このブログのトップへ こんにちは、ゲストさん  - ログイン  - ヘルプ  - このブログを閉じる 
やなぎ屋おかよのウェブ日記(文久二年十一月)(無料公開)
[【時代小説発掘】]
2011年12月4日 11時21分の記事


【時代小説発掘】
やなぎ屋おかよのウェブ日記(文久二年十一月)
篠原 景



(時代小説発掘というコーナーができた経緯)


【梗概】: 
幕末の江戸で暮らしていた女性が、ウェブ日記をつけていたら……?


【プロフィール】:
篠原 景。
2000年より大学で史学に没頭、時代小説の道へ。敬愛するのは東西のロックの神様。日本文芸学院客員講師。


これまでの篠原 景の作品:
「かまきりと遊女」
「遊女の絵筆」 
「廓の子供 」
「春の床」
「花魁のねずみ」
「土人形」
「幕末吉原の猫」
「化け狐」
「初吉原」
「幕末吉原文化談義」

「やなぎ屋おかよのウェブ日記(文久二年五月)」
  



↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓   ↓  ↓  ↓  ↓



【PR】システム構築、ソフトウェア開発はイーステムにお任せ下さい


************************************************************
当サイトからの引用、転載の考え方
・有料情報サイトですが、引用は可能です。
・ただし、全体の文章の3分の1内程度を目安として、引用先として「ニュースソース・NewsSource(有料版)」と必ず明記してください。
・ダウンロードしたPDFファイル、写真等は、透かしが入っている場合があります。これは情報管理上のことです。現物ママの転載を不可とします。ただし、そこから情報を引用しての表記は可とします。その場合も、全体の3分の1内程度を目安として、「ニュースソース・NewsSource(有料版)」と引用先を必ず明記してください。
・商業利用の場合は必ず、連絡下さい。
 メールは、info*officematsunaga.com
(*を@にかえてください)
************************************************************

【時代小説発掘】
やなぎ屋おかよのウェブ日記(文久二年十一月)
篠原 景


(一)11月2日「蕎麦だけにおそばに……とか?(あっ、やっぱりナシで)」

 なんか嫌な夢を見た。
 百五十年くらい先の……どこなんだろう? どうもそこは蕎麦屋らしいんだ。そこで髷も結わないぼさぼさ頭の親父連中が、「江戸っ子はこうやって蕎麦を食うんだい」とか言って、揃いも揃ってずるずるう、じゅるじゅるう、って汚い音たてて、汁を撒き散らしながら蕎麦をすすり上げてるんだ。したり顔で、「こうやって食うと、蕎麦の香りが鼻に抜けていいんだ」とか言っちゃって。
 あたしゃ蕎麦が好きなんだよ。このお江戸も蕎麦も、馬鹿にするんじゃないよってんだ。
 天下のお江戸にゃア、諸国から、毎年大勢の人間がやって来るんだ。
 江戸っ子の務めは、育ちの違う連中がわんさかいるなかで、お互いに嫌な思いをしないように、そして誰が見たって、「さすが江戸っ子」と言わしめるように、しゃんとしていることなんだよ。誰があんなみっともない食べ方するかってんだ。
 それに、あんなにつけ汁をびしゃびしゃつけた蕎麦で、香りだの何だの……、ちゃんちゃらおかしいや。
 あのぼさぼさ髪といい、どんだけ山奥で暮らしてる奴らなんだろう?
 あたし、昔っから変な夢を見たり、変な言葉が思い浮かんだりすることが多くて嫌になっちまうんだけど、今日のは本当に嫌な夢だった。

 冒頭から愚痴っちゃってごめんよ。
 初めての人は初めまして、そうでない人はお久しぶり。江戸は神田で、見てくれが良くって女好きの弟と二人、縄暖簾やなぎ屋をやってる、かよ、です。
 日記書く! とか言っといて、五月に四日くらい書いて、だいぶ間が空いちまった。
 でも、まあ四日書いたってことは、三日坊主より一日分、上等だよね。
 次はもうちょっと続くよう頑張るよ。
 (それにしても、頭に浮かんでくる、ウェブ日記って言葉は何なんだろう?)

