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〈助太刀兵法40〉北斎蛸踊り(2) (無料公開)
[【時代小説発掘】]
2014年11月9日 13時16分の記事


【時代小説発掘】
〈助太刀兵法40〉北斎蛸踊り(2)
花本龍之介



(時代小説発掘というコーナーができた経緯)


梗概
 葛飾北斎の娘お栄と、屋台のおでん屋で酒を呑むはめになった早船飛十郎は、北斎の命を狙う兆吉が、幼い頃親からひどいいじめにあったと聞いて驚く。しかし酒を呑むうち、お栄のあまりの口の悪さと品の無さに、へきえきして用心棒の話をことわって帰ってしまう。だが、あくる日深川の北斎の長屋にあらわれた飛十郎は、話をしているうちに仕事を引き受けるはめになる。三十両はかかるという飛十郎に、すりよったお栄は、そんなけちな金額じゃなく三百六十両でどうだと言う。あまりの話の大きさに、飛十郎は茫然となった。


【プロフィール】:
尾道市生まれ。第41回池内祥三文学奨励賞受賞。居合道・教士七段。
現在、熱海に居住している。


これまでの作品:

〔助太刀兵法31〕御家人馬鹿囃子
〔助太刀兵法32〕御家人馬鹿囃子(2)
〔助太刀兵法33〕御家人馬鹿囃子(終章)
〈助太刀兵法34〉夢泡雪狐仇討 ゆめのあわゆききつねのあだうち
〔助太刀兵法35〕夢泡雪狐仇討(2)
〈助太刀兵法36〉夢泡雪狐仇討(3)
〔助太刀兵法37〕夢泡雪狐仇討(4)
〈助太刀兵法38〉夢泡雪狐仇討(終章)
〈助太刀兵法39〉北斎蛸踊り





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【時代小説発掘】
〈助太刀兵法40〉北斎蛸踊り(2)
花本龍之介

                               
                                      


一 虐待

「ところで、お栄。その兆吉とかいう悪(わる)は、これまでにどんな悪事をやってのけたんだ」
 人差し指をあげて、おでん屋の親爺に新しい酒を注文すると、飛十郎は腕組みをしてお栄の顔を見た。
「そうさねえ。兆吉は、すぐ近くの横丁に住んでいたもんでね。よちよち歩きの頃から知っているけどさ。もの心ついたら、すぐに始まったよ」
「悪さがか」
「ああ。まず隣り近所の、かっぱらいに盗みだろ。自分より年下の子から、小使い銭を巻きあげる。素直に出さなきゃ、棒でぶん殴る。これが三つ、四つのことだから、さすがのわっちも度胆を抜かれたねえ」
「そいつは、ひどいな」
 顔をしかめると、飛十郎は親爺が運んできた銚釐(ちろり)の酒を、自分とお栄の茶碗へそそぎ入れた。
「けどまあ、可哀そうなとこもあるんだ。なにしろ母親というのが女郎あがりの、ひどい女でさあ。ぐうたら亭主を追い出すと、次から次へと若い男を引っ張り込んだんだ。。おまけに、これが渡り中間や、日雇い人足といった、ごろつき連中だから兆吉もたまんないよ。目付きが気に入らないっちゃ、殴りつける。口答えしたといっちゃ、蹴り倒す。なんのことない、気散んじのための、なぐさみものさ」
 飛十郎の目が、光った。
「母親はどうした。そばに居るなら、かばうだろう」
「どっこい、これがたいした玉でさあ。その母親が男といっしょになって、殴る蹴るをやるんだよ。楽しそうに笑いながらさ」
「ふうむ……。信じられんな、世の中にそんな親がいるとはな」
 唸り声と一緒に、飛十郎は怒りのこもった声を出した。
「わっちも、背筋が凍りついたよ。あれを目にしたときにはさ」
 思い出したくもない顔で、お栄は茶碗の酒をあおった。
「なにを目にしたというのだ。お栄」
「頭に、たん瘤(こぶ)。顔や手足に青あざってのは、毎度見なれているから、それほど驚かねえがね。兆吉のからだ一面についた、火傷のあとを見たときは息をのんだよ」
「なに、火傷のあとだと? どうして、そんなことになった」
「だから、なぐさみものって言ったろ。母親と男が面白がって、火がついた煙管の雁首を兆吉に押し当てたのさ。それだけじゃない、細長い傷跡が無数についていたが、ありゃきっと焼けた火箸を押しつけたんだろうね」
「ううむ。それは兆吉が、いくつの頃のことだ」
「あれは、たぶん七、八歳だったかねえ。兆吉は、おびえきった目をした野良犬のようだった。それも、池へ落とされたあげく、竹竿で溺れるまで叩かれる小犬の顔だったよ」
「ゆるせん!」
 口に運びかけていた茶椀を音をたてて置くと、刀の鍔に手を掛けて立ち上がった。
「ちょ、ちょっと旦那。いったい、なにをしょうってのさ。血相を変えて」
「その母親と、兆吉をいじめた男というのを、叩っ斬ってやる」
「今頃、なにをいってるのさ。その二人なら、とうの昔にあの世にいっちまってるよ。たぶん地獄のほうだろうけどさ」


