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風雲、念流剣 六 (無料公開)
[【時代小説発掘】]
2015年7月5日 12時2分の記事


【時代小説発掘】
風雲、念流剣 六
鮨廾賚



(時代小説発掘というコーナーができた経緯)


【梗概】: 

 時代は室町中期に入ろうとする応永の末から正長にかけて(1420年代後半)。日本最古の剣派念流の道統二代目慈三首座(じさんしゅそ)は、初代念大慈恩の遺言として、南朝再興(後南朝)に一門あげて味方しようとしていた。南朝再興は、本当に慈恩の意思なのか。疑問を持つ正覚庵念道(俗名山入源四郎)とその弟子高垣藤四郎は、やがて、京と鎌倉の公方、後南朝の政争に巻き込まれていく。
本作は、全体4部作の予定で、下記(↓)『悍馬駆ける』の続編に当たります。


悍馬駆ける


http://honto.jp/netstore/pd-book_02503654.html


【プロフィール】:
鮨廾賚此昭和33年(1958)生まれ。平成22年(2010)第40回池内祥三文学奨励賞受賞。現在、新鷹会会員、大衆文学研究会会員、歴史研究会会員、歴史時代作家クラブ会員。


これまでの作品:

風雲 念流剣 一(序章)
風雲、念流剣 二 
風雲、念流剣 三 
風雲 念流剣 四 
風雲 念流剣 五 



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【時代小説発掘】
風雲、念流剣 六
鮨廾賚



第一部 鎌倉編 第五章 それぞれの動き

一 祇園藤次との再会

 陰暦五月中旬は、陽暦でいうと、だいたい六月下旬になる。
 すでに五月雨(梅雨)の季節だが、まだこの年は、雨が降る気配はなかった。
 かっと照りつける日差しの中、念道は刀匠行定の屋敷を訪れた。

「よくお出でくださりました」
「いつもありがとうござります」
 応対に出たのは、行定と香織であった。
 行定は、四十九日の間自らに鍛冶を禁じている。見世棚の太刀も全て引いてあった。亡くなった香夜と弟子の喪に服しているためである。
 香織もまた剣の修行を中断し、寿福寺へ来ることも遠慮している。

 二人にとって、香夜の存在は大きかったようだ。そのことを理解している念道は、七日毎に、香夜と弟子へ経をあげるためにこうして行定邸を訪ねているのだった。
 だが、そこには秘したある目的があった。とはいえ、神妙な二人に接すると、念道もまた読経を疎かにはできぬと改めて思い知るのだった。

 位牌は座敷に置かれている。香夜と弟子と酒生坊の三つである。
「これも縁でござろう」
 中陰が満ちた後、三人の位牌を行定家の阿弥陀堂に移すつもりだという。

 念道の読経の際は、ずっと後ろで手を合わせていた香織だったが、終わると行定と入れ替わるように部屋を出て行った。
「まだ、参りませぬか」
 念道の問いに行定が首を振ったとき、
「ごめんくだされ」
 訪いの声が聞こえた。その声に念道は覚えがあった。やっと現れたか、という思いである。

 行定がいったん部屋を出て、一人の男を伴ってきた。その男は、京育ちを思わせる白面に白の水干姿、侍烏帽子、手に太刀を持っていた。
「祇園藤次どのでござるな」
「御坊は・・・・!」
 念道と目が合った藤次は、手にした太刀を構えた。
「藤次どの、ここは我が屋。打物とっての争いは自重願いたい」
 行定が藤次の手を押さえた。

 藤次はしばらく険しい目を念道に向けていたが、やがて覚悟を決めたのか、
「長福寺以来でござりますな」
 すぐに平静に戻った。
 念道は落ち着いている。なぜならば、秘した目的が、まさに藤次との再会だったからである。

 長福寺でのこと、その後の軒猿の知らせや風聞から、藤次と酒生坊は旧知の間柄であり、行定とも顔見知りではないかと推測した。そして、必ずやここに現れるものと確信していたのである。
 この場で騒動を起こすことは、行定に迷惑を掛けることになる。そのことは藤次も望むまいと想定してのことだった。ゆっくりと話ができる。

「まずは香夜どのに線香をあげてくだされ」
 念道は藤次に座を譲るべく横にずれた。
「香夜どのに・・・・? 亡くなられたのか?」
 驚いて訊ねる藤次に、
「実は・・・・」
 酒生坊が暮露に追われ、さらに鹿伏兎刑部に殺されたこと、そのとき妻香夜と弟子の一人も巻き添えにあって殺されたことを行定は告げた。

「何と・・・・」
 藤次は絶句して言葉もない。
 しばらくして、気を取り直したものか、
「それは、いかいご愁傷なこと・・・・」
 絞り出すように言って、藤次は深く頭を垂れた。
「一別以来の再会でござったが・・・・」
 行定はそこまで言って、言葉が詰まったのか後が続かなかった。