 今日、店を開くにはまだまだだってのに、茂(も)っちゃんが、「おかみさん、おかみさん」って、けたたましくあたしを呼びながら店に入ってきた。
 前の日記を読んでてくれた人はとっくに承知だろうけど、茂っちゃんは、弟の龍吉の幼馴染みで、まったく使えないのに、使えなさ過ぎてお客に可愛がられてる、やなぎ屋のもう一人の働き手。
 とても料理の手伝いなんかさせれる奴じゃないので、いつもは昼に、お客がやって来るのと一緒にやなぎ屋の暖簾をくぐって来る。時にはそれにさえも、寝過ごして遅れてくる奴が、朝のうちからやって来るんだもの。何事かと思ったら、びっくり、茂っちゃんは女連れだった。
 ぱっちりとした目が可愛らしい、小柄な娘さん。
 おどおどしているその娘さんを前に押し出すようにしながら、茂っちゃん、やけに気張った声で、
「おかみさん、ちょいとこの子の話を聞いてやってくれよ」
なんて言う。
 相変わらず茂っちゃんの話はうねってたんで短くまとめると、お糸ちゃんというその娘さんは、茂っちゃんと同じ長屋に暮らしていて、最近どうもふさぎ込んでることが増えたんで、おっかさんが心配してるらしい。
 で、それを何でか聞きつけた茂っちゃんが、「おいらの働いてるとこのおかみさんは、よくいろんな娘さんの相談に乗ってあげていて、しかもものすごく口が固いから、おっかさんに打ち明けにくいことでも、ためしに一度会って話を聞いてもらうのがいいや」って、かなり強引に引っ張ってきたらしい。

 ……。
 ……ひどいね。
 あたしゃ別に、人から聞いたことをべらべら喋りまくる質(たち)じゃアないけど(代わりにここにずらずら書きまくってるけど)、まあ、全体的にひどい嘘だよね。
 ……。
 ……分かるよ、分かるよ。
 惚れてんだろ、そのお糸ちゃんって娘さんに。
 三座じゃ顔見世が始まったばかりだが、ほんとにとんだ顔見世だ。
 で、力になっていいとこ見せたいんだろ? でも茂っちゃんじゃなんの役にも立たないもんね。
 目的も分かるし、ちゃんと自分が分かってるのも大したもんだ。
 でも何であたしが巻き込まれなきゃならないんだい!?

 (女心なんて、あたしゃ自分で手一杯だよ)って、腹立ったけど、腹立ったけど、だからって追い返す訳にもいかないんで、昼の仕込みに取りかかってた龍吉に、誰も(っていうか茂っちゃんを)二階に上げるなって言いつけて、戸惑ったまんまの娘さんをあたしの部屋に連れてった。

 ……で、茂っちゃんの想い人、お糸ちゃんが、真っ赤になったり、泣きそうになったりを繰り返しながら、やっと話し始めた話ってのは、お糸ちゃんが、誰にも知られず密かに会ってる男の人のことだった。

