このブログのトップへ こんにちは、ゲストさん  - ログイン  - ヘルプ  - このブログを閉じる 
江戸浅草物語8「徳川幕府の結界が破られる時、北辰(北極星)は輝きを失うのか」(無料公開)
[【時代小説発掘】]
2014年11月23日 10時50分の記事



【時代小説発掘】
江戸浅草物語8「徳川幕府の結界が破られる時、北辰(北極星)は輝きを失うのか」
佐藤 高市(さとう たかいち)



(時代小説発掘というコーナーができた経緯)


梗概:
 浅草寺に近い浅草花川戸のむじな長屋の住人たちの物語。
 将軍吉宗は、弱体化した幕藩体制を憂慮して、人材登用を積極的に行った。普請奉行の大岡忠相(おおおかただすけ)を南町奉行に抜擢した。
 一方、江戸の町では、関ヶ原の戦いで敗れた石田三成を奉る闇の軍団がうごめいていた。それを追う公儀隠密の姿があった。
 浅草花川戸のむじな長屋の住人たちは、相変わらず貧しい生活を送っていた。
 それでも長屋の住人たちは、浅草の観音様に毎朝手を合わせ、底抜けに明るく助け合って暮らしていた。


プロフィール:   
酉年でも喧嘩鳥の生まれ年で単純明快 東京都生まれ 
小説「谷中物語」で茨城文学賞受賞
江戸を舞台の小説「入梅」が韓国の常緑樹文学に翻訳掲載
江戸の歴史研究会会員 
 

これまでの作品:

江戸浅草物語1 「浅草花川戸むじな長屋の住人たち」
江戸浅草物語2「徳川幕藩体制の最大の危機」
江戸浅草物語3「徳川幕府の危機に陰陽五行の天才占い師参上」
江戸浅草物語4「徳川吉宗、雌伏して時を待つ」
江戸浅草物語5「神君家康の化身徳川吉宗が将軍職に就く日」
江戸浅草物語6「北辰(北極星)に神君宿りて、江戸を守り給え」
江戸浅草物語7「津軽から来た力士柏富士を愛でる相撲甚句」








↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓   ↓  ↓  ↓  ↓






【PR】システム構築、ソフトウェア開発はイーステムにお任せ下さい


************************************************************
当サイトからの引用、転載の考え方
・有料情報サイトですが、引用は可能です。
・ただし、全体の文章の3分の1内程度を目安として、引用先として「ニュースソース・NewsSource(有料版)」と必ず明記してください。
・ダウンロードしたPDFファイル、写真等は、透かしが入っている場合があります。これは情報管理上のことです。現物ママの転載を不可とします。ただし、そこから情報を引用しての表記は可とします。その場合も、全体の3分の1内程度を目安として、「ニュースソース・NewsSource(有料版)」と引用先を必ず明記してください。
・商業利用の場合は必ず、連絡下さい。
 メールは、info*officematsunaga.com
(*を@にかえてください)
************************************************************

【時代小説発掘】
江戸浅草物語8「徳川幕府の結界が破られる時、北辰(北極星)は輝きを失うのか」
佐藤 高市(さとう たかいち)



