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江戸浅草物語5「神君家康の化身徳川吉宗が将軍職に就く日」 (無料公開)
[【時代小説発掘】]
2014年5月25日 12時29分の記事


【時代小説発掘】
江戸浅草物語5「神君家康の化身徳川吉宗が将軍職に就く日」
佐藤 高市(さとう たかいち)


(時代小説発掘というコーナーができた経緯)

梗概:
 浅草寺に近い浅草花川戸のむじな長屋に住む者たちの物語。
 六代将軍徳川家宣は、将軍在職の三年余りで病没し、新将軍は、数え年で四歳になる徳川家継であった。この時、徳川幕府の最大の危機であった。
 前将軍の子飼いであった間部詮房(まなべあきふさ)と学者の新井白石(あらいはくせき)が幕政を司っていた。だが、徳川幕藩体制は、まさに風前の灯だった。
 家継が将軍になった翌年の正徳四年には、大奥の腐敗が明らかになった。大奥年寄の江島が山村座の役者生島新五郎と密通したとされた絵島事件であった。浮上した大奥の腐敗に、一千五百人の者たちが罰せられた。
 この事件で、将軍家継の生母である月光院は、前将軍徳川家宣の正室天英院には、頭が上がらなくなった。天英院の後ろには、徳川吉宗がいた。吉宗は、間者を使って大奥にも影響を与えていたのだった。
 江戸では、幼少の将軍を置いた幕藩体制に対して、関ヶ原の戦いの怨念を持ち続けている輩たちの不穏な動きがあった。
 いよいよ、徳川幕府の中興の祖と言われる徳川吉宗が歴史の表舞台に登場。徳川吉宗の命で動く忍びの者たちが江戸市中を走る。吉宗は、したたかに時代の先を読んでいた。
 大きな時代のうねりの中で、浅草花川戸のむじな長屋の住人たちは、今日も観音様に手を合わせて、助け合って暮らしていた。


プロフィール:   
酉年でも喧嘩鳥の生まれ年で単純明快 東京都生まれ 
小説「谷中物語」で茨城文学賞受賞
江戸を舞台の小説「入梅」が韓国の常緑樹文学に翻訳掲載
江戸の歴史研究会会員 
 


これまでの作品:

江戸浅草物語1 「浅草花川戸むじな長屋の住人たち」
江戸浅草物語2「徳川幕藩体制の最大の危機」
江戸浅草物語3「徳川幕府の危機に陰陽五行の天才占い師参上」
江戸浅草物語4「徳川吉宗、雌伏して時を待つ」





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【時代小説発掘】
江戸浅草物語5「神君家康の化身徳川吉宗が将軍職に就く日」
佐藤 高市(さとう たかいち)



