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江戸浅草物語9「星宿図の謎に陰陽五行の天才占い師が挑む」 (無料公開)
[【時代小説発掘】]
2015年2月1日 11時57分の記事


【時代小説発掘】
江戸浅草物語9「星宿図の謎に陰陽五行の天才占い師が挑む」
佐藤 高市(さとう たかいち)


(時代小説発掘というコーナーができた経緯)

梗概:
 浅草寺に近い浅草花川戸むじな長屋の住人たちの物語。
 将軍吉宗は、弱体化した幕藩体制を憂慮して、人材登用を積極的に行った。普請奉行の大岡忠相(おおおかただすけ)を南町奉行に抜擢し、幕藩体制の強化を図っていた。
 今は亡き神君家康は、北辰(北極星)に宿っていた。死後も江戸城を守護していた。それは、天海僧正が巧妙に仕組んだものであった。
 北辰には、金神がそこに奉られていると言われており、江戸の守護神としては、これ以上のものはなかった。
 全国の大名たちは、神君家康の眠る日光には、足を向けて寝ることもできなかった。
 そして、天海僧正は、自らの陰陽五行の力を借りて、江戸城を守護するための結界を作った。将軍吉宗は、陰陽五行の天才占い師佐藤瑞法に、その結界をより強固にすることを命じた。
 関ヶ原の戦いで敗れた石田三成を奉る闇の軍団が江戸の町にうごめいていた。一味の首領である黒魔壇牛八は、浅草寺の観音様を狙った。それは、天海僧正が作った結界を破る目論見であった。
 風の喜八や陰陽五行の天才占い師佐藤瑞法の働きにより、浅草寺の観音様は守られたのだった。


プロフィール:   
酉年でも喧嘩鳥の生まれ年で単純明快 東京都生まれ 
小説「谷中物語」で茨城文学賞受賞
江戸を舞台の小説「入梅」が韓国の常緑樹文学に翻訳掲載
江戸の歴史研究会会員 
 


これまでの作品:

江戸浅草物語1 「浅草花川戸むじな長屋の住人たち」
江戸浅草物語2「徳川幕藩体制の最大の危機」
江戸浅草物語3「徳川幕府の危機に陰陽五行の天才占い師参上」
江戸浅草物語4「徳川吉宗、雌伏して時を待つ」
江戸浅草物語5「神君家康の化身徳川吉宗が将軍職に就く日」
江戸浅草物語6「北辰(北極星)に神君宿りて、江戸を守り給え」
江戸浅草物語7「津軽から来た力士柏富士を愛でる相撲甚句」
江戸浅草物語8「徳川幕府の結界が破られる時、北辰(北極星)は輝きを失うのか」




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【時代小説発掘】
江戸浅草物語9「星宿図の謎に陰陽五行の天才占い師が挑む」
佐藤 高市(さとう たかいち)