(一) 盗まれた不動尊

 隠密廻り同心の高畠十郎は、舟で大川から山谷堀に入った。左手には、お歯黒どぶに囲まれた吉原の遊郭が広がっていた。
 昼前だというのに、深編笠を被った武士や手拭いで顔を隠した町人たちの姿があった。猪牙舟(ちょっきぶね)や駕籠で来る者もいた。
 昼見世で賑わう吉原は、そこだけ別世界のようだった。三味線の音が掘割に浮かぶ舟にまで聞こえてくる。
 吉原の遊郭街を通り過ぎ、辺り一面に稲が植えられた田地が広がっていた。高畠十郎が目指すのは、江戸五色不動の一つである目黄不動を祀る永久寺であった。
 今朝のことであった。高畠十郎は、回り髪結の伊助を部屋に入れた。伊助は、高畠十郎の月代や髭を剃り、髪を結う鬢付け油は上方のもので、部屋は、鬢付けの甘い香りがした。
 伊助は、髪を結いながら、市中のできごとを高畠に伝えていた。伊助は、高畠の隠密回りのために働いていたのだった。
 伊助は、三ノ輪の永久寺から、本尊の不動尊が盗まれたことを話した。幕閣からの命で、この一件を隠密廻りとして探るようにとのことであった。
 高畠十郎は、船頭に路銀を渡すと舟から降りた。三ノ輪の町は、市中のあちらこちらで、物売りたちの声がする。今夜の迎え火のための芋がらを売る者や霊棚に供える野菜売りたちだった。
 高畠十郎のきれいに剃った月代に汗が浮かんだ。高畠は、じりじりした夏の日差しを扇子で除けながら、永久寺に向かった。
 三ノ輪の永久寺の門前には、町方が立っていた。寺の中に入ることはできなかった。その時、高畠十郎に近づく者がいた。
「おがら、おがら、おがらは要らんかね?」
迎え火に焚く芋がらを売る男が声を掛けてきた。
 高畠十郎は、男を見た。思わず声が出た。
「清三ではないか・・・・・・」
 そこには、日焼けをした清三の笑い顔があった。
「いつ戻ったのか?」
「高畠様、三日前でございます。会津から下野街道を大急ぎで駆けつけて参りました。一年振りの江戸でございます」
 公儀隠密で服部半蔵の再来と言われた清三は、昨年、幕閣の命でみちのくに使わされていた。
 徳川吉宗が御三家から初めて将軍に就き、吉宗は、紀州藩で隠密の役に当たっていた者たちを江戸城に呼びよせた。
 そして、それらの者を幕臣に取り立てた。御庭番の始まりであった。
将軍直属の者たちは、将軍の密命を受けて隠忍として、人の道に反する謀略にも加わる。幕府のためには、あらゆる手段を使うことも許されていた。
 風の喜八と清三は、本流から外れたことを知った。喜八は、東海道を上って西国に使わされ、清三も江戸から離れた地に使わされたのだった。
「清三、積もる話は後で聞くとして、この件について聞かせて欲しい」
 永久寺の不動尊が盗まれたのは、昨日の白昼のことだという。盂蘭盆会の用意をする忙しさの中、住職たちは、新盆を迎える檀家の家を回っていた。
 半刻(一時間程)の間、本堂に人がいなくなった時であった。その僅かな間隙を突いて、何者かが不動尊を持ち去ったのであった。
 御簾(みす)が吊るされていたため、本尊が無くなったことは、すぐには分からなかった。夕刻になって、経を上げようとした住職は、ようやく不動尊が盗まれたことに気づいた。寺は、大騒ぎとなった。
 境内には、大八車の轍(わだち)の跡が残っていた。
 清三は、大八車の轍の跡を調べていた。それは、山谷掘りの河岸に続いていた。
「高畠様、盗賊は、おそらく山谷掘りを舟で不動尊を運んだと思われます。下流に向かって漕いで人の目にふれない場所で、荷を大八車に積み替えたのでしょう」
 高畠十郎は、清三の言葉を聞くと浅草観音裏の田地を抜けた寺町に狙いを絞った。
「清三、盗賊は山谷掘りを下り、日本堤辺りで荷を大八車に積み替えたのであろう・・・、すぐに幕閣に伝えるのだ。私が先に調べておく」
 高畠十郎は、そう言うと山谷掘り沿いの道を大川に向かって行くのだった。