(一) 久米平介の涙

 久米平介は、刀を研ぎ終えると駒形堂近くの研屋に納めた。久米平介は、首切り役人をしていた時のことを片時も忘れることはなかった。
 久米は、東北の小藩の首切り役人だった。いかにきれいに罪人の首を落とすことばかり考えていた。やがて、寝ていると首のない幽霊が枕元に立つようになると眠ることもできなくなった。
 久米は、死を覚悟して江戸に出たのだった。浅草寺に参拝してから、大川の川岸に立っていた。
 覚悟を決めて飛び込もうとした時、むじな長屋の大家の清兵衛が久米に声をかけた。命の恩人である清兵衛は、今はあの世に旅立っていた。
 浅草寺の門前近くに、久米平介は、人の首をはね続けた自分の姿を木彫りにした。参拝客が通る場所に木彫りを埋めた。
 参拝客に踏みつけられることで、久米平介の業が軽くなると陰陽五行の天才占い師の佐藤瑞法に教えられたのだった。
 久米平介は、それ以来、長年にわたって、久米平介を悩ましてきた首のない幽霊は、その後現れなくなった。久米は、ようやくぐっすりと眠ることができた。
 久米平介は、大川の川岸に植えられた柳の下にいた。風が枝を揺らしていた。大川には、船遊びの屋形船が幾艘も見える。
 久米は、魔剣の使い手である白波一馬の剣を思い出していた。刺客の白波は、魔剣を大上段に構えて、奇声を発して佐藤瑞法に斬りかかってきた。
 久米は、一瞬で刀を抜いて、白波一馬の魔剣を握った右腕をはねた。目にも止まらない剣の動きであった。その抜刀術は、神業のようであった。
 それは、長年に渡って人の首を落としてきた末に会得した抜刀術であった。介錯の剣という長刀による秘剣であった。
 陰陽五行の天才占い師の佐藤瑞法は、久米平介の抜刀術を目の当たりして、郷里の福島飯坂の藩に宛てて書状を書いた。たぐい稀な剣士がいることを藩の重臣に知らせるためであった。
 浅草三社祭が数日後に迫っていた。祭が始まれば、神輿が浅草界隈を練り歩き、花川戸の表通りは、人が押し合うような混雑になる。むじな長屋の男たちは、ふんどし姿に祭り半纏を着けて、神輿を担ぐ。
 祭の本番に備えて、祭囃子が町内の至る所で聞こえる夕刻であった。馬を引いた小柄な男がむじな長屋に姿を見せた。
 佐藤瑞法は、その男を見ると思わず笑みを浮かべた。
男は、福島飯坂の藩で、馬廻りに使える弥吉であった。
「これはこれは、お久しぶりでございます。佐藤瑞法様。弥吉でございます。久米平介様をお迎えに参りました」
 弥吉はそう言って、重臣からの書状を佐藤瑞法に渡した。弥吉は、黒光りのする自慢の馬の体を撫でた。
「お殿様が、この馬を久米様に与えるとおっしゃいまして、福島飯坂から駆けつけた次第でございます」
 弥吉は、長屋のおかみさんが焼く鰯を見ていた。
「待っておれ、馬は近江屋の権助に頼んでくる・・・、おますさん、すまんがこの人に飯をお願いしたいのじゃが?」
「あいよ、脂の乗った鰯がちょうど焼けたよ」
 船宿近江屋の権助が姿を見せた。権助は、むじな長屋の大家を任されていた。権助は、見事な馬に驚いていた。
「久米平介様に下げられたお殿様の馬は、見事なものですね。倅の小太郎が百姓家の厩を借りに行きました。待乳山聖天社の裏でございます」
 長屋の住人たちが出てきた。見事な馬を見て、馬の腹に触ったりして大騒ぎだった。
そこに、ため息をつきながら久米平介が姿を見せた。久米平介は、馬にも興味を示さなかった。
「久米様、これはあなたのお馬ですよ・・・、このお人は、豆鉄砲をくった鳩のような顔をして・・・・・・」
ますがそう言った。そこにいたむじな長屋の住人たちは、大声で笑った。
 久米平介は、佐藤瑞法から事の起こりを聞いた。福島飯坂の藩から剣の指南役として召し抱えられると聞いた久米平介は、涙を流していた。
 久米平介は、かつて、首切り役人の任を果たすことができず、腑抜けのようになった。その時の藩主は、すぐさま重臣を呼んで久米平介を脱藩させた。すなわち、解き放ちであった。
 久米は、首を斬ることができなくなった腑抜けの首切り役人と笑われた。それは、昨日のことのように鮮明に覚えている。
 そんな自分を源義経の忠臣であった佐藤継信、忠信兄弟に由来する福島飯坂の藩が手を差し伸べてくれた。久米平介は、感涙にむせぶのだった。
「ありがとうございます。観音様にお参りに行ってまいります・・・・・・」
 佐藤瑞法は、久米平介の後姿を見送った。本物の武士は、久米平介のように心優しく、行く末を案じながらも人のために剣を生かそうとする者だった。
 浅草寺の本殿に手を合わせた久米平介は、自らの像を埋めた参道を見に行った。多くの参拝客が久米平介の木彫りの像を踏みつけていた。
 今では、踏み付けが文付けという言葉に置き換えられて、男女の縁を結ぶ神様として崇められるようになっていた。
 久米平介は、遠くから像を踏みつける人たちに向かって、手を合わせていた。
 浅草三社祭を控えて、祭の前夜を飾る小祭があちこちで開かれていた。
むじな長屋の久米平介の貧しい部屋は、長屋の人たちが入れ替わり立ち代わりでお祝いを言いに来た。
 あさりのむき身を売る俸手振りの正太は、自慢の干物を差し入れる。向かいに住む按摩の五郎八が酒を持ってきた。飲兵衛安が茶碗酒で既に出来上がっていた。
 小唄の師匠のお滝は、祝いの三味線を弾く。佐藤瑞法は、三味線に合わせて祝賀の舞を舞うのだった。ささやかな宴は続いた。
 むじな長屋の闇の中で、その様子を窺う者たちがいた。そして、忍びたちの様子を監視する幕府の隠密である清三の姿があった。
 徳川吉宗の命を受けた根来衆たちの狙いは、富士山大爆発を言い当てた陰陽五行の天才占い師である佐藤瑞法であった。