二 天罰

「なんだと。どうして死んだのだ」
「あれは、江戸に大雪がふった、寒い朝のことだったね。大川の百本杭にひっかっているのを、蜆売りの子供が見つけて、大騒ぎになったんだ。二人とも髪の毛まで凍りついていたそうだよ」
「ふうむ……。天罰てきめん、というやつだな」
 唸るような声を出すと、飛十郎は納得したように腰を降ろした。
「わっちも、当座はそう思ったね。お天道さまの罰が当たったんだとさ。ところが、どっこい。あの二人は兆吉のやつが殺したんだよ」
 あたりを見廻すと、お栄は声をひそめた。
「なに。では兆吉は、親殺しをやってのけたというのか」
「そうさ。男も一緒にね」
「そいつは、兆吉がいくつの時のことだ」
「たぶん、十歳の頃のことじゃなかったかねえ。でもね旦那、あの二人は殺されたってしょうがない性悪人間だったんだ。そうだろ」
 けろりとした顔で言い放つと、お栄は痒(かゆ)そうに割り箸で頭皮をこすりはじめた。飛十郎は顔をしかめて、身を遠ざけた。
「ま、それはそうだが。それにしても、まだいたいけない十歳の子供ではないか。どうやって大人二人を殺すことができたのだ」
「誰だって、そう思うだろ。だから皆んな騙されたんだ。お奉行所のお調べでも、大酒を喰らって、ぐでんぐでんになった二人が、大川端を千鳥足で歩いていて、足を滑らして溺れ死んだことになってるんだ。兆吉の母親ってのが、金さえ入りゃ朝からから酒をあおっているという、近所でも有名な呑んだくれだったからねえ」
「しかし、お栄はどうして兆吉が殺したことを知っているんだ。誰かに聞いたのか?」
 気を取り直したように、こんにゃくを口に入れて噛みはじめた。だしが、よく利いている。
 「孝太郎に聞いたんだよ。二年前の正月のことだよ。顔を出したあいつに、わっちはたんまり年玉を渡して、爺いが酒を呑ましたんだ。上機嫌になった孝太郎が、ちょろりと口を滑らしたんだよ」
「ということは、その頃は北斎どのと孝太郎の仲は、まだうまくいっていたわけだな」
「まあね。酒は魔物っていうけど、ほんとだね。酔ってすっかり口が軽くなって、ぺらぺらしゃっべっちまったんだよ」
「ちと、げせん話だな。いくら幼な友達で仲がいいといってもだ、兆吉も人殺しのことは不用意には語るまい。孝太郎に弱みを握られることになるではないか」
 飛十郎は首をひねって、お栄を見た。
「普通は、そうさ。法度の網をくぐり抜けて生きてるだけあって、兆吉はえらく用心深いが、この一件だけは別さ」
「なぜだ」
 にやりと笑って、お栄は茶碗に酒をそそぎ入れた。
「だってさあ、そのとき孝太郎のやつも手伝っていたんだからね。兆吉の親殺しをさ」
「なんだと」
 さすがの飛十郎も、愕然とした。
「もっとも、見張り役をやってただけらしいがね」
「む。見張りだとて、立派な人殺しの手伝いではないか。同罪は、まぬがれんぞ」
「ふん。堅いねえ、旦那は。なんたって、まだ十歳だよ二人とも。それに孝太郎だって、目の前で兆吉が母親や男に殴られているのを何度も見てるからねえ。子供ながらに、義憤を感じてたんだろ。旦那だって、さっきは叩っ斬るっていってたじゃないか」


