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風の喜八1 「討ち入り」(無料公開)
[【時代小説発掘】]
2011年6月5日 10時46分の記事


【時代小説発掘】
風の喜八1 「討ち入り」
佐藤 高市(さとう たかいち)


(時代小説発掘というコーナーができた経緯)

梗概: 
赤穂藩の隠密・風の喜八のシリーズである。元禄の江戸で夢想流杖道(むそうりゅうじょうどう)の達人喜八が、主君や江戸庶民のために活躍する時代物。


プロフィール:   
酉年でも喧嘩鳥の生まれ年で単純明快 東京都生まれ 
小説「谷中物語」で茨城文学賞受賞
江戸を舞台の小説「入梅」が韓国の常緑樹文学に翻訳掲載
江戸の歴史研究会会員 
 

これまでの作品:

隠密廻り同心・磯貝真六 「お多勢八幡」
隠密廻り同心・磯貝真六2 「伊助の別れ火」
隠密廻り同心・磯貝真六3 『篤姫の守り人』
隠密廻り同心・磯貝真六4『富岡八幡土俵入り』
隠密廻り同心・磯貝真六5「丸山応挙の幽霊画」』
隠密廻り同心・磯貝真六6 『会津への旅』
隠密廻り同心・磯貝真六7 『会津西街道』



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【時代小説発掘】
風の喜八1 「討ち入り」
佐藤 高市(さとう たかいち)


 
(一)  出会い

 喜八は、大石内蔵助(おおいしくらのすけ)から預かった書状を下総布川宿の和尚に届けた帰りであった。葛飾の小金牧を過ぎるころから、悪寒がしてきた。梅雨寒をもたらす冷たい風が吹き、日暮が迫っていた。
 喜八の住まいは、浅草伝法院裏の骸骨長屋であった。ようやく、葛飾の四ツ木村まで来たが、喜八はもう歩ける状態ではなかった。八幡様の境内に入った喜八は、本堂脇の社務所の前で意識が無くなった。
 喜八は、高熱を出していた。遠のく意識の中で、優しい女の人の声が聞こえた。亡くなった母の声なのか。自分は死ぬのか。このまま、大石内蔵助の命を果たせずに、路傍に朽ち果てることが悔しかった。
 喜八は、故郷赤穂の海を思った。子どもの頃、潮風を受けて浜辺で遊んでいたことが懐かしかった。
 赤穂藩の隠密として育てられ、激しい稽古をして、ようやく大石内蔵助に認められ、大石の手足となって働くようになっていた。
 喜八は、無想流杖道(むそうりゅうじょうどう)の遣い手として、赤穂藩には、並ぶ者はいなかった。この武術は、棒状の杖を使い、突いて、払って、打つという自在の剣術であった。この杖道には、あの宮本武蔵も引き分けたという。
 喜八は、混濁する意識の中で、白砂の敷いた道の向こうに、あの世の入口が見えるようであった。朱色の伽藍が遠くに見えていた。
 喜八を助けたのは、八幡様の境内に住む利助とその娘であった。利助は、生まれつき足が悪く左の足を引きずっていた。ひとり娘のお勢とともに、喜八を自分たちの住む鳥小屋に手を入れた粗末な家に運んだのだった。
 利助は、お勢に境内の湧水を汲ませて、大鍋に入れて竈で湯を沸かした。湯を湯たんぽに入れ、布団を掛けた喜八の足元に置いた。隙間風の入る部屋に目張りをして、火桶に炭を入れて部屋を暖める。
