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江戸浅草物語10「江戸の結界の謎を解く陰陽五行の天才占い師(続編)」 (無料公開)
[【時代小説発掘】]
2015年4月5日 12時18分の記事


【時代小説発掘】
江戸浅草物語10「江戸の結界の謎を解く陰陽五行の天才占い師(続編)」
佐藤 高市(さとう たかいち)


(時代小説発掘というコーナーができた経緯)


梗概:
 浅草寺に近い浅草花川戸むじな長屋の住人たちの物語。
 天海僧正は、陰陽五行の力を借りて、江戸城を守護するための結界を作った。だが、利根川の東遷で東を守る青龍の位置が変わった。
 将軍吉宗は、富士山大爆発を言い当てた陰陽五行の天才占い師佐藤瑞法に、ほころびた結界を修復するように命じる。
 西国で貴人の石棺が見つかり、石棺の天井には星宿図が描かれていた。星宿図には、天球の星座がそこにあった。石棺の四面には陰陽五行による四神が描かれ、十二支像もあった。
 石棺に葬られた貴人は、その空間の中で永遠の眠りにつく。星宿図は、中国で生まれ、朝鮮半島を経て日本にもたらされた。古代から、太陽や月、そして星の動きは、観測されていた。
 佐藤瑞法は、星宿図が描かれた石棺の空間に森羅万象をつかさどる宇宙を見る。江戸を守るために、もう一度、天海僧正の作った結界のほころびを修復しなければならなかった。
 関ヶ原の戦いの後、徳川家についた西国大名は従順であった。だが、心の深淵には怨念がくすぶっていた。
 徳川幕藩体制のほころびを見つければ、そこを攻めてくるのは必定であった。


プロフィール:   
酉年でも喧嘩鳥の生まれ年で単純明快 東京都生まれ 
小説「谷中物語」で茨城文学賞受賞
江戸を舞台の小説「入梅」が韓国の常緑樹文学に翻訳掲載
江戸の歴史研究会会員 
 

これまでの作品:

江戸浅草物語1「浅草花川戸むじな長屋の住人たち」
江戸浅草物語2「徳川幕藩体制の最大の危機」
江戸浅草物語3「徳川幕府の危機に陰陽五行の天才占い師参上」
江戸浅草物語4「徳川吉宗、雌伏して時を待つ」
江戸浅草物語5「神君家康の化身徳川吉宗が将軍職に就く日」
江戸浅草物語6「北辰(北極星)に神君宿りて、江戸を守り給え」
江戸浅草物語7「津軽から来た力士柏富士を愛でる相撲甚句」
江戸浅草物語8「徳川幕府の結界が破られる時、北辰(北極星)は輝きを失うのか」
江戸浅草物語9「星宿図の謎に陰陽五行の天才占い師が挑む」




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【時代小説発掘】
江戸浅草物語10「江戸の結界の謎を解く陰陽五行の天才占い師(続編)」
佐藤 高市(さとう たかいち)