(二)吉宗の策略

 浅草三社祭が盛大に開催されて、浅草寺の門前で蓑や笠などを売る蓑市も開かれた。浅草には、祭の後のひと時の落ち着きが訪れていた。
 幕府の隠密である風の喜八が船宿近江屋に姿を見せた。喜八は、むじな長屋の住人たちの様子を権助に聞いた。
 近江屋の路地を入って、右の一番手前に佐藤瑞法の部屋があった。その隣には、四月に入ってから美しい女が越してきた。
 名を千代菊といった。浅草奥山の芸者だった。一緒に住むのは、着付けや髪を結う婆やだった。
 千代菊は、深川から浅草奥山に来たばかりだった。千代菊は、瞬く間に、その美顔で浅草奥山一の売れっ子芸者になっていた。
 千代菊は、婆やに手を引かれて料亭に向かう。置屋から千代菊を迎えに来た老いた男は、三味線を抱えて後ろから付いて行く。
 芸者島田の美しい髪と粋な柄の着物を着た千代菊の姿に、男も女も見とれるのだった。「ごみ溜めに鶴とは、このことだよ。千代菊さんは、本当に女から見ても惚れ惚れするよ」
 むじな長屋の左奥の部屋に住むトラは、千代菊の後姿を見送っていた。
 四月に入ってから、むじな長屋のおかみさんたちは、忙しくなった。着物の綿を抜いて、袷(あわせ)にするのだった。
 俸手振りの正太や按摩の五郎八、そして、佐藤瑞法の着物をおかみさんたちは、頼まれて綿抜きをする。
 夏鳥のほととぎすの鳴き声がして、初鰹が食べられるこの季節を江戸っ子たちは、心待ちにしていた。
 千代菊の小袖もおかみさんたちが綿抜きをする。小唄の師匠のお滝が綿抜きを手伝う。大家だった清兵衛の死から、部屋に閉じこもりがちだったお滝は、千代菊と宴席に出ることで気が晴れた。
 昼下がりだった。風の喜八は、権助の船で四つ木八幡から花川戸の船着き場に着いた。これから、隠密廻り同心の高畠十郎と浅草御蔵近くの寺で会うことになっていた。
「喜八様・・・・・・」
 喜八の後ろで声がした。
「これは・・・、お小夜さんではないか?」
 それは、思いがけない出会いであった。大地震と津波で疲弊した紀州藩に藩主吉宗の書状を届けた後、江戸に戻った喜八は、病に倒れた。
 喜八は、鉄砲洲船松町のあばら家で小夜たちの献身的な介護を受けて、一命を取り留めた。小夜とその祖父母は、根来衆であった。
 根来衆は、落日のような紀州藩に吉宗の書状を送り届けた風の喜八を陰で守ってきた。それが主君のために働く根来衆の思いであった。
 根来衆は、豊臣秀吉に根来寺を焼かれた。後年、根来寺を再建したのは、浅野家宗家であった。浅野家は、根来衆にとっては恩人であった。
 風の喜八が赤穂藩の隠密であったことは、根来衆は知っていた。そのため,喜八を死なすわけにはいかなかった。
 船松町は、鉄砲洲の浅野家上屋敷とは、目と鼻の先だった。喜八は、かつての主君が住んでいた上屋敷のすぐ近くで、生死をさまよっていたことが不思議に思えた。
 亡き主君や大石内蔵助を初めとする赤穂浪士に守られていることを知った。
「私は、浅草奥山で芸者をしております。喜八様、近江屋の裏にあるむじな長屋で祖母と暮らしております・・・・・・。主命でございます」
 小夜は、白粉を落とし、千代菊とは誰も分からなかった。小夜は、あの時から喜八の面影を忘れたことはなかった。
 小夜は、喜八と決して会うことはないと思っていた。だが、主命で浅草花川戸のむじな長屋に使わされたのだった。
