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やなぎ屋おかよのウェブ日記(文久二年五月) (無料公開)
[【時代小説発掘】]
2011年10月30日 10時55分の記事


【時代小説発掘】
やなぎ屋おかよのウェブ日記(文久二年五月)
篠原 景



(時代小説発掘というコーナーができた経緯)


【梗概】: 
幕末の江戸で暮らしていた女性が、ウェブ日記をつけていたら……?


【プロフィール】:
篠原 景。
2000年より大学で史学に没頭、時代小説の道へ。敬愛するのは東西のロックの神様。日本文芸学院客員講師。


これまでの篠原 景の作品:
「かまきりと遊女」
「遊女の絵筆」 
「廓の子供 」
「春の床」
「花魁のねずみ」
「土人形」
「幕末吉原の猫」
「化け狐」
「「初吉原」
「幕末吉原文化談義」

  

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【時代小説発掘】
やなぎ屋おかよのウェブ日記(文久二年五月)
篠原 景




(一)5月9日「剣豪誕生の日(多分)」

 お初にお目にかかります。
 江戸は神田で弟と二人、「やなぎ屋」っていう縄暖簾(要は御飯が食べれてお酒が飲める気楽な店)をやってる、かよ、と申します。どうも。

 なんか最近、あたしの人生も身の回りも、っていうか世の中全体が、思いもしない方向にころころっと転がっているなあ……なんて、妙に感慨深くなっちまうことが増えて(まだ二十三なのに!……いや、まあ、年増っちゃ年増だけど)、ちゃんと日記みたいのつけとこかなって思い立ったんで、これ書き始めてます。
 (ウェブ日記って言葉が頭に浮かんでくるのは何でだろう。あたし、変な夢見たり、変な言葉思い浮かぶことが多いんだよね。まあ、いいや)

 さあて、何から書こうかね。
 そもそもなんで弟と二人で縄暖簾やってるかというと……、やめた。これに関しちゃ、思い出しただけで胃の腑が痛くなる話を、一つでもいっぱいいっぱいだってのに、二つも思い出さなきゃなんで、後回しだ。
 まずは今日、これを書き始めるきっかけになった出来事から。

 店を一緒にやってる弟は、龍吉(たつきち)って言って、親がうっかり、えらいこと見てくれ良く産んじまった、しょうもない女好きなんだけど、こいつにゃ幼馴染みの茂助(もすけ)ってのがいる。茂っちゃん。
 茂っちゃんにはね、一年くらい前からずっと、うちで働いてもらってたんだよ。
 やなぎ屋のおかみはあたしで、包丁を握ってるのは龍吉だから、あたしと一緒に酒だの何だのをお客のところに運んだり、皿洗ったりとか、そんな仕事。
 お江戸にゃ、お客に食べもんを出す店がピンからキリまでわんさかあるんだけれども、ピンもキリも、やってくるお客は男が圧倒的に多い。だから料理人はともかく、お客の周りをうろうろする仕事は女、それも出来るだけ若くて綺麗な方が喜ばれる。
 でもまあ、そんな贅沢言ってられるのは、もっと敷居が高い、着飾って食べに行くような料理屋くらいのもんで、うちみたいな縄暖簾じゃ、きちっと働いてくれるなら、誰だっていいってのが普通。
 龍吉のやつも、「あいつはいい奴だ、俺が保証する」って言ってたしね。
 ……まだ店を開いて日も浅くって、いろんなことで頭がいっぱいだったあたしは、男が男を褒めるのくらい、あてになんないもんはないってことを、うっかり忘れてた。
 茂っちゃん。いざ働き始めたら、全っ然使えなかったんだ。でもその分、給金は少なくていいって言う。給金は少なくっていいって言うんだけど、ほんっと、使えない。
 始めの頃は、皿運ぶだけなのに客の選り好みするは、店の酒勝手に飲むはで、ほんっと洒落になんなかった。
 だけど世の中はまあまあうまく回るようになってて、次第にお客の方が茂っちゃんだからってんで、大目に見たり、逆に面白がってくれるようになって、結構うまくやってたんだ。
 それがね、今日いきなり、辞めさせてくれって言うんだよ。
 いきなりだよ!?