(一) 将軍吉宗の憂い

 男たちの鬨(とき)の声が、小金牧に響いていた。そして、銃声と大筒の炸裂音がとどろいて、煙が上がった。鷹狩の復活であった。
 将軍吉宗は、満足そうに馬上から一万人を超える者たちの動きを見ていた。徳川幕府を安泰にするためには、もう一度神君家康の築いた体制に戻さねばならなかった。
 若い鷹匠は、鷹を飛ばして山鳥を捕えた。吉宗は、満足そうにそれを見ていた。鹿や猪が勢子に追われて、逃げ場を失い矢で射殺された。
 硝煙の匂いが辺りに立ち込めていた。勢子たちは、近在に住む農民たちであった。四つ木村や押上村の農民たちもいた。農民たちは、ほこりにまみれ、息を荒くして鹿や猪を追った。
 狼は、姿を消していた。かつて、小金牧には、狼の遠吠えが聞こえていた。狼のいなくなった小金牧には、鹿や猪の数が増していた。それが、田や畑を荒らすのだった。
 狼は、山野に追われて、やがて絶滅の時を迎える。
前方の森から、数匹の白い物が吉宗に向かってくる。吉宗を守る隠忍たちが吉宗の前に動いた。
 それは、白い煙のような先駆けであった。一陣の中に白い狼が見える。吉宗は、馬上で弓に矢をつがえて、狼を射ようと身構える。
 一陣の白い煙は、疾風の如く駆けて吉宗を通り過ぎた。狼たちの遠吠えが、鷹狩の喚声に消された。
 吉宗は、弓を従者に手渡すと後方の森に狼たちの姿を追った。小金牧のあちこちで、どっと喚声が上がっていた。
 吉宗は、自分が神君家康の生まれ変わりだと信じていた。北辰(北極星)に神君家康が宿り、自らを守護していると信じていた。
 そして、天体を観測することが好きな吉宗は、月や星の動きを調べるために、簡天儀(かんてんぎ)を自ら作った。それは、暦を作るためには、欠かせないものであった。
 一方では、逼迫した幕府の財政を立て直すためには、徹底的な質素倹約を勧めなければならなかった。
 かつて、大地震と津波によって、疲弊した紀州藩を建て直したのは、若き紀州藩主の吉宗であった。
 吉宗は、気がかりなことがあった。天海僧正が作った徳川幕府の結界のほころびを見つけたのだった。
 その原因は、利根川が徳川幕府によって、銚子口に付け替えられたのだった。
関東郡代伊那忠治とその子の忠克によって、利根川は、赤堀川から江戸湾ほどの広さの香取の海に流れ込み、銚子口に注がれた。利根川東遷事業の完成から、約百年が経とうとしていた。
 東を守護する青龍である利根川は、下総の銚子に後退したのだった。結界のほころびは、百年もの間、誰も気付かなかった。
 今、それに気付いているのは、将軍吉宗と佐藤瑞法、そして、一部の幕閣たちであった。天海僧正が作った江戸の結界を修復することが急がれていた。
 吉宗は、富士山大爆発を予言した佐藤瑞法に命じて、天海僧正の結界を修復することを命じた。
 江戸城は、黒・白・赤・青・黄の五つの不動尊によって、魔の力の及ばない聖域が作られていた。江戸城は、幾重にも陰陽五行や風水の見えない力によって守られていた。
 東の結界は、特に重要でありみちのくや海からの外国船の襲来に備えなければならなかった。
 幼少の将軍家継が早逝し、徳川幕藩体制は風前の灯のようであった。幼い将軍を間部詮房(まなべあきふさ)や新井白石が補佐したが、幕藩体制の弱体化を防ぐことはできなかった。
 そのような中で、将軍職を継いだ吉宗は、現在の幕府の財政や全国の大名の動き、そして、百姓たちの一揆を警戒していた。
 また、金を貯め込んだ豪商たちの動きにも注視しなければならなかった。
 吉宗は、江戸城にいて隠忍や根来衆、そして、隠密廻りたちからの知らせを自ら冷静に受け止めて、事態を分析して対応を即座に指示した。
 将軍の決断の誤りは、立ち所に幕藩体制の危機を招くことになった。そのためには、普請奉行の大岡忠相(おおおかただすけ)を普請奉行から南町奉行に任じるなどの有能な人物の抜擢を図った。武田信玄の人は石垣、人は城であった。
 そして、一刻も早く、天海僧正の結界のほころびを修復しなくてはならなかった。陰陽五行を取り入れ、天の摂理に適った治世を行い、質素倹約に努める。
 将軍吉宗は、明解に徳川幕府の方向を示すのであった。吉宗は、江戸城から神君家康の宿る北辰(北極星)を見ていた。
 天の動きの中心にある北辰(北極星)は、見事に輝いていた。吉宗は、いつものようにその方向に向かって手を合わせた。
 そして、法華経を読誦するのだった。
「我此土安穏(がしどあんのん)、天人常充満(てんにんじょうじゅうまん)、園林諸堂閣(おんりんしょどうかく)、種種寶荘厳(しゅじゅほうしょうごん)・・・・・・」
 吉宗は、この地が安穏の浄土であり、天人が満ち、そして、美しい花園にある堂閣には、宝が満ち溢れているという経文が好きであった。
 大地震と大津波で大被害を受けた若き紀州藩主であった時に、疲弊した国土や身内を亡くした多くの悲しみが溢れる地で、この経文を読誦した。
まさにそれは、祈りの言葉であった。吉宗は、目を上げると夜空に輝く北辰(北極星)を見つめた。