 利助は、飛脚のような鍛え上げられた喜八の足腰を見て、後はこの男の生きる力に頼るしかないと思った。
 お勢は、手拭をたらいに入れた水に浸して、それを絞って喜八の額に乗せた。荒い息遣いが続いていた。
 高熱のために手拭を度々代え、「この方の命を助けてください」と八幡様に祈っていた。
 お勢は、十五歳になった。八幡様は、お勢の産土神(うぶすながみ)であった。産土神は、お勢を生涯守り導いてくれるのだった。
 利助は、凶作の翌年から八幡神社に住んでいた。四ツ木村の水呑み百姓だった利助は、小作の傍らに八幡様の境内で汁粉を売っていた。女房は、昨年、目の前に横たわる喜八のように高熱を出して、翌朝には冷たくなっていた。
 女房の遺骸を早桶に入れて弔ったことがつい昨日のことのように思い出される。お勢は八幡様のお守りを握りしめていた。
 利助は、病弱だった女房のために富山の薬売りから買っておいた解熱妙符を喜八の口に入れた。高価な薬であった。薬を飲み込んだのを見たお勢は、八幡様に手を合わせていた。
「おとっつぁん、苦しそうだね」
「今晩が、山だな。薬が効いてくれたらいいのだが・・・・・・、お勢、八幡大菩薩様にお祈りを続けるんだよ。おまえの産土神だからな」
 利助の言葉に、お勢は頷いた。
 お勢は、秋になると深川仲町の料理屋に奉公に出ることになっていた。富岡八幡宮のそばにある仲町は、辰巳芸者で有名であった。男勝りで羽織を着た深川芸者は、富岡八幡宮の参拝者の精進落としで座敷に呼ばれた。
「おまえと暮らせるのも後二月だな。こうして病人を助けることで、功徳を積むことができるというものだよ。水呑百姓で、日照りの夏に一粒の米が取れなくなって、一家心中をするしかなかった・・・・・・」
「ええ、おっかさんから聞いていました。姉さんが芸者になって、あたいたちを助けてくれたんだよね」
「ああ、お光が芸者になって、一家心中をしなくてすんだ。八幡様に守られてここまで生きることができた・・・・・・、ありがたいことだ」
 孝行娘のお光は、芸者をしていた時に知り合ったやくざ者の銀二に騙されて、遊廓に売り飛ばされていた。
 風の知らせで、利助はそのことを知っていたが、どうすることもできなかった。そして、お勢まで女中奉公に出すことで気持ちが沈んでいた。
「お勢、女は男しだいで、幸せにも不幸にもなる。お光は、優しい子だったが、男を見る目が無かった・・・・・・」
「おとっつぁん、奉公先にある富岡八幡様もあたいを守ってくださるよ。心配しないでよ。年季が明ければ、四ツ木村に戻ってくるから」
 お勢の優しい言葉に、利助は涙ぐむことが多くなっていた。
「あたいが、おとっつぁんの面倒を見させて貰うからね。おとっつぁん、鐘つきもあるし、もう、寝てください」
 お勢の言葉に、利助はむしろの上に横になった。お勢は、喜八の額に乗せた手拭を桶の水に浸けて絞った。お勢は、濡れ手拭を乗せる前に、喜八の額に手のひらを当てた。少し下がったようであったが、まだ熱があった。
 へっついに大鍋を掛けたお勢は、境内で売る汁粉を作るために小豆を煮る。明け方まで小豆を煮ながら、喜八のために手拭をこまめに代えた。