 茂っちゃんが胸を反らしてした話ってのが、まあ、だいぶうねってたんで短くまとめると、昨日、困ってる年寄りを助けたら、その年寄りが尋常じゃなく感激して、しかも尋常じゃなく金を持ってる年寄りらしくって、なんと二両もの大金を、茂っちゃんに握らせてくれたんだって。
 そんなお宝を手にしたことない茂っちゃん、どうも舞い上がっちまったみたいで、今こそ長年の夢を叶えるときだって思ったらしい。

 で、その長年の夢ってのが、
「おかみさん、おいら、剣豪になりてえんだ」
だってさ。

 包丁握ったこともない素っ町人が剣豪って!

 さすがにあたしも呆れちまったんだけど、一応、剣豪になりたいって言ったって、どうすんのさって訊いたんだよね。うちみたいな店が、入り口に縄暖簾かけて、縄暖簾でございってのとは訳が違う。
 そしたらね、えっと市谷(いちがや)とか言ってたかな? そこに知り合いがいる剣術道場があるんだってさ。町人や百姓でも弟子入り出来るところで、最近、勇って言う若い兄さんが跡を継いだばかりで、若い奴らがたくさんいて、いいところだって。試衛館とか言ったかな。
 茂っちゃん、「俺にも志を同じくする仲間が出来るんだぜ、へへっ、仲間だぜ」なんて言って、うっとりしちゃってさ。
 雇う側と雇われる側になった以上、幼馴染みの龍吉は仲間じゃないのかえ? なんて威張るつもりはないけどサ。
 どうして男ってのは、仲間って言葉にこうも弱いんだろう? しかもたとえ志とやらが同じだとしても、顔も見てない仲間だよ!?
 まったく恐れ入谷の朝顔市、げに凄まじき変わり咲き、だよ。

 でも一番馬鹿なのはあたし。
 完全に面喰らっちまって。まずそんなら新しい門出のご祝儀だよって、多めのお給金渡しちまった。
 あっ! 茂っちゃん、懐に二両ものお宝持ってるんだった! って、後ろ姿見て思い出したよ……。


(二)5月11日「一言で言やア、〈女も男もまアいろいろあるさ〉なんだろうけど、そんなふうにまとめられてたまるかってんだ」

 やっぱり、あたしと龍吉のこれまでについて、ちっとは書いとかなきゃねえ……。
 世に言う、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ……サ!

 とりあえず、生い立ちとか二親について、手短に書くね。ここは江戸時代物の基本だから。……あれ、江戸時代物って何だ?
 あたしと龍吉は、深川の裏長屋で生まれ育ったんだ。
 おとっつあんは朝から天秤棒担いで魚売って歩いてて、おっかさんは、どこにでもいる長屋暮らしの女房。
 どこまでも普通だったから、まあまあ幸せな二親だったと思う。幸せで、うんと仲が良くって、あたしと龍吉が奉公のために長屋を出て間もなくの頃、花見に行こうと乗ってた舟が引っくり返って死んじまった。
 死んじまったって聞いたときは、そりゃ泣いたけど、後々考えたら、仲良く花見に行こうとして乗った舟が、ちょいと行き先間違えて、あの世に行っちまったんだろう? 悲しいことなのかどうかは、分かんないね。
 こんなふうに思っちまうのは、おとっつあんが、男の龍吉は自分がきちっと育てて、女のあたしは女房に任せるって考えで、龍吉のことばっかりかまって、おっかさんが、見てくれが良く愛敬のある龍吉ばっかり可愛がったせいなんだろうか。
 うーん、でも周りの大人は親だけじゃないからね。あたしは見ての通りすくすく素直に育ったのサ。

 さあ……こっからは、心を強く強く。

 おとっつあんの弟にあたるおじさんが、料理屋に顔の広い人だったもんで、あたしも龍吉も、奉公先は料理屋になった。同じとこじゃないけどね。
 あたしは女中、龍吉は料理人(見習い)。あたしも女の世界で明けても暮れても拭き掃除してるより、料理人の方が良かったな。男はいつも得しやがる。
 真面目に働いてたんだよ。そりゃもう真面目に。
 ところがね、お定まりの展開で悪いんだけど、そろそろ嫁入りも考えなくっちゃねっていう十七のときに、男と出会っちまった。彫師の修行をしている男で、勢次(せいじ)って奴。
 何だか百年後のお江戸じゃ、錦絵っつったら、歌川派だなんだと、絵師ばっかり特別視されてる気がして仕方ないんだけど、彫師も摺師もね、名指しで仕事を頼まれる、大層な立場なんだよ。彫りだの摺りだのがまずけりゃ、絵が絵になりゃしないだろ? ……勢次って男はねえ、江戸一、天下一の彫師になるんだって、いつもそう言って……。