 位牌に手を合わせた後、藤次は行定に向き直った。
「久闊を叙しに参ったわけではありますまい」
 横から念道が問うと、藤次は不快の念を露わにしたが、
「こなたと酒生坊と三人で再会を祝したかった」
 素直な行定の気持ちだけに、その湿った声に、
「遅かったようだ。すまぬ。実は、ここで酒生坊と落ち合うことになっていたのだ」
 と藤次は、声を落とした。

 そのことが酒生坊ばかりか香夜と弟子の不幸を呼んでしまったのである。詫びの気持ちを込めているのだろう。
 やはりそうであったか、と念道は思った。

「鹿伏兎刑部とは、そも何者ですか」
 藤次に心当たりはないようだ。
「鹿島の太刀を遣う兵法仁ということの外は、それがしにも分からぬ」
 と、答えたのは行定である。
「鹿伏兎刑部と酒生坊とのつながりも分からぬ。香織は母の敵を討つと娘ながらに堅く決意している様子だが・・・・」
「酒生坊のことについて教えていただけぬか」
 行定の言を引き取って、念道は藤次に頭を下げた。

「お断り申し上げる」
 だが藤次は、念道に向かってきっぱりと否定した。
「なにゆえに?」
「南朝再興に手を貸す念流に話すことはない」
「それは違う」
 念道は藤次に誤解があることを覚った。
「我ら念流は、南朝再興に与してはおらぬ」
「いや。慈三どのははっきりと口にした。始祖慈恩どのの誓紙とともに」
「むっ・・・・」
 念道は思わず言葉に詰まった。

 長福寺でのことである。藤次が四宮弾正左衛門に化けていたとき、確かに慈三はそう言った。
 だが、藤次が去った後で、
 ――当面は京と鎌倉で、双方の行方を見守り、小倉宮さまの守護に全力をあげる。
 と、決したのである。

 念道はそのことを順々に説いたが、
「京と鎌倉で行方を見守るとは、すなわち南朝再興に目処が立てば味方をするということではないか。小倉宮守護が何よりの証。念流は剣門刀派に似合わず日和見をするか」
 藤次は返って頑なになったようだ。

「そうではない。確かに慈三首座は南朝再興に与力したい意向でござった。だが念流には、幕府や鎌倉府の重臣もござるゆえ、安易に南朝再興に与するわけにはいかぬのだ。それゆえ、評定を経ての決定となったのだ」
 念道は理路整然と説いたが、
「では、何故に神剣を求められる」
 藤次はさらに語気鋭く問うてきた。

「それがしの用心が足りなかった。だが神剣は、楠木正勝が持ち込んだもの。それを盗んだのは、酒生坊でござろう」
「かの神剣は、熱田神宮から暮露によって盗まれたもの」
「暮露に盗まれたと? それが何故に鹿伏兎刑部に命を狙われる・・・・?」

 念道には、神剣を巡る動きが理解できない。それは行定も同じようで、
「お待ちあれ。それがしにも今ひとつ分かりかねる。まずは互いの行きがかりを傍らに置き、じっくり話を聞き合ってはいかがか」
 と、提案した。

 その提案に念道も藤次も賛同し、
「まずは藤次どのよりお話あれ」
 さらに年長の念道を立てる形で、先に藤次が語ることとなった。
 話は四月の長福寺での念流大集合に遡る。


二 藤次と酒生坊の逃走

 長福寺で神剣を奪った酒生坊と藤次は、太綱の切れた凧から、ようよう地に降り立った。
 酒生坊は天狗の面を取った。年の頃は二十五、六。藤次よりは、やや年配のいかつい顔である。
「ふう。助かった。礼を言う」
「体術は苦手と見えるな」
「修験者とは、修行が異なるのだ」
「一度、吉野から熊野まで歩いてみるか」
「いや。やめておこう。兵法仁には身体に毒よ」
「はは――」
 互いに親しく言葉を交わした。
 二人は旧知の間柄だが、窮地を脱したことで、さらに距離が縮まったようだ。

「これからどうする?」
 藤次が訊くと、
「この神剣は熱田神宮から暮露によって盗まれたもの。返さねばなるまい」
 酒匂坊は神剣をかざしながら、
「こなたはどうする。まっすぐ醍醐寺へ帰るか」
 逆に訊いてきた。
「むろんのこと。満済僧正に念流の動きを知らせねばなるまい。南朝再興などと大それたことを」
「そうか・・・・」
「しかし、楠木正勝が堂々と名乗りを上げて現れるとは恐れ入ったな・・・・」
 藤次がさらに話を続けようとしたとき、しっ、酒生坊が制した。

「どうやら追っ手のようだ」
「やはり来たか」
「念流とて剣門刀派。いずれも腕に覚えのある者ばかりであろう」
「でもなかったがな。いずれも寄る年波には勝てぬのだろう」
 藤次は先ほど念流の手練れと太刀を合わせている。
「とはいえ。天下に知られた念流ゆえ油断はできぬ。いずれにしろ、ここで戦うつもりはない。二手に分かれよう」
「心得た」
 藤次と酒生坊は、そこでいったん別れた。