三 赤鍾馗

「ま、それはそうだが」
 頭を掻きながら、飛十郎は一つ目橋の上に目をやった。提灯を持った町女房の前を、女の子が小さな弟の手を引いて、うれしそうに唄いながら渡っていく。
「なんとか出来なかったのか。長屋の連中は、ただ見ていただけなのか」
 飛十郎は、とがめるような声を出した。
「したさ。皆んな言ったよ。けどね、しつけをしているだけだ。他人がよけいな口出しをしないでおくれ、って母親にいわれりゃ、くやしいけど、どうしょうもないじゃないか。そうだろ」
「うう、む……。そうかも、しれんなあ」
 腹の底から絞り出すような声で、飛十郎は言った。
「あとで考えたら、兆吉のやつも、せっぱつまってたんだろうねえ」
「どういうことだ」
「自分が母親に殺されるか、殺すかの二つに一つだということに気ずいていたからさ」
「………」
 あまりの無残さに、飛十郎は言葉もなかった。
「けどさあ、もつれ合うようにして河岸道を歩いていた母親と男を、鉄砲玉みたいに飛び出した兆吉が、体当たりをして大川へ突き落としたあと、あいつがやったことを孝太郎に聞いたときには、さすがのわっちも躰の震えが止まらなかったよ」
 図太い中年女を絵にしたようなお栄が、さも恐そうに首をすくめたのを見て、飛十郎は意外に思って聞いた。
「兆吉は、なにをやったのだ」
「水の落ちた二人が、必死になって岸によじのぼろうとするのを、竹竿で突いたり叩いたりして水底に沈めちまったんだよ」
「むむ……」 
 腕組みをした飛十郎は、思わずうめき声をした。
「まだ十歳の子がさあ、それも自分の母親をだよ。ね、旦那。想像しただけでも、恐いじゃないか」
「いや。おれは、そうは思わん。兆吉の母親は、当然のむくいを受けたのだ」
「そうかねえ」
「ああ、そうだ。この世に生み落としただけでは、親とはいえん。いつくしみ、愛情を込めて育てなければ親ではない」
 飛十郎は、きっぱりした声で言い放った。
「ま、そりゃ、いえるけどねえ」
 さっきまで飛び廻っていた蝙蝠をさがすように、柳の木を見あげたお栄が我に返ったような顔をした。
「そういやあ、うちの爺いなんかも、とうてい父親とは思えない玉だよなあ」
「しかし天下に名を成そうとすれば、家族なぞ返り見る暇はなかろうなあ」
「ふん。そんなこたあ、爺いの手前勝手さ。子供や女房にゃ、まるきし関係ねえ話だよ」 お栄は、鼻に皺を寄せて息巻いた。
「それほど絵が描きたきゃあ、世帯なんか持たなきゃいいんだ。こっちは、いい迷惑さ」「だが、たまには北斎どのも、父親らしいことをしてくれたことがあるだろう」
 北斎のこととなると、年がいもなくむきになるお栄を、からかいたくなったとみえる。「そういやあ、凧に絵を描いてくれたことがあった。あれは、いつの正月だったかねえ。わっちが、まだほんの子供の頃のことだった」
「そいつは、すごいな。子供ごころにも、さぞ肩身が広かったろう。なにしろ画狂人北斎の凧だからな」
 にやにやしながら飛十郎は、お栄の茶碗に酒をついだ。
「とんでもない。あの頃はまだ誰も爺いの名まえなんか知らねえさ。そのうえ描いたのが、赤鍾馗だ。こちとら女の子だよ。ありがたくも、なんともねえさ。花か小猫か小犬の、かわいい絵が欲しいじゃないか」
「そうかな。いい凧絵ではないか。赤鍾馗というのは、疱瘡除けには一番のまじないだ。親の愛情を感
じるなあ」
 十年ほど前に死んだ自分の父親を思い出したのか、飛十郎は妙にしんみりとした声を出した。
「冗談じゃないよ。あんなくそ爺いのまじないなんか、効き目なんざないさ。見なよ、ほら」
 お栄は飛十郎の目の前に、ぐいと自分のおでこを突き出した。
「う、うむ」
 無残な痘痕(あばた)が、髪の生えぎわにかけて、ずらりと並んでいた。
「旦那。これでも、あばたも笑窪って笑ってられるかい? わっちはねえ、亭主に離縁されちまったのは、こいつのせいだと思っているんだ」
――いや、そうではなかろう。三行り半を貰ったのは、おまえの口と性格の悪さのせいだろう……
そう思ったが、言えるわけはなかった。