(二) 喜八の正体

 喜八は、雀の鳴く声で目を覚ました。台所で飯を炊く匂いがした。
「気が付きましたか?」
 お勢が声を掛けると、喜八は驚いた顔をした。
「これは、世話になりました。書付は・・・・・・」
 喜八は、下総布川宿の和尚から大石内蔵助宛ての返書を預かっていた。命よりも大事な書状であった。
 喜八は、起き上がろうとしたが、お勢がそれを止めた。
「お荷物は、枕元にありますので、ご安心ください」
 お勢の言うとおり、煙管や短刀と一緒に油紙に包んだ書状もそこにあった。
 八幡様の鐘が鳴った。利助がつく鐘が、四ツ木村や押上村に響いて行く。
「ここは、何処です?」
「下総国の四ツ木村、八幡様の境内です」
 喜八は、昨日の夕暮れに八幡宮を訪れ、意識が無くなったことを思い出した。
 そこに、鐘をついていた利助が現れた。
「これは、これは、お気づきになりましたか。ひどい熱でしたが、解熱妙符が効いたのでしょう」
 利助は、茶碗に白湯の入った茶碗を喜八に勧めた。
「世話になりました。昼までには、浅草に戻りますので・・・・・・」
「あなた様は、死にそうになったんですよ。無理しちゃいけませんよ。今日は、八幡様の縁日でございます。私らは、汁粉を売りますので、どうぞ、ここでごゆっくりとしてくだせえ。お願いします」
 利助は、穏やかな笑みを浮かべた。
 利助とお勢は、境内に縁台を置いて、汁粉を売る用意を始めた。喜八は、お勢の作った切干大根の入った雑炊を食べると、安心して横になった。喜八はすぐに深い眠りについた。
 喜八は、赤穂藩の隠密であった。大石内蔵助の命を受けて、江戸市中を探っていた。
 殿中で刃傷をおこした赤穂藩主の浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)は、将軍綱吉の逆鱗に触れ、縄を打たれた籠に入れられ、不浄門の平川門から城の外に出された。
 その夕刻に、一時ほど預けられた田村右京大夫邸の庭先で、徳川綱吉の裁断によって切腹を命じられた。切腹の場は、座敷ではなく庭先の白砂の上であった。
 喧嘩両成敗ではなく、浅野内匠頭だけが殿中での刃傷と勅使接待の非を責められたのだった。
「風さそう、花よりもなほ、我はまた、春の名残をいかにとかせん」
 浅野内匠頭の辞世の句は、無念の極みを表していた。
 風に散る花びらのように、我が命が尽きようとしている。だが、浅野内匠頭は、今生
に名残があった。
 それは、吉良上野介(きらこうずけのすけ)を討てなかった名残なのか。それとも、赤
穂にいる藩士や領民を思ってのことかは、残された者たちには知る由もなかった。
 浪士たちの思いは、罪人のように、庭先で切腹をさせられた主君の今生の名残であった。喧嘩両成敗の正道を曲げ、吉良上野介には咎めが無かった。
 浪士たちは、吉良上野介への仇討を叫んでいたが、家老の大石内蔵助はお家再興も視野に入れて、堀部安兵衛らの血気に走ろうとする浪士たちの暴走を止めていたのだった。
 喜八が、潮風が吹くのどかな赤穂の地を離れ、江戸に下がったのは、元禄14年の夏の頃であった。
 宮大工としての技を持つ喜八は、大名屋敷の普請をしながら、夜陰に紛れて、吉良上野介の動きを探っていた。
 江戸に来てから、もうすぐ一年になる頃であった。
 谷中の寺には、旧赤穂藩の浪士たちが度々集まっていた。この寺には、赤穂浪士の親族が僧侶になっていた。
 奥座敷では、行燈の薄暗い明りの中で、男達が小声で語り合っていた。山門では、寺の外を見張る町人姿の男の姿があった。赤穂の浪士が姿を窶(やつ)していた。
 喜八は、隠密として吉良の動静を探り、谷中の寺に集まった浪士たちに仔細を知らせていた。
 吉良上野介か上総国の所一ツ目回向院裏の寂しい場所に屋敷を移され、江戸市中の者たちは、吉良上野介が赤穂の浪士に討たれることを噂した。
 助太刀で評判になっていた堀部安兵衛が、赤穂藩士に召し抱えられていたことから、湯屋や井戸端で町人たちは、赤穂浪士の仇打ちは必ず起きると固唾を飲んでいた。それは、歌舞伎の舞台を見るように町人たちの人気を集めた。
 夜になると、その寺には、江戸の方々から浪士たちが集まることを町奉行所は隠密廻りを使って知っていた。今であったら、謀議をはかる浪士たちを一網打尽にすることができたが、幕閣は動かなかった。
 昼過ぎに起きた喜八は、お勢が乾かしてくれた着物に着替えた。脇差を差して、暖かな陽射しの外に出た。境内には、八幡様に参拝する者たちがいた。
 喜八は、利助の所に行って、懐から銭を出して利助の手に握らせた。
「こんなにいただいてよろしいんですかい?」
「利助さんにいただいた解熱妙符の薬とあなた様がたのお陰で命を救われました。ありがとうございます」
 喜八は、境内を足早に出ようとした時、水を汲んでいたお勢と会った。
「お世話になりました。命の恩人だよ」
「良かった。きっと、八幡様がお救いになってくれたんだわ。あたいの産土神なの」
「おいらの産土神も八幡大菩薩さ」
 お勢は驚いた顔をした。二人は、同じ産土神ということで親しみが湧いた。お勢が十五歳になったことや喜八が西国から江戸に来たことを楽しそうに話すのだった。
「お勢ちゃん、近いうちに獲りたての魚を持ってくるよ。魚は好きかい?」
「ええ、大好き。八幡様の縁日が八月にあるので、喜八さん、約束しましたよ」
「おう、約束だ。死んだらご免よ」
 冗談で言った言葉であったが、吉良への仇討があれば、赤穂藩への忠義のために、自らも死ぬことを喜八は覚悟をしていた。自然に死という言葉が口に出たのだった。
 喜八は、お勢に手を振ると、吾妻橋を目指して足早に歩いて行く。
 お勢は、喜八の姿が見えなくなるまで見送った。喜八は、大川沿いの道を目指して歩く。鬱蒼とした森に続く道であった。初夏のような日差しが、田んぼの稲に降り注いでいた。
 お勢は、昨夜、喜八が高熱を出している時、喜八の手を握っていた。おっかさんのように死なせてはならないという思いであった。