 まあ、あれだよ。
 初恋。夢を語る男。会えない辛さ。
 (後は、出会った日の空が綺麗だっただの、なんのかんの……)

 ……。
 そりゃ、男が一人前になるまで待とうって気にもなるさ。
 住み込みだったのを、通いにしてもらって、安い長屋の部屋一つ借りてさ。
 理由? 今やあたしが龍吉の親代わりなんです。あの子が一人前になるまで、帰ってこなくても、帰れるところを作ってやりたいんです……とか何とか。
 ははっ、一つ違いの弟の親代わりなんて気はこれっぽっちもなかったけどね。
 っていうか、男と会うためだけの部屋なんだけどね。

 そうして、男が来るのを待つしかない恋に身を焦がしながら、通いにしてもらった分、一生懸命働いて、働いて、そりゃア慎ましく暮らしてたんだよ。
 四年後、油問屋の十八になる一人娘に惚れられて、男があっさり婿に収まるまではねーー。

 まっ、黒船がやって来たなんざ、振り返ってみりゃアたいした騒ぎじゃなかったってこった。
 勢次の奴は、死んだと思って、うちで簡素ながら葬式してやった。
 生きてりゃ江戸一、天下一の彫師になったのにね。

 龍吉の方は、単純極まりない。
 龍吉の働いてた料理屋は、雲居亭(くもいてい)っていう、かなり名の知れたところだったんだけど、もともと器用な男だった龍吉は、たちまち上の人にも目をかけてもらえるようになった。
 だが奴は、女の方も随分と器用だった。住み込みで忙しい身のはずなのに、手近で目についた娘さんたちと散々いい思いをした挙句、雲居亭のお嬢さんとまでいい仲になっちまった。
 知っての通り、娘しかいない料理屋じゃ、腕のいい料理人を娘の婿にして跡を継がせたがる。
 龍吉の出世栄達は、約束されたも同然だった。

 ただ問題は、雲居亭にゃ娘が二人いて、龍吉の奴はどっちともいい仲になってたってことだけ。

 はい、おしまい。

 器用もいき過ぎると不器用なのかねえ。
 先の黒船騒ぎを超える大騒ぎで、あたしは、油問屋から、手切れ金をたんまりもぎ取ったから、その金で龍吉と二人、縄暖簾を出すことにした。
 店をあくまであたしのもんにしたのは、金を出したのがあたしだからってだけじゃない。
 さすがに女にゃ懲りた、なんてしおらしくしてるが、龍吉ははっきり言って信用ならない。
 せっかく手切れ金で手に入れた店を、龍吉がまたつまらん騒ぎ起こして、その手切れ金で危なくする訳にゃいかないだろう?

 そう言えば、あたしや龍吉の駄目人生からは遥か遥か遠い、上つ方の話になるけど、去年、京の天皇家から千代田のお城にやってきた和宮とかいう嫁さん、お雛様みたいにちんまりとして、上様とも仲睦まじいんだってね。
 上の方ってのは、まあ、いろいろあるんだろう?
 二年前の大老井伊直弼に続いて、今年の始めには老中の安藤なんとかが、坂下門とか言うところで襲われて怪我したって言うし。(幕府で二番目に偉いだの何番目に偉いだのって奴でさえ、襲われないようにするのは難しいのかねえ……。かよわい女の身で、夜道を一人歩かにゃなんないときもあるあたしにゃ、よく分からないよ)
 そんななか、期待とか思惑とかがわんさかあって夫婦(めおと)にさせられた二人が、普通に仲良く暮らしてるってのは、気持ちのいい話じゃないかね。
 まっ、あたしの分も、幸せに暮らしておくんなさいよ、ってこった。

 そろそろ空豆や十六ささげの旨い季節になってきたね。

 最後に、今日、何だか頭が痛くなった出来事を一つだけ。
 あたしら姉弟(きょうだい)は、店の二階で寝起きしてるんだ。で、龍吉は、あんまり片付けが出来る男じゃないんで、時々あたしが、龍吉の部屋を掃除してやるんだよ。
 そしたらね、今日、見つけちまった。龍吉が着る物(もん)の下に隠してた笑い絵。いわゆる春画。男と女がよろしくやってる絵。
 あたしだって、ねんねじゃないからね。笑い絵が、いろんな理由であっちがままならない男どもの、大事な大事な大事なお友達ってことくらい承知してるさ。
 こそこそ隠し持ってるってことは、やんちゃもせずに家でおとなしくしてる証拠なんだろうよ。
 でもね、隠し持っていた二枚の内容が、
「亭主の喪も明けてない若後家と坊主」
「若い娘と異人」
ってのは、あんまりじゃないかい?
 あいつ、どこへ向かおうとしてんだろう?
 しかも何より腹が立つのはさ、若後家の髪の彫りを見てさ、(この彫師、なかなかじゃないか……)なんて思っちまったこと。
 あたしゃ、彫師の腕にゃ、ちょいとうるさくてね……。