(一) 星宿図の謎

 陰陽五行の天才占い師佐藤瑞法は、長屋のおかみさんたちの陽気な声に起こされた。外では、おかみさんたちが七輪で鰯を焼く。
 隣家に住む根来衆の秋元泰全の声がした。
 佐藤瑞法は、大あくびをして戸を開けた。
「佐藤瑞法様、上様からの密書でございます。これを見てください・・・」
 秋元泰全は、将軍吉宗から託された密書を佐藤瑞法に示した。
「これは・・・・・・、星宿図ではないか。北辰(北極星)を中心にした天球の図が描かれておる」
「この星宿図は、西国の貴人の石棺の天井に描かれていたものだそうです。上様が、それを絵師に描かせたとのことでございます。江戸城を守る結界に役立てるようにとの命でございます」
 秋元泰全は、佐藤瑞法にそう告げると深々と頭を下げて、部屋を出て行った。程なくして、泰全の娘静が朝餉を持ってきた。
 佐藤瑞法は、星宿図に見入っていた。石棺に葬られたのは、天皇にも関係するほどの貴人であると瑞法は見ていた。
 佐藤瑞法は、星宿図に見入っていた。星宿図には、天球の星座がそこにあった。陰陽五行は、中国で生まれ、朝鮮半島を経て日本にもたらされた。
 瑞法は、ここに描かれた星宿図は、朝鮮半島から見たものであると思った。以前、朝鮮半島からの渡来人から、高貴な墓である石棺には、天井に星宿図が描かれることを聞いたことがあった。
 星宿図を石棺の天井に描くのは、朝鮮半島から日本にもたらされたものであると考えていた。
 静は、幼き頃より根来の厳しい修行を受けていた。忍びの者にとっては、星座を見て方角を見定めるのは修行の一つであった。
 忍びは、自分のいる位置や目指すべき方向について、星座を見ることで割り出さなければならなかった。
 瑞法は、静に星宿図を見せた。金箔で彩色された北辰(北極星)が中心にあった。北斗七星もそこにあった。そして、赤い線で円が幾つも描かれていた。
 静は、星宿図の美しさに驚いた。そして、何度も驚きの声を上げる瑞法を見て、微笑むのだった。陰陽五行の天才占い師は、まるで、子どものようであった。
 密書には、石棺の壁には、東の壁には青龍、西に白虎、南に朱雀、そして、北の壁には玄武の四神が描かれていたことが書かれていた。
 四神の下には、十二支像がそれぞれの壁に描かれていたことも付け加えられていた。
鼠や兎の顔で、体は人の姿をしていた。
 瑞法は、それらの十二支像を思い描くことができた。
 東は、大河である利根川が流れ、青龍が守護する。西には、東海道があって、白虎が守護をする。南には、江戸湾があって、朱雀が守護をしている。
 そして、北には、日光連山がそびえて玄武が守護する。日光には、神君徳川家康が眠っていた。
 その頃、江戸城では、将軍吉宗が天体の観測に自らも取り組んでいた。幕府にとって、日食や月食の日が狂うようになっていた暦を正しいものにしなくてはならなかった。
 それは、喫緊の課題であった。農民にとって、種を蒔く時を誤れば飢えることになる。 暦が信用できないものとなれば、作物を育てる時期もおかしくなり、ついには幕府の信用も失墜することになる。
 それによって、飢饉が起きれば、年貢を払えない飢えた百姓が強訴することもある。全国に百姓一揆が起きるのだった。