 は??。予想はついてたけど、茂っちゃんはとことん馬鹿だねえ。

 お糸ちゃんは、年の離れた姉さんが、神田の紺屋町にある駒蕎麦って蕎麦屋に嫁いでいて、お糸ちゃんもそこに通いで働いているそう(だからあたし、今朝、変な蕎麦屋の夢見たのかな……)。
 で、お糸ちゃんの気持ちをいっぱいにしてる男ってのは、駒蕎麦によく来ていた若いお侍で、名を中田直之介って言うんだって。
 お糸ちゃんが、控えめながらも甘い声で、「直之介さん」って呼ぶその果報者は、江戸住まいではなく、神田のお玉ケ池にある玄武館って道場に剣術の修行に来ている、越前福井藩のお侍らしい。
 一応同じ神田だし、玄武館のことは結構よく聞く。流派は北辰一刀流で、江戸の三大道場に数えられるところ。
 ええっと道場を開いたのは千葉周作とか言う人で、弟が一人いて、そっちは京橋桶町で別の道場開いてて、玄武館が「大千葉」って呼ばれてるのに対して、弟の方は「小千葉」って呼ばれてるとか。
 どんなもんだい!(いろんな国の訛りがある、いっぱしの顔した若いお侍たちが集まってくる道場は目立つってだけなんだけど……)
 お糸ちゃんと直之介さんとの仲はもう四ヶ月で、直之介さんは近々国に帰る予定だそう。長男ではないようだけれど、歴とした越前福井藩士のお侍だ。町人や百姓とは訳が違う。
 よっぽど思い詰めていたんだろうね。初めて会うあたしのどこをどう信用したのかは分からないが、お糸ちゃんは、一旦重い口を開いた後は、それこそ堰を切ったように、胸ンなかにぎゅうぎゅうにしてたものを吐き出して泣いた。万が一これで事が露見してしまっても構わないと思えるくらいに、限界だったに違いない。
 直之介さんとはどんな風にして会ってたんだい、なんて野暮なことを訊くつもりはないが、顔を赤らめて、手と手を取り合って……なんて甘っちょろい仲でないことくらいは分かる。
「まさかもう、お腹に子供が、なんてことは……」
って訊くと、お糸ちゃんは、大きな目をより大きく見開いた後、激しく首を振った。重ねて、
「子を堕ろしたり、父(てて)なし子を産む気持ちの準備は出来てるのかい?」
って訊くと、一層激しく首を振って、畳にうつぶせになって背を波立たせた。
 ……馬鹿だって言う奴は、散々馬鹿にして笑った後、頭から地獄に突っ込んで死ねばいい(あれっ、順序が逆かな)。こうなっちまったら、女はどうしようもないんだ。
 直之介さんに会えた回数がそう多いはずはない。けれども、離れてたって、気持ちも体も、直之介さんにくっついたまんまなんだろう。
 十七からの四年間、料理屋で女中をしながら男と隠れて会っていたあたしは、いつか男と幸せに暮らせる日を信じていたけれど、それでも時折、死んじまいたくなる気持ちからは逃げられなかった。少し遅れて月のものが来ると、泣き笑いみたいな、変な声が喉元に上がってくるのを抑えるのがやっとだった。
 これだから、女の打ち明け話を聞くのは嫌なんだ。
 あたしは階段のとこまで行って、龍吉を呼ぶと、盥か何かに汲んだ水と、もう四半刻ほどしたら、茂っちゃんをどこか遠くへ買い物にやってくれってことを頼んだ。
 一階(した)で得意気な顔で待ってるに違いない茂っちゃんに、お糸ちゃんを送らせるわけにゃいかない。
 そうして、お糸ちゃんに、泣き腫らした目を、水に濡らした手拭いで冷やさせて、茂っちゃんが店を出たのを見計らい、「辛くなったらまたおいで」って、送り出してやった。 駒蕎麦に行くには少し遅くなってたらしいから、怒られるのは仕方ないとしても、あまり不審がられないといいんだけど……。

 ちなみに、龍吉に、茂っちゃんをどこに使いにやったのか聞いたら、深川の、昔住んでたとこの近くにあった団子屋に、団子を買いに行かせただって。まだ店があるかどうか分からないけど、って。
 ……うん、どっか遠くになんて、適当に言って悪かったよ。ただ、お糸ちゃんが茂っちゃんと顔を合わせなくて済むくらい遠くなら良かったんだよ……。

 結局、茂っちゃんが団子の包み一つっきりを手に帰ってきたのはもう夜になる頃だった。
 茂っちゃんは茂っちゃんで、少なくとも亀じゃアないので、久しぶりに深川まで行って、あっちこっち寄り道して遊んできたのは明らかなんだけど、茂っちゃんはめげずにいろいろ言い訳してた。
 大丈夫、大丈夫。悪いのはあたしだから。

 もうすっかり冬だね。
 最近、龍吉にわがままを言って、茸(きのこ)がたくさん入ったのっぺい汁ばかり作らせている。寒いときはこれが一番旨い。鴨を松露(しょうろ)と牛蒡で煮物にしたのも、定番中の定番だけあってやめらんなくなる。
 やなぎ屋で出る料理にやたらと茸が多いのはあたしのせいだ。