(三)5月15日「国を救う茂っちゃんと東太郎先生」

 茂っちゃんがいなくなってから、やなぎ屋はてんやわんやだ。昨日も、豆腐田楽をお客に多く出しちまって、「お代は結構です」ってなことになっちまった。
 ここだけの話、月のものが近いんで、息が上がってしょうがないよ。
 早く人を雇えやいいって分かってるさ。龍吉も、早くしろってうるさいし。
 でもね、ちょいと選り好みしてるんだよ。雇っちまったら長いんだから、茂っちゃんよりは使えるのは勿論、出来たらあたしの話し相手になってくれるよな、気持ちのいい女がいいなあ、なんてね。

 そしたら今日の昼前、いきなり茂っちゃんがやって来た。剣豪諦めて、また働かせてくれって来たのかと思ったら、ちょいと顔を見せに来ただけだって。
 正直さ、心配してたんだよ。茂っちゃん、力も体力もあるけど、包丁なんてとても持たせられない不器用さで、それがどうやって、木刀持って、えい、やあ、なんだろうって。 ところが茂っちゃん、もう、いっぱしの侍気取りで、あたしが戸口ンとこの青物、奥に運ぶの手伝っとくれって言ったら、「おいらはもうそんな男じゃないんだぜ、おかみさん」だって。
 変に据わった目エしちゃってさ。日本の将来(さき)がどうとかこうとか、好き放題語って帰った。とりあえず茂っちゃんが危機に直面しているらしいこの国を何とかしてくれるらしい。
 一言で言うと、何だありゃあ?

 もう、茂っちゃんなんざどうでもいいとして、いい事が一つあった。昼の賑やかなのも落ち着いたんで、店を龍吉に任せて、用足しに外に出たとき、久しぶりに東太郎(とうたろう)先生と立ち話が出来た。
 東太郎先生はね、近くで親の代から手習いのおっ師匠(しょ)さんをしている、ここいらの男の子供らは皆お世話になってる先生。
 もうご両親は亡くなられていて、一人で暮らしなさってる、あたしより五つ上の、まあ、あたしが密かに想いを……っていう、あれよ。はは。
 先生はね、すっごく、いいんだよ。
 黒船が来てから、千代田のお城ンなかはどうなったのか、西の方がやたらと騒がしい理由、米の値のこと、横浜の異人のこと、何でも知っていて、聞けば何でも教えてくれる。 でもね、ご自分じゃ、なアんにも余計なことはしないんだ。「国を憂う気持ちはあるが、今の私に出来ることはこれだけなんだ」なんて言って、にっこにこしながら、子供らに教えていなさる。
 子供らに教えているとき以外は、一人で本を読みながら静かに暮らしたいって、奥様もお貰いにならない。
 いいだろう? なアんか、いいだろう?
 龍吉のやつに大層な志があったかどうかなんてこたア、とんと分からないが、あの世にいるはずの勢次も、茂っちゃんも、でっかいことやらかそうとして、結局、妙ちきりんなことになってるだろう?
 あたしは先生みたいなのがいいや。
 江戸の三男(さんおとこ)は、〈与力〉、〈相撲取り〉、〈火消しの頭〉なんて言うけれど、〈オレ様〉も〈体育会系〉も〈ガテン系〉も目じゃないね。
 男ンなかの男は、やっぱり〈仙人系〉サ。(男の変な分類が、こんなすらすら思い浮かぶのはどうしてだろう?)
 うん、やっぱり先生はいい!