 将軍吉宗は、幕府天文方に天体の観測をこれまで以上に精密に行うことを命じた。自ら天体を観測するほどの熱の入れようであった。
 瑞法は、静に父の秋元泰全を呼びにやらせた。
「上様に頂いたこの星宿図を見ていると、天海僧正が描いた江戸の結界が見えてくる。 天海僧正は、このような星宿図をもとにして、四神と十二支像を配置したのではない
か・・・・・・」
 瑞法は、そう言うと秋元泰全に江戸を守護する四神と十二支像が配置されている結界について、説明するのだった。
 その中でも、北を守護する玄武は、神君の眠る日光連山であった。巧妙に結界は、江戸を守っている。
 この時、高貴な古人が葬られた石棺の中は、星宿図や四神、そして、十二支像に守られた聖域であると瑞法は確信した。
 天海僧正は、それを知っていたのであった。石棺の聖域を江戸の結界に生かしたのだった。
「私は、十二支像の配置を調べてみる。上様には、そのことをお伝えして欲しい。利根川の東遷で結界に影響が出ていなければよいのだが・・・、東を守るのは、方角からすると銚子口に近い猿田神社のように思えるが・・・・・・」
 徳川幕府は、江戸湾に注ぐ大河利根川の川筋を大きく銚子口に付け替えていた。徳川幕府の悲願の大工事であり、工事の完了までに三十数年の月日を要したのだった。
 そのお陰で、毎年のように江戸を襲う大洪水を防ぐことができた。だが、瑞法は、大河利根川の川筋を変えることで、江戸の結界が崩れたことを心配していた。
 水神である青龍の力は、今の江戸を守護しているのか。瑞法は、それを確かめなくてはならなかった。
 隠密廻り同心の高畠十郎がむじな長屋に姿を見せた。竹ぼうきで掃いていた静が高畠に会釈をした。
 静は、父親を呼んだ。高畠は、幕閣から託された根来衆への命を秋元泰全に伝えた。
 幕閣は、浅草寺の観音像を奪おうと画策した大狸壇三郎の動きを警戒していた。幕閣の命を受けた幕府の隠密廻りたちは、大狸壇三郎が江戸に戻ってくるのを警戒して、千住宿から水戸街道を見張っていた。
 根来衆もそれに加わるようにとの命であった。そして、小金牧にも異変がないかを調べるようにとのことであった。
 幕閣は、将軍吉宗から命を受けていた。それは、九月に小金牧を舞台にした鷹狩であった。神君家康も鷹狩を好んだ。
 曽祖父の家康を慕う吉宗は、太平の世に武士を奮起させるために鷹狩を行うことを命じた。それは、一万人を超える規模の鷹狩であった。
 隠密廻り同心の高畠十郎は、将軍吉宗率いる鷹狩までに小金牧や水戸街道の治安に全力を尽くさねばならなかった。
 江戸城は、黒・白・赤・青・黄の五つの不動尊によって、魔の力の及ばない聖域が作られていた。
 江戸城は、幾重にも陰陽五行や風水の見えない力によって守られていた。だが、その結界にほころびが生じていた。
 幼少の将軍家継が早逝し、徳川幕藩体制は、風前の灯のようであった。一刻も早く、天海僧正の結界はのほころびを修復しなくてはならなかった。
 将軍吉宗は、富士山大噴火を言い当てた陰陽五行の天才占い師佐藤瑞法に命じて、更に強固な結界を作ることを命じていた。