「浅野宗家は、根来寺を再興してくださいました。私たち根来衆は、浅野家に大恩がございます。そして、喜八様は、藩主吉宗様の書状を命がけで江戸から繋げてくださいました。紀州藩は救われました・・・・・・」
 喜八は、浅草奥山一の芸者が小夜だと知った。
 吉宗の緻密な企みが喜八には分かるのだった。吉宗は、隠忍を使って喜八のことを調べ上げ、自らの書状を命がけで紀州藩に届けてくれた喜八を利用してまでも調べることがあった。
 本年中に何があるか、吉宗はそれを佐藤瑞法に確かめたかったのである。五行では、相克といって、世の中は、大きな変わり目の年となる。吉宗は、陰陽五行の天才占い師佐藤瑞法から、それを聞き出していた。
 吉宗は時代の先を冷静に読もうとしていた。それは、次期将軍に自らが成ることを陰陽で占い、あらゆる風水や祈祷を上げてもそれを実現することであった。
 大奥の天英院は、吉宗の思いのままであった。江島事件にしても吉宗の隠忍たちが画策したことであった。
 吉宗は、あらゆる策略を用いても自らが将軍職に就くことを目指した。それは、弱体化した幕藩体制をもう一度神君家康の時代に戻すことだった。
 それをやらなければ、また群雄割拠の時代に戻り、戦乱が全国に広がる恐れがある。そして、多くの者たちが死んで、荒んだ国土になるのだった。それだけは、防がねばならなかった。
 吉宗は、大奥を手なずけ、幕閣への圧力を強めてきた。これまでの策略により、将軍職は目の前にあった。
 実が熟した果実がもう少しで地に落ちる。吉宗は、一日千秋の思いでその日を待っていた。
 喜八は、後ろ髪を引かれるような思いで小夜に別れを告げて、隠密廻り同心の高畠十郎の待つ寺に急いだ。
 一方、佐藤瑞法は、むじな長屋の部屋で横になっていた。長屋の住人たちが手伝いに来ていた。
「佐藤瑞法様は、どうだい?」
「大男の虚無僧が来てから、どうも体調が良くないようです。昨晩から、熱が出ているんですよ。恐ろしい夢を見て、うなされています」
 近江屋の主人権助の問いにトラが答えた。左奥に住むトラは、おじやを持ってきたところだった。
 近所の医師にも診てもらったが、出された粉薬を飲んでも一向に効かなかった。
 その夜、喜八は佐藤瑞法を見舞った。佐藤瑞法は、立つこともできない深刻な状態だった。
 夜が更けて、千代菊が婆やに手を引かれ、荷物を持つ置屋の年老いた手伝いの男と共に戻って来た。
 喜八は、千代菊を訪ねた。
 美しく着飾った千代菊は、息を呑むほどであった。千代菊は、驚いて喜八を見た。そこにいた婆やたちは、あの時介抱してくれた根来衆だった。
 喜八は、陰陽五行の天才占い師佐藤瑞法のために、根来衆秘伝の薬草を所望した。佐藤瑞法が快癒した後、紀州藩中屋敷に参上することを誓った。
 その言葉に、老いた男は、薬種の入った袋を懐から取り出した。
 喜八は、かつて、根来衆の秘伝の薬草を煎じて貰い、一命を取り留めた。それほどに根来衆の薬草の効き目があった。
 小夜は、婆やにすぐにそれを煎じるように言った。婆やは、根来寺の山から採れる薬草を煎じたものを茶碗に注ぐ。
 薬草を煎じた年老いた男は、喜八に頭を下げると赤坂の紀州藩邸に走った。
 いかに、陰陽五行の天才占い師といえども病には勝てなかった。根来衆の秘伝の薬を飲んだ佐藤瑞法はすぐさま深い眠りについた。