(二) 徳川幕府の結界を破る者

 浅草寺の裏手にある寺町の廃寺で、乞食たちが酒盛りをしていた。ここをねぐらにしている者たちだった。この場所は、無宿者たちが集まる場所で、追いはぎにあう者もいた。 屋根が落ちた本堂には、不動尊が祀られていた。それは、永久寺に祀られていた不動尊だった。
「こうして、お不動様を守っているだけで金子が貰えるのは、たまらねぇぜ」
 無精髭を生やした痩せた男は、久し振りの酒に酔ってしゃべっていた。
「まったくだぜ、お不動様を盗もうとする輩が来たら、中から閂(かんぬき)を掛けてじっとしてればいい話だ・・・」
 外から声がした。乞食のひとりが本堂の扉に空いた穴から外を見た。
「筑波山」
「大川」
 合言葉を掛けあって、慎重に閂を外した。
「成田屋で買ってきたぜ、鰻だよ、上等の鰻だ!」
 乞食たちは、鰻の白焼きにたれをつけて頬張った。瞬く間に、皿に盛った鰻は食べつくされた。
 男たちの嬌声をじっと聞いている者がいた。高畠十郎であった。高畠は、多勢に無勢であったので、町方の者たちが来るのを待つことにした。
 夕方から、雷鳴がした。程なくして、雨が音を立てて降ってきた。高畠十郎の涼しげな紋付羽織は、ずぶ濡れになった。
 高畠は、雨に打たれながら、廃寺で騒ぐ男たちの嬌声を聞いていた。何か嫌なものを感じた。これは、罠かもしれないという思いがわいてきた。
 やがて、奉行所から同心や町方が日本堤から廃寺を目指してきた。案内をするのは、清三であった。高畠十郎が手招きをした。
 廃寺の本堂の扉をこじ開けると乞食たちが酩酊状態であった。捕り物は、瞬時のうちに終わった。その日のうちに、盗まれた不動尊は、三ノ輪の永久寺に戻った。
 こうして、江戸城を守護する五不動尊の一つである目黄不動尊は、再び他の不動尊と共に結界を作るのだった。
 しかし、誰が不動尊を盗んで、乞食たちに金子を与えたのか、不可思議な事件だった。隠密廻り同心の高畠十郎は、清三とともにこの事件の裏を調べていた。
 幕閣は、赤坂の紀州藩邸に間借りする陰陽五行の天才占い師佐藤瑞法に永久寺の一件を知らせた。
 この時、佐藤瑞法は、朝餉を食べていた。昨日の捕り物の知らせを聞いた。すぐにそれが、江戸幕府の結界を揺るがす魔道の力であることを知った。
 神君家康は、北辰(北極星)に宿って、死後も江戸城を守護していた。それは、天海僧正が巧妙に仕組んだものであった。
 北辰には、金神がそこに奉られていると言われており、守護神としては、これ以上のものはなかった。
 全国の大名たちは、神君家康の眠る日光には、足を向けて寝ることもできなかった。
 そして、天海僧正は、自らの陰陽五行の力を借りて、江戸城を守護するための結界を作った。
 その一つは、黒・白・赤・青・黄の五つの不動尊を江戸城の周囲に配置した。それによって、魔の力の及ばない聖域を作ったのであった。
 江戸城は、幾重にも陰陽五行や風水の見えない力によって守られていた。
 将軍吉宗は、富士山大噴火を言い当てた陰陽五行の天才占い師佐藤瑞法に命じて、更に 強固な結界を作ることを目指していた。
 佐藤瑞法は、天海僧正の結界を更に強固にするため、五不動尊に注目していた。
その矢先に、五不動尊の中心を担う目黄不動尊が盗まれたのだった。無事に不動尊が戻ったとはいえ、将軍吉宗に対して、抗う者たちがこの江戸にいることを知った。
 佐藤瑞法は、文をしたためると警護の者にそれを託した。
 将軍吉宗に宛てたものだった。幕府の結界を破ろうとする魔道の輩が江戸市中に潜んでいることを知らせるものであった。
 佐藤瑞法は、次に狙われるのが浅草寺のように思えた。秘仏である一寸五分の観音像が盗まれた時、徳川幕府の結界は根底から揺らぐのであった。
 神君家康が祈願所として定めたのが浅草寺であった。浅草寺は、江戸幕府を守る象徴であり、ここから、江戸繁栄への祈りが始まったのであった。
 佐藤瑞法は、赤坂紀州藩邸から馬に乗って、浅草に向かった。供の者たちも従っていた。
 読売には、目黄不動尊が盗まれ、無事に永久寺に戻ったことを報じた。読売は、飛ぶように売れた。