四 酒乱

「……ところで、北斎どのは誰かに命を狙われているのか。おれに守ってくれと、いっていたようだが」
「ああ、そうさ。絵のことにかけちゃ、頼みかたが気に入らねえといって、大名の家来でも追い返すほどの強情者だが。ほんとは、けっこう胆っ玉が小せえのさ。こいつは、わっちだけが知っていることだがね」
「そうは見えなかったがな。で、その一件に兆吉と孝太郎が、からんでいるというわけだな」
 飛十郎は、ふところ手をしたまま胸元から出した指で、無精髭をこすり廻した。
「なんだと。金を出せといって、実の祖父にむかって孫が刃物でおどしたのか」
 興奮した飛十郎が、身を乗り出して袴の膝をぎゅっと掴んだ。それでなくとも年期が入った古袴が、よれよれになった。
「旦那、同じことを二回くりかえさなくたって、いいやね。その時もみ合いになって、孝太郎が爺いの足を刺しちまったんだ」
「そいつは、いつのことだ。孝太郎は、まだ小伝馬町の牢に入ってるのか」
 袴の皺が気になるのか、膝のあたりを手でこすりながら、飛十郎はお栄に聞いた。
「やめなよ。いくらこすっても、そのよれよれは直りゃしないよ。たとえ鏝(こて)を当てたって、もう駄目さ。何年はいてるんだよ。新しいのを買いな」
 顔をしかめて、お栄は飛十郎の袴を見た。
「なんだ、袴のことか。こいつは色が気にいってるんだ。それより、おれが知りたいのは孝太郎のことだ」
「ふふん、あれでも爺いは孫がかわいいのかねえ。奉行所には、届けずじまいさ。なに、たいした疵じゃなかったんだ。蛤(はまぐり)の殻に入った軟膏をぬりたくって、きたない手拭いで縛っていたら十日ほどで治っちまったからねえ」
「孝太郎は、まだ娑婆(しゃば)にいて、兆吉とつるんでいるんだな」
「だから危険なんだよう。旦那、兆吉のやつをなんとかしておくれよ」
「そうさ。でなくちゃ、あんな気の小さい孝太郎が五十両なんて、途方もない大金を寄こせなんていうはずはないよ」
 いまいましげな顔をすると、お栄は足元にぺっと唾を吐いた。
「そこだ。一つ聞くが、いくら北斎どのとはいえ、たかが美人絵一枚にそんなたいそうな値がつくのか」
 疑い深かそうに言って、飛十郎は竪川に目をやった。川面を行き来する荷舟の船頭が一杯機嫌で唄う舟歌が、風にのって流れてくる。
「つくんだよ、それが。というのも爺いが描くのは、ほとんど浮世絵の版下絵か、読本の挿絵なんだ。肉筆絵ってのは、よっぽど気がむかなきゃ絶対に描かねえんだ」
「つまりは、稀少価値ということだな。骨董と同じだ」
「ふ、ふふ、旦那のようなものさ。江戸広しといえど、早船さんほど腕っこきの助太刀人はいないからねえ」
 飛十郎は、露骨に嫌な顔をした。
「馬鹿をいうな。おれと肉筆絵を、いっしょにするやつがあるか。乱暴なやつだ」
「ふん、下品なのと乱暴なのは、生まれつきさ。苦情なら、爺いにいっとくれ!」
 わめきながら茶碗の酒を口にもっていくと、一気に呑み乾した。酔うほどに目がすわるお栄に、飛十郎は身を離しながら舌打ちした。
「嫌われ者は、承知のうえさ。舌打ちでも、なんでもしなよ。育ちが悪いのは、わっちのせいかい。親が悪いんだろうが。兆吉と同じように、最低の親に育てられたんだ。やれるもんなら、わっちだって爺いを大川に蹴落としたいよ」
「ちがうな。おぬしは、北斎どのを尊敬しているだろう」
 静かな口調で、飛十郎は言った。
「冗談じゃねえや。だいっ嫌いだよ、あんな爺い!」
「おかしいではないか。ならば、ならば、なぜ北斎どのの命を守れと、おれに頼む。筋が通らんな」
「けっ! べらぼうめ、屁理屈をぬかすな!」
 怒鳴るなり、お栄は茶碗を地面に叩きつけた。こなごなに割れた茶碗の破片と、酒の雫があたりに飛び散った。
「これまでだな」
 と言って、飛十郎はゆっくりと立ち上がった。
「おやじ、これで間に合うか」
 袖の中から掴み出した一朱金を、屋台の板の上にからりと投げる。
「めっそうもない。おつりが出ます」
「そうか。つりは迷惑料に取っておいてくれ。またくる」
「へい。お待ちしております」
 小腰をかがめるおでん屋に軽く手を上げると、お栄を見向きもせず飛十郎は歩き出した。
「馬鹿野郎! このすっとこどっこい! やい飛十郎、親ってのはなあ、どんなひどい親だって、親は親なんだ。てめえにゃあ、人情ってのはねえのか! 最低の親だってなあ、父親の命が危ないとなりゃあ、娘が助けようとするのは当たり前だろうが。おたんこなす、おとといきやがれ! てめえなんかに、誰が助けてもらうかよ。ふざけるなってんだ」 お栄のわめき声が、飛十郎の背中を追いかけてくる。一つ目橋を渡りきって、足早に海辺大工町にむかって歩く飛十郎の耳には、お栄の泣きわめく声はもう聞こえなかった。