(二) 猿田神社に兎を探す旅

 その頃、陰陽五行の天才占い師佐藤瑞法は、秋元泰全とその娘静、そして、夢想流杖道の達人である風の喜八と近江屋の主人権助の帆船で、銚子口に近い猿田神社を目指していた。水先案内人は、権助の倅の小太郎であった。
 一行は、利根川を下って行く。順調に船は進んだ。権助は、下総布川の船着き場に帆船を繋いだ。
 小太郎は、船から荷を背負って船着き場の正面の石段を上る。石段を上った高台に徳満寺があった。
 徳満寺の白隠和尚は、一行を笑顔で受け入れた。
 喜八は、白隠和尚とは知り合いであった。赤穂藩の隠密として働いていた時に、大石内蔵助(おおいしくらのすけ)の書状を白隠和尚に届けたことがあった。
 佐藤瑞法もこの寺に泊まったことがあった。東北から鎌倉街道を通り、下総布川の徳満寺で一夜を求めた。喜八から白隠和尚に一度会うことを進められていたからであっ
た。
 瑞法は、下総布川の徳満寺に白隠和尚を訪ねた時のことを昨日のことのように覚えていた。
 徳満寺は、利根川の川べりにある小高い丘の上にあった。
 徳満寺からは、冬枯れの風景の彼方に筑波山見えた。いにしえから紫の山として詠まれていた。
 佐藤瑞法は、しばらく筑波山を見ていた。その山塊は、釈迦が法華経を説いた霊鷲山(りょうじゅせん)に似ていた。
 冬枯れの風景と紫の山は、美しかった。農民たちが稲わらを焼く白い煙がいくつも見えるのだった。
 夕刻になって、佐藤瑞法は寺の庫裡に招かれた。うどんの味を楽しみ、白隠和尚の含蓄のある話を聞いた。
 佐藤瑞法は、あの時のことが懐かしかった。
 そして、今晩、この寺に泊まり、白隠和尚から日本人の祖霊についての考えを聞いてみるつもりだった。
 小太郎は、浅草花川戸から持ってきた魚や野菜を寺の庫裏に運んだ。魚は、長屋の住人の正太が用意したものであり、野菜は聖天社の前で八百屋を営む三太から貰っていた。
 静は、寺の小僧と一緒に台所に立っていた。寺の檀家の漁師から、取れたばかりの布川鮭が庫裏に運ばれた。
「これは、すごいぞ。布川鮭だ。利根川で取れる鮭で一番うまいと言われている」
 佐藤瑞法は、見事な大きさの鮭に驚いていた。
「先生、どうして、布川鮭はおいしんだい?」
小太郎は、銀色に光る鮭の鱗(うろこ)を触ってみた。
「鮭は、銚子口から利根川を遡上して下総布川辺りで塩気が抜けてくるという・・・、そのせいで味がいい。今晩は、この鮭で鍋を作るとしよう」
 瑞法は、樽酒を本堂に運ぶ。関取の柏富士から貰ったものだった。
 柏富士は、今では、江戸で評判の関取になっていたが、元は津軽藩の下級武士だった。自分の弟が同僚といさかいを起こして刀を抜き、乱心と見なされて津軽藩から召し放しの刑を受けた。
 柏富士は、そのことを恨んだ弟が本所の津軽藩邸に押し入り、相手の男と刃傷沙汰を起こすのを心配していた。
 そのため、柏富士は津軽を後にして江戸に向かった。むじな長屋に住んだ柏富士は、金が尽きて飢えて死ぬような目にあった。
 その時に、助けたくれたのは、むじな長屋の人たちだった。
「ハァーエー アー ドスコイ ドスコイ、津軽いいとこ 岩木のお山に柏富士 アー ドスコイ ドスコイ」
 江戸の居酒屋では、柏富士を愛でる相撲甚句が謡われていた。江戸っ子たちは、正攻法の相撲を取る柏富士の姿に喝采を送った。
 江戸の結界を探る佐藤瑞法は、長屋の部屋に閉じこもっていた。頭がおかしくなったという噂もあった。
 柏富士は、瑞法を心配して、酒を差し入れたのだった。徳満寺の白隠和尚も左党であり、酒があれば肴は要らなかった。
 寺の座敷には、鍋が用意された。小僧さんが野菜を持ってくる。般若湯ということで、柏富士から貰った清酒が出された。
 白隠和尚は、注がれた酒をうまそうに飲んだ。
「日本人は、死ぬと神になる。それは、屋敷神や森や川の神かもしれない。神は、いつも家を守り、子孫を見守っている。そう思うと死は怖くなくなるじゃろう・・・それも方便じゃ・・・古来、日本人は家を守り、祖霊を大事にしてきたのじゃ。ああ、それにしても、この酒は五臓六腑にしみわたる。甘露、甘露じゃ」
 白隠和尚は、鼻を赤くして日本人の祖霊について、話を続けた。