 そのすぐ後に大猿と軒猿が相次いで現れた。
「ここに降り立ったのは間違いない。見よ、天狗の面が落ちている」
「ふむ。足下に乱れもある」
 山の中だが、確かに下草に踏み荒らされた跡があった。
「二手に分かれたようだな」
「よし。我らも二手に別れよう」
 大猿は酒生坊を、軒猿は藤次を追った。

「しつこいな」
 藤次は一人ごちた。
 ここまでしつこく追ってくる者は、猿一族の者に違いないと思った。念流には、体術に優れた猿御前率いる不思議な一族がいることが知られている。もし、追っている者が、その一族の者であれば、
「逃げ切れぬまい」
 藤次は太刀合いを覚悟した。

「おっ!」
 そのとき藤次は、眼前に一社を見つけたのである。
「助かった」 
 藤次はその神社に入っていった。
 軒猿が追いついたのは、その直後である。

「ここに侍が来ませんでしたか」
 藤次を追って境内に入った軒猿は、ちょうど社務所から出てきた禰宜か宮司と思しき年配の人物に訊いた。
「はて・・・・」
 その人物は首を傾げた。
「この社に入るのを確かに見たのです」
「もしや、つい今しがたの」
「いかにも」
「おお。その侍なら、ほれ、あちらの脇門からすぐに出て行った」
「かたじけない」
「何者ですかな」
 後を追おうとする軒猿に年配の人物が訊いた。
「お邪魔した」
 軒猿は答えずに脇門へ向かった。

 しばらくして、藤次が現れた。
「追われていたので、助かりました」
 礼を述べる藤次に、
「何のこれしき。気をつけて行かれよ」
 追われていた訳も聞かず、その人物はすたすたと行ってしまった。
「それにしても・・・・」
 藤次はわき上がってきた自問を、いや、とすぐに打ち消して山門の方へと歩き出した。

 いったん神社を出た軒猿は、しばらく行って立ち止まると、
「ここら辺りで良いか。藤次よ、京に戻って、念流は南朝再興に力を貸す、と触れるがよい」
 にやりと笑ってきびすを返した。
「どうであった」
 神社へ戻った軒猿は、藤次を匿った年配の人物に訊ねた。
「疑うことなく、京へ戻るかと」
「よし」
 満足げに肯いた軒猿が砂金の入った小袋を渡すと、その人物は押し頂くように受け取ったものである。

 さて――。
 藤次が、再び酒生坊と再会したのは、尾張国黒田宿の船渡しのところである。
 木曽川、揖斐川、長良川の大河川が入り組む濃尾の国境では、橋を架けるのが困難である。そのため、川を渡るのはもっぱら船だった。
 笈を背負った山伏装束でその渡し船を待っていたのだが、そこに連雀商人に扮した酒生坊が現れたのである。
「お、どうしたのだ。その身形は?」
 藤次が気付いて先に声を掛けた。辺りを憚るような声音である。

 黒田宿は濃尾の国境に位置し、東海道から美濃、近江を経て京へ至る交通の要衝で、行き交う人々は多い。

「ぬしこそどうした。ついに行者になる覚悟を決めたか」
 と答えて、酒生坊はにっと笑った。抑えてはいるが、声音は存外に明るい。事情はあるのだろうが、せっぱ詰まってはいないようだ。
「まさか。こなたを真似て化けてみた。存外に動きやすいな」
「ほほう。ぬしがそのような装束を纏うとはな。まさか念流を恐れたわけではあるまい」「まさか・・・・」
 だが、半分は図星であった。藤次は軒猿の追尾を用心したのである。それは酒生坊も同じではないだろうか。

「こなたこそどうした。もしや、まだ熱田神宮に顔を出しておらぬとか」
「うむ。暮露の結界を破れぬ」
「暮露・・・・、結界?」
「楠木正勝の指図であろう。とてものこと、熱田神宮には近づけぬ」
「そういうことか」
 暮露は、すでに鎌倉の頃から結党し、一人の総帥のもと、東西の長老の支配下にあった。酒生坊の意図を読んでいるのだろう。

「こなたが神剣を返してくれぬか」
「うむ・・・・」
 しばし悩んだ藤次だが、
「いや。それがしも近づけぬだろう。それに、一刻も早く長福寺の出来事を伝えねばならぬ」
 満済僧正への報告が遅れてはならない。藤次の脳裏には軒猿の追尾への用心がある。
「そうか・・・・」
 酒生坊も藤次の務めの重大さは心得ている。

「それがしといったん京に行かぬか。暮露の結界が解けた頃に返せば良かろう」
 それが良い、と一人合点した藤次に、
「待て。京へは行けぬ。義兄者が居る」
「今出川義円どのか?」
「うむ。此度のことは義兄者の依頼なのだ」
 そうか、と肯いて再び腰を下ろした。