(二) 小金牧の白狼の怒り

 六条河原で首を刎ねられた石田三成を見た子狸は、百年以上の歳月を経て、妖気を発する化け物になっていた。
 子狸は、大狸壇三郎となって天海僧正の作った結界を壊し、徳川幕府を追い詰めるのがねらいであった。
 天海僧正の江戸を守る結界を崩すために、浅草寺の観音像を狙った。浅草寺の観音様を盗めば、江戸の結界は崩れていく。そして、徳川幕藩体制の崩壊が始まるのだった。
 そうすれば、関ヶ原の戦いに敗れ、失意のうちに首を刎ねられた三成の怨念を晴らすことができる。
 幕閣は、大狸壇三郎が化けた黒魔壇牛八が、本堂の裏から観音像を盗み出すと見ていた。
 人気のない浅草寺の本堂の正面から人が入って来た。黒魔壇牛八であった。黒魔壇は、突如、飛び上がった。その姿は、大狸となって浅草寺本堂の秘仏を狙った。
 大狸壇三郎は、観音堂に安置された本堂内陣に近づいていく。そして、その穢れた手で本堂内陣の扉に手を掛けようとした。
 奇声が聞こえた。白い丸木の棒が大狸の鳩尾(みぞおち)を突いた。大狸壇三郎がその場に倒れた。
 丸木の棒を構えているのは、夢想流杖道の達人である風の喜八だった。喜八は、西国から江戸に呼び戻されたのだった。
 喜八は、立ち上がろうとする壇三郎を白木の棒で打ち据えた。
 壇三郎は、唸り声を上げて喜八をにらみつけていた。喜八の横には、陰陽五行の天才占い師の佐藤瑞法がいた。
 佐藤瑞法は、長刀を構えていた。そして、腹の底から声を発して長刀を振った。すると、佐藤瑞法の守護霊である義経や弁慶が背後に現れた。
 義経を守り抜いた佐藤一族の末裔に、義経や弁慶が守護霊として現れた。
 大狸壇三郎は、義経や弁慶に圧倒されてその場から逃げ出した。妖気は失せ、霊力の無くなった壇三郎は、ただの古狸になった。
 古狸壇三郎は、野犬に襲われ血だらけになって、小金牧の古い祠の前に横たわっていた。
「壇三郎よ、御苦労であった。もう一歩で、天海が作った徳川幕府の結界を崩すことができた・・・・・・、だが、ようやったのう」
 古狸の壇三郎は、意識が薄れゆく中、そこにいるのが石田三成であることが分かった。 子狸だった壇三郎は、六条河原で首を刎ねられた三成を見ていた。
 三成は、首を刎ねられる少し前に、のどが渇いたと言った。首切り役人は、その場にあった柿を取らせようとした。
 三成は、「柿は、痰の毒であるから要らない」と言った。
 三成の言葉を聞いた役人たちは、大笑いをした。
「首を刎ねられる者が何を言うか、お主はもうおしまいなのだぞ」
 その時、子狸の壇三郎は、死に臨んでも未来を信じる石田三成の姿に感銘したのだった。
 三成の首は、六条河原に晒された。子狸は、三成の首に手を合わせたのだった。その時に、壇三郎は三成の意志を継いだのだった。
「筑摩江や 芦間に灯す かがり火と ともに消えゆく 我が身なりけり」
 壇三郎は、石田三成の辞世の句を詠む。三成の見開いた目には、一瞬光がともった。
 これが、三成と壇三郎との誓いだった。徳川幕府に一矢を報うことが壇三郎の誓いであった。
 古狸壇三郎は、葛飾小金牧の古い祠の前で息絶えた。百年以上も生きた壇三郎の顔には、笑みがあった。
 古い祠の前には、白い狼が姿を見せた。子牛ほどの大きさだった。白狼の伊勢太であった。権太の手下の狼が壇三郎の遺体を運ぶ。
「白狼の伊勢太よ、今こそ、お前たち一族の恨みを晴らす時である。徳川家康に一族の多くを殺された恨みである・・・」
 三成の幽鬼は、そう叫んだ。
 白狼は、遠吠えをするとその場から消えた。伊勢太は、一族を殺した家康への恨みを増幅していた。
 かつて、徳川家康は、のどかな葛飾小金牧で、数千人の者を従えて鷹狩をした。多くの鹿や猪、そして狼を殺したのであった。
 一族の狼は、毛皮を剥がされて、肉は小金牧に捨てられてカラスが肉をついばんだ。
 来月には、また吉宗が鷹狩を行う。一万人を超える者たちを従えて、小金牧の生き物を根絶やしにしようとするのであった。
 白狼の伊勢太は、九月の小金牧の鷹狩の際、将軍吉宗を噛み殺そうとしていた。
 生き残った狼が小金牧に集まってきた。上総から駆けつけた狼もいる。月夜の草原で、白狼の伊勢太が狼たちの前にいた。
 先祖を家康の鷹狩で殺され、狼たちの憎しみは、ますます増幅されていく。伊勢太は、遠吠えを上げた。狼たちは、次々に月に向かって吠えるのであった。