 行燈の明かりに映し出された白隠和尚は、まるで仙人のように見えた。瑞法は、白隠和尚の背後に座る亡者や白狐を見ていた。
 白隠は、それらの者を背負いながら仏道修行をしていた。狼族の長である白狼の伊勢太の姿も見えていた。
 白隠は、酒に酔いながらも佐藤瑞法の背後にいる源義経や弁慶の姿を見ていた。瑞法は、義経の忠臣である佐藤一族の末裔であった。天海僧正の結界のほころびを修復できる唯一の者であった。
 白隠は、義経や弁慶に守られている瑞法の人格に敬意を払った。
 権助は、秋元泰全と船着き場付近を見張っていた。江戸幕府の結界を破ろうとする者たちが、夜の闇の中でうごめいていることを心配してのことだった。
 布川の船着き場には、人の姿はなかった。月が川面を照らしていた。川面を魚が飛び跳ねていた。
 夜半であった。灯火を掲げた小舟が布川の船着き場に入って来た。鰻を取る漁師のようだった。夜に鰻を取る仕掛けをして、翌朝にそれを引き上げるのだった。
 二人の漁師は、陸に上がって素早い動作で徳満寺に向かった。徳満寺は、船着き場から上がった丘の上にあった。
 男たちは、明らかに、陰陽五行の天才占い師佐藤瑞法を追ってきた。秋元泰全は、物陰から出ると男たちに声を掛けた。
 隠忍は、味方の場合もあった。味方であっても容易には分からなかった。そのため、隠忍同士の申し合わせがあった。
 二人の男は、振り向くとすぐに短刀を抜いた。男たちは、明らかに敵であった。月の明かりの下、男たちは、狐の面を付けていた。
 秋本泰全は、たじろがなかった。二人の男たちから間合いを取っていた。一人の背の高い男が抜き身をかざして突進してきた。
 その時だった。白木の棒が男の短刀を打ち払った。風の喜八だった。喜八は、夢想流杖道(むそうりゅうじょうどう)の達人であった。
 喜八は、半身になって白木の棒を構えた。さらに隠忍が向かって来れば、喜八の白龍の舞によって、相手は瞬時に打ち倒される。
 二人の男たちは、奇声を発して、短刀を投げつけると目の前の利根川に飛び込んだ。
秋本泰全は、川面を見て男たちを探した。
 白い帆の船が二人の男を救った。喜八は、船上からこちらを見る男の表情をうかがった。
 月明かりが船上にいる男を映した。男は、喜八と目が合うとひるむこともなくこちらを見ていた。顔を隠すこともなく公儀隠密の喜八をじっと見るのであった。
 喜八は、相手の男が西国大名の手の内の者であると思った。こうして、佐藤瑞法を付けてくるのは、幕閣の中に西国大名と通じている者がいるということだった。
 天海僧正の結界が崩れる時、徳川幕府に反旗を翻す者たちが江戸を襲う。それは、従順な大名たちの裏にある顔であった。
 豊臣秀吉の子飼いの輩どもは、徳川家に従ってはいたが、いつ豹変してもおかしくはなかった。
 太平の世であったが、徳川幕藩体制は現実とそぐわないものになっていた。吉宗が将軍を継がなければ、徳川幕藩体制は、間違いなく瓦解していた。
 徳満寺では、白隠和尚の講義が続いていた。日本人は、どこから来てどこに行こうとしているかという話であった。日本人の姿に迫る話であった。
 そして、徳満寺には、本堂にある我が子を殺す間引きの絵馬があった。母親は角を生やした鬼となって生まれた我が子を殺す。絵馬の片隅には、地蔵菩薩の姿があった。悲しい絵馬だった。
 白隠和尚は、貧しい暮らしの百姓たちを見ていた。飢えることのない世は、どうすれば実現するのか。
 白隠和尚の問いに答えることができるのは、将軍吉宗しかいなかった。飢えることのない世を作れるのは、将軍吉宗以外しかいなかった。吉宗の情勢分析の能力は、卓越していた。
 佐藤瑞法は、喜八から耳打ちをされた。先ほどの不逞の輩のことであった。
 秋元泰全は、江戸を目指していた。幕閣に不逞の輩のことを知らせるためであった。
 幕閣に裏切り者がいることを吉宗に知らさなければならなかった。その正体は、誰なのか。
 秋元泰全は、深夜の街道を走っていた。漆黒の闇の中で、秋元の持つ提灯の明かりが動いていた。
 その夜、喜八は、権助と共に下総布川の船着き場を見張っていた。東の結界を守る青龍の利根川が月明かりの下、静かに流れていた。