(三)盂蘭盆会

「五色不動尊の一つ、三ノ輪の目黄不動尊が盗まれたってね、罰当たりな者がいるんだねぇ」
 浅草花川戸のむじな長屋では、長屋の右奥に住むマスが向かいのおかみさんのトラに言葉を掛けた。
「観音様の裏手にある寺で見つかったって・・・、すぐ近くで捕り物があったんだよ、怖いね」
 そこに、長屋に住む俸手振りの正太が姿を見せた。天秤棒に下げた桶には、泥鰌(どじょう)が入っていた。
「四つ木村の泥鰌だよ、取れたてだ。どぜう鍋にするとうまいぜ」
 正太は、桶の泥鰌をマスの持ってきた鍋に入れた。どぜう鍋は、マスとトラが作って、長屋の住人に配ることにした。
 マスは、どぜう鍋を作るのがうまかった。泥鰌を酒に付けて、鉄鍋に入れて甘い割り下で煮込む。葱を乗せて山椒や浅草七味唐辛子を振りかける。
 七輪に置かれた鉄鍋からいい匂いがした。按摩の五郎八も姿を見せた。マスの隣に住む三味線のお師匠のお滝も外に出てきた。
 トラは、長屋の右手前に住む関取の柏森里の名を呼んだ。柏森里こと柏富士は、蔵前の神明神社横にある牛尾部屋で稽古をしていて留守だった。
 代わりに柏富士の老いた母親のヨシが顔を出した。トラは、ヨシの手を取って外に誘った。
 長屋の女たちは、余りご飯や漬物を持ち寄る。どぜう鍋は、暑い夏に汗をかきながら食べる。お滝は、皆に麦湯を配る。
 大男が姿を見せた。関取の柏富士であった。今や江戸でも評判の力士になっていた。  柏富士は、故郷の津軽から出てきて、この長屋に住んだ。津軽藩の脱藩浪士だった。 江戸で飢えて死ぬような時に、助けたくれたのは、ここにいるむじな長屋の人たちだった。
「ハァーエー アー ドスコイ ドスコイ、津軽いいとこ 岩木のお山に柏富士 アー ドスコイ ドスコイ」
 柏富士を愛でる相撲甚句が江戸市中で謡われていた。正攻法の取り口は、多くの人たちに愛されていた。
 柏富士は、人気の力士になってもむじな長屋に住んでいた。今では、浅草花川戸が故郷であった。母親のヨシもすっかり長屋のおかみさんたちと親しくなった。
 むじな長屋の人たちは、今年の新春奉納相撲を見物に行った。新明神社の境内で四股を踏む柏富士の雄姿がそこにあった。柏富士の苦労を知っている者たちは、思わず涙を拭った。
 柏富士は、供の者に持たせた酒樽を長屋の住人たちに分けるのだった。
「この酒は、上等だ。ご先祖様にお供えをすれば、喜ばれるぜ。その前に、少しごちになろう」
 そう言って、茶碗酒を飲むのは、飲兵衛安と呼ばれるトラの亭主だった。
「あー、うめえなぁ。五臓六腑にしみわたるぜ」
「あんた、それ以上飲んじゃいけないよ。盆の十四日で、ご先祖様が来ているんだよ。ご先祖様を供養しないと罰が当たるよ」
「うるせえ、このおかめが!」
 トラと安は、喧嘩を始めた。長屋の人たちは、二人を止める。
 むじな長屋に、笠をかぶった僧侶が姿を見せた。鉦を叩きながら、お題目を唱えている。
「お坊様、何宗か知らないけど。うちの亡くなった両親のために、有難いお経を上げてくださいな」
 マスは、流れの僧を呼び止めて、先祖への読経を頼む。しばらくして、マスの部屋から「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」という朗朗としたお題目が聞こえた。
ご先祖様の霊は、盆の十四日の明け六に人界に降りて来る。江戸では、武士も町人たちも霊棚を作り、茄子や胡瓜を供えた。そして、懇ろに先祖の霊に感謝を申し上げて手を合わせる。
 佐藤瑞法が浅草花川戸の船宿近江屋に姿を見せた。権助は、久し振りに姿を見せた瑞法を座敷に招いた。
 供の者たちは、程なくして、赤坂の紀州藩邸に戻って行った。
「しばらく、むじな長屋に逗留したいのだが・・・集中して陰陽五行の占いをすることになった、ここが一番落ち着くのでな」
 権助は、俸手振りの正太の隣の部屋を使ってもらうことにした。権助は、妻のセツに布団を用意するように言った。
 佐藤瑞法は、その日のうちに長屋の部屋に移ったのだった。権助の倅の小太郎は、佐藤瑞法が持ってきた書物の入った行李を運ぶ。
 飯の支度は、マスとトラが引き受けた。夕刻になって、佐藤瑞法の隣の空き部屋には、浪人とその娘が越してきた。紀州藩に仕える根来衆の親子だった。紀州藩の重役からの命を受けて、瑞法を守るのが役目であった。
 五不動尊の中心を担う目黄不動尊が盗まれ、それが無事に戻ったとはいえ、将軍吉宗に対して、抗う者たちがこの江戸にいる。
 次に狙われるのが浅草寺であり、秘仏である一寸五分の観音像が盗まれた時、徳川幕府の結界は根底から崩れる。
 それは、いかなることがあっても防がねばならなかった。浅草寺は、江戸幕府を守る象徴である。魔道の輩の次の手を佐藤瑞法は、陰陽五行で占うのであった。