 佐藤瑞法は、再び冥界をさまよっていた。暗い闇の中にいた。どこにも光は見えない。突如、暗黒の中に白い龍が見えた。龍の目がこちらを見ていた。
 暗黒の世界に合戦の鬨(とき)の声が聞こえる。落ち武者たちの非業の姿がその場に現れる。
 佐藤瑞法は、その時、けがれた世に立つ圧倒的な存在を知る。欣求浄土を願う神君徳川家康の存在であった。
 やがて、佐藤瑞法は目を覚ました。傍らには、喜八と権助、そして小夜がいた。
「欣求浄土、徳川家康公が・・・・・・新しい将軍に・・・・・・」
 喜八は、佐藤瑞法の言葉を理解した。幼君に何かが起こり、家康の再来の新将軍が現れるのである。だが、それは、幕府の隠密としては、決して発してはならないことであった。
 そこにいた者たちは、佐藤瑞法の言葉から、徳川家康公の化身がこの難局に姿を現すことを知った。徳川幕藩体制に大きな変化が起きるのは必定であった。
 四月十七日は、徳川家康が駿府で逝去した日である。江戸でも日光祭(にっこうさい)が執り行われた。
 吉宗は、上野の東照宮にも代理人を差し向けた。病弱の幼君の率いる徳川幕府は、このままでは、崩壊してしまうことは明らかだった。
 ならば、吉宗は、自らが将軍となって神君家康公の意志を受け継ぐことを心に決めていた。吉宗は、特別な思いで、神君家康公の眠る日光の方角に手を合わせていた。
 陰陽五行の天才占い師の言葉によって、自らが徳川幕藩体制を支えることになるのを信じていた。
 徳川吉宗の放つ隠忍や間者、そして、根来衆は、江戸の町に散っていた。大奥にも間者を送っていた。
 江戸城では、幼い将軍が病床に臥していた。容体は、ここにきて憂慮すべき状態にあった。誰が見ても幼君の命は風前の灯火のようであった。
 幕閣は、次期将軍を紀州藩主の徳川吉宗にする意向を固めていた。大奥の天英院からの強い申し出があったことも事実であった。財政の逼迫した幕藩体制を建て直すには、最早、吉宗しかいなかった。
 公儀側用人の間部詮房は、江戸城に吉宗の登城を促した。幕閣は、次の将軍を徳川吉宗に決めて、本人に密かに伝えるためであった。
 この時、吉宗は明確な返事をためらった。御三家からの初めての将軍職に、吉宗は慎重な態度で臨んだ。自らの意見を幕閣に伝えたのである。
 神君家康の子であり、駿府城で家康の下で育てられた吉宗の祖父徳川頼宣は、豪放磊落であり、南海の龍と呼ばれていた。
 徳川頼宣は、中国の鄭成功への援軍要請にも積極的であった。頼宣は、常に海の向こうを見ていた。
 だが、慶安事件によって、由井正雪と親交のあった徳川頼宣が疑われ、本国の紀州に帰ることも長きにわたってできなかった。
 徳川吉宗は、祖父の頼宣が巻き込まれた慶安事件は、幕閣の陰謀であったと疑っていた。
 時の幕閣は、幕藩体制に異を唱える者たちが、頼宣を将軍に担ぎ出すことを恐れていた。それが今では、徳川幕府が紀州藩主の吉宗を将軍に迎えようとしていた。皮肉なことであった。
 それは、紀州藩の祖である徳川頼宣の疑いを晴らしたことを意味していた。吉宗は、自らが将軍になることより、祖父の名誉を勝ち取ったことがうれしかった。
 吉宗は、常に冷静に時代の先を読むことができた。病床にあった幼い将軍家継は、間もなく息を引き取った。
 この時、間部詮房と新井白石が支えてきた体制は、瓦解したのであった。
 第八代将軍となった徳川吉宗は、将軍職に就くと幕閣に対して、天下の政を建て直すことを宣言した。