「ならば鎌倉はどうだ。僧正の命を果たした後、それがしも鎌倉に向かう。鎌倉でそれがしが暮露を引きつけよう」
「有り難い。鎌倉ならば・・・・」
 このときの藤次と酒生坊は、鎌倉公方と後南朝を結びつけようと楠木正勝が図るなど夢想だにしていなかった。

「鎌倉に刀匠行定どのが居る」
「知っている。先年、京の信国どのの邸で会ったことがある」
「ならば話が早い。そこで落ち合おう」
「心得た」
 ちょうど対岸から渡し船が来た。
 二人はそこで別れたのである。

「ううむ」
 藤次の長い話に大きく肯いた後で、
「鎌倉で酒生坊が暮露に襲われたところを拙僧の弟子が目撃している。こちらに来る少し前のことだ・・・・」
 念道は藤四郎の見聞とその後のことを話した。
「香夜と弟子は巻き込まれたもの。さぞや無念であったろう」
 そのときのことを思い出したのだろう。行定がぐっと唇を引き締めた。
「だが、神剣の行方は・・・・?」
「酒生坊どのは持っていなかった」
「とすると、どこかに隠したものか」
「どこに?」
「それが分からぬ」
 念道、藤次、行定ともに首を捻った。
 すでに外は夜の帳が下りている。


三 恋の芽生え

 藤四郎が、鎌倉に来てから二月になろうとしていた。
 相変わらず念道は、藤四郎を連れて托鉢に出ない。だが最近は、托鉢よりも何か別な目的を持って行動しているのではないかと藤四郎も感じている。

 その目的が何であるかまでは分からなかったが、念道の動きは何か大きな事、それは生命の危険にも関わることではないかと漠然と感じ始めていた。何か自分に出来ることがあるのではないか、出来ることがあれば手伝いたいという焦り、にもかかわらず師から何も命じられない恨み、逆に兵法未熟な自分では足手まといになるのではないかという不安、そうした思いが心の中でせめぎ合っていた。酒生坊と暮露の戦いを目撃してからは、なおさらであった。

「それがしにお助け出来ることはありませぬか」
 ときに直接念道に水を向けるのだが、
「修行に励め。直にこなたに頼むことがでてくる」
 とさりげなくかわされるのが常だった。

 長倉源太左衛門は、あの日以来訪ねてこなくなった。探しても見つからず、今では藤四郎も諦めている。
 香夜の喪に服している香織も、このところ寿福寺を訪れてこない。

 話し相手もなく、藤四郎は一人黙々と木太刀を振るよりなかった。
 このような気持ちでは、修行に身が入るわけがない。

「やめた。やめた」
 藤四郎は木太刀を投げ出して、地面にごろりと寝転がった。
「お師匠。おれはどうすれば・・・・」
 五月晴れの空である。白い雲がゆっくりと西から東へ流れている。

「多恵どの・・・・」
 このところ藤四郎は、多恵のことばかりを思っていた。
 烏帽子、素襖姿で颯爽と馬を駆けていた多恵、賊に襲われ気絶していた多恵、上杉別邸での小袖姿の楚々とした多恵、その姿が次々と現れては消えていく。

「会いたい」
 ぽつりと言葉が出た。そうしたら居ても経ってもいられなかった。
 念道は日が暮れるまで帰ってこないだろう。
「会いに行こう」
 巨福呂坂上の上杉別邸を訪ねてみようと決めた。鎌倉の地理に明るいわけではないが、長倉源太左衛門を探して歩き回ったこともある。もし迷ったら、人に聞きながら思い出し思い出し行けば着けないことはないのではないか。
 藤四郎は寿福寺の門を出た。

 親切そうな鎌倉の住人らしき人物を見つけては、巨福呂坂上の方向を聞き、記憶と照らし合わせて、何とか上杉別邸に着いたのは、陽が西に傾きつつある頃おいであった。

(一目でよい。一目見たら去ろう)
 そう思いながら、懐かしい柴折戸のところまで来た。
「ここで声をかけられたのだ」
 呟きながら、また声を掛けられるのではないか、と期待して、戸口のところから邸内を覗いて見た。だが今日は、多恵姫が出てくる気配はなかった。

 邸の中は人の気配が感じられる。もしやここで待っていれば、会えるのではないか、とも思いながら、柴折戸から垣根を方を行ったり来たりしていると、
「怪しい奴。先ほどからそこで何をしている」
 突然、声をかけられた。

 はっ、として藤四郎が声のした方を見ると、腹巻姿の兵士が太刀に手を掛けている。年の頃は、三十前くらいか、がっしりとした体躯だった。
 藤四郎は知らなかったのだが、先日、相良放庵に襲われて後、長尾景四郎の指図で、密かに護衛の兵士が配置されていたのだった。

「怪しい者ではない。それがしは高垣藤四郎と申す者」
 名乗っても兵士の不審は解けなかった。いや、さらに深まったように思われた。
「怪しくない者が、当家の門近くをうろうろするわけがなかろう」
 兵士の物言いは居丈高だった。
「曲者め!」
 それ以上は聞かず、いきなり腰の太刀をすらりと抜いた。