(四)黒魔壇牛八の企み

 浅草寺の北東にある寺には、夕刻になって人が集まっていた。その寺は、浅草寺の鬼門にあたる。本堂には、大一大万大吉紋が描かれた旗があった。
 関ヶ原の戦いで敗れた石田三成の紋であった。本堂には、不動明王が安置されていた。経を上げていた僧侶が振り向いた。僧侶は、黒魔壇牛八と名乗っていた。
 そこにいる者たちは、まるで神を崇めるように、その場に平伏(ひれふ)するのであった。
「筑摩江や 芦間に灯す かがり火と ともに消えゆく 我が身なりけり」
 黒魔壇牛八は、皆の前で、石田三成の辞世の句を詠む。それを聞いた者たちのすすり泣く声が聞こえた。
 そこに集まる者たちは、自分たちのことを百年以上も前の関ヶ原の戦いで滅んだ武者の末裔と信じていた。
 黒魔壇牛八は、薬売りとして西国の村々を回った。そして、貧困にあえぐ村人たちに、武者の系図を示した。
 それには、関ヶ原の戦いで敗れた武将たちの系図だった。
「あなたたちは、金も食べるものもなく、誇れるものは何もない。世間からは、水飲み百姓と馬鹿にされる。だが、これを見よ、この村の人たちは、太閤殿下の奉行を務めた石田三成公の子孫であるのだ・・・・・・」
 年に数回来る薬屋の黒魔壇牛八の言葉を聞いて、村人たちは笑っていた。
たが、それを幾度となく聞かされた村人たちは、自分たちが本当に石田三成の子孫であると思い込むようになった。
 高い年貢を納め、食べるものも満足にない生活の中で石田三成という悲運の武将の存在が大きくなっていく。それは、やがて希望の光となっていった。
 そして、数十年の後に徳川幕府打倒の意志を持って、この寺に集まったのであった。「我らは、一蓮托生である。死後、極楽の同じ蓮華の上に生まれ変わるのだ。心配は無用である」
 黒魔壇牛八は、巧みな弁舌を持って聞く者たちの涙をそそった。そして、男たちは、上気した顔で闇の中に散っていく。
 黒魔壇牛八は、陰陽五行を使って占いを始めていた。黒魔壇も天海僧正の結界を探っていたのだった。時を掛けて、江戸の結界を壊していくことを画策していた。
 それは、将軍吉宗の命を受けて、天海僧正の結界をより強固にするように命じられた陰陽五行の天才占い師佐藤瑞法とは、正反対の所業であった。
 永久寺の不動尊を盗んだのは、小手調べであった。黒魔壇牛八は、綿密に江戸騒乱の準備を始めていた。
 見えない結界を壊し、人々に恐怖を与えることで徳川幕府を追い詰めるのだった。
「石田三成公の命日である10月1日までに天海の結界を壊すのだ。これは、陰陽五行を使うので、町奉行所で裁かれることはない・・・、のう、大狸の壇三郎よ」
 黒魔壇牛八は、自分に言い聞かせていた。牛八には、大狸の化け物が憑依していた。実は、大狸の壇三郎は、六条河原で首を刎ねられた石田三成を見ていた。
 石田三成と目が合った子狸は、百年以上の歳月を経て、妖気を発する化け物になっていた。村々を回る黒魔壇牛八に憑依して、悪さをしていたのだった。
 誰もいなくなった本堂では、鶏の生肉を食らう大狸の姿があった。血の付いた口元を手で拭って、桶に入った酒を犬のように飲んでいた。
 黒魔壇牛八が次に狙うのは、浅草寺観音堂にある秘仏の本尊であった。
 幽体離脱をした黒魔壇牛八は、何度も観音堂に安置された本堂内陣を訪れていた。観音様を盗み出すのは、人の手が必要であった。
 浅草寺の観音様を盗めば、江戸の結界は崩れていく。そうすれば、関ヶ原の戦いに敗れ、首を刎ねられた石田三成の怨念は浮かばれるのだった。
 真っ暗な本堂には、大狸壇三郎のいびきがいつまでも聞こえていた。


(五)観音への誓願

 むじな長屋では、先祖の精霊に感謝をして、仏壇に手を合わせる。自分が生きてい
るのは、ご先祖様のお陰であった。
 俸手振りの正太は、働き者であったが、さすがに今日は、仕事を休んで先祖供養をしなくてはならなかった。
 正太は、観音様にお参りをして、線香を上げてこようと部屋から出た。正太は、どぶ板を挟んで四部屋が向かい合う路地で掃き掃除をする娘を見た。正太は、娘に挨拶をした。 娘は、昨日越してきた浪人のひとり娘だった。正太は、部屋に戻ると干物を用意して、娘に渡した。
「おいらは、ここに住む俸手振りの正太ですよ。食べておくんなせぇ」
 娘は、笑顔で礼を言う。
 正太は、鼻歌を交じりで浅草寺に向かった。
 トラとマス、そしてお滝は、七輪で鰯を焼き、世間話に花が咲いていた。
 佐藤瑞法の部屋では、早朝から陰陽五行の占いを続けていた。佐藤瑞法は、昨日から隣に住む根来衆の秋元泰全を呼んだ。
「上様にお伝えしてくだされ。ようやく、天海僧正の結界が見えてきた。次に狙われるのは、浅草寺の秘仏、観音像である。魔道の輩は、五色不動尊に幕府の目を向かわせておるが・・・・・・本当の狙いは、幕府祈願所の本尊、それは観音像である・・・・・・」
 秋元泰全は、佐藤瑞法の話をすべてそらんじた。根来に伝わる記憶の術であった。そして、赤坂の紀州藩邸に駆けつけるのであった。
 夕方になって、隠密廻り同心の高畠十郎と清三がむじな長屋に来た。
「佐藤瑞法様、敵の狙いは、幕府の結界を破る。そして、浅草寺の観音像を奪い去る・・・」
「わしは、ようやく、天海僧正の結界が少し見えてきました。上様にもお伝えしましたが、浅草寺から寛永寺、そして、日光にある輪王寺は、直線上にある。その方角には、神君がおられる北辰がある」
 佐藤瑞法は、高畠十郎にそう答えた。将軍吉宗には、天海僧正の生誕の場所が会津であることも伝えていた。
 日光は、男体山を信仰の対象とし、観音の聖地である補陀落山(ふだらくざん)を併せ持っていた。補陀落山が二荒山(ふたらさん)と変わっていったのだった。
 天海僧正は、観音への誓願によって、徳川幕府を守る結界を作った。自らの生誕の地である会津に結界は伸びていた。二荒山は、天海にとって産土神(うぶすながみ)のような特別の神だった。
「いつも賑わう浅草寺の境内が、唯一静かになる日だが・・・」
 佐藤瑞法は、高畠十郎に尋ねた。
「盆の送り火の時ではないでしょうか・・・、明日の夕刻でしょうか?」
 先祖の霊を送る時、家々の門口に火を焚く。盆の送り火であった。近くに墓所がある家は、家人が先祖の霊を墓所に案内する。
 江戸市中は、先祖の霊を送る火で彩られ、墓所に詣でる人たちがいた。