(三)江戸を離れる陰陽五行の占い師

「将軍様は、一汁三菜の質素な食事をしているそうな・・・」
 むじな長屋の井戸端では、トラとますがおしゃべりに夢中だった。
「一日に二食というし、質素倹約に徹している。お酒もお銚子一本だけという話だよ」
「なんせ、神君家康公の再来と言われているお方ですよ。うちの飲兵衛安ときたら、上様より酒を飲むよ。本当に罰当たりな亭主だよ」
 二人は、いつものようにおしゃべりを続けていた。
「千代菊さんは、煙のように消えてしまったね」
 トラは、突然消えてしまった千代菊のことにふれた。
 家財道具もそのままにして、同居していた婆やと共に姿を消したのだった。浅草奥山一の芸者が置屋や料亭にも黙って、突然いなくなったのだった。
 それは、徳川吉宗が将軍に就き、時を同じくしてのことであった。まるで、神隠しのようだった。
 きれいに片づけられた千代菊の部屋には、紙に包まれた店賃が置かれていた。
 権助は、千代菊がいなくなったことを喜八に伝えようとした。だが、喜八は、新しい幕藩体制の大波を受けて、江戸市中の見廻りに日夜就いていた。
 むじな長屋は、久米平介が江戸を離れ、千代菊もいずこに去って寂しくなった。そして、陰陽五行の天才占い師の佐藤瑞法も江戸を去る時が来た。
虚無僧姿の吉宗がむじな長屋に来てから、佐藤瑞法は体を壊して床に就いた。そして、根来衆の薬草でその危機を乗り越えた。
 佐藤瑞法は福島飯坂の出身であり、源義経に仕えた忠臣の佐藤一族の末裔であった。
源義経公を守り、獅子奮迅の戦をした佐藤一族は、長い年月が経って、徳川家に馳せ参じた。
 徳川家は、佐藤一族を迎え入れた。佐藤瑞法には、その忠臣の血が流れていたので、徳川家に対しては忠節を旨としてきた。
 だが、江戸にいれば、いつ何時、将軍吉宗に呼び出されるか分からなかった。陰陽五行で幕藩体制の行く末を判じていくことは、佐藤瑞法の本意ではなかった。
 吉凶は糾(あざな)える縄の如しであった。良いことが転じて良くないことになり、又、反対に良くないことが転じて良いことになることもある。人間万事塞翁が馬であった。
 病がすっかり癒えた佐藤瑞法は、約束どおりに赤坂の紀州藩中屋敷を訪れた。そして、将軍吉宗公に書状をしたためた。
 書状の内容は、陰陽五行の占いでは、大きな変革が起こることで安泰な世が訪れる契機となる旨のことであった。
「皆の衆、世話になり申した。浅草花川戸に住んだことは一生の楽しい思い出にしますぞ。ワッハハハ」
「先生、これからどこに行くのです?」
「京に上がろうと思います。酒は旨いし、女人は美しいからのう。ファッハハハ」
 佐藤瑞法は、トラにそう言うと高笑いをした。高熱を出して寝込んでいた時、おかみさんたちが介抱してくれたことを思った。人は人の優しさに支えられて、生きている。
 佐藤瑞法は、木戸が開くのを待って、早朝の江戸を出立した。足早に逃げるように江戸を離れた。
 佐藤瑞法は、将軍吉宗に激しい怒りの表情の不動明王を見た。紅蓮の炎が立ち昇り、魔王と如来がその場で入れ代わる恐ろしい光景だった。
 寂しくなったむじな長屋では、早朝から、おかみさんたちが柏餅を作っていた。端午の節句を祝うものだった。
 米の粉をこねて平たくして、中に餡を入れて柏の葉で包む。おかみさんたちは、手際よくそれを蒸して、柏餅を大皿に並べた。
「亭主ときたら、酒ばかり飲んで・・・・・・」
 トラがいつものように、亭主の安の飲兵衛を愚痴る。ますは、笑ってそれを聞く。小唄の師匠のお滝もおしゃべりに加わって、柏餅を作るのを手伝った。
「権助さんは、味噌餡が好きだからね」
 ますは、味噌餡の入った柏餅を別の皿に並べた。
 子供たちが集まってきた。柏餅のできるのを待って、チャンバラごっこを始めた。
「我こそは、堀部安兵衛なるぞ、吉良上野介はいずこに!」
子供たちの歓声が聞こえる。