 
(三) 堀部安兵衛の焦燥

「御家老の大石様は、京都山科で何をお考えなのであろう。籠城をせずに城を明け渡し、独り隠棲をしておる」
 助太刀で名を馳せていた堀部安兵衛は、料理屋の奥座敷で鼻息が荒かった。今は亡き殿様に可愛がられた安兵衛は、尾張への大事な使者を仰せつかったこともあった。
 安兵衛は、義に厚い武士としての区切りをつけなくてはと思い、焦燥の毎日を送っていた。
 浅野家筆頭家老の大石内蔵助には、最後の望みがあった。亡き主君の弟である浅野大学が浅野家を再興することであった。綱吉が頼る僧隆光に近づくことを画策し、そのためには時が必要であった。
 大石は、堀部安兵衛などの血の気の多い浪士たちを抑えるために、隠密を使って江戸に書状を次々と送っていた。喜八は、江戸市中にいる赤穂の浪士たちに繋ぎを付けていたのだった。
 喜八は、堀部安兵衛から大石内蔵助への書状を預けられた。やがてその書状は、隠密によって京都山科に届けられた。
 この晩も喜八は、堀部安兵衛に書状を託された。料理屋から出た喜八を追う者たちがいた。公儀隠密であった。喜八は常に公儀隠密に付けられていた。
 喜八は、それを知っていた。酔っ払った様子をして、道端にしゃがんでいた乞食に銭を与えた。足がふらついて、乞食の肩を借りた。喜八は、書状を乞食の懐に忍ばせることができた。乞食もまた赤穂の隠密であった。
 公儀隠密は、それを見破ったが、幕閣からはただ監視をするだけを命じられていた。赤穂浪士の動きを幕閣に伝え、幕閣は将軍に詳らかに伝えた。
 将軍綱吉は、赤穂浪士たちの動きを半ば是認しているようだった。吉良の屋敷を本所の寂しい場所に替えたのは、赤穂の浪士たちに仇打ちの機会を与えるようにも見えた。
 殿中での刃傷の時、天皇の勅使を迎えるために、御馳走役として命じた浅野内匠頭は、吉良上野介を突然斬りつけた。綱吉は、勅使がすでに城に来ていたにもかかわらず、御馳走役の浅野内匠頭が殿中で吉良上野介に斬りつけたのは、許し難かった。
 事を起こした吉良上野介と浅野内匠頭は、因縁があった。元禄11年9月に起きた火災での際、鍛冶橋にあった吉良邸が全焼したが、その際に火消し大名として消火にあたったのは、浅野内匠頭であった。
 吉良にとっては、天皇の勅使をもてなす大切な宴には、浅野内匠頭は不吉な存在であった。
 将軍綱吉は、殿中での刃傷について、烈火のごとく怒った。例え、吉良上野介が浅野内匠頭に気に触ることを言ったにせよ、浅野内匠頭の役目は天皇の勅使を迎えて厚く接することであった。私怨は、饗応の宴が終わって殿中の外で行えばいいとの思いであった。
 綱吉の怒りは、浅野内匠頭だけに及んだ。御馳走役の浅野内匠頭は、高家衆の指示にしたがって、天皇や公家との関係をうまくこなさなくてはならなかった。
 特にこの時の勅使に対しては、綱吉は母の桂昌院に従一位という最高の官位を朝廷に対して願っていた時であった。それが、殿中での刃傷によって官位の願いが御破算になると思ったのだった。
 将軍綱吉は、感情のまま、浅野内匠頭を預け先の庭先で切腹させてしまった。その後、冷静になった綱吉は、既に生類憐れみの令を命じていたこともあって、自ら犯した罪の重さに悩み続けることになる。仏罰が怖かったのである。
 綱吉は、江戸市中の者たちが、赤穂の浪士たちを贔屓にしていることを知り、自らの裁断を悔やみ、刃傷の起きた年の夏ごろに、吉良上野介を草深い本所に屋敷替えを命じることになった。