(三) 東の結界の守護神

 翌朝は、暗いうちからの出航であった。権助の白帆の船は、海へと吹く風を受けて滑るように下っていく。
「昨晩の輩は、利根川の船着き場にいるはずです。あの船では、海には行けませんよ」
 権助は、瑞法にそう言うと、川下にある船着き場に目をやっていた。小太郎は、船首で椎葉の船着き場を探していた。
 海鳥の鳴き声が賑やかだった。川幅は広くなり、河口が近いことが分かった。小太郎は、右の岸に船着き場があることを権助に教えた。
 猿田神社は、椎葉から右手に入った所にある。権助と小太郎は船に残り、佐藤瑞法と喜八、そして、静が猿田神社に向かった。
 猿田は、暖かい海風が深い森を作り、作物はよく実っていた。穏やかな所だった。
瑞法は、畑仕事をしていた初老の男に猿田神社の場所を聞いた。
「お猿田様は、あそこにいらっしゃるんだ」
 男は、うっそうと茂った前方の森を示した。
 大鳥居が見えてきた。
「門前に茶店がある。ここで一服付けていこう」
 佐藤瑞法は、そう言って茶店に入っていく。店は、混雑していた。
「猿田彦大神(さるたひこおおかみ)が鎮座するこの神社は、この村の人たちが大事に守ってきたのですよ」
 茶店の亭主は、神社の縁起を話してくれた。
 瑞法は、亭主に本殿の様式を訊ねようと思ったが、聞くのをやめた。もし、猿田神社のどこかに兎が無ければ、ここに来たのは誤りだったことになる。瑞法は、自分の目で確かめることにした。
 店の名物の甘酒は、この辺では知られていた。麹もこの店で作っていた。こくのある甘酒を求めて、多くの客が店に来た。
 江戸では、甘酒は夏の飲物だった。夏の暑さに疲れた身体には、甘酒が一番だった。猿田では、年中甘酒を飲むという。
 甘酒を口にした瑞法は、余りのうまさに驚いた。亭主は、米麹から作る甘酒には、余分なものを入れていないと説明をするのだった。
 瑞法は、飲んだ甘酒が身体に広がっていくような不思議な経験をした。
「本殿は、どの方角に向いているのですかな?」
 瑞法は、意を決して店の亭主に聞いてみた。
「東でございます。そして、海に向かっているのです」
 亭主の言葉を聞いた瑞法は、傍らの喜八と静を見た。
「東であるか、猿田神社の本殿は東を向いているのか」
 瑞法は、本殿の石段を先になって上がって行く。足取りは軽かった。
 本殿の境内には、数人の巫女が御守りや絵馬を売っていた。
「この神社には、兎の文様があるかな?」
美しい顔立ちをした巫女は、すぐにありますと言った。
 瑞法たちは、顔を見合わせた。三人は、満面に笑みを浮かべた。
 社務所の奥から宮司が姿を見せた。
「この神社には、猿田彦大神、天鈿女命(あめのうずめのみこと)、そして、菊理媛命(くくりひめのみこと)が鎮座していらっしゃいます・・・お尋ねの兎でございますが、本殿にそれはございます」
 痩せた初老の宮司は、先になって案内をしてくれた。
 佐藤瑞法は、宮司に付いていく。瑞法は、きれいに掃かれた神社の小道に感心していた。喜八と静は後から付いてきた。
「兎は、本堂の正面の右手にございます。見えますか?」
