タイムラインとは | |
2014年11月7日 22時49分の記事 | |
我々は、昨日と今日と明日には、時間的な連続性があるとかたくなに信じています。 ですが、本当はそうではない(時間には連続性はない)というお話をしたいと思います。
我々は、時間というのは一直線上に連なっていて、しかもそのライン(仮にタイムラインと呼ぶことにします)は1本しかないと考えていますよね。 しかし、私は長年の非物質界の探索の結果、次のように考えています。 すなわち、時間というのは、「例えるなら」階層構造のようになっていて、それぞれの時代が別の次元に存在していて、互いに独立しています。 たとえば、時代を大まかに次のように分けてみます。 恐竜時代。 ムー時代。 シュメール時代。 縄文時代。 現代。 めっちゃ、おおざっぱですけどね(笑) 我々は、時空の連続性がないものを、1つのタイムラインであると「みなして」見る傾向があります。 たとえば、恐竜時代、ムー時代、シュメール時代、縄文時代、現代が、同一のタイムライン上にあるという具合に。 この点、化石というのは、異なるタイムラインからの「贈り物」(=痕跡、ホログラム)であり、似たようなものとしては、UFOがあります。UFOも別次元から我々の世界に交差してきた多次元生命体の痕跡ととらえることができるからです。 しかし、異なるタイムラインが、ある時空間のポイントで交差する瞬間があります。 それが、時空がアセンション(次元上昇)あるいはディセンション(次元降下)する転換点です。 地球上では、6500万年前の恐竜の絶滅期に、あるいは6500年前の今の人類の誕生期にそれが起きていると感じます。 この考え方からすれば、恐竜は今の人類とは別のタイムラインに移行しただけなので、恐竜は今でも別次元で生きていることになります。 同じことは、セスも述べています。 それぞれのタイムラインは、それぞれ独自に存続しつつも、別のタイムライン上に交差してきています。 ですから上の図をちょっと左回りに傾けていただけるとわかりますが、太い矢印があたかも一直線上になるように感じられてきます。 これが、我々が過去、現在、未来だと感じている1本のタイムラインです。 ですが、多次元的に見た真実は、そうではないのだということが言いたいわけです。 したがって、化石や遺跡の年代測定だけでは、すべてのタイムラインを把握することはできないことになります。 (つづく) Some rights reserved by BONGURI | |
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◆この記事へのコメント(投稿順) | |
1. みどりむし 2014年11月8日 5時52分 [返信する] imimiさん。こんにちわ。ベロボディアの輪という本で、似たような説を読みました。人類は一種類だけじゃなくて様々な流れがあってあるとき別れて別々の次元で生きていると。それぞれが異なった人間の可能性を探求していて、それらが接近して交差する瞬間があるとのことでした。ちなみに今がまさにそういう時代みたいです。話にはシャーマンが出てくるんですが、シャーマンというのは二つの次元をつなぐメッセンジャーらしいです。
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