(二)11月13日「お侍ってエ生き物のこと等々……」

 この前剣豪になるのは諦めたくせに、茂っちゃんはまだ少しお侍に憧れてるみたい。でもあたしゃお侍が好きじゃない。
 二本差しが怖くて田楽が食えるか! なんて勢いづいてるわけじゃアない。威張られるのは嫌だけど、あたしに向かって威張る奴は、金持ちの商人だの、ただ男って理由だけの奴だの、他にもわんさかいる。そんなんでいちいち目くじら立ててたら客商売は務まらない。
 あたしが嫌なのはね、お侍っていう連中の、暮らし方とか物の考え方だ。
 東太郎先生は別サ。先生はちっともお侍らしくないもの。
 何て言えばいいんだろう?
 そう、たとえばいかにも侍らしいって言われる立派なお侍ってのがいるとするだろう? そいつは近所の子らが棒っ切れ振り回してるうちから、部屋で一人、「子のたまわく……」をやって、飯に好物が出たから「うまい」と声を上げれば、「武士の子が」って叱られて、着る物も、何の関心も持たないまま、母親だの女中だのが出したのを着るだけ。
 で、一人前になったら突然、顔を見た事もない(当然男知らずの)娘と夫婦(めおと)になる話が決まる。そして自分は、花にも三味線(しゃみ)にも心を動かさず、質素倹約を心がけ、黙々と上役、殿様にお仕えするだけ。だいたい商人や職人のように、常日頃あれこれ工夫することもない。
 殿様が「腹を切れ」って言えば、「はい」ってかっさばいて見せる。
 よっぽど我慢強いのかと思えば、自分と格が同じくらいの奴、あるいは目下の奴が、ちょっとでも自分を軽んじてるって思った次の瞬間には、「おのれ、愚弄する気かっ!」って激昂し、しまいにゃ刀に手をかける。
 これが立派なお侍だろ? 皆でこれを目指してるんだろう?
 ……。
 ……好きになれるわきゃない。
 あたしはおかしいかい?
 まあ、やなぎ屋に来るお侍は、東太郎先生をはじめ、内職暮らしの浪人さんとか、あんまり侍風を吹かせないお人ばかりで助かってるんだけど……。

 前置きが長くなっちまった。
 あれから、お糸ちゃんは二度ほど、うちにやって来て、二階で泣いて帰った。
 お糸ちゃんはいい子だよ。なりゆきとは言え、結局あたしにしか甘えられないからうちに来るわけだけど、その分、店の掃除をしようとしたり、自分に出来ること探して一生懸命だもの。
 駒蕎麦さん、うちの茂っちゃんと交換してくんないかねえ……(今なら酒樽の三つや四つ、つけてやる)。
 でもね、出来る限りのことはしてやりたいって思うけど、こっちゃア、お糸ちゃんの気持ちに共感しちまわないようにするのが、結構大変なんだ。共感しちまったら、後は悲しいだけだもの。
 だって相手は、越前福井藩士様々だろう? いざご帰国となりゃア、「家名に泥を塗るわけには??」だの「父上と母上のご心痛を思えば??」だの御託並べて、女を、履き潰した草鞋(わらじ)みたいに捨てるんだろう?
 ああ、嫌だ嫌だ。
 気が重い。

 気が重いと言えばもう一つ。
 五月頃だっけ、龍吉の馬鹿がうちの二階に連れ込んで、事を始めようって時に、あたしに見つかっちゃった娘さん、龍吉が言うには古着屋の娘さんらしいんだけど、用もないのに、うちの前をよく通る感じなんだ。そんで、じとーってした、今にも泣きそうな目でこっちを見てる。
 変な噂が立ちでもしたら、うちの十倍も百倍も困るのは娘さんの方なのに、どうしたもんだろう?
 龍吉に何とかしろって言ってんだけど、奴は腹立つことに、こういうのに馴れっこみたいで、ちっとも気にしてない。
 っていうか、この前も、二、三日、暇を見つけちゃ竃の前に立ってるんで、何やってるんだろうって思ってたら、鴨と松露と牛蒡の煮物に新しい工夫を凝らしてた。正直、すっごい旨い。お客の評判も上々。
 龍吉は、いつも通り、絶好調ってこったね。

 ついでだけど、茂っちゃんは、お糸ちゃんの相談内容ってのを、知りたくて仕方ないみたいだ。それにお糸ちゃんにも、「なっ、おかみさんに相談して良かったろ?」って、しつこく恩を着せてるらしい。
 まっ、茂っちゃんはどうでもいいや。