(六)盆の送り火

 盆の送り火が焚かれていた。ご先祖様があの世に帰る日だった。武士の屋敷の門口には、麻がらが焚かれていた。
 町人や長屋の門口にも火が焚かれていた。提灯を持って、墓のある寺に詣でる人たちの姿があった。
 盆の送り火で、浅草寺の境内は静かだった。浅草寺の裏では、本堂の修復をする職人たちの姿があった。今年の春から続いている本堂修復の普請であった。
 職人たちは、大一大万大吉の紋のある半被を着ていた。黒魔壇牛八の一味だった。幕府の町方たちは、遠巻きにして様子を窺(うかが)っていた。同心の合図で捕り物をするためであった。
 職人たちは、本堂の裏を修復するため、忙しく働いていた。高畠十郎は、黒魔壇牛八の一味が、本堂の裏から観音像を盗み出すと見ていた。
 その時だった。人気のない本堂の正面から人が入って来た。黒魔壇牛八であった。黒魔壇は、突如、飛び上がった。その姿は、大狸となって本堂の秘仏を狙った。
 大狸壇三郎は、観音堂に安置された本堂内陣に近づいていく。そして、その穢れた手で本堂内陣の扉に手を掛けようとした。
 奇声が聞こえた。白い丸木の棒が大狸の鳩尾(みぞおち)を突いた。大狸壇三郎がその場に倒れた。
 丸木の棒を構えているのは、夢想流杖道の達人である風の喜八だった。喜八もまた西国から江戸に呼び戻されたのだった。喜八は、立ち上がろうとする壇三郎を白木の棒で打ち据えた。
 壇三郎は、唸り声を上げて喜八をにらみつけていた。喜八の横には、陰陽五行の天才占い師の佐藤瑞法がいた。
 佐藤瑞宝は、長刀を構えていた。そして、腹の底から声を発して長刀を振った。すると、佐藤瑞法の守護霊である義経や弁慶が背後に現れた。
 大狸壇三郎は、義経や弁慶に圧倒されてその場から逃げ出した。妖気は失せ、霊力の無くなった壇三郎は、ただの古狸になった。
 不思議なことに、本堂の裏で修復の普請をしていた者たちは、夢から覚めたような晴れやかな表情になった。
 大狸壇三郎の妖気で操られていたのだった。大狸から解放された十数人の男たちは、町方に捕らえられた。
 古狸は、四つ木村の畑にいるところを野犬に襲われ、命からがら下総の小金牧に逃げていく。壇三郎狸のその後の消息は不明だった。
 後日、南町奉行所のおしらすでは、大岡越前守忠相は、黒魔壇牛八こと大狸壇三郎の妖気による集団催眠によって、男たちが操られたことにふれた。
 奉行の大岡忠相は、男たちに江戸所払いを命じた。そして、男たちを連れていく役目を同心の高畠十郎に命じたのであった。
 黒魔壇牛八の潜伏していた寺の書庫から、金子が出てきた。高畠十郎は、五十両もの金子を見つけたことを大岡忠相に報告をした。
「高畠よ、大狸が集めた金子であるぞ。いつ何時、石や木の葉に変わるのかもしれない・・・・・・それは、金子ではないぞ、よいな。一件落着じゃ」
 奉行の大岡忠相は、豪快に笑った。
「よいな、徳川のために尽くすのじゃぞ」
 高畠十郎は、江戸所払いをする時、男たちにそう言って金子を渡すのであった。
八月朔日が迫っていた。神君家康公が初めて江戸に入った日は、八朔として祝賀を行うのであった。
 江戸に暮らす人たちは、北辰に神君が宿ることを信じて、八朔の日を楽しみに待っていた。