 ここで揉め事を起こすとまずいと思った藤四郎は、
「決して怪しい者ではない。当家の多恵姫どのとは面識のある者。太刀を納めてくれぬか」
 咄嗟に多恵姫の名を出してしまった。
 だが、逆にそのことが兵士の疑惑を大きくしたようだ。

 若い牢人と思しき武士が、多恵姫と面識があるという。不審を抱かない方がおかしいかも知れない。
 上杉憲実だけでなく長尾景四郎も、多恵姫が謎の牢人たちに武蔵野で襲われたことを知っている。そのことを言い含められている兵士は、
「御辺のような者が、当家を訪ねてきたことは知らぬ。虚言を申すでない。姫のお名を騙るとは益々怪しい奴」
 兵士は念道と共にこの邸に匿われたことを知らないようだ。とすると、武蔵野で多恵姫を助けたのが、藤四郎と念道だったということも知らないだろう。藤四郎は舌打ちしたい思いだった。

 今日はこのまま去ってしまった方が良い、と判断した藤四郎は、
「無礼をお許しください」
 丁寧に詫びを言って去ろうとしたが、
「曲者か!」
 という声をとともに、警固の兵士が、一人、二人と集まってきた。

 藤四郎が、まずい、と焦っていると、
「どうしたのです。騒々しい」
 藤四郎と兵士とのやりとりが聞こえたのであろう。多恵姫が邸から出てきた。
「まあ! 藤四郎さま」
「姫!」
 吃驚した多恵姫の声に、藤四郎は恥ずかしさで消え入りたい思いだった。

 だが、そんな藤四郎には頓着なく多恵姫は、
「こなた様にわたくしは助けていただいたことがあるのです。粗略にしてはなりますまい」
 半信半疑の体で太刀を放さない兵士に向かって言うと、
「藤四郎さま。中へお入りください」
 と、邸の中へ導いた。

「念道さまはご一緒ではないのですか」
 親しく訊ねる多恵姫に、
「あ・・・・。いや・・・・」
 藤四郎はうまく答えられなかった。なぜか緊張している自分を意識した。

 その様子を物陰で密かに見つめる者が居た。長尾景四郎である。
 景四郎は、じっと二人を鋭く光る目で追いながら、
「厄介な・・・・」
 と、小さく呟いた。

 多恵姫は、念道が一緒でないことを聞き、藤四郎を邸の一室に案内すると、
「兄上様も御所へ伺候して留守ですのよ」
 小袖の袂で口元を隠しながら、くつくつと笑った。
 それは決して不躾な感じではなく、居心地の悪そうな藤四郎の緊張感を緩めるような笑いだった。

「無礼も顧みず申し訳ありませぬ」
 恐縮の体で言う藤四郎の仕草が可笑しいのか、多恵姫の笑いはやむことがない。

「そのように笑うていては」
 ややあって、藤四郎は憮然として言った。
「御免なさりませ」
 多恵姫は素直に謝って、
「実はわたくしも藤四郎さまと念道さまにお目にかかりたいと思うていたのです」
 笑いを収めて言った。

「えっ!」
「聞けば念道さまは兵法の達人とか。わたくしも兵法を学びたいと思うているのです」
「真でござりますか」
 藤四郎にとっては、驚きとともに嬉しいことでもあった。

 多恵姫は前に助けてもらって以来、ずっと念流の剣を学びたかったこと、だが、憲実の許しがなかなか得られないことを順々に話した。そして、
「何か良い方法はござりませぬか」
 と、藤四郎に訊ねてきた。

 藤四郎にとっては歓迎すべき事である。しばし考えて、
「そうだ!」
 香織のことが思い浮かんだ。
「何か良い知恵が?」
「若子(おとこ)の装束で、寿福寺に通われてはいかがでしょう」
 藤四郎の脳裏に、武蔵野で素襖、烏帽子姿で颯爽と馬を駆る多恵姫の姿が浮かんだ。

 それは多恵姫も同じと見えて、
「まあ。若子の装束で・・・・」
 多恵姫の目も輝きだした。
「わたくし若子装束は嫌いではありませぬ。むしろ、若女(むすめ)装束よりも動きが軽くて好き」
 もともとは活動的な質なのである。
 好き、という言葉が、自分に対して使われたような気がして、藤四郎は思わずどきりとした。

「でも。念道さまが・・・・」
「大事ありませぬ。それがしからお師匠にはお話申し上げ、必ずやお許しを得ましょう」「本当でござりますか」
 安請け合いの言葉にやや後悔したが、多恵姫の喜ぶ顔を見て、必ずや許しを得よう、と思った。香織のこともある。念道とて頑なに反対はしないだろう。