 まったく、あっちもこっちも、色恋の花ざかりで、やなぎ屋はどうなっちまってんだろう?
 そもそも、歌だの何だのになって大昔から本当に人をしみじみさせるのは、そっと胸にしまった気持ちってヤツだろう?
 相変わらず、東太郎先生の前でへらへらしてるあたしを、誰か褒めたり、見習ったりしてくんないかねえ。張りも何もありゃしないや。


(三)11月27日「こんな日々が続きゃ人生は上々だ」

 三日前、夕飯の客にはまだ早い時刻に、若いお侍が一人、やなぎ屋にやって来た。
 太い眉をした、真面目そうな雰囲気のお侍で、すぐに分かった。ああ、これが中田直之介さんだって。
 お糸ちゃんが言ってた、役者のような見た目って言うのにゃ、かなり遠かったが、それはよくあることで仕方ない。
 周りに誰もいないのを確認してから、直之介さんが言うには、お糸ちゃん、姉さんに勘づかれちまったみたいで、連絡が取れなくなっちまったんだって。だから、お糸ちゃんから、唯一二人のことを打ち明けてると聞いてたあたしンとこに、言伝てを頼みに来たってわけ。
 直之介さん、まだ青臭いとこもあるけど、すっごく堂々としてた。それで、手紙が入ってるらしい紙包みをあたしに差し出して、小声だったけどはっきり言うの。道のりは険しいけど、何年かかっても、お糸ちゃんと添えるように頑張るって。自分は次男坊だけれど、何とかして身を立てて、その後に両親に分かってもらえるまで話すって。
 言っちゃ悪いが、お侍の仕事は、万事人の言いなりになることだ。そのお侍がこんなことを言い切るんだもの。よっぽどの覚悟なんだろう。
 直之介さんは果報者だと思ってたけど、果報者はお糸ちゃんのほうだったのかもしれない。
 っていうか、お糸ちゃんの男を見る目は、あたしなんかと違って、ちゃんとしたもんだったんだ。
 直之介さん、包みのなかには、守りにしていた故郷の神社のお札が入ってるって言ってた。それをお糸ちゃんに預けるって。
 大したもんだね。
 あたしも、江戸中の神仏に誓って、これをちゃんとお糸ちゃんに渡すよって言って、包みを預かり、約束通りにした。
 そして昨日の朝のこと。お糸ちゃんが、「おかみさん、これを直之介さんに渡してくれませんか? 一生のお願い」って言って、直之介さんに渡されたのと似たような紙包みを手に、やなぎ屋にやって来た。
 お糸ちゃん、神妙にしてるけど、頬の辺りが、ちょいとつまんだ桜の花びらのつけねみたいな塩梅で色づいてて、顔全体が輝いて見えた。
 なアんも言わなくても分かる。心底、惚れた男を信じきってる女の顔だ。こっちが恥ずかしくなっちまう。
 自分のことじゃないけどね……嬉しいじゃないか。
 あと、こういう気持ちのいいことで、人の役に立てるのは、多分あたし自身が嬉しい。