(四)四つ木八幡見返り橋

 四つ木八幡宮に続く林の小道を歩く女がいた。近くの田んぼからは、蛙の鳴く声が始まった。夕暮れが近かった。
 四つ木八幡宮の朱色の鳥居をくぐると白い石が敷き詰められた境内に入る。女は、本殿に向かって手を合わせていた。
 手を合わせる美しい顔立ちの女は、小夜であった。明るい小袖の着物が夕陽を受けて、鮮やかに見えた。
「喜八様は、四ツ木八幡宮に住んでいるのですか? 私の産土神(うぶすながみ)は、八幡様でございます」
「小夜さん、わたしの産土神も八幡様なのです・・・・・・」
 小夜は、鉄砲洲船松町のあばら家で喜八を看病していた時を思い出していた。江戸を離れる前に一度、喜八が守る四つ木八幡にお参りをしたかった。
 風の喜八は、悲願の浅野家再興が実現して、今は幕府のために隠密として身命をとして働く。小夜も又根来衆として、将軍吉宗のために尽くすのだった。
 吉宗は、多くの隠忍や間者を使って、飢饉や役人の不正、そして、米のでき具合など細かな情勢を調べさせていた。小夜もまた越後へと旅立つ時が近づいていた。
 四つ木八幡宮の庫裏から、夕餉の支度の煙が見えていた。姉さんかぶりの娘が薪を運んでいた。
 薪を運ぶ娘が小夜に気が付いた。娘は、笑顔で挨拶をした。小夜は、会釈をすると本堂から離れた。
 娘は、喜八の娘のお登勢だった。お登勢は、美しい女の姿に見とれていた。
 小夜は、林の小道を歩きながら涙が出た。ここで、喜八と出会ったら喜八を思う気持ちを抑えられない。
 蛙の鳴き声は、周囲の田んぼからうるさいほどであった。小道の向こうに大川があった。大川の川面には、夕陽が映って美しかった。烏の群れがねぐらに帰る。
 小夜は、大川に注ぐ川の橋を渡った。小夜は、橋の上で立ち止まって、振り返った。四つ木八幡宮が林の向こうに見えていた。
 白龍が四つ木八幡宮を守っていることは、喜八から聞いていた。小夜は、産土神の八幡様の傍らで暮らすことに憧れていた。
 白龍と共に、そして、喜八と暮らすことは夢のまた夢であった。江戸の町が夕陽に染まった。
 小夜は、江戸に暮らす人たちを思っていた。むじな長屋に住む人たちの顔が浮かぶ。
 浅草寺の時の鐘が鳴った。小夜は、その方角に手を合わせていた。