このブログへのチップ   100100pts.   [チップとは]

[このブログのチップを見る]
[チップをあげる]

このブログの評価
★★★★★

[このブログの評価を見る]
[この記事を評価する]

◆この記事へのコメント
コメントはありません。

◆コメントを書く

お名前:

URL:

メールアドレス:(このアドレスが直接知られることはありません)

コメント:


くる天
officematsunaga
速報情報は、オリジナル取材ネタも含めてtwitterで無料公開!
twitter

【オフイス・マツナガのブログ】

【CONTACT/連絡先】

カレンダー
<<2014年11月>>
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
マーケット情報
by 株価チャート「ストチャ」


FX経済指標


会員制システム
会費は月額1000円で、すべての記事、すべての連載、バックナンバーを見ることができます。また、一般には入手困難な資料等をダウンロードできます。
 購読の規約に関しては、くる天 よくある質問を参考ください。


会費の支払い方・課金の仕方

1:くる天へ会員登録する。
2:ポイントを購入する。
3:記事を購入する 。
 という手順となります。
 初めての課金の申し込み方

返金システムに関して

なお、会費を支払い購読されて「これは課金に値しない」と判断された方には、すみやかに返金に応じます。詳細は、返金システムに関してを参考ください。

入稿後は加筆・修正しません

有料会員制度のサイトという性格と、くる天さんのシステムから、有料記事に関しては入稿後の修正、訂正はきかないようになっています。そのため誤字・脱字・錯誤が含まれる場合があります。誤字・脱字・錯誤等の修正に関しては、別途、指摘させていただく場合があります。誤字・脱字・錯誤  修正情報

皆様へのお願い

 申し込まれたアクセスコード、パスワードを他人に教えたり、譲渡する行為は犯罪行為です。すでに、第三者におしえてしまった!という方は、すみやかにパスワードの変更をお願いします。やむなき場合は、しかるべき対応をさせていただきます。
皆様へのお願い  
当サイト連載コラム
週刊日程表

本日のマーケット

今週の永田町

永田町レポート

本日のオフレコ情報

遠藤顧問の歴史だよ

時代小説発掘(無料公開)

