ヘミシンクの上達法 | |
2015年3月11日 10時37分の記事 | |
たまにはヘミシンクネタでも。 (たまにというより数年ぶりか?!(笑)
>日々の効率的なヘミシンクワーク法(独学である上、日々の余暇も非常少ない中、睡眠時間を削ってでの瞑想やヘミシンクを続けているため、やり方が間違ってはいないか、また、もっとこうした方が良いのではというアドバイスをimimiさんから頂きたいです) <へミシンクCDについて> へミシンクをされるのでしたら、ご自身の日常生活に生かしやすいストレスの除去や感情のコントロールのCDを聞かれるといいと思います。 おすすめは、?ゲートウェイシリーズ、?オープニングザハートの4枚目、?クリエイティブウェイの「内なる創造主」です。 ?と?は、かなり深い体験までできます。 使い方次第では、フォーカス49以上まで行けます。 <睡眠時間を削ってへミシンクワークや瞑想を続けることについて> それ自体は全く問題ありません。 ただ、仕事に影響が出ないようにはする必要があります。 <へミシンクのやり方について> <積極的にイメージし、固定化すること> 今はマニュアル本が何冊か出ていますから、独習の場合それに従って進めていくことになりますが、最も大切な点は、型にはまりすぎないことと、あまり神経質にならないことが大切です。 よくありがちなのは、ナレーションを重視しているつもりが、ただ受け身で聞くだけになって寝落ちしてしまうことです。 これを避けるには、積極的にイメージをすることです。 最初に知覚したもので固定して、それを目印にするといいです。 たとえば、フォーカス10ならフォーカス10だという印象、風景、感覚などです。 感覚はなくてもかまいません。 私の場合は、体感覚が鈍かったので、イメージで固定するやり方をとりました。 フォーカス10なら青空に浮かぶ雲海の上に自分が寝ている様子、 フォーカス12なら、草原にベンチがあって、ガイドと会っている様子などです。 ガイドも、最初は身内に登場してきてもらうのがいいです。 一番わかりやすいからです。 ガイドに会うと意図した場合、ガイドが身内の姿をして出てきていると考えてみてください。 私の場合は、弟や母親によく出てきてもらったりしました。 僧侶のガイドと会うようになってからは、僧侶のガイドばかりに会っていましたし、 シスターができてきてからは、シスターにばかり会っていました。 そんな感じで、イメージを固定化するというのも、かなり有効なテクニックです。 <ナレーションに無条件に従わないこと(臨機応変に)> そして、ナレーションを無視しても構わないと自分に言い聞かせてみてください。 ナレーションに素直に従うことが、最大の寝落ちの原因になります。 へミシンクCDを聞いても、ナレーションを完全に無視します。 むしろナレーションは邪魔なので、できるだけナレーションのないものを選びます。 積極的にイメージして、自分からどんどん体験を進ませていきます。 へミシンクについての様々なコツは、旧ブログのほうに載せてありますから、ぜひ読んでみてください。 <神経質になり過ぎないこと> あと、神経質にならないというのは、たとえばゲートウェイをやっていて、「自分はまだWAVE1をマスターしていないからWAVE2に進めない」と考えてみたり、 あるいは、「WAVE1からWAVE6まですべてのCDを順番通りに聞かなければならない」と考えるのはあまりよろしくないということです。 WAVE1、WAVE2だけはできるだけ順番に聞いたほうがいいですが、それもある程度WAVE1を聞き込んだら(10〜30回ぐらい)、すぐにWAVE2に行ってもらってかまいません。 そして、WAVE3と4は、無理に聞く必要はありません。 WAVE5と6は出来るだけ聞いてみてください。 WAVE3と4に出てくる内容は必須ではないです。 どの方向を追求していかれるのかにもよりますが、例えばガイドやハイアーセルフに会ったりして情報取得をされたいのであれば、WAVE2を終了したらいきなりWAVE5に行ってもOKです。 3と4に出てくる内容は、ガイドから直接習ったほうがはるかに自分に合ったやり方を習得することができます。 非言語通信や、体外離脱は特にその傾向が強いです。 ナレーションを無視することと、順番に聞かないことは、極めて重要ですので、ぜひやってみてください。 <バランスを重視すること> あとは、バランスを重視してみてください。 ここでいうバランスというのは、体験と検証のバランスです。 体験だけ追い求めても、やがて飽きがきたり、やる気が失せてきたりする可能性があります。 そこで、非物質的な情報と現実世界との整合性(検証)をすることになります。 よくやられているのは、共同探索なんかがそうです。 へミシンカー同士で共通の目的にしたがって一緒にへミシンクをして、あとで整合性が取れているかどうかチェックするといったものです。 これは、自分が確かに体験をしているんだというふうに自分自身に意識させ、さらに知覚力を向上させるのに役に立ちます。 ですが、検証しすぎても自信を無くす場合がありますので、バランスが大切なのです。 特に重要なのは、「ありえないことではない」という位置づけです。 