常識は非常識であるという視点 | |
2014年10月11日 21時20分の記事 | |
「体外への旅」という言葉があります。 モンロー研を創始したロバートモンローは、このタイトルの本を書いた人物です。 私は彼に三次元世界では会ったことはないんですが、多次元世界ではかつてはよく会っていました。 今回はモンローの話ではなくて、「体内への旅」の話をしたいと思います。
スピリチュアルの世界では、体外離脱の話は聞きますが、体内離脱の話は聞きません。 ですが、私見では、我々は体内への旅も容易にすることができます。 それを、「体内離脱」と呼ぶかどうかは別にしても、です。 体内を多次元的に旅すると、外宇宙とそっくりに見えます。 脳の中に意識を置いてみると、まるで静寂に包まれた宇宙空間のようです。 次の瞬間、遠くで稲妻のような閃光が起き、そこへ向けて光が見えないトンネルをものすごいスピードで駆け抜けていくのが感じられてきます。 私は、これは一体なんだろうと思いました。 血液の流れだろうか? 次の瞬間、それは違うと気づきます。 内なる叡智が、それはニューロンが活性化した瞬間だと、言葉にならない「何か」によって伝えてくるからです。 このように、私は「感じるように見る」という手法を取ります。 リーディングでもこれを使いますが、リトリーバル(救出活動)でも、他のどんな活動にでも応用できる手法です。 これを用いることで、活動範囲が一気に広がり、内宇宙の深奥にまで到達することが可能です。 言い換えると、五感を超えたところを、さぐるようにしてキャッチする手法です。 我々は、いろんな所にアンカーして物事を捉えます。 物質世界でも、非物質世界でも。 あらゆる認識は、我々の五感に引き直して捉えています。 いかなる次元の体外離脱においてもです。 そうすると、その次元の感覚を越えた次元を捉えられないという現象が、常につきまとってきます。 ですから、逆説的なようですが、感覚にしばられないということが大切なのです。 つまり、感覚がなくても、体験はしているのです。 これに気づくと、いわゆる直感、インスピレーションなどの内なる叡智を受け入れやすくなります。 つまり、なんとなくそんな気がするという、あいまいな表現しかできない「何か」です。 これが、リーディングの基本であり、ここに気づけるか否かがリーディング能力を引き出せるかどうかの分水嶺だと感じます。 体内への旅から話が脱線しましたが、何事においても、今までの常識を打ち破るということが重要な気がします。 「体外離脱」に縛られていた自分のベクトルを180度変えて、「体内離脱」の旅をしてみたり。 感覚に縛られていた自分をやめて、感覚に縛られないと意図してみたり。 体験を求めることをやめて、何もしないことにしてみたり。 そこから、今までとは違った何かが発見できるかもしれません。 我々にとっての常識は必ずしも常識ではなく、もしかしたら別の視点からみれば非常識かもしれないのです。 (写真: ナショナルジオグラフィックより) | |
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