 年に一度祖霊が帰ってくる盆の時期であった。浅草観音裏の骸骨長屋の門口には、盆の迎え火が焚かれていた。先祖の霊を迎えて位牌を安置し、胡瓜や茄子を飾って盆棚を祀った。
 骸骨長屋にも流れの僧侶が軒先に立って経を上げた。おかみさんたちは、手を合わせて銭を上げる。
 喜八は、亡くなった父母のために、法華経を奉納する六十六部を部屋に上げて、経を上げて貰った。六十六部は、南無妙法蓮華経と題目を唱えて仏壇に手を合わせた。僧侶の正体は、喜八と同じ赤穂の隠密であった。
 喜八は、赤穂の隠密である六十六部に、下総布川宿の和尚から預かった大石宛ての書付を渡した。隠密は、数々の書状を持って、京都山科の大石の下に届ける手はずであった。 堀部安兵衛が大石内蔵助に決起を促す書状もあった。安兵衛は焦っていた。高田の馬場の決闘で、堀部安兵衛は江戸市中に勇名をはせていた。それが、主君の仇討をしないまま、無為に時が流れていたのだ。安兵衛は、毎日のように仇討をいつ決行するのかと取り巻きたちや贔屓にしてくれる大店の主人に聞かれていた。
 安兵衛にとっても仇討に動かない大石内蔵助の真意が分からなかった。義によって助太刀をして名声を博していた堀部安兵衛は焦っていた。それは、我慢の限界に近付いていた。
 雪深い越後新発田から江戸に出た浪人の堀部安兵衛は、小石川の牛天神下の堀内道場に入門した。道場は、水戸徳川家の上屋敷に近かった。
 剣で身を立てることが、侍として召し抱えられるただ一つの術であった。全ての時を剣の修行に費やしたのだった。
 いつか自分も水戸家の侍のように将軍にも仕えることができたらと神仏にも願っていた。剣の腕も世間に知られ、大名屋敷で剣を教えるまでになった。
 そして、助太刀で天下に勇名を馳せることができた。その堀部安兵衛が、主君の仇を討たずにしていることを江戸っ子たちは許さなかった。
「喜八よ、御家老に決断をするよう申し伝えよ。赤穂浪士が天下の笑い者になるとな。御家老様が臆していると噂をする輩もおるのだ」
 堀部安兵衛は、主君の浅野内匠頭には、ことのほか可愛がられた。安兵衛は、主君の仇討を独りで斬りこむことを考えた。だが、大石内蔵助からは、仇討は固く止められていたのだった。
 堪え切れなくなった安兵衛は、木刀をひたすら振り下ろした。江戸っ子たちは、そんな安兵衛を見ながら仇討は遅かれ早かれ起きることを噂するのであった。
 江戸にいた浪士たちは、江戸の情勢と共に浪士たちの焦燥感を大石に文で知らせた。安兵衛たちの暴発をなだめる者は、最早、大石内蔵助しかいなかった。
 喜八は、谷中の寺に集まった浪士たちが、喜八の届けた大石内蔵助の書付を読み上げているのを片隅で見ていた。
「主君の今生の名残を晴らすことが、臣の務めでござる。御家老様がお家再興を幕府に働きかけようとしている。皆の者、しばしの間待とうではないか」
 一人の浪士がもう少し待つことを述べた。
「掘部殿、ここは堪忍の時であるぞ。時は必ず熟すであろう。その時こそ、世間に赤穂藩士の気概を見せましょう」
 年配の浪士の言葉で、安兵衛の気持ちはようやく平静になった。
 深夜まで、吉良上野介の動きについて、それぞれの者が調べ上げたことについて話をした。喜八は、それらをつぶさに記し、大石内蔵助に書状をしたためるのであった。