 ……で、今日あたしは、直之介さんが通ってる玄武館に行ってきた(さすがに江戸にいる間のお住まいである藩屋敷にゃ行けなかった……)。
 あたしがお侍を嫌いなのは知ってるだろう? しかも剣術道場となれば、集まって来てるのは、血の気の多い若い奴らだ。
 加えて他国(よそ)のお人にゃア、時々結構気の荒いのがいる。しかも江戸の町方の女は気が強くて跳ねっ返りが多いけど、他国(よそ)じゃ、そうじゃないところが多いらしい。
 だから、あたしらは普通に話してるだけでも、向こうにとっちゃア、噛みつかれたみたいに思っちまうこともあるみたいで、実際、江戸は女が威張り過ぎてるって言われたこともあるし、でもここは江戸なわけで……、正直、面倒だ。
 そもそも今日は来た用事が用事なわけで、あんまり目立つ訳にもいかず、さあ、どうしたもんかねえって、少しばかり立ちつくしてたら、後ろから急に、
「玄武館に用かい?」
って声をかけられた。
 振り向くと、背がおっきくて目の細いお侍さんがあたしを見下ろしてた。そんで、
「何か色っぽい用事か? それとも道場破りか?」
って言って、自分で笑う。
 訛りは多分西の方、でも京とか大阪のような、柔い感じじゃなくて、獲れたての鰹が跳ねているような、なんかそんな響き。悪くない。
 身なりは質素だし、頭はくせっ毛を適当に結ってるような感じなんだけど、やけに堂々として立派に見える。堂々として立派なんだけど、威張ってる感じではなくて……えーと、えーと、人を逸らさない感じ?
 束の間ぽかんとしてたあたしは、慌てて、「中田直之介さんとかゆう人に、ちょいと使いを頼まれて」(分かるかい? あえて「とかゆう人」って言ったのは、あたしの精一杯の気遣いだよ!?)って言ったら、
「おお、そんじゃそこで待っとれ」
って、玄武館の中に入って行った。その背中から、どうしても目が離れなかった。
 すぐに出て来た直之介さんに、お糸ちゃんからの紙包みを渡して、あたしにしては結構頑張ったさり気なさで、直之介さんを呼びに行ったお侍のことを訊いてみた。
 そしたらね、玄武館じゃなくて、桶町にある小千葉道場にいらっしゃるお侍で、坂本さんって言う人だって。今は脱藩浪士の身だけれど、土佐のお人だって(土佐なら、前に元は土佐だっていう乾物屋に会ったからちょっと知ってる)。
 脱藩はそれだけで罪だけど、脱藩浪士が珍しくないこの頃じゃ、脱藩浪士同士の横のつながりもいろいろあるみたいで、坂本さんも、同じ流派の玄武館を始め、いろんなところに顔を出しているらしい。
 「おっきい人だね」って言ったら、直之介さんも「ええ、そうですね」って言って、そこであたしは直之介さんと別れた。

 ……うーん。参ったね。
 坂本さん、見上げるほどにでっかい生き人形の一つでもこさえて、どこまでも広がる風の強い浜辺に立たせときたいような男ぶりだった。
 お侍は嫌いだし、分不相応に余計なことをしたがる男にも、いい印象はなかったんだけど、東太郎先生は勿論、惚れた女のために腹をくくった直之介さんと言い、坂本さんと言い、あたしのお侍嫌いもちっと考え直してみようかね。


(四)11月28日「……で、結局は。」

 昨日、店を閉めて、もうそろそろ寝ようかなってときになって、あれ、龍吉がいない、どこに行ったんだろう、って妙に気になっちまった。で、寝間着にあったかいの羽織って、歯ががちがちなりそな外に出てみたら、店の横の路地の暗がりで、龍吉とお糸ちゃんが寄り添っていちゃついてた。

 お糸ちゃんから紙包みを預かったのが二日前で、玄武館に渡しに行ったのが昨日。あたしが玄武館の辺りをうろうろしてる間に、突然お糸ちゃんが心変わりするわきゃないので……。
 紙包みを預けに来たときのお糸ちゃんの、色づいた頬っぺたは……? 顔全体の輝きは……?
 あたしが直之介さんに渡した包みの中身は……?

 直之介さん、本っ当にごめん。
 ついでに茂っちゃんもごめん。

 寒さで鼻をすすりあげそうになるのをこらえて、そーっと戻ったあたしは、二人して風邪でも何でもひいちまえって思いながら、夜着を頭から引っ被って寝た。
 
 で、今朝、何でかあたしだけ風邪ひいてた。

                了

参考
高橋幹夫『江戸あじわい図譜』(青蛙書房、平成七年)










このブログへのチップ   101100pts.   [チップとは]

[このブログのチップを見る]
[チップをあげる]

このブログの評価
★★★★★

[このブログの評価を見る]
[この記事を評価する]

◆この記事へのコメント
コメントはありません。

◆コメントを書く

お名前:

URL:

メールアドレス:(このアドレスが直接知られることはありません)

コメント:


くる天
officematsunaga
速報情報は、オリジナル取材ネタも含めてtwitterで無料公開!
twitter

【オフイス・マツナガのブログ】

【CONTACT/連絡先】

カレンダー
<<2011年12月>>
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031
マーケット情報
by 株価チャート「ストチャ」


