯誤  修正情報

皆様へのお願い

 申し込まれたアクセスコード、パスワードを他人に教えたり、譲渡する行為は犯罪行為です。すでに、第三者におしえてしまった!という方は、すみやかにパスワードの変更をお願いします。やむなき場合は、しかるべき対応をさせていただきます。
皆様へのお願い  
当サイト連載コラム
週刊日程表

本日のマーケット

今週の永田町

永田町レポート

本日のオフレコ情報

遠藤顧問の歴史だよ

時代小説発掘(無料公開)

カテゴリ
全て (3356)
2014衆議院選挙当落予想 (12)
無料公開記事 (7)
週間日程表 (154)
選挙 (26)
政治 (86)
経済 (6)
社会 (17)
永田町レポート (67)
今週の永田町 (326)
本日のオフレコ情報 (71)
本日の日経225 (29)
本日のマーケット (1654)
特オチ最前線 (75)
瘋癲老人のレイジーな日々 (25)
扱い注意 (38)
ネットでメシウマ!ウェブマーケティングの虚実 (32)
伊藤博一の事件の眼 (23)
鬼デスクの酔いどれ日記 (44)
アダルトサイト運営奮闘記 (3)
遠藤顧問の歴史だよ (30)
業界記者の覆面レポート (2)
真名のケーザイ探検 (27)
ホッピー・モツ焼・闇市の世界 (4)
ネットでビビるな!ネット音痴の業界人へ (14)
今週のマスコミがびびったネットネタ by 野次馬 (10)
アラカルター久里&占い軍団 (46)
コーヒーブレイク・エクササイズ編 (64)
コーヒーブレイク・ボイスエクササイズ編 (12)
医読同源 (1)
永田町奥の院を新人記者「僕」行く (12)
アンコール (2)
「永田町に棲んだ女たち」2 (13)
「永田町に棲んだ女たち」 (15)
ぼやき三毛猫 (49)
白川司郎訴訟関係 (4)
動画で go !!!! (7)
縄文だよ!!!! (4)
【時代小説発掘】 (204)
2009年 衆議院選挙  最新調査データ (26)
衆議院選挙 選挙区レポート (4)
島田が行く!報道現場の盲点 (2)
誤字・脱字・錯誤  修正情報 (6)
見落とすな!ネット情報・リンク先・保存先 (3)
「永田町に棲んだ女たち・特別番外編」 (8)
雑誌販売動向 (7)
最近の記事
12/06 12:26 江戸浅草物語14「月こそ心よ花こそ心よ」 (無料公開)
11/15 15:30 〈助太刀兵法46〉北斎蛸踊り(8) (無料公開)
10/26 08:49 「本日のマーケット」(FX編)・・・今週は日米の金融政策イベントに注意。
10/26 08:40 「本日のマーケット」(株式編)・・・ 続伸後に日経平均株価が1万9000円台を回復。
10/21 08:39 「本日のマーケット」(FX編)・・・ドル円は120円ちょうどの壁を意識。
10/21 08:25 「本日のマーケット」(株式編)・・・手掛かり材料難のなか、方向感の出づらい展開。
10/19 08:33 「本日のマーケット」(FX編)・・・午前11時に発表される中国の一連の経済指標に注目
10/19 08:23 「本日のマーケット」(株式編)・・・午前11時、中国経済の指標しだい。
10/14 08:48 「本日のマーケット」(FX編)・・・昨日に続き中国の経済指標。米9月小売売上高。
10/14 08:31 「本日のマーケット」(株式編)・・・前日の動きが継続し軟調な展開。
10/13 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・ドル円は120円大台を中心に方向感に欠ける動きが当面続きそう
10/13 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・5日線(前週末9日時点で1万8218円)が下値を支え
10/05 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・東京タイムではドル円やクロス円は押し目買いが優勢
10/05 08:34 「本日のマーケット」(株式編)・・・続伸後、日経平均株価が1万8000円に迫る。
10/04 12:07 江戸浅草物語13「天海僧正の結界が破られる時、魔界の者たちの進撃が始まるのか」 (無料公開)
10/02 08:44 「本日のマーケット」(FX編)・・・米雇用統計を控えた様子見姿勢
10/02 08:35 「本日のマーケット」(株式編)・・・週末要因や米雇用統計を前にポジション調整
10/01 08:47 「本日のマーケット」(FX編)・・・9月日銀短観、9月中国製造業購買担当者景気指数(PMI)などが材料。
10/01 08:35 「本日のマーケット」(株式編)・・・欧米株式の上昇を受けて買いが先行後、もみ合い。
09/30 08:52 「本日のマーケット」(FX編)・・・日中は119円後半のもみあい
09/30 08:44 「本日のマーケット」(株式編)・・・反発後、上値が重い展開。
09/29 08:55 「本日のマーケット」(FX編)・・・株安・円高パターンの継続はドル高圧力を後退
09/29 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・続落後に落ち着きどころを探る展開。
09/28 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・東京時間のドル/円は120円半ばを中心にもみあい。
09/28 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・手掛かり材料難のなか、もみ合い。
09/25 08:53 「本日のマーケット」(FX編)・・・・朝方、イエレン米連邦準備理事会(FRB)議長が年内利上げが適切との見方を
09/25 08:44 「本日のマーケット」(株式編)・・・引き続き弱含みで推移。直近の安値1万7415円61銭を意識。
09/24 08:37 「本日のマーケット」(FX編)・・・・連休明けの東京時間のドル/円は120円前半を中心にもみ合う展開。
09/24 08:26 「本日のマーケット」(株式編)・・・続落スタート。連休中にNYダウが軟調に推移。
09/20 10:55 〈助太刀兵法45〉北斎蛸踊り(7)(無料公開)
オフイス・マツナガのサイト
[現役雑誌記者によるブログ日記!by オフイス・マツナガ]

[オフイス・マツナガ書籍部]

[今週のキーワードbyオフイス・マツナガ]

[オフイス・マツナガのブログWordPress版]

[週刊日程表(アクセス規制有)]

[調査分析報道・資料倉庫]

【公にされない公の資料を公開】

【その他 オフイス・マツナガweb管理人】

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
最近のコメント
風雲 念流剣 七 (無料公開)(鮨廾賚此丙郤圈)
宿志の剣 三 (無料公開)(会話スキル★吉野)
週刊・月間誌 販売動向13年3月6-7日(管理人:kitaoka)
週刊・月間誌 販売動向13年3月6-7日(珈琲好き)
■この国の最大の問題点は「スパイ防止法案」がない点。マスコミだけでなく、政党にも外国勢力が跋扈。(珈琲好き)
イチローストレッチが止まらない!(バーバリー 時計)
■あまりにあっけなく、野田民主党惨敗。あまりにあっけなく、安部自民党大勝利(takeshi.komi)
時代小説発掘 !!!!!告知!!!!!()
〈助太刀兵法21〉 尾道かんざし燈籠 (無料公開)(モンクレール ダウン)
薩摩いろは歌 雌伏編(十一)痛撃(無料公開)  (株式の初心者)
ブログ内検索

RSS
携帯からも見られます!
QRコード対応の携帯で、このコードを読み取ってください。

Copyright (c) 2006 KURUTEN All right reserved