(四) 再会

 喜八は、吾妻橋のたもとにある船宿の普請を任されていた。大川には、荷物を積んだ船で賑わっていた。
 喜八は、仕事も一段落して、四ツ木八幡に向かった。天秤棒を担いだ魚屋から、今朝獲れたばかりの鰹を買った。
 喜八は、鰹を縄で縛り、手にぶら下げて吾妻橋を渡り、水戸殿の下屋敷を過ぎて四ツ木村に入った。
 八幡宮の森には、蝉時雨がしていた。喜八は、お勢のあどけない笑顔を思っていた。自分と同じ産土神のお勢に親しみを持っていた。
 八幡宮には、子どもたちの歓声がした。鬼ごっこをしていた。子どもたちに交じって、お勢も走り回っていた。喜八は、縁台に座る利助の所に寄って行った。
「利助さん、先日はお世話になりました。今朝獲れた鰹を持ってきました。食べてくだせえ」
 喜八は、鰹を利助に渡した。お勢は喜八を見つけて駆けてきた。
「喜八さん、わぁ、すごい!」
お勢は、はしゃいでいた。
 お勢は、毎日のように八幡様に喜八の無事を祈っていた。もう一度会って、話がしたかった。お勢は、自分の知らない西国や京都のことを喜八に聞いてみたかった。
 喜八の持ってきた鰹を火であぶって、刺身にして生姜醤油で食べた。活きのいい鰹はことのほか美味しかった。
「本当においしい。喜八さん、ありがとう」
 お勢は、喜八に礼を言った。
「お勢ちゃんは、鰹が好きかい?」
「ええ、大好き。鰹はこれで二度目。おっかさんが体をこわして、おとっつぁんがこうして火であぶって、お刺身にしてくれたんです」
 お勢の言葉に利助は頷いた。
「喜八さん、お勢は、後十日もすると奉公に出るんですよ」
「奉公ですかい。どちらに行かれるんですか?」
 利助の言葉に、喜八が驚いて聞き返した。
「深川仲町の伊勢屋さんです」
 お勢は、わざと明るく答えた。
 喜八は、その料亭に何度か行ったことがあった。深川でも一、二の料亭であった。
 喜八は、お勢のようなあどけない娘が、深川仲町の料亭に奉公して、苦労するのが目に見えていた。
 参拝人が、汁粉を注文する声がした。お勢は、返事をして境内の縁台の所に行った。「喜八さん、お勢はいい子です。実は、私の子ではないのです。お勢は知りませんが・・・・・・、ここに移り住んだすぐのことでした。子どもをおぶった女の人が、八幡様の前で倒れていたんです」
 利助は、その時の様子を昨日のことのように話した。
「お勢の泣き声で私は、そこに駆けつけました。倒れていた女の人は、既に息をしていませんでした。亡くなった人を早桶に入れて、無縁墓に葬りました。
 何も知らないお勢が、不憫でした。荷物の中から書付が見つかり、子の名と産土神が八幡大菩薩と書かれてありました。恐らく母親は、娘の産土神に助けを求めたのでしょう」 利助は、幼子を引き取って自分の子として育てた。お勢には、そのことは知らせなかった。ただ、産土神の八幡様には、何かあれば祈ることを話していた。
利助の娘のお光とお勢は実の姉妹のように育った。お勢は、いつも五つ年上の姉さんの後ろを追っていた。
 利助は、少し前から、体の調子が悪かった。咳が長く続き、痰の中に血が混じっていた。自分が死んだら、お勢には頼る者もいなかった。
 利助は、それが心配で八幡様に手を合わせていた。苦界に身を沈める気立ての良かった娘のお光の無事を祈り、お勢の将来を案じていた。
「喜八さん、こうして出会ったのも何かの縁でございます。たまに、お勢の奉公先を訪ねてくださいませんか。姉のお光のように、悪い男に騙されるのが心配なのです」
 喜八は、自分の命も朝露のごとくに思っていた。侍ではなかったので、吉良邸への討ち入りはできなかったが、駆けつける上杉方の侍たちを迎え討つ事を思っていた。だが、喜八は利助の頼みに頷いた。利助は、涙を拭っていた。
「おとっつぁん、亀が来ましたよ」
 お勢の声に、二人が境内に行くと、放生会のための亀が桶に入れてあった。四ツ木村の子どもたちが獲ったものだった。
 利助は、鼻水を垂らしている子どもの頭を撫ぜ、駄賃を渡した。
 亀の腹の下から縄を通して、甲羅の上でしばって逃げないようにする。それらを棒にくくりつけると、亀は宙ずりになって手足を動かすのだった。
「放し亀です。放せば御先祖様の供養になります。えー、放し亀です。いかがでしょうか。放し亀は要りませんか?」
 お勢の元気な声に、参拝に訪れた人たちが集まってきた。
「がんこ親父の三周忌だ。遊び人の親父だったが、成仏のために買うとするか。成仏するように一番大きいのを貰おうか」
 遊び人の男が、銭を払った。
「こんなによろしいんでしょうか?」
 男が払った二十文を見たお勢は驚いた。
「あたぼうよ、とっときな。大川まで行って、縄を解いてやるぜ。なぁ、亀公、海の向こうの極楽までいっとくれよ。親父にあったら、宜しく言っといてくれよ!」
「お客さん、亀の泳ぐ方に手を合わせてください。それが御先祖様のいらっしゃる方角でございます」
「おう、ありがとよ」
 男は、手足を動かしている吊るした亀をぶら下げて大川の方に向かった。
 十数匹の亀は、またたく間に売れた。利助は、お勢のために古着屋で着物を買う足しにする。
 喜八は、亡くなった赤穂の殿様のことを思っていた。殿様の供養のためには、吉良を討つことであると叫ぶ浪士たちの言葉を思い出していた。事が起きた時は、喜八は大石内蔵助に命を差し出す覚悟であった。
「喜八さん、急に怖い顔してどうなさったのですか?」
「お勢ちゃん、何でもねえよ」
 お勢の声で、喜八は我に返った。
 喜八を心配するお勢の顔がそこにあった。
 亀を持った子どもたちが境内に姿を見せた。
「ねえちゃん、亀を獲ってきたよ」
 喜八は、お勢と子どもたちを見ていた。穏やかな時間が流れていた。命を救ってくれた感謝と共に、お勢の姿や仕草が愛おしく思えた。
 お勢もこの八幡宮で命をつなぐことができた。喜八は、産土神の縁で、お勢にめぐり会ったことが嬉しかった。
 喜八は、命がある限り、お勢を守って行こうと思っていた。