FX経済指標


会員制システム
会費は月額1000円で、すべての記事、すべての連載、バックナンバーを見ることができます。また、一般には入手困難な資料等をダウンロードできます。
 購読の規約に関しては、くる天 よくある質問を参考ください。


会費の支払い方・課金の仕方

1:くる天へ会員登録する。
2:ポイントを購入する。
3:記事を購入する 。
 という手順となります。
 初めての課金の申し込み方

返金システムに関して

なお、会費を支払い購読されて「これは課金に値しない」と判断された方には、すみやかに返金に応じます。詳細は、返金システムに関してを参考ください。

入稿後は加筆・修正しません

有料会員制度のサイトという性格と、くる天さんのシステムから、有料記事に関しては入稿後の修正、訂正はきかないようになっています。そのため誤字・脱字・錯誤が含まれる場合があります。誤字・脱字・錯誤等の修正に関しては、別途、指摘させていただく場合があります。誤字・脱字・錯誤  修正情報

皆様へのお願い

 申し込まれたアクセスコード、パスワードを他人に教えたり、譲渡する行為は犯罪行為です。すでに、第三者におしえてしまった!という方は、すみやかにパスワードの変更をお願いします。やむなき場合は、しかるべき対応をさせていただきます。
皆様へのお願い  
当サイト連載コラム
週刊日程表

本日のマーケット

今週の永田町

永田町レポート

本日のオフレコ情報

遠藤顧問の歴史だよ

時代小説発掘(無料公開)