五 貧乏長屋

 あくる日の暮れ方 ――。
 葛飾北斎の浮世絵を扱う絵草紙問屋を、何軒も訪ね歩いた飛十郎が、ようやく住居を捜し当てたのは日も落ちかかった頃だった。
「こいつは驚ろいた。将軍家の前で腕を披露したほどの絵師が、こんなところへ住んでいたとは……」
 侘(わび)しい棟割り長屋が何軒も建ち並んだ裏町の一角でも、ひときわ貧しい破れ長屋を前にして、飛十郎は思わず立ちすくんだ。
 富岡八幡宮を過ぎた先にある三十三間堂のむこう側、掘割りを一つ越せば木場になるという深川の場末であった。
「ふうむ……」
 貧乏には慣れている飛十郎が、茫然としたほどの凄まじい住居である。わざと表を避けて、掘割りに面した裏手の細道を来たので、半ば朽ちかかった垣根越しに、部屋のありさまが手に取るように見えた。
 うす暗い行灯を枕元に引き寄せ、蒲団に寝そべって熱心に絵筆を走らせてるのは、まぎれもなく両国橋で見かけた老人である。部屋は四畳半、いや六畳か。なにしろ畳一面に、くしゃくしゃに丸められた紙屑が隙間なく散らばっているから定かにはわからない。
 庭とは言えない、雑草が生えた空き地が一坪あまり、縁側に面している。開け放った障子は穴だらけで、ほとんど紙がない。崩れかかった土壁に、何のまじないかお栄が幼い頃、凧に描いてもらったという赤鍾馗の絵が貼り付けてある。近所に用足しにでも出ているのか、お栄の姿は見えなかった。
「う、うむ。こいつは、たまらん」
 思わず口に出して、飛十郎はぴしゃりと足首を叩いた。小名木川添いに住み、蚊には慣れている飛十郎が閉口するほどの藪蚊である。同じ深川育ちでも、このあたりの蚊はよほど血に飢えているようだ。
「えへん!」
 大声の飛十郎の咳払いにも、北斎は見向きもせずに絵に没頭している。その集中力に飛十郎は首を振って感嘆した。
「ちょいと! 誰だい、そこにいるのは。人の家を覗き見しゃがって、気色の悪い野郎だ。兆吉の仲間なら、大声を出すよ」
 聞き覚えのある、しゃがれ声は、いわずと知れたお栄であった。
「まて。おれだ、お栄」
 苦笑いをすると、飛十郎は無精髭をこすりながら振りむいた。
「なんだ、助太刀屋かい。こんなところで、なにしてんだ。きのうは尻尾を巻いて逃げ出したじゃないか」
 お栄の毒舌に、飛十郎は頭を掻いて首をすくめた。
「逃げ出し野郎が、どんな風の吹き廻しでこんな所へいるんだよ」
「ちと、気になってな。それに、昨夜はべつに逃げたわけではないぞ」
「なにをぬかしゃあがる。冷やかしは、ごめんだよ。爺いを助ける気がないなら、とっとと帰んな」
「いや。けっして冷やかしで来たのではない」
「じゃ、爺いを守るっていうんだな」
「そういうことだ。この仕事、引き受けた」
 きっぱりと言い切って、飛十郎はお栄を見た。
「なら、いいや。家に上げてやろう。ついてきな」
 顎をしゃくると、お栄は垣根にある形ばかりの裏木戸を、足で蹴り開けて先に立って縁側の前に歩いていった。
「なにも、そんなに威張ることはあるまい」
 思わず口について出たぼやきを、お栄が耳ざとく聞きとがめた。
「なんだって? わっちが、どうしたって」
「いや、べつになんでもない。こっちのことだ」
「言いたいことがありゃ、はっきり言やあいいじゃないか。あんた侍だろ?」
「まあ。侍といえば、そうだが……。なんせ三代つづく浪人だからなあ。町人と侍の中間(ちゅうかん)みたいなもの、かもしれんな」
 ふところ手の指を胸元から出して、肌をぽりぽり掻くと飛十郎は自信がなさそうな声で呟やいた。
「なにをぼそぼそと、のたまってるんだい。わっちは、あんたみたいなのが一番いらいらするんだよ!」
 縁側に突っ立ってわめき散らすお栄と、途方にくれた表情の飛十郎を見比べていた北斎が、筆を投げ捨てて起きると大声で笑い出した。