 宮司は、その場所を指し示した。瑞法は、それを見ると言葉が出なかった。喜びが込み上げてきた。
 本堂の正面の右上には、確かに木彫りの兎がいた。それだけではなく、東西南北の四面には、三体ずつの十二支があった。
 天海僧正の作った結界は、利根川の東遷事業により、東を守る青龍が後退をした。それに代わるのが猿田神社であった。
 猿田神社の本殿は、東方の海を見ていた。日の出は、日本一早い。はるか西にある江戸城の結界を守るために、猿田神社は、東からの魔を封じるために建っていたのだった。
 神君家康は、先をよんでいたのか、神領地として三十石を猿田神社に寄進していた。東の守り人たちは、身命を賭けて東端の地で江戸城を守っていたのであった。
 喜八は、本殿の正面に飾られた見事な龍の彫刻を見ていた。喜八の住む四つ木八幡宮も龍に守られていた。四つ木八幡宮の龍は、白龍であった。
 猿田神社を守る龍は、天海僧正の結界である青龍のようにも思える。喜八は、利根川の東遷をよんでいた天海僧正にあらためて感服した。
 静は、彫刻の外観を書き留めていた。本殿の後ろの森が風に揺れ、人の喚声のような音を立てた。それは、この聖なる地が三人を迎えているようであった。
 東を守るのは銚子口に近い猿田神社だと見ていた。猿田神社には、十二支が関係しているはずであった。それが分かれば、天海僧正の結界のほころびが少し見えてくる。
陰陽五行の天才占い師佐藤瑞法は、自分で推論をしてこの地まで来た。それは、正しかったのだった。
 瑞法は、高貴な古人が葬られた石棺の中は、星宿図や四神、そして、十二支像に守られた永遠の聖域であると確信していた。
 今こうして、猿田神社の本殿を見ていると星宿図のある石棺と同じであることが分かった。本殿の天井には、星宿図があるかもしれなかった。
 だが、瑞法は、それを宮司に問うことはしなかった。おそらくそれは、神君家康と天海僧正しか知ることのできないことであった。
「この神社から、北辰(北極星)を見る位置が決まっているのでは?」
 宮司は、北辰を見る位置を早口に説明した。瑞法は、正確に聞き取れなかった。だが、この本堂から北辰を見る位置が決まっていることが分かれば良かった。
 神君家康が宿る北辰(北極星)は、いつも猿田神社を見守っているのだった。
 徳川幕府の安泰を祈念し、そして、海からの外敵を監視するためにこの神社は建っていた。瑞法は、案内をしてくれた宮司に礼を言った。
 利根川東遷の後、猿田神社の守り人たちは、約百年もの間、徳川幕府安泰のための祈りを続けてきた。その労苦に対して、瑞法は涙を拭った。
 瑞法は、一刻も早く江戸に戻って、天海僧正の結界のほころびの場所を吉宗に伝えたかった。
 だが、幕閣の中に西国の大名と内通している者がいる。そのため、吉宗に直接伝えなくてはならなかった。
 喜八は、本堂の見事な十二支の彫刻を見ていた。静は、巫女から御守りを受け取っていた。
 佐藤瑞法たちは、猿田神社を後にした。権助は、風をよみながら船を進めた。本日中に、下総布川まで行くつもりであった。今晩も徳満寺に泊まる予定であった。
 喜八は、後ろに遠ざかる猿田神社の深い森を見ていた。