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12/06 12:26 江戸浅草物語14「月こそ心よ花こそ心よ」 (無料公開)
11/15 15:30 〈助太刀兵法46〉北斎蛸踊り(8) (無料公開)
10/26 08:49 「本日のマーケット」(FX編)・・・今週は日米の金融政策イベントに注意。
10/26 08:40 「本日のマーケット」(株式編)・・・ 続伸後に日経平均株価が1万9000円台を回復。
10/21 08:39 「本日のマーケット」(FX編)・・・ドル円は120円ちょうどの壁を意識。
10/21 08:25 「本日のマーケット」(株式編)・・・手掛かり材料難のなか、方向感の出づらい展開。
10/19 08:33 「本日のマーケット」(FX編)・・・午前11時に発表される中国の一連の経済指標に注目
10/19 08:23 「本日のマーケット」(株式編)・・・午前11時、中国経済の指標しだい。
10/14 08:48 「本日のマーケット」(FX編)・・・昨日に続き中国の経済指標。米9月小売売上高。
10/14 08:31 「本日のマーケット」(株式編)・・・前日の動きが継続し軟調な展開。
10/13 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・ドル円は120円大台を中心に方向感に欠ける動きが当面続きそう
10/13 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・5日線(前週末9日時点で1万8218円)が下値を支え
10/05 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・東京タイムではドル円やクロス円は押し目買いが優勢
10/05 08:34 「本日のマーケット」(株式編)・・・続伸後、日経平均株価が1万8000円に迫る。
10/04 12:07 江戸浅草物語13「天海僧正の結界が破られる時、魔界の者たちの進撃が始まるのか」 (無料公開)
10/02 08:44 「本日のマーケット」(FX編)・・・米雇用統計を控えた様子見姿勢
10/02 08:35 「本日のマーケット」(株式編)・・・週末要因や米雇用統計を前にポジション調整
10/01 08:47 「本日のマーケット」(FX編)・・・9月日銀短観、9月中国製造業購買担当者景気指数(PMI)などが材料。
10/01 08:35 「本日のマーケット」(株式編)・・・欧米株式の上昇を受けて買いが先行後、もみ合い。
09/30 08:52 「本日のマーケット」(FX編)・・・日中は119円後半のもみあい
09/30 08:44 「本日のマーケット」(株式編)・・・反発後、上値が重い展開。
09/29 08:55 「本日のマーケット」(FX編)・・・株安・円高パターンの継続はドル高圧力を後退
09/29 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・続落後に落ち着きどころを探る展開。
09/28 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・東京時間のドル/円は120円半ばを中心にもみあい。
09/28 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・手掛かり材料難のなか、もみ合い。
09/25 08:53 「本日のマーケット」(FX編)・・・・朝方、イエレン米連邦準備理事会(FRB)議長が年内利上げが適切との見方を
09/25 08:44 「本日のマーケット」(株式編)・・・引き続き弱含みで推移。直近の安値1万7415円61銭を意識。
09/24 08:37 「本日のマーケット」(FX編)・・・・連休明けの東京時間のドル/円は120円前半を中心にもみ合う展開。
09/24 08:26 「本日のマーケット」(株式編)・・・続落スタート。連休中にNYダウが軟調に推移。
09/20 10:55 〈助太刀兵法45〉北斎蛸踊り(7)(無料公開)
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