(五) 討ち入り

 本所林町の道場で、堀部安兵衛が剣を教えていた。吉良邸からすぐ近くの場所であった。姿を変えた浪士たちが、道場に出入りをしていた。
 喜八は、大石からの書状を谷中の寺に集まる浪士たちにつなげて、江戸市中を走っていた。
 浅野内匠頭の弟である浅野大学を浅野宗家に預け入れにしたことで、旧赤穂藩士が目指した御家再興もならず、赤穂浪士たちは、意を決していた。
 最早、大石には、浪士たちの仇討への思いを止める術はなかった。主君が切腹し、赤穂藩の取り潰しと城の明け渡しがあった。多くの藩士たちは一瞬にして全てを失った。
 その恨みのはけ口は、吉良上野介であった。大石は、主君を罪人のように平川門から罪人駕籠で出し、その日のうちに庭先で切腹を申し付けたのは、徳川綱吉であった。口に出すことはできなかったが、全ての発端は、将軍綱吉の短落的な振る舞いからのことであった。
 大石は、10月に京都を発ち江戸に向かった。静かな表情の下には、不動明王のような激しさがあった。討ち入りの暁には、浅野家再興の一条の光を確信していたのだった。
 そのためには、綿密な計画が必要であった。京都島原の茶屋遊びでも大石は、いつもこのことを考えていた。泥酔していても大石は将軍綱吉の性格と江戸庶民の思いを計っていたのであった。
 四ツ木八幡では、利助が独りで住んでいた。体が弱って、鐘をつくのがやっとのことで、横になっていることが多かった。
 犬の遠吠えがして、雨がしとしと降っていた。寒い夜であった。利助は、お勢と暮らしていた頃が懐かしく思っていた。年季奉公が明けるのが、来年の秋であった。
 利助は、お勢と再び会うことができないと思っていた。もう一度会いたかった。あの元気な声を聞きたかった。
 そして、苦界に身を沈めているお光が不憫だった。利助は、娘たちの名を呼んだ。言葉にならないうめき声を発した利助は、間もなく死出の旅についた。
 村人が朝の時を知らせる鐘が聞こえないので、心配になって利助の家の戸を開けた。村人は、利助が布団の上で死んでいるのを見つけた。
 お勢が、奉公先から駆けつけた。
「おとっつぁん・・・・・・」
 村人たちは、お勢を慰めて利助の弔いをした。ぼんやりとする間もなく、お勢は深川仲町の料亭に戻って行った。
 喜八に会いたいとお勢は思った。利助と喜八がいて、楽しかった八幡様の放生会の時が懐かしかった。お勢は、八幡様に祈った。もう一度、喜八と会えることを願っていた。
「喜八さんは、西国から江戸に下ってきたと言うが、訳のあるお人かも知れない。あの物腰は、職人ではない。赤穂浪士にかかわるお人・・・・・・、まさかな」
 生前の利助は、人の振る舞いを良く見る人だった。喜八の振る舞いを見て、ただの職人とは思えないとお勢に話していた。
 江戸市中では、赤穂浪士の討ち入りが近いと噂があった。浪士たちが、町人や職人に姿を変えて、江戸市中に潜伏していることがまことしやかに囁かれていた。
 お勢は、喜八から赤穂塩を使った饅頭のことを聞いていた。
「赤穂塩を使った塩味饅頭をここで売ったら、売れることは請け合いだ。江戸でも評判になる。そうなると、お勢ちゃん、奉公に出なくていいぞ。今度、作り方をおせえるから」 利助は、お勢から赤穂塩のことを聞くと合点がいったようであった。
「喜八さんと赤穂のことについては、口が裂けても他の者には言っちゃぁなんねぇ」
 利助の言葉に、お勢は頷いた。
 仲町に遊ぶ人達の間でも、赤穂浪士の討ち入りが近いことが話題になっていた。
 喜八は、お勢を訪ねて、深川仲町の料亭に行ったことがあった。下働きをするお勢を見かけた。声を掛けようとしたが、仲居に用を言いつけられて、お勢は、忙しく働いていた。喜八は、お勢の無事な姿に安心した。
 ある晩であった。大石内蔵助は、谷中の寺に隠密を集めた。大石は、すがすがしい表情をしていた。