「決めました。兄上様が留守の時に若子装束で寿福寺に参りまする」
「お待ち申しております」
 と言った藤四郎の心がときめいた。
「帰りは藤四郎さまが護って下さるわね」
「仰せ、喜んでお引き受けいたしまする」
 湧き上がる喜びを隠すように、わざとおどけて答えた藤四郎に多恵姫がにっこりと笑っている。
 全幅の信頼を寄せられているような気がして、藤四郎は天にも昇るようなふわふわとした気分だった。


四 師兄藤四郎

 二日後――。
「上松多一郎と名乗る若武者が訪ねてきておりますが」
 藤四郎のもとへ、若い寺僧が取り次いできた。

 その日、いつのように念道は早くに出かけて留守だった。藤四郎は、多恵姫用の木太刀を作っていたのである。

「上松多一郎? はて・・・・?」
「まるで女人のような美しき若武者ぶりでござりまする」
 そう言って寺僧はにやりと笑った。

 この時代、寺院での男色が公然の秘密であることは藤四郎も承知している。それゆえ、寺僧の薄笑いに何か不謹慎なものを感じて、藤四郎はわざと険しい顔を作った。
 寺僧は咳払いを一つすると、慌ててその場を去った。

「誰であろう?」
 藤四郎は、上松多一郎という名に記憶がなかった。作りかけの木太刀を置くと本堂へ向かった。

「辛抱が堪らずに、訪ねてしまいました」
「おお、あなたでしたか。よくお出でになりました。見違えましたぞ」
 一目見て、藤四郎は心から嬉しそうに言った。

 その若武者こそ多恵姫であった。
「武蔵野で助けて頂いたときに着ていたものと同じ素襖ですよ」
「そうですか。確かにこうしてみるとりっぱな若武者だ」
 侍烏帽子までが凛々しいように感じられるほど、見事な武者ぶりであった。貴公子と形容した方が妥当であろうか。

「では、これで」
 多恵姫が従者を帰そうとすると、その従者は、逆に多恵姫に何事かを耳打ちした。
「良いのです。帰りは、藤四郎どの、いや、兄弟子と共に帰りますゆえ」
「さりながら・・・・」
 従者は言葉を濁した。
「ならば、景四郎に迎えに来るように伝えなさい」
 きっとなって命じた多恵姫の強い意志を感じたのか、従者は諦めて本堂を出て行った。

「杉を松に、多恵の一字をとって多一郎と名乗りました」
「良い名です」
 藤四郎の返事を待って、
「師兄」
 と、多恵姫の多一郎が改まった。
「えっ! 師兄・・・・?」
「禅宗では、兄弟子のことを『師兄』と呼ぶそうです。ゆえに、わたくしも今日からそのように呼びまする」
 そう言って多一郎は、
「師兄。よろしくお願いいたしまする」
 と頭を下げた。

「いや。あの・・・・」
 藤四郎は改まった多一郎を見て、思わずたじろいでしまった。
「こちらこそよろしく・・・・」
 ぎこちない挨拶に、思わず目の合った二人は吹き出してしまった。そのとき藤四郎は、言いしれぬ幸福感を感じたのだった。

 藤四郎は多一郎を庵に案内した。
「まあ、このようなところで・・・・」
 茅葺きの庵を見て多一郎は、思わず多恵姫に戻ったようだが、すぐにそのことを覚って、
「修行僧らしき住まいであることよ」
 と、言葉を改めた。
「師父は中におられましょうか?」
「師父?」
 藤四郎は多一郎の言葉使いに戸惑っている。

「念道さまのことでござります」
「ああ。朝、出かけました。修行の托鉢かと」
「そうですか。では、ご挨拶は後日」
 そこで、はっとしたように多一郎は、
「師兄、お師匠にはお話していただいているのでしょうか」
 弟子入りのことである。心配そうな顔つきである。

「姫。実は・・・・」
「姫は嫌です。女と分かってしまいます。多一郎とお呼びください」
「失礼しました。多一郎どの。実はお師匠にはまだ話していないのです」
「えっ!」
 これには多一郎の方が驚いたようだ。

「このところお師匠は忙しくて、ろくにそれがしの稽古もつけてもらえぬ始末。それゆえ、まだお許しは頂いておりませぬ。なれど、必ずやそれがしがお許しをいただきます」
 念道が忙しい真の理由を藤四郎は知らない。だが、行定邸の悲惨な出来事が、さらに念道を忙しくしたことは容易に想像できることだった。
 それに藤四郎にはすでに弟(妹)弟子の香織がいる。香織は多恵姫の兄弟子、いや姉弟子に当たることになる。

 それら諸々のことを話そうかどうしようか藤四郎が迷っていると、
「そうですか。念道さまのお許しを得ぬうちにお邪魔しては礼を失しましょう。今日はこれで帰ります」
 多一郎の方から申し出てきた。
「せっかくお出でになったのに・・・・」
 藤四郎は心の底から残念そうな顔をした。