六 蒲団

「わ、は、ははは、これは面白い。こら、お栄! わめいてないで早く客人を部屋へ上げぬか」
 北斎の上機嫌な声を聞いて、お栄はびっくりして振り向いた。
「おどかすなよ、爺い。初めての客を上げろなんて、明日あたり大嵐になるよ。この旦那のどこが、そんなに気に入ったんだい」
「おう。町人と侍の中間ってのが気に入った。当節は、腰に二本差しているというだけで、やけに威張りゃあがる。それも下っぱ侍ほど、ふんぞり返る。気にくわねえや。大名の殿さまのほうが、よっぽど腰が低いってもんだ」
「わかったよ。じゃ、せっかく爺いが、ああいうんだ。あがんなよ」
 お栄に言われても、部屋には座る場所もない。描き損じの反古紙のほかにも、めし粒がこびりついた竹皮や折詰の空箱が、ところかまわず放り出してある。
 北斎もお栄も、およそ拭き掃除のたぐいは、いっさいせぬ性格のようだ。
「おい。遠慮するな。あがれ、あがれ」
 北斎に手招きされても、飛十郎はしばらく動けなかった。
 お栄は紙屑を蹴ちらしながら、北斎の傍へ寄っていくと、手であたりを掻き分けて場所をつくると、どっかと座り込んだ。
「爺い、今日の晩めしは、米徳の鯛めしだ。あったかいうちに早く喰いな」
「そうだなあ。鯛めしの冷てえのなんざ、まずくて喰えたもんじゃねえからなあ」
 放り出すようにお栄が置いた折詰の蓋をとると、北斎は太い鼻柱を寄せてくんくん匂いを嗅いだ。
「ああ、いい香りだ……。鯛の匂いは、ほんとにたまらん」
「おきゃがれ。たまには違うことを、いえってんだ。きのうも鰻を喰らいながら、まるきし同じことをいやがった」
「ふ、ふ、ふ。そうだったかな。そんな昔のことなんざ、とうに忘れちまったぜ」
 いきなり骨張った指を折箱へ突っ込むと、北斎は目を細めて鯛めしを口に放り込みはじめた。お栄も同じように手掴みで食べている。この親娘は世の中に箸という物があるのを知らぬらしい。
「う、う、む、鯛は魚の王者だな……。やはり、うまい」
 満足そうに舌を鳴らすと、北斎は独り言のように感想をもらした。縁先に立って、目を丸くして見ている飛十郎のことなど、気にもしていないようだ。お栄も夢中になって鯛めしを口に運んでいる。
「では、ごめん」
 間の抜けた挨拶をすると、飛十郎は仕方なく縁側に腰をおろした。
 折詰を空にすると、満足げに一つげっぷをもらして、北斎は指先についた飯粒を叮嚀になめはじめた。中指から始めて五本の指を全部なめ終わると、手近かの反古紙で拭ってぽいと放り投げた。
「ところで。あんたは、何という名じゃな?」
 北斎はそう言って、縁側に腰を掛けている飛十郎を、じろりと見た。ものに動じない飛十郎が、たじろいだほどの鋭い眼光だった。
「早船飛十郎といいます。お見知りおきを」
目の前に巨大な富士を眺めるような威厳を感じながら、飛十郎は軽く頭を下げた。
「ふん、妙ちきりんな名じゃな。だが、名なぞどうでもいい。わしなんぞ、三十通りは変えたからの。今は画狂老人北斎と名のっとる。よろしくな」
 げっぷをして指をなめていたお栄が、仰天したように飛十郎と北斎を見くらべた。北斎が名のって、会釈を返したことに、よほど驚いたらしい。
「わしは、飛さんと呼ばしてもらう。あんたは、好きなように呼びなさい」
――好きなように呼べと言われても、まさか北ちゃん、とか狂ちゃんとか呼ぶわけにもいくまい……
 飛十郎は、内心そう思っていた。
「お栄から、話は聞いた。飛さんは、江戸でも名うての助太刀人じゃそうだな」
 ふたたび蒲団の中にもぐり込むと、北斎は寝そべったまま、しげしげと飛十郎を見た。「はあ。まあ名うてかどうか知りませんが、仇討の助太刀を商売にしています」
 飛十郎は頭を掻くと、天井を見上げた。雨漏りのしみが、あちこちに波紋のような模様を見せている。かすかに聞こえるのは、走り廻っている鼠の足音だろう。
「そうかの。じゃが、わしはべつに仇持ちではないからの、助太刀人は必要ない。兆吉という悪党が、わしに目をつけて、肉筆絵を寄こせといって威(おど)しておるのじゃ。なに、普通なら気にもせんが、孫の孝太郎を人質にとっておるでな、ちと始末が悪い。そこで、お栄のやつが誰ぞに身辺を守ってもらう、という案を考えだしての、あんたに白羽の矢が立ったというわけじゃ」
 両肘を付いた手の上に顎をのせて話しながら、北斎は興味深く飛十郎の顔に見入っている。
「北斎どのの富岳図は、てまえも気に入って所持しております。兆吉は、どうやら凶暴な男。腕でも切られて、絵筆が持てなくなれば、江戸の浮世絵好きの町人たちが悲しみますからな」
「ふん。こんな、くたばりぞこないの年寄りがどうなろうと、誰も気にもしないが。じゃが、飛さんはお栄の頼みを昨日はことわったそうではないか」
 困ったように飛十郎は、無精髭をごしごしこすった。
「仇討の助太刀人が、本業ですからな。用心棒はどうも……。それに両国橋でお見受けしたところ、北斎どのは腕力もあり、躰も大きくご自分の身は十二分に守れる、と判断いたしました」
「なある……。それが、どうして気が変わって、ここにきた」
 白髪まじりの無精髭を、同じように撫ぜ廻しながら北斎が聞いた。
「ま、好奇心ですかな。江戸一番のへそ曲がり物書き、曲亭馬琴を袖にした人物が、どんなところへ住んでいるか。これは誰しも見たいでしょう」
「ふ、ふ、ふ。名代の奇人変人を見物するために、やって来たというのかな。飛さん、それは違うな」
 無言のまま、二人のやり取りに耳をかたむけていたお栄が、地団駄を踏むように声を上げた。
「違わねえよ、爺い。こいつは、わっちら親娘が、どんなひでえ貧乏長屋の住んでいるか、話の種にしょうと思って来たにきまってるんだ。ほかの連中と同じだよ!」
「うるせえ。そのへらず口をやめねえと、ひっぱたくぞ」
 べつに大きな声を出したわけでもない北斎の一喝に、お栄は素直に黙った。
「飛さんや、あんたは自分でも気が付いてないようだが、根っからの世話焼きなんだよ」「えっ! このおれが、世話焼き?」
 飛十郎は、心底から驚いたような声を出した。
「そうだ。ほかの言いかたをすれば、人助けが好きなんだな。飛さん、図星だろう」
 文句がありそうに口を開きかけたお栄を、北斎がじろりと睨んだ。
「う、うむ……」
 心の奥底にあるものを、ずばりと言い当てられた気がして、飛十郎は思わずうなり声を上げた.
「わしはな、絵師という商売柄、これまでに何千、何万という人間の顔を眺めてきた。そういえば飛さんも、両国橋で行き来する人たちの顔を見ていたな。わしはな、毎日あれをやっているのじゃ。江戸の盛り場という盛り場すべてでな。いや江戸だけではないぞ、これまで旅をした全国の町という町でやったものじゃ。これ、すべて絵師の修業でな」
 さすがは、不世出の名絵師である。飛十郎は、何年か前に書物問屋の店先で〔北斎漫画〕を、ぱらぱらめくって、そこに描かれている人物の顔がすべて違うのに、感嘆したことを思い出した。