(三) 喜八の予感

 喜八は、久々に四つ木八幡宮に戻った。八月十五日は、八幡宮の例祭であり、数日に迫っていた。江戸中の八幡宮では、大幟(おおのぼり)を立てる。
 喜八は、祭の準備に忙しかった。長男の良雄は、八歳になっていた。良雄は、四つ木村の子どもたちから、放生会に使う亀を買う。
 喜八の娘のお登勢は、富岡八幡宮のそばにある仲町の料理屋に嫁ぐことが決まっていた。
 その店は、喜八の連れ合いのお勢が女中奉公に行った店だった。盆暮れには、喜八夫婦は、その料理屋に挨拶を続けていた。
 お登勢は、料理屋の女将さんに見込まれた。それは、八幡様の功徳のようであった。
 放生会で、亀を売る口上が得意だったお登勢が、あと少しで嫁に行く。
喜八は、すっかり娘らしくなったお登勢を見ていた。
「父上、高畠様がいらっしゃいました」
 お登勢の声がした。
 隠密廻り同心の高畠十郎が姿を見せた。
「名物の赤穂の塩饅頭を一つ貰おう」
 高畠は、名物の赤穂の塩饅頭を売っていたお登勢に五文を払った。
「うまい、ここの塩饅頭は、江戸でも評判だ・・・」
 高畠十郎は、朝餉も取らずに江戸市中を探索していた。赤穂の塩饅頭をうまそうに食べていた。
 高畠は、小金牧の草原で見える鬼火を調べていた。
 大狸の壇三郎が浅草寺の観音様を盗もうとしたことは、既に読売にも書かれていた。江戸っ子たちは、大狸壇三郎の憎しみが鬼火となったと騒いでいた。
 喜八は、昨晩も夜半に狼の遠吠えを聞いていた。小金牧の方角から聞こえるのだった。そのことを高畠に伝えた。
「狼は、もう死に絶えたと思っておった。家康公の鷹狩の際には、多くの狼や猪、そして、鹿を仕留めたという」
 高畠十郎は、そう言った。そして、清三に命じて、小金牧を調べていることを話した。その件で、喜八にも動いてもらうかもしれないと高畠は言った。
 喜八は、狼の遠吠えが悲痛な叫びに聞こえた。それが、鬼火と関わりがあるような気がしてならなかった。
 狼の動きが心配であった。大狸の次は、狼が事を起こすような気がした。
 小金牧には、公儀隠密の清三の姿があった。百姓の家に寝泊まりをして、鬼火の正体を探っていた。鬼火は、小金牧の古い祠の前に現れた。
 清三は、人の匂いを消すための術を施して、少し離れたところで鬼火を見ていた。狼たちが次々に姿を現した。
 大一大万大吉紋が描かれた旗が見えた。ぼろぼろの旗であった。それは、石田三成の旗であった。
 関ヶ原の怨念がそこにあった。百年以上も前のことであったが、三成の怨念は、まだ続いていると清三は確信した。
 清三は、すぐに、高畠十郎に伝えた。
 高畠十郎は、狼たちが石田三成の旗の下に集まっていることを知った。九月の鷹狩では、将軍吉宗の命が狙われていた。
 高畠は、幕閣にこのことを伝えるために江戸城に向かった。
 喜八は、清三のいる小金牧の百姓の家に向かった。
 深夜、月明かりに照らされた小金牧の草原に狼の遠吠えが響いていた。
 百姓家の老婆からは、昔は、小金牧には猪や鹿、そして狼がいたと話した。囲炉裏端に座って、老婆の作った雑炊を食べる。
 喜八は、小金牧の一軒家で囲炉裏の火を見ていた。火を見ていると心が安らいだ。
 赤穂義士に仕えた喜八は、ふと、大石内蔵助(おおいしくらのすけ)の穏やかな表情を思い出していた。
 浅野家が上総安房国にお家再興になり、浄土にいる大石内蔵助は、さぞ、喜んでいるだろうと喜八は思っていた。
 大石の優しい表情と時折見せた厳しい眼差しが昨日のことのように思い出される。討ち入りの決断を迫られていた大石の苦悩を喜八は傍らで見ていた。
 紫の山筑波山の双耳峰(そうじほう)は、法華経にある神と人々が常にいるという霊鷲山(りょうじゅせん)に似ていた。
「我此土安穏(がしどあんのん)、天人常充満(てんにんじょうじゅうまん)、園林諸堂閣(おんりんしょどうかく)、種種寶荘厳(しゅじゅほうしょうごん)」
 喜八は、法華経の如来寿量品第十六の一節を声に出さずに読誦していた。それは、亡き大石内蔵助や赤穂義士たちへの供養であった。
 徳川幕藩体制は、まだまだ不安定なところがあった。関ヶ原の戦いの時代には、戻すことはできない。
 喜八は、残された人生を徳川幕府のために生きることをあらためて誓っていた。
 月は満月に近かった。明日が中秋の名月であった。そして、四つ木八幡宮の例祭が行われる。
 大勢の参拝客が四つ木八幡を訪れる。境内では、赤穂の塩饅頭に人が集まる。喜八の倅の良雄が放生会の口上を行うことになる。
 放生会は、先祖の供養のため、捕えられた鳥や亀を放すのだった。江戸っ子たちは、先祖が眠る極楽浄土に向かって、手を合わせる。
 夜半になって、清三が戻って来た。入れ代わりに、喜八が外に出た。月明かりの下、無数の鬼火が見えた。
 狼の遠吠えが聞こえる。喜八は、草むらに身を沈めて鬼火を見ていた。