(四) 江戸城の新しい結界の完成

 秋元泰全は、直接、吉宗に下総布川の怪しい者たちのことを説明した。その輩たちは、明らかに佐藤瑞法を付けてきた。
 江戸の結界にほころびがあることを知っているのは、幕閣だけであった。吉宗は、それを聞くと頷いた。
 この後、将軍吉宗は、紀州藩の家臣を幕臣に取り立て、幕閣を紀州藩出身の者たちで固めたのであった。
 吉宗は、下総布川のことは、それ以上詮議をするのをやめた。突き止めたところで、西国の大名たちの心の深淵にある関ヶ原の戦いの怨念を増長させるだけであった。
 外様大名たちは、表面では幕府に従順であったが、徳川幕藩体制のほころびを常に探している。
 後日、秋元泰全から猿田神社のことを聞いた吉宗は、猿田神社に使者を遣わした。利根川東遷から、約百年の間、江戸城の東の結界を守ってきた功績を褒めるものであった。
 吉宗は、宮司を江戸城に呼び、これまでのねぎらいの言葉をかけるのだった。そして、江戸城の松の間で徳川幕府の安泰と繁栄を祈念させた。
 吉宗は、佐藤瑞法に命じて東のほころびた結界の修復を命じた。瑞法の全ての陰陽五行を駆使するものであった。
 それは、天の動きを取り入れるのだった。江戸城の本丸の天守に星宿図を描く。石棺を真似て、東西南北に四つの神を置いて、十二支像によって完璧な結界を江戸城に作ったのであった。
 吉宗は、出来栄えに満足をしていた。内なる結界を作り、さらに、太陽や月、そして、星々の運行を生かすのだった。
 吉宗は、自ら天体の観測に取り組む。それを生かして新しい暦を作るのだった。
 日食や月食の日が狂うようになっていた暦を正しいものにして、徳川幕府の権威を高める。
 天海僧正は、貴人が葬られた石棺の聖域を江戸の結界に生かした。それをより強固なものにしたのは、吉宗であり佐藤瑞法であった。
 陰陽五行の天才占い師佐藤瑞法は、江戸城の結界を完成させるとむじな長屋に戻って来た。
 富士山大爆発を言い当てた佐藤瑞法は、長屋の部屋で江戸切絵図を広げては腕組みをしていた。
 将軍吉宗に貰った星宿図は、壁に飾られていた。瑞法は、星宿図を見ていると天海僧
正が描いた江戸の結界が見えてくる。
 瑞法は、これから百年後の江戸の姿に思いを馳せていた。さらに強固な結界を目指していたのだった。
 根来衆の秋元泰全は、将軍吉宗の密命を受けて、葛飾や下総の社寺仏閣を調べ続けていた。秋元泰全の娘静は、むじな長屋で瑞法の食事の世話をする。
 俸手振りの正太は、静に一目ぼれをしていた。正太は、むじな長屋の左の手前の部屋に住み、隣の瑞法に食事を運ぶ静の姿を見ると今朝とれた魚を差し入れるのだった。
「北から秋刀魚が江戸前の海に来たんだ。脂が乗ってうまいぜ、静さん、喰っておくれよ。瑞法さんは、利根川の布川鮭が好物なんだぜ、おいらが今度持ってくるから、楽しみに待ってなよ」
 正太は、駕籠に入れた秋刀魚を静に差し出した。静は、色白でほっそりとした手でそれを受けた。
 正太は、打てば響くような利発な静に惚れていたのだった。
静は、貰った秋刀魚を七輪で焼くことにした。おろし大根は、昨日、待乳山聖天社の門前で八百屋を営む三太に貰ったものだった。
 三太は、今でも世話になったむじな長屋の人たちに野菜を運んでいた。長屋の人たちの喜ぶ顔を見るのが楽しみだった。
 静は、むじな長屋の人たちに助けられて生活をしていることに感謝をした。江戸に住む人たちの幸せを守るためには、将軍吉宗の治世が続くことであった。吉宗を守るために、根来衆たちは江戸市中で動いていた。
 九月の下旬であった。むじな長屋の住人たちは、朝から忙しかった。弁当を作って目黒不動までお参りに行く。
「目黒に行くと柿がうまい。飴もおいしんだよ」
 正太は、静と出かけられるのではしゃいでいた。
 瑞法は、江戸の裏鬼門を守る目黒不動尊を調べることにしていた。権助は、目黒不動尊の参拝の前には、近くにある滝に打たれることを常にしていた。
 目黒不動尊には、権助の船で行く。大川から海に出た一行は、喚声を上げた。穏やかな海だった。雪を被った富士の山が前方に見えていた。











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10/26 08:49 「本日のマーケット」(FX編)・・・今週は日米の金融政策イベントに注意。
10/26 08:40 「本日のマーケット」(株式編)・・・ 続伸後に日経平均株価が1万9000円台を回復。
10/21 08:39 「本日のマーケット」(FX編)・・・ドル円は120円ちょうどの壁を意識。
10/21 08:25 「本日のマーケット」(株式編)・・・手掛かり材料難のなか、方向感の出づらい展開。
10/19 08:33 「本日のマーケット」(FX編)・・・午前11時に発表される中国の一連の経済指標に注目
10/19 08:23 「本日のマーケット」(株式編)・・・午前11時、中国経済の指標しだい。
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10/04 12:07 江戸浅草物語13「天海僧正の結界が破られる時、魔界の者たちの進撃が始まるのか」 (無料公開)
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