七 奇人変人

「八卦見ではないが、そやつの顔をちょこっと見れば、ろくでもない人間かそうでないか、わかるんじゃ」
 北斎は顎の先を掻きながら、にやにや笑った。
「それでな。まあ、飛さんの人相は、上の部じゃな。これまで、困った者たちを、だいぶ助けてきたな。ただし、女難の相があるから用心したほうがいいぞ」
 飛十郎は、慌てて手を上げた。
「あ、いや。女は、どうも苦手でしてな。そんなことより北斎どの。商売柄、剣難の相を占ってほしいのだが」
「あんたは、助太刀屋じゃろう。剣のわざわいは、言わずもがなじゃ。男は一歩家から出れば、七人の敵があるというが。まず、飛さんはその十倍、七十人の敵がある。と思わねばならんぞ」
 北斎の言葉を聞いて、飛十郎は愕然とした。
「えっ! 敵が、なんと七十人、ですか」
「そう人相に出ておる、ということじゃ。行住坐臥、家にいる時も外を歩いている時も、気をつけさっしゃい」
「はあ……。これでも、気を配っておるつもりですが」
 どうやら飛十郎、老獪な北斎に煙に巻かれたらしい。不安げな表情になると、やたらと無精髭をこすりだした。
「七人までは、なんとか斬り抜ける自信がありますが。七十人となると、まず無理でしょうな。だいいち、刀が折れたり曲がったりして、役に立たんでしょう」
「あたり前じゃ。刃がぼろぼろになって、斬れんようになるのは、この老人にだってわかるわい。飛さん、あんたは本当に面白いお人じゃな。そう、いわれるじゃろう?」
「よくいわれます。変な人だと、いわれることも多いですな」
「そうじゃろう、そうじゃろう。なに、敵が七十人といったのは、言葉のあやじゃ。それほど飛さんの見上に危険がせまっているという、たとえじゃ。七十人が、一度に飛さんが襲いかかってくるという意味ではない。安心さっしゃい」
 無言のまま飛十郎と北斎の顔を見ていたお栄が、ふいに奇怪な声で笑い出した。
「け、け、けけ。馬鹿馬鹿しくって、聞いちゃあいられねえや。まるきし奇人と変人の顔合わせじゃねえか。おい、助太刀屋。頭がいかれてるんじゃねのか? この絵描き爺いのいうことを、まともに聞くんじゃねえよ。からかわれてるんだよ! この爺いが真剣になるのは、絵筆を握っている時だけなんだ。あとは全部、わるふざけなんだよ」
「北斎どの、本当ですか? 今お栄がいったことは」
 この疑いの言葉が気に入らなかったのか、北斎は目の前に広げた描きかけの紙を、くしゃくしゃに丸めると飛十郎に投げつけた。
「お栄とは、あいつが生れ落ちてからの、長いつき合いじゃ。わしの前で、嘘はつくまいの」
 絵筆を掴むと北斎は新しい画紙の上に、また一心不乱に筆を走らせはじめた。
「さあ、もう帰んな。絵に没入すると、爺いは万年床に雷が落ちたって、気がつくめえよ」
 お栄は、野良犬でも追い払うような手付きをした。
「しかし、お栄。おれは、このまま帰るわけにはいかんぞ」
「おや、どうしてだい」
 こいつは面白い、とばかりにお栄は身を乗り出した。
「話が、まだついておらん。おれは、いつからここへ来ればいいんだ」
「なあんだ、そんなことかい。明日でも、あさってでも、好きな時に顔を出せばいいのさ」
 眉をしかめると、首のうしろを掻きながら、飛十郎は北斎のほうを見た。
「それに、こいつが一番重要だがな。助太刀料がいくらか、まだ聞いておらん」
 そんな俗世間のことなど、わしゃ知らん。といった顔で、北斎は夢中になって絵を描いている。
「ふん、金か。そいつは、爺いと相談ずくでなきゃ決まらないよ。相場はどのくらいだい」
「そうだな。助太刀料は、まあ、これまでのところ、だいたい……」
 飛十郎が数字を口に出しかけたとたん、それまで黙ったまま絵筆を滑らせていた北斎が、いきなり割れ鐘を突いたような声を出した。
「こら、飛十郎! 人助けに、金のことなど持ち出すな! まとまった金なぞ、ここには一両もない。嘘だと思うなら、床板でもなんでもめくって、さがしてみろ!」
 絵に取り掛かったら、雷が落ちても気がつかない、と言ったばかりではないか。飛十郎は、あっけにとられて、わめき立てる北斎を見た。