カテゴリ
全て (3356)
2014衆議院選挙当落予想 (12)
無料公開記事 (7)
週間日程表 (154)
選挙 (26)
政治 (86)
経済 (6)
社会 (17)
永田町レポート (67)
今週の永田町 (326)
本日のオフレコ情報 (71)
本日の日経225 (29)
本日のマーケット (1654)
特オチ最前線 (75)
瘋癲老人のレイジーな日々 (25)
扱い注意 (38)
ネットでメシウマ!ウェブマーケティングの虚実 (32)
伊藤博一の事件の眼 (23)
鬼デスクの酔いどれ日記 (44)
アダルトサイト運営奮闘記 (3)
遠藤顧問の歴史だよ (30)
業界記者の覆面レポート (2)
真名のケーザイ探検 (27)
ホッピー・モツ焼・闇市の世界 (4)
ネットでビビるな!ネット音痴の業界人へ (14)
今週のマスコミがびびったネットネタ by 野次馬 (10)
アラカルター久里&占い軍団 (46)
コーヒーブレイク・エクササイズ編 (64)
コーヒーブレイク・ボイスエクササイズ編 (12)
医読同源 (1)
永田町奥の院を新人記者「僕」行く (12)
アンコール (2)
「永田町に棲んだ女たち」2 (13)
「永田町に棲んだ女たち」 (15)
ぼやき三毛猫 (49)
白川司郎訴訟関係 (4)
動画で go !!!! (7)
縄文だよ!!!! (4)
【時代小説発掘】 (204)
2009年 衆議院選挙  最新調査データ (26)
衆議院選挙 選挙区レポート (4)
島田が行く!報道現場の盲点 (2)
誤字・脱字・錯誤  修正情報 (6)
見落とすな!ネット情報・リンク先・保存先 (3)
「永田町に棲んだ女たち・特別番外編」 (8)
雑誌販売動向 (7)
最近の記事
12/06 12:26 江戸浅草物語14「月こそ心よ花こそ心よ」 (無料公開)
11/15 15:30 〈助太刀兵法46〉北斎蛸踊り(8) (無料公開)
10/26 08:49 「本日のマーケット」(FX編)・・・今週は日米の金融政策イベントに注意。
10/26 08:40 「本日のマーケット」(株式編)・・・ 続伸後に日経平均株価が1万9000円台を回復。
10/21 08:39 「本日のマーケット」(FX編)・・・ドル円は120円ちょうどの壁を意識。
10/21 08:25 「本日のマーケット」(株式編)・・・手掛かり材料難のなか、方向感の出づらい展開。
10/19 08:33 「本日のマーケット」(FX編)・・・午前11時に発表される中国の一連の経済指標に注目
10/19 08:23 「本日のマーケット」(株式編)・・・午前11時、中国経済の指標しだい。
10/14 08:48 「本日のマーケット」(FX編)・・・昨日に続き中国の経済指標。米9月小売売上高。
10/14 08:31 「本日のマーケット」(株式編)・・・前日の動きが継続し軟調な展開。
10/13 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・ドル円は120円大台を中心に方向感に欠ける動きが当面続きそう
10/13 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・5日線(前週末9日時点で1万8218円)が下値を支え
10/05 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・東京タイムではドル円やクロス円は押し目買いが優勢
10/05 08:34 「本日のマーケット」(株式編)・・・続伸後、日経平均株価が1万8000円に迫る。
10/04 12:07 江戸浅草物語13「天海僧正の結界が破られる時、魔界の者たちの進撃が始まるのか」 (無料公開)
10/02 08:44 「本日のマーケット」(FX編)・・・米雇用統計を控えた様子見姿勢
10/02 08:35 「本日のマーケット」(株式編)・・・週末要因や米雇用統計を前にポジション調整
10/01 08:47 「本日のマーケット」(FX編)・・・9月日銀短観、9月中国製造業購買担当者景気指数(PMI)などが材料。
10/01 08:35 「本日のマーケット」(株式編)・・・欧米株式の上昇を受けて買いが先行後、もみ合い。
09/30 08:52 「本日のマーケット」(FX編)・・・日中は119円後半のもみあい
09/30 08:44 「本日のマーケット」(株式編)・・・反発後、上値が重い展開。
09/29 08:55 「本日のマーケット」(FX編)・・・株安・円高パターンの継続はドル高圧力を後退
09/29 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・続落後に落ち着きどころを探る展開。
09/28 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・東京時間のドル/円は120円半ばを中心にもみあい。
09/28 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・手掛かり材料難のなか、もみ合い。
09/25 08:53 「本日のマーケット」(FX編)・・・・朝方、イエレン米連邦準備理事会(FRB)議長が年内利上げが適切との見方を
09/25 08:44 「本日のマーケット」(株式編)・・・引き続き弱含みで推移。直近の安値1万7415円61銭を意識。
09/24 08:37 「本日のマーケット」(FX編)・・・・連休明けの東京時間のドル/円は120円前半を中心にもみ合う展開。
09/24 08:26 「本日のマーケット」(株式編)・・・続落スタート。連休中にNYダウが軟調に推移。
09/20 10:55 〈助太刀兵法45〉北斎蛸踊り(7)(無料公開)
オフイス・マツナガのサイト
[現役雑誌記者によるブログ日記!by オフイス・マツナガ]

[オフイス・マツナガ書籍部]

[今週のキーワードbyオフイス・マツナガ]

[オフイス・マツナガのブログWordPress版]

[週刊日程表(アクセス規制有)]

[調査分析報道・資料倉庫]

【公にされない公の資料を公開】

【その他 オフイス・マツナガweb管理人】

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
最近のコメント
風雲 念流剣 七 (無料公開)(鮨廾賚此丙郤圈)
宿志の剣 三 (無料公開)(会話スキル★吉野)
週刊・月間誌 販売動向13年3月6-7日(管理人:kitaoka)
週刊・月間誌 販売動向13年3月6-7日(珈琲好き)
■この国の最大の問題点は「スパイ防止法案」がない点。マスコミだけでなく、政党にも外国勢力が跋扈。(珈琲好き)
イチローストレッチが止まらない!(バーバリー 時計)
■あまりにあっけなく、野田民主党惨敗。あまりにあっけなく、安部自民党大勝利(takeshi.komi)
時代小説発掘 !!!!!告知!!!!!()
〈助太刀兵法21〉 尾道かんざし燈籠 (無料公開)(モンクレール ダウン)
薩摩いろは歌 雌伏編(十一)痛撃(無料公開)  (株式の初心者)
ブログ内検索

RSS
携帯からも見られます!
QRコード対応の携帯で、このコードを読み取ってください。

Copyright (c) 2006 KURUTEN All right reserved