(四) 中秋の名月

 夕刻だった。むじな長屋では、おかみさんたちが集まって、蛤鍋(はまぐりなべ)の用意をしていた。江戸では、仲秋の名月に蛤を供える。
「中秋の名月には、蛤が欠かせないねぇ、正太さんに貰った蛤は、見事なものだね」
 長屋の右奥に住むマスは、向かいのおかみさんのトラに話しかけた。
「江戸前の蛤は、身が大きいし、香りもいいねぇ」
 トラは、水抜きをした蛤を洗っていた。
「今晩は、楽しみだ。かかあ、一本つけてくれよ」
「何だよ、お前さんかい、また飲むのかい?」
「あたぼうよ、仕事が終わって、きゅっーとなぁ、酒を飲む。これが何よりの楽しみなんだよ」
 呑兵衛安と呼ばれるトラの旦那は、昨晩も深酒をして帰ってきた。トラは、鼻の頭を赤くした亭主の安に声を荒げた。
 二人の喧嘩は、長屋の名物だった。向かいに住むマスと亭主の大工の源蔵が仲裁に入るのだった。
 倅の長太郎は、呆れた顔をして、つかみ合いをする二人を見ていた。
 長太郎は、寺子屋に通っていた。七歳を過ぎてすっかり大人びてきた。
「父ちゃん、母ちゃん、ふるきを温ねて新しきを知るって、知ってるか?」
「お前、学問は大事だか、根を詰めると頭をやられるぞ・・・」
「お前さん、学問をやらなくても頭をやられる人もいるよ」
 トラの言葉に、長屋の人たちは大笑いをした。
 そこに、俸手振りの正太が帰ってきた。蛤を山ほど仕入れて、すべての蛤を売り切ったのだった。
 正太は、長太郎を連れて湯屋に行く。満月が江戸の町並みの上にあった。
「正太さん、小金牧に鬼火が燃えているのは、本当でしょうか?」
 長太郎は、正太にそう聞いた。寺子屋では、小金牧の鬼火が話題になっていた。
「よく分からねぇよ。この世には、不思議なことが一杯あるんだよ・・・」
 正太は、そう言うと長太郎の肩に手をやった。
 この日、江戸の人々は忙しかった。昼は、八幡様の例大祭があり、夜は、中秋の名月を楽しむ。
 その夜、むじな長屋では、大家の近江屋の主人権助とその連れ合いのセツも加わった。 長屋の左手前にある正太の竈(かまど)には、大鍋が用意されていた。鍋には、葱や小松菜も入れた。
 鰯のすり身で作った団子も鍋に入れる。おかみさんたちは、満月を見ながら話しに花が咲く。
 権助の倅の小太郎は、弟や妹の世話をして、鍋の蛤を皿に盛った。
小太郎は、一升徳利に薄(すすき)を差して、窓際に置いた。そして、月見団子を皿に盛って供えた。
「秋風が立って、蛤は旨くなるぞ」
 権助は、蛤を口に入れた。思わず、笑みがこぼれる。セツも蛤を味わう。子どもたちは、皿に盛られた団子を食べる。
 その頃、小金牧の祠の前には、下総布川徳満寺の白隠和尚の姿があった。祠の周りには、無数の鬼火が燃えていた。
 白隠和尚は、鬼火の一つを触ろうとした。すると鬼火は、すぐに消えてしまった。手を合わせている和尚は、法華経を読経した。
 すると中世の頃、阿闍梨の姿があった。貴人の高僧であった。それが追いはぎにあって殺され、その肉を狼たちが食い荒らした。
 それがこの地に地縛霊として、通りかかる人に悪さをするのだった。石田三成とは、何ら関わりが無かった。
 白隠和尚は、赤坂の紀州藩邸で下総小金牧の鬼火のことや将軍吉宗公の命を狙う狼のことを聞いた。
 将軍吉宗の絶大な信頼を寄せられていた白隠和尚は、鬼火の正体を見極めに来たのだった。白隠は、しきみと線香を供えて古い祠に読経を上げた。
 白隠の後ろには、喜八と清三、そして、草むらには根来衆の隠忍たちが成り行きを見守っていた。
 喜八は、白隠和尚を知っていた。以前、赤穂藩の隠密として働いていた時に、大石内蔵助の書状を白隠に届けたことがあった。
 利根川に続く小高い丘に徳満寺があった。徳満寺からは、冬枯れの風景が広がり、筑波山の山塊が見えた。その美しい光景は、喜八の心に残っている。
 白隠の朗々とたる読経を上げる姿に満月の光があたっていた。鬼火は消えていた。白隠は、喜八に命じて祠を新しくすれば、鬼火は二度と出ないと言った。
 白隠は、関東の狼たちが既に死に絶えていることを知っていた。鬼火もそうであるが、白狼の伊勢太もまた幻であった。
 白隠和尚の指示によって、鬼火が現れた小金牧の古い祠は、新しいお堂になった。白隠の言うとおり、鬼火は二度と現れなかった。