 それを見て多一郎もしばし迷っている風であったが、
「やはり念道さまにお目に掛かって、直にお許しを得てからにいたします」
 きっぱりと言った。
「分かりました。今宵、必ずお師匠にお話します」
「頼み入ります」
 と言って、多一郎は改めて頭を下げた。

「お任せください。では、邸まで送りましょう」
「はい」
 多一郎は、嬉しそうに返事した。
 その声を聞いて、藤四郎は心の内が軽くなるような気がした。正直いって香織との修行には、ある重苦しさを感じていたのである。中陰が明ければ、香織はまた通ってくるだろう。そのときは二人よりも三人の方がよい、と強く思った。

 夕方、寿福寺に帰ってきた念道に、
「多恵姫が、お師匠に会いたいと申しておりました」
 藤四郎はさりげなく話を切り出した。
「姫が・・・・。はて、何用であろうか」
 念道は怪訝な顔をしたが、思い出したように、
「来たのか、ここに?」
 と訊いた。

 藤四郎が、はいと答えると、
「何の用で来たのだ」
 念道はさらに訊いてきた。
 ここぞと思って、弟子入りのために来たことを告げ、
「それがしからもお頼み申し上げまする」
 と、言葉を強くした。

「呆れ者め」
 だが、暗に相違して念道は激しく怒った。
「武蔵野でのことを忘れたか」
 一喝されたといってよい。

 藤四郎は知らず、念道にとって鎌倉は、気を抜けない状況にある。楠木正勝は足利持氏に目通りし、一色直兼と何事かを図っていると聞いている。京の幕府への反抗か、南朝再興か、おそらく双方の利害が一致した結果であることは明瞭で、風雲の兆しがある。

 それを止められるのは上杉憲実をおいて他にはいないが、いかんせんまだ若い。佐竹義人が後ろ盾になっているが、その義人も領国に不安を抱えている。

(そういえば・・・・)
 念道は、先日の上杉家別邸での寄合を思い出した。
 ――念道さまに兵法を学びたいのでござります。
 と、確かに多恵姫は言っていた。
 ――御坊の兵法に惚れたようだ。
 憲実もまた戯れ言のように言ったのである。その口調に非難は込められていなかったように思われた。

 多恵姫の希望(ねがい)を聞いて、困惑した念道だったが、すでに香織の弟子入りを許している。
 寿福寺の境内で修行するならば、逆に安全かも知れぬと思った。寿福寺は兵士や軍勢が無断で入るのを禁じられているところである。不測の事が起きたときに、逆に安全かもしれない。

 それに中陰が明ければ香織も通ってくるだろう。藤四郎と多恵の二人きりということもない。
 念道は藤四郎に、ゆくゆくは己の務めを手伝ってもらう積もりでいたが、香織の弟子入りでその望みはすでに諦めている。

(やむを得ぬか)
 念道が折れた。
「憲実どのに許しを得るよう伝えるがよい。ただし、二つのことを必ず守ってもらうぞ」 念道が厳かに言った。
「はい」
 肯く藤四郎に、
「一つは寿福寺に来るときは、しっかりとした供回りを従え、帰りは日の落ちぬうちに、藤四郎が従っていくこと、二つは香夜どのの中陰が明けた後、必ず三人で修行に励むこと」
「堅く約束いたしまする」
「良いな」
 念道は最後に念を押すように言った。


五 銀弥勒の誘い

 長倉源太左衛門が長倉党を去って後、何となく小栗党との関係がうまくいかなくなっていた。
 小栗党の党首小栗平三郎が亡くなったことも一因としてある。

「仮にも党首(かしら)ではないか。それが、あろうことか単身上杉邸に討ち入って返り討ちに遭うなど」
「それこそ匹夫の勇と申すもの」
「党首としての自覚に欠けておるわ」
 といった意見が、長倉党にあることは事実で、
「去った源太左衛門どのの言にも傾聴すべきものはあった。上杉よりも鎌倉公方こそ我らの敵」
 少しずつだが、源太左衛門の意見に賛同する者も出始めていた。

 平三郎亡き後小栗党を率いているのは、池野左近次郎という人物である。池野家は小栗家の執事ともいうべき家筋で、惣領池野荘司の弟になる。
 その池野荘司は、小栗満重に従って三河国にいた。一族を頼ってのことで、もともと鎌倉に居るのは、平三郎を補佐するためだった。

 鎌倉公方に滅ぼされた国人領主の遺族、旧臣たちは、一様に敵討ちか家の再興かに悩むこととなる。平三郎は鹿島で剣の修行をしたことから、敵討ちを優先すべきだと主張し、同調する者たちを誘って鎌倉に来た。若く性急な考え方に疑念を抱いた池野荘司が、いわば目付役としてつけたのが左近次郎だったのである。

 だが、平三郎は左近次郎の言うことをきかなかった。始めは自重を求めていた左近次郎だったが、平三郎が亡くなったことで、
 ――上杉憲実憎し。
 の情がさらに強くなっていた。それは平三郎の自分の腕を過信した短気を制止できなかった己への憤懣でもあった。