カテゴリ
全て (3356)
2014衆議院選挙当落予想 (12)
無料公開記事 (7)
週間日程表 (154)
選挙 (26)
政治 (86)
経済 (6)
社会 (17)
永田町レポート (67)
今週の永田町 (326)
本日のオフレコ情報 (71)
本日の日経225 (29)
本日のマーケット (1654)
特オチ最前線 (75)
瘋癲老人のレイジーな日々 (25)
扱い注意 (38)
ネットでメシウマ!ウェブマーケティングの虚実 (32)
伊藤博一の事件の眼 (23)
鬼デスクの酔いどれ日記 (44)
アダルトサイト運営奮闘記 (3)
遠藤顧問の歴史だよ (30)
業界記者の覆面レポート (2)
真名のケーザイ探検 (27)
ホッピー・モツ焼・闇市の世界 (4)
ネットでビビるな!ネット音痴の業界人へ (14)
今週のマスコミがびびったネットネタ by 野次馬 (10)
アラカルター久里&占い軍団 (46)
コーヒーブレイク・エクササイズ編 (64)
コーヒーブレイク・ボイスエクササイズ編 (12)
医読同源 (1)
永田町奥の院を新人記者「僕」行く (12)
アンコール (2)
「永田町に棲んだ女たち」2 (13)
「永田町に棲んだ女たち」 (15)
ぼやき三毛猫 (49)
白川司郎訴訟関係 (4)
動画で go !!!! (7)
縄文だよ!!!! (4)
【時代小説発掘】 (204)
2009年 衆議院選挙  最新調査データ (26)
衆議院選挙 選挙区レポート (4)
島田が行く!報道現場の盲点 (2)
誤字・脱字・錯誤  修正情報 (6)
見落とすな!ネット情報・リンク先・保存先 (3)
「永田町に棲んだ女たち・特別番外編」 (8)
雑誌販売動向 (7)
最近の記事
12/06 12:26 江戸浅草物語14「月こそ心よ花こそ心よ」 (無料公開)
11/15 15:30 〈助太刀兵法46〉北斎蛸踊り(8) (無料公開)
10/26 08:49 「本日のマーケット」(FX編)・・・今週は日米の金融政策イベントに注意。
10/26 08:40 「本日のマーケット」(株式編)・・・ 続伸後に日経平均株価が1万9000円台を回復。
10/21 08:39 「本日のマーケット」(FX編)・・・ドル円は120円ちょうどの壁を意識。
10/21 08:25 「本日のマーケット」(株式編)・・・手掛かり材料難のなか、方向感の出づらい展開。
10/19 08:33 「本日のマーケット」(FX編)・・・午前11時に発表される中国の一連の経済指標に注目
10/19 08:23 「本日のマーケット」(株式編)・・・午前11時、中国経済の指標しだい。
10/14 08:48 「本日のマーケット」(FX編)・・・昨日に続き中国の経済指標。米9月小売売上高。
10/14 08:31 「本日のマーケット」(株式編)・・・前日の動きが継続し軟調な展開。
10/13 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・ドル円は120円大台を中心に方向感に欠ける動きが当面続きそう
10/13 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・5日線(前週末9日時点で1万8218円)が下値を支え
10/05 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・東京タイムではドル円やクロス円は押し目買いが優勢
10/05 08:34 「本日のマーケット」(株式編)・・・続伸後、日経平均株価が1万8000円に迫る。
10/04 12:07 江戸浅草物語13「天海僧正の結界が破られる時、魔界の者たちの進撃が始まるのか」 (無料公開)
10/02 08:44 「本日のマーケット」(FX編)・・・米雇用統計を控えた様子見姿勢
10/02 08:35 「本日のマーケット」(株式編)・・・週末要因や米雇用統計を前にポジション調整
10/01 08:47 「本日のマーケット」(FX編)・・・9月日銀短観、9月中国製造業購買担当者景気指数(PMI)などが材料。
10/01 08:35 「本日のマーケット」(株式編)・・・欧米株式の上昇を受けて買いが先行後、もみ合い。
09/30 08:52 「本日のマーケット」(FX編)・・・日中は119円後半のもみあい
09/30 08:44 「本日のマーケット」(株式編)・・・反発後、上値が重い展開。
09/29 08:55 「本日のマーケット」(FX編)・・・株安・円高パターンの継続はドル高圧力を後退
09/29 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・続落後に落ち着きどころを探る展開。
09/28 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・東京時間のドル/円は120円半ばを中心にもみあい。
09/28 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・手掛かり材料難のなか、もみ合い。
09/25 08:53 「本日のマーケット」(FX編)・・・・朝方、イエレン米連邦準備理事会(FRB)議長が年内利上げが適切との見方を
09/25 08:44 「本日のマーケット」(株式編)・・・引き続き弱含みで推移。直近の安値1万7415円61銭を意識。
09/24 08:37 「本日のマーケット」(FX編)・・・・連休明けの東京時間のドル/円は120円前半を中心にもみ合う展開。
09/24 08:26 「本日のマーケット」(株式編)・・・続落スタート。連休中にNYダウが軟調に推移。
09/20 10:55 〈助太刀兵法45〉北斎蛸踊り(7)(無料公開)
オフイス・マツナガのサイト
[現役雑誌記者によるブログ日記!by オフイス・マツナガ]

[オフイス・マツナガ書籍部]

[今週のキーワードbyオフイス・マツナガ]

[オフイス・マツナガのブログWordPress版]

[週刊日程表(アクセス規制有)]

[調査分析報道・資料倉庫]

【公にされない公の資料を公開】

【その他 オフイス・マツナガweb管理人】

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
最近のコメント
風雲 念流剣 七 (無料公開)(鮨廾賚此丙郤圈)
宿志の剣 三 (無料公開)(会話スキル★吉野)
週刊・月間誌 販売動向13年3月6-7日(管理人:kitaoka)
週刊・月間誌 販売動向13年3月6-7日(珈琲好き)
■この国の最大の問題点は「スパイ防止法案」がない点。マスコミだけでなく、政党にも外国勢力が跋扈。(珈琲好き)
イチローストレッチが止まらない!(バーバリー 時計)
■あまりにあっけなく、野田民主党惨敗。あまりにあっけなく、安部自民党大勝利(takeshi.komi)
時代小説発掘 !!!!!告知!!!!!()
〈助太刀兵法21〉 尾道かんざし燈籠 (無料公開)(モンクレール ダウン)
薩摩いろは歌 雌伏編(十一)痛撃(無料公開)  (株式の初心者)
ブログ内検索

RSS
携帯からも見られます!
QRコード対応の携帯で、このコードを読み取ってください。

Copyright (c) 2006 KURUTEN All right reserved