(五) 享保二年九月の鷹狩

 九月の鷹狩には、将軍吉宗の姿があった。鉄砲や大砲までも用意した戦のような鷹狩であった。
 江戸っ子たちは、綱吉の生類憐みの令で、蚊をも殺せなかった時代もあった。徳川幕藩体制のこの変わりようには、江戸っ子たちは冷ややかに見ていた。
 農民たちは、鹿や猪を追って野原を走った。転倒して足の骨を折る者たちもいた。ほこりにまみれた雑兵(ぞうひょう)は、いつも百姓たちであった。
 武士の指揮の下に、その先陣で突撃をするのは、いつも百姓たちであった。鷹狩には、数千人余りの百姓たちが駆り出された。四つ木村からも多くの百姓たちが駆り出された。 将軍吉宗は、鷹狩の中心にいた。旗本や御家人たちが小金牧を取り囲んでいた。吉宗は、百年以上も前の関ヶ原の戦いを想定していた。
 男たちの鬨(とき)の声が、小金牧に響いていた。煙が上がった。そして、銃声と大筒の炸裂音がとどろいていた。
 吉宗は、満足そうに馬上から一万人を超える者たちの動きを見ていた。徳川幕府を安泰にするためには、神君家康の時に戻さなければならなかった。
 天海僧正が作った徳川幕府の結界にほころびが生じ、幼少の将軍家継が逝去した。徳川幕藩体制は、この時に終わったかもしれなかった。
 吉宗は、自分が神君家康の生まれ変わりだと信じていた。
天体を観測することが好きな吉宗は、北辰(北極星)に神君家康が宿り、自らを守護していると確信していた。
 富士山大爆発を予言した佐藤瑞法に命じて、天海僧正の結界を修復することを命じた。どこかに、結界のほころびがあるはずであった。
 もう一方では、逼迫した幕府の財政を立て直すためには、徹底的な質素倹約を勧めなければならなかった。
 かつて、大地震と津波によって、疲弊した紀州藩を建て直したのは、若き紀州藩主の吉宗であった。
 その頃、陰陽五行の天才占い師佐藤瑞法は、秋元泰全とその娘静と銚子口に近い猿田神社を目指していた。
 利根川の東遷で結界に影響が出ていると見た瑞法は、青龍の守護する力を調べていた。 東を守るのは銚子口に近い猿田神社だと見ていた。猿田神社には、十二支像が関係しているはずであった。
 それが分かれば、天海僧正の結界のほころびが少し見えてくる。
 海が見えた。大海原には、白い波が見えた。海鳥の鳴き声がして、漁師の舟が浜に戻ってくる。
 瑞法たちが目指す猿田神社は、もうすぐであった。