 そんな自身の焼けるような苛立ちを持てあまして、左近次郎は裏山に入った。今の燃えるような焦りと苛立ちは、剣を振ることによってしか押さえられないと思ったのだ。
 
 左近次郎は二十五歳になる。鎌倉に来てから、年下とはいえ、鹿島で正式に剣の修行をした平三郎の弟子となっていたのである。

 雑木林の中で木太刀を振るっていると、
「ふふ。精が出るのう」
 不気味な笑い声が響いてきた。

「むっ。暮露か・・・・」
 左近次郎が声のした方を見ると、東国暮露の長老銀弥勒が薄笑いを浮かべて立っていた。杖を手にしている。

「何用だ」
 左近次郎は木太刀を構えた。

「我ら暮露は、小栗党の敵ではない」
 銀弥勒は厳かに言った。

「黙れ。南朝再興を策す暮露と我らは相容れぬ」
「短気なことよのう。そのように狭い了見では敵討ちもなるまい」
 銀弥勒は話しながら、ゆっくりと近づいてくる。

「寄るな」
「こなたに敵意はない。手を結ばぬか」
 二人の間がおよそ二間ほどになったとき、銀弥勒は驚くべきことを言った。

「なに!」
 その言葉に、逆に左近次郎は身構えた。

「南朝再興は大きな話よ。それよりもまず、目先の敵をともに倒さぬか」
「目先の敵・・・・?」
「おおよ」
「上杉憲実のことか?」
 やや迷った後、確認するように左近次郎が訊いた。

「そうよ。関東管領は上杉家が代々継承しておる。だが、上杉家でなくても良いではないか」
「はて・・・・?」
 左近次郎は怪訝な表情を浮かべた。銀弥勒の言いたいことが分からない。

「京との融和を目指す憲実は我らの敵。そして小栗党の敵でもある」
(そういうことか)
 左近次郎は、銀弥勒の言いたいことを理解した。同時に、共通の敵という意味も分かった。

「だが関東管領は、上杉家が代々継承している」
「ふふ・・・・」
 左近次郎の挑発に銀弥勒は乗らなかった。
「上杉とて全て憲実を支持しているいるわけではない」
「どういうことだ?」
「憲実はまだ若い。上杉は大族で分流も多い」

 上杉家は祖憲顕が、貞治二年(正平十八年)に関東執事(後の関東管領)に任じられてから一気に繁栄した。子孫は多くの分家を立て、鎌倉府の一大勢力でもある。
 だが憲実は、越後上杉家から本流ともいうべき山内上杉家を継いだ身である。幼くして関東管領に任じられたことから、とかく一門の野心ある者たちからは敬遠されていた。その者たちの中には、一色直兼に近い者もいる。

「そういうことか」
「分かったようだな。我らが総帥(おかしら)虚堂道人は、一色直兼どのの邸で憲実失脚を謀っている。どうだ、手を組まぬか」
「ふむ・・・・」
 左近次郎は迷った。目前の暮露の言うことを全て信じて良いのか判断がつかないからである。

「迷っておるな。無理もあるまい」
 そんな左近次郎を見透かしたように、
「我が名は銀弥勒。こなたに虚言は弄さぬ」
 きっぱりと言った。

 その名は左近次郎も知っていたとみえて、
「確か東国暮露を統べる長老と聞いたが」
「いかにも」
 大きく肯いた銀弥勒の態度に、左近次郎はやや安堵したようだった。
「見返りは何だ?」
「小栗家の再興」
「大きくでたものよ。だが、こなたが小栗家再興を約束できるのか」
 小栗家の再興には領地が伴う。領地安堵の権限を持つのは、京の将軍と鎌倉公方のみである。

「かつての小栗家の地を没収したのは鎌倉公方。ゆえにその返付を約束させよう」
「どうやって?」
「一色どのを我が総帥が動かす。いまや二人は肝胆相照らす仲じゃ」

「こなたの条件は何だ」
「ある策に手を貸して欲しいのだ」
「ある策・・・・?」
「今は言えぬ。だがその策は、一色家に恩を売り、憎き憲実を葬るととも小栗家再興も図るという一石二鳥、いや三鳥ともいうべき策よ」

「ううむ」
 しばし迷った左近次郎は、
「分かった。だが、それがしの一存では決められぬ。皆と評定をしなければならぬ」
「よかろう。だが、我らも長くは待てぬ。三日後、同じ時刻にこの場で待っていよう」
「心得た」
「良い返事を待っておるぞ」
 ふふ、と笑った銀弥勒は、静かにその場を去って行った。

 後に残った左近次郎は、すでに銀弥勒と手を結ぶことを決めていた。
「皆をどう説得するかだな」
 小さく嘯いて、ゆっくりと歩き出した。

 すでに日は西に傾いている。
 五月雨雲が西から張り出しているのだろうか、辺りがいつもより暗くなっている。
 風も出てきたようだ。

(続く)




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