ガイドから何かを言われたり、過去世を見たりしても、それが本当に真実なのかを追求しても追求しきれないことがあります。 ですから、いったん「ありえないことではない」というふうに位置づけてみてください。 別の言い方をすれば、自分が見たもの、感じられたものをいったんは受け入れるということです。 でも、それを妄信するのではなく、「ありえないことではない」という認識で参考程度にとどめるのです。 具体的には、体験をし終えたら、必ずメモを残して、それでいったんは区切りをつけます。 あとでそれを読み返すのは構いません。 そうやって、メモを残して、自分が確かに体験したんだということを自分自身に認識させて、それを頭の片隅においておくぐらいの感覚でちょうどよいと思います。 ですから、まずは「否定しない」ということを最初は意識してやってみてください。 そして、ときどき検証できるようなことをしてみます。 仲間と共同探索なんかをされるといいと思います。 他方で、「鵜呑みにしない」というバランス感覚も大切です。 ぜひ、「否定しない」ことと「鵜呑みにしない」ということも意識されてみてください。 <へミシンクを聞く時間帯について> 早朝が最もよいと思います。 あるいは、昼間の仕事の空き時間ができた時などです。 眠りから覚める直前というのは、まだ非物質的な感覚が残っています。 残っているというのは、夢の中で誰でも変性意識状態になり、体外離脱をして非物質界で体験をしているからです。 ただ、それが脳内で記憶の整理をするときに、複数の体験がごっちゃになったり、左脳で整理するときに混同したりすることがあるだけです。 基本的には、夢とは多次元的な体験であることが多いです。 ですから、眠りから目覚めた直後が、最もへミシンクワークに適していると私は考えています。 あとは、それまでに睡眠をとっていますから、寝落ちもしにくいです。 昼間がよいというのは、たとえ寝落ちしてしまっても、すっきりしますから、時間を無駄にしたという感覚になりにくいですし、案外短い時間しかとれなくても、体験しやすかったりします。 <積極的にノンヘミでしてみること> あとは、これは朝もそうですが、どうしても寝落ちしたくないというときには、ノンヘミでしてみてください。 ノンヘミでへミシンクをするのは、とても良い勉強になります。 へミシンクを聞いていなくても、へミシンクを聞いているフリをすることで、脳は自動的にへミシンク音を再現し、変性意識状態に誘導していきます。 しかも、寝落ちしにくいですから、体験が残りやすいです。 <細切れに時間を活用すること> あとは、へミシンクは細切れで聞いても問題ありません。 たとえ30分のセッションでも、10分で終えても全く問題ありません。 ただし、自分でグラウンディングだけはしっかりするようにしてください。 私は、以前はよく、レゾンナントチューニングのあたりですべての体験を終えてCDを聞くのをやめて、あとはひたすらパソコンに向かって記事を書いていた時期がありました。 私の場合、ICレコーダーは使わずに、すべてポイントだけを覚えておいて現実世界に帰り、戻ってからメモを残していました。 ただ、この辺は、ひとそれぞれなので、ICレコーダーを使われてもいいかもしれません。 試行錯誤して自分に合ったやり方を見つけてみていただければと思います。 <普段とは違ったシチュエーションでへミシンクをしてみること> これは意外に重要です。 たとえば、歩きながらへミシンクを聞いたり、電車に乗りながらへミシンクを聞いたりしてみてください。 ただし、運転中は避けてください。 お風呂に入りながらでもいいと思います。 カフェでくつろぎながら聞いたり。 公園のベンチで聞いたり。 海岸で聞いたり。 山や森でハイキングをしながら聞いたり。 あとは、これは状況によりますが、仕事中に聞いたり。 いろんなシチュエーションの中で変性意識に入る練習をすることによって、寝落ちせずに体験できますし、 あとは時々それらを検証しながら、「確かに体験している」ということを自分自身に言い聞かせてあげるようにしてみてください。 それによってさらに知覚能力が高まっていきます。 <はっきり見えるという幻想を捨てること> 私はほとんどの場合、はっきりくっきり見えたり知覚したりということはありません。 検証してみるとそれでも体験できています。 これは、今しているリーディングについても一緒です。 三次元で生活している以上、五次元やそれ以上にはフォーカスしにくいようになっています。 ですから、はっきり見えなくて正常なのであり、「それでも」体験できるのです。 まれにはっきり体験できることもあるにあるのですが、だからといってそれが極めて情報の精度が高いということはないですし(情報の精度は同じです)、 感覚的に鋭い人ほど、はっきり見えたもの以外は切り捨てるかもしれませんが、私はもったいないことだと思っています。 はっきり見えても見えなくても、体験には変わりありませんから。 Some rights reserved by Ajnagraphy (János Csongor Kerekes) | |
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