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11/15 15:30 〈助太刀兵法46〉北斎蛸踊り(8) (無料公開)
10/26 08:49 「本日のマーケット」(FX編)・・・今週は日米の金融政策イベントに注意。
10/26 08:40 「本日のマーケット」(株式編)・・・ 続伸後に日経平均株価が1万9000円台を回復。
10/21 08:39 「本日のマーケット」(FX編)・・・ドル円は120円ちょうどの壁を意識。
10/21 08:25 「本日のマーケット」(株式編)・・・手掛かり材料難のなか、方向感の出づらい展開。
10/19 08:33 「本日のマーケット」(FX編)・・・午前11時に発表される中国の一連の経済指標に注目
10/19 08:23 「本日のマーケット」(株式編)・・・午前11時、中国経済の指標しだい。
10/14 08:48 「本日のマーケット」(FX編)・・・昨日に続き中国の経済指標。米9月小売売上高。
10/14 08:31 「本日のマーケット」(株式編)・・・前日の動きが継続し軟調な展開。
10/13 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・ドル円は120円大台を中心に方向感に欠ける動きが当面続きそう
10/13 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・5日線(前週末9日時点で1万8218円)が下値を支え
10/05 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・東京タイムではドル円やクロス円は押し目買いが優勢
10/05 08:34 「本日のマーケット」(株式編)・・・続伸後、日経平均株価が1万8000円に迫る。
10/04 12:07 江戸浅草物語13「天海僧正の結界が破られる時、魔界の者たちの進撃が始まるのか」 (無料公開)
10/02 08:44 「本日のマーケット」(FX編)・・・米雇用統計を控えた様子見姿勢
10/02 08:35 「本日のマーケット」(株式編)・・・週末要因や米雇用統計を前にポジション調整
10/01 08:47 「本日のマーケット」(FX編)・・・9月日銀短観、9月中国製造業購買担当者景気指数(PMI)などが材料。
10/01 08:35 「本日のマーケット」(株式編)・・・欧米株式の上昇を受けて買いが先行後、もみ合い。
09/30 08:52 「本日のマーケット」(FX編)・・・日中は119円後半のもみあい
09/30 08:44 「本日のマーケット」(株式編)・・・反発後、上値が重い展開。
09/29 08:55 「本日のマーケット」(FX編)・・・株安・円高パターンの継続はドル高圧力を後退
09/29 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・続落後に落ち着きどころを探る展開。
09/28 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・東京時間のドル/円は120円半ばを中心にもみあい。
09/28 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・手掛かり材料難のなか、もみ合い。
09/25 08:53 「本日のマーケット」(FX編)・・・・朝方、イエレン米連邦準備理事会(FRB)議長が年内利上げが適切との見方を
09/25 08:44 「本日のマーケット」(株式編)・・・引き続き弱含みで推移。直近の安値1万7415円61銭を意識。
09/24 08:37 「本日のマーケット」(FX編)・・・・連休明けの東京時間のドル/円は120円前半を中心にもみ合う展開。
09/24 08:26 「本日のマーケット」(株式編)・・・続落スタート。連休中にNYダウが軟調に推移。
09/20 10:55 〈助太刀兵法45〉北斎蛸踊り(7)(無料公開)
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