「皆の者、ごくろうである。亡きお殿様の今生の名残を晴らす時が来た。おまえたちは、これまで通り吉良邸を見張るが、我らの後を追ってはならない。それが主命である。市井の中で生きよ、そして、浅野家に仕えた者の名誉を大事にするのだぞ。必ず、浅野家を再興する日が来るのだ。喜八よ、それを見届けるのだぞ」
 武士の一分には、武士以外の者が仇討に加わることは許されなかった。その時、集まった者たちに動揺が走った。だが、大石内蔵助の言葉に従うしかなかった。
大石は、穏やかな表情をして、ひとりひとりに金子を配った。大石は、配下の者の肩に手をやりながら、ねぎらいの言葉を掛けた。部屋には、すすり泣く声がいつまでも聞こえていた。
 谷中の寺では、住職が浪士たちに別れの挨拶をした。縁あって集い、来世でも必ず出会えるだろうとの話であった。
 元禄十五年の師走に入って、喜八は浪士たちの家族に宛てた文を預かった。大石内蔵助からの直々の命であった。すぐに、西国に上らなければならなかった。
 霜の降りた早暁に、喜八は街道を走った。吉良邸への討ち入りが近いことが浪士たちを見て分かった。お殿様が切腹してからの赤穂の侍たちの苦難を思っていた。
 喜八は、お勢に会いたかったが、時がなかった。大石内蔵助や浪士たちから預かった文を家族のもとに届けなくてはならなかった。
 喜八は、法華経を奉納する六十六部に姿を変えて、仏像を安置した厨子を背負った。そして、東海道を走った。浪士たちから預かった大事な文を厨子の中に隠し持っていた。喜八は、笠と蓑を着けて、雪の積もった峠を越える。着物は汚れ、泥だらけになった姿で先を急いだ。
 討ち入りは、いつなのか。再び江戸に下った時には、大石様の顔を見ることが出来るのだろうか。喜八は、走りながら泣いた。子どもように泣いたのだった。
 喜八は、夜中に宿に着き、早暁に出立をした。東の空がわずかに明るくなってきた。喜八は、歩きながら握り飯を頬張り、途中で浪士の家族の家を探ね、十二日で京都二条に着いたのであった。 
 それから、浪士たちの親族を探して時を費やした。ある日、京の旅籠で、赤穂浪士が吉良上野介を討ったことを喜八は知ることになる。
 元禄十五年の十二月十五日の寅の刻(午前四時頃)、月が積もった雪を映し出していた。火事装束の四十七士が本所回向院裏の吉良邸に討ち入りをした。昨夜の寝込みを襲われた吉良家の侍たちは、応戦をしたが一時程で制圧された。
 浪士たちが心配していたのは、吉良邸にいた侍や足軽のことであった。侍と足軽で百数十人はいた。
 足軽たちの長屋の戸を鎹(かすがい)で打ちつけたりして、出られないようにしていた。大石内蔵助の用意周到な策での勝利であった。討ち入りとは、戦国の世の戦のようであった。
 喜八は、東を向いて手を合わせた。浪士たちの家族を探して文を届けるのに一月以上も掛り、再び東海道を下って行くのが、二月の初めであった。
 浪士たちは、元禄十六年二月四日に切腹を命じられた。助命嘆願を祈った江戸庶民の願いは叶わなかった。
 喜八が江戸に戻ったとき、すベてが終わっていた。喜八は仇討に加わりたかったが、身分が違うことで生き残ることになった。赤穂の隠密たちは、大石内蔵助の命を受けて、既に江戸から姿を消していた。
 喜八は、一月ほど世間の騒ぎが収まるのを待ってから、泉岳寺の主君の墓前に線香を上げに詣でた。主君の墓前に、しばらく、手を合わせていた。
 谷中の寺に集まった浪士たちは、もうこの世にいなかった。喜八の嗚咽する声がした。線香の煙が静かに流れていた。
 喜八は、独りになった。帰る場所はなかった。大川に身を投げることも考えたが、大石内蔵助の命に従って、主君の墓と浪士たちの墓を守るために、市井に生きることを誓った。
 四十七士の眠る泉岳寺の墓地には、江戸市中からお参りをする人たちが詰めかけた。江戸っ子たちは、浪士を義士と呼んで称えた。





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