八 一番星

「だが、おれは助太刀が商売ですからな。北斎どのが画料を得て暮らされているように、助太刀料を貰わなければ、喰ってはいけぬ。ただ働きは出来ませんぞ」
 縁側から立ち上がると、袴の腰のあたりを手ではたいた。ついぞそんな動作をしない飛十郎だが、それほど縁側が汚れていたのだろう。
「待たっしゃい。小銭でよければ、紙屑の下にいくらでも転がってる。かき集めれば、いくらかにはなるぞ」
「ほんとだよ。版元が絵を頼みにきて画料をを紙に包んで、そのへんに置いていくんだ。爺いは面倒なもんだから、しまいもせずに放りっぱなしさ」
「う……」
 思わず、うなり声を上げそうになったが、飛十郎も浪人とはいえ武士の端くれである。まさか袴の股立ちをとって、反古紙をかき分けて金包みを拾い集めるわけにもいかぬ。
「どうすんのさ。助太刀料がほしけりゃ、この家じゃそれっきゃ集金は出来ないよ」
 お栄が言ったとたん、腰高障子が音を立てながら開いた。
「ええ、米徳でござい。鯛めしのお代を頂きにまいりやした」
 豆絞りの鉢巻をした若い男が入ってくると、手なれた感じで紙屑の下から紙包みを取って、ちらりと中身を見るなり、礼も言わずに外へ出ていった。
「ちえっ、これだよ。商売人ってのは、小ずるいから嫌だよ。中身が多いときは、すぐに飛び出しちまう。少ねえときは文句をいう。旦那も、その口かい」
 鼻に皺を寄せると、お栄は皮肉な目付きで飛十郎を見た。
「いいから、金包みを集めてみな。どの包みにも一分や二分は入ってるはずだ。全部で五、六両にはなるよ」
 飛十郎は、夜空を見上げた。
「おや。不服そうに、物干し竿を見上げたね。じゃ、旦那。いったい、いくら払えってんだよ」
 無精髭をごしごしこすると、一番星を見ながら飛十郎は苦しげな顔をした。
「む、そうだな……。なにしろ不世出の天才浮世絵師といわれる、葛飾北斎先生の命を守る大仕事だ。まず前金に十五両、無事に仕事が終わったあとに十五両。最低、これぐらいは貰わなくてはな」
「だまらっしゃい! 吹っかけるにも、ほどがあるぞ」
 手にした筆を飛十郎にむかって投げ付けるなり、雷のような声で怒鳴りたてたものだ。「三十両だと? この身のほど知らずが! そんな大金を払うぐらいなら、わしゃ兆吉に刺されて死んだほうがましじゃ。帰れ、帰れ、この大馬鹿もんが!」
 飛んできた絵筆から、さっと身をかわした飛十郎にむかって、北斎は罵声をあびせた。「あいや、北斎どの。命は、たった一つ。銭金には、変えられぬ大切なものですぞ。三十両で命が買えると思えば、安いものではござらんか。吝嗇(けち)は身を亡ぼしますぞ」
 すらすらと、言ってのけたものだ。飛十郎、助太刀人も長くなると、なかなか商売上手になったとみえる。
「そうさ。早船の旦那のいう通りさ。もうろく爺いは、黙ってな」
 意外にも、お栄が飛十郎の味方にまわった。その上にっこりと微笑むと、妙な流し目までしたものだ。ぞっとして、飛十郎の背中に鳥肌が立った。
「ねえ、旦那。三十両なんて、けちなことを言わずに、三百六十両あげようじゃないか。どうだい、いい話だろう」

              了 〈助太刀兵法41・北斎蛸踊り―3−へつづく〉









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