 先生、よくやなぎ屋に御飯を食べにいらっしゃるんだけど、ここ数日いらしてなくて、しかもなんかやつれてらっしゃる。聞けば、ご友人に借りた本を急いで読んでしまわなきゃなんなくて、少しばかり根をつめていらっしゃるとのこと。
 そんなら後で、おなかをあっためるくらいのものをお持ちしましょうってんで、やなぎ屋に戻って昼の残りで手頃なもんないか探したり、握り飯拵えたりしてたら、龍吉の奴に笑われた。いいように使われてるって。
 無駄に女の体つついてるだけで、何も分かってないのは龍吉の方だよ。
 先生の気持ちが向いているのは、本を読むことと子供らに教えること、それだけなんだ。他のことはどうでもいいなんてこたア、百も承知サ。
 でも、もしも、もしもだよ。
 先生ンなかで、やなぎ屋のおかみのおかよって女が、近所の騒がしい女から、いいように使える女に変わったとしたら、それはそれで本望じゃないか。先生みたいなお人の心ンなかに入るのは、並大抵のことじゃアないんだよ。

 騙されたっていいって思ってる女が騙されたって、騙されたことにはなんないなんていう、そんじょそこらの坊主の説法よりありがたい教えは、龍吉みたいな半端野郎にゃ、絶対に聞かせてやんない。


(四)5月19日「めでたし めでたし」

 龍吉はやっぱり龍吉だった。

 今日、どうしても不義理が出来ない用事があって、昼の間だけ、近所のかみさん二人に店の手伝いを頼んで、朝のうちから出かけたんだよ。でもね、少し歩いてから、(ああ……傘持って行った方が良さそうだ……)って思って、引っ返したんだ。
 そしたら、ほんの四半刻前、家を出た時には店にいた龍吉がいない。店の戸は半分開いたままだし、不用心じゃないかって腹立てながら、二階に上がったら、……信じらんない、上がってすぐンとこで、龍吉が若い娘さんと、ちょうどおっ始めようってとこだった。 ……。
 ……娘さんと目が合っちまってね。龍吉の下にいた娘さん、弾けたみたいに飛び起きて、あたしの前に這いつくばって、「申し訳ございません。申し訳ございません。申し訳ございません」って。声がもう、がたがた震えてて、あたしは面食らってんだけど、なんだか可哀想に思えてきちまった。
 顔を上げたのをよく見れば、泣きそうになってる顔は、可愛らしいけどまだまだ子供っぽくって、結構堅そうな雰囲気のある娘さんだし、何より、悪いのは誰なのか見当はついてるし。
 「奥の部屋に鏡があるから使いな」って、あたしの部屋を指さしてやるしかないよね、もう。
 身繕いをして、「申し訳ございません」を繰り返しながら階段を下りて行った娘さんの足取りには、こっちがひやりとさせられた。

 ……で、あさっての方を向いたまんまの馬鹿野郎。
 店が不用心じゃないかとか、思い立って連れ込んだのか、それとも前もって約束してたのかとか、いくら気が急いていたって、せめて床をのべてやるくらいの優しさはなかったのかとか、まくしたてたいことは山ほどあったけど、とりあえず、「お前の大事な娘さんなのかえ? 所帯を持つ約束でもしたのかえ?」って訊くと、龍吉の奴、「そんなわきゃねえよ」ってだらしなく笑う。……っていうか、笑いやがった。
 あたしは、じいいって目エつぶって、頭ンなかで、いっぺん龍吉を階段から突き落としてから、一呼吸置いて立ち上がって、「娘さんが心底恥ずかしい思いをした分だよ」って、思いっきり蹴飛ばしてやった。

 人目を忍んで束の間ってのは、女と男の醍醐味だろうけど、見つけた者(もん)にゃ、見つけた者の務めがあるってことサ。嫌ンなる。

 茂っちゃんはやっぱり茂っちゃんだった。

 夜の、店が一番忙しいときにいきなりやって来て「おかみさん、またここで雇っておくれよ」なんて言う。
 客がわんさかいる前で、茂っちゃんが一人語った内容をまとめると、試衛館とかゆうところでいろいろかぶれてみたものの、痛いのも怖いのも向いてないし、剣豪なんかなれるわきゃないし、そもそもノリが合わないし、ってことらしい(っていうか、正式な入門もしてなかったらしい……)。
 何で今なんだよ、とりあえず店を閉めた後にしとくれよって、あたしは今日二度目の〈呆気にとられた〉だったんだけど、話をひとしきり聞いた常連客の一人が、
「行方知れずになってた飼い犬が、怪我一つしねえで元気に戻ってきたってエ塩梅だな。こりゃ、めでてエや」
なんて言って、よく考えりゃまったくもってその通りなんで、あたしも笑っちまった。
 これでやなぎ屋の人手が足りないのは、今日限りになった。

 (かなり自棄っぱちだけど)
 はい、めでたし、めでたし。

 日記って、書いてると疲れるもんだね。

                了


参考
高橋幹夫『江戸あじわい図譜』(青蛙書房、平成七年)





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