コメントへのお返事 | |
2013年6月29日 8時28分の記事 | |
以下に、コメントと、コメントへのお返事を順次掲載しています。
1. はるぱぱ メール送信 2013年6月27日 12時15分 [返信する] こんにちは。 今日の記事も大変興味深く拝見させていただきました. ちょっと質問というか、ふと思ったことなのですが,我々は現実と呼ばれる3次元世界にフォーカスして生きているのでその認識方法において限界があり、 例えば”進化”といった場合にその対概念としての”退化”をセットとして捉えるという2元的思考でもってこの世の事象全般をとらえるというパターン認識を持つように思うのです。 ですが、ここでいみみさんの仰られている”進化”というのは、個人意識あるいは全体意識の向かう(意識の)ベクトルが外的事象ではなく内的リアリティに向くと言うことなので結果的に先述した2元的思考パターンから解消されるということになろうかと思います. つまり、”我と彼”といった対概念を基準にした認識からより全体性を伴った認識に変わるということになろうかと思いますが, であるならば我々が使っている”進化”という言葉も対概念としての”退化”をも含んだ概念として人間の全体的認識のなかで解体・再配置がなされることも容易に想像できるように思います. とすれば、より全体性を内包した(あるいは俯瞰したレヴェルからとらえた)”新しい進化の概念”からみれば、我々が今現在”退化”として把握している事柄、事象にも我々が今現在”進化”と言ったときにイメージする因子があるのではないか? もっと言えば、実は退化も進化であり、膨大な運動・流れの一部分を観ているのに過ぎないのではないか?とふと思った次第です. つまり、”進化”と言えば事前の知識から右肩上がりのベクトルみたいなものをイメージしてしまうのですがそう単純に抽象化されるものではないのだろうと思ったわけです. 今ひとつ真意が伝わらない、言いたいことの周りをぐるぐる回っているような文章になってしまいました(笑) お許しください. 長文失礼いたしました。 2. taka3 2013年6月27日 21時44分 [返信する] 素晴らしい記事をありがとうございます。 私は、ヘミシンクを始めて一年半になりますが、今でも頻繁にF12のイントロを好んで聴きます。 冒頭の男性ナレーションが好きなんです。 「学んだ上で活用するツールに過ぎません」のあのくだりですね。 なぜなら自分にとって、大切なメッセージに感じるからです。 ややもすると、私たちは外的状況やモノに頼ってしまいがちですが、一番大切大事なのは自分自身が成長しようとすることであって、ヘミシンクもそれを促すための道具に過ぎないということですね。今回の記事を読んで、改めてそう感じました。 ヘミシンクと並行して、瞑想も習慣的に行うようになったのですが、瞑想を実践することで、驚くべき変化が起きました。 世間ではまだ瞑想というと、宗教だとか怪しげなイメージがあるようですが、今回の記事にあります通り、これから多くの方が瞑想を実践することで、個々の意識が変わり、社会が大きく変化するのでしょうね。 3. imimi メール送信 2013年6月28日 12時18分 [返信する] はるぱぱさん、コメントありがとうございます。 実はつい最近、私も知人と話していて話の中で似たような展開になっていました。 ある見方からすればそれは「進化」についてなんですが、今までの枠組みが水平方向のみだとすると、これからは縦方向の枠組みに転換していく必要があるのではないだろうかといった話でした。根本的なものの見方・とらえ方の転換とでも言いましょうか。 つまり、「進化」と言った瞬間に、それは我々が考えるところの「進化」になってしまうわけで、必然的に対概念として「退化」もくっついてきます。でもおそらくは、はるぱぱさんが言われているように、もしわれわれの見方のままだとすると両方含まれるんじゃないかな〜というのが私も感じるところです。 taka3、コメントありがとうございます。 私もそう思います。ヘミシンクは単なるCDであり道具なんですよね。 今私も瞑想を再びしようかなと思ったりしています。さて、できるかどうか・・・(笑) 4. taka3 2013年6月28日 23時23分 [返信する] はるぱぱさんのコメントやimimiさんのコメント、興味深く読ませていただきました。ありがとうございました。 私は、なぜ精神世界の先達が瞑想を勧めるのか、最初は理解出来ませんでしたし、瞑想の効果に懐疑的だったのですが、実践していくうちに、その理由が分かりました。 内面の大きな変化をもたらしました。 それは本当に私にとって大きな驚きでした。 瞑想をしていてよく陥りがちなのは、思考や雑念が湧いてくるのを必死に鎮めようとすることです。 これは逆効果です。 何故なら深い瞑想状態というのは、あらゆる行為を手放した時に訪れるからです。 ですから、やり方に拘る必要はないですし、お好きな方法で良いと思います。 色々な瞑想法がありますが、ただ椅子に座り、目を閉じて心を落ち着かせるだけでも良いと思います。 深い瞑想状態を体験すると、とても気持ちが良いですし、病み付きになります(笑) 勿論、瞑想以外にも方法はあると思いますが(ヘミシンクもそのひとつですね)、瞑想は、内面を見つめる為の素晴らしいツールのひとつだと思います。 より多くの方に実践して頂きたく思い、コメント致しました。 5. はるぱぱ メール送信 2013年6月29日 0時48分 [返信する] こんばんは。 いみみさんに”瞑想”についてお伺い致します. (度々のコメントお許しください.どうしても聞きたくなったものですから) 方法や技術論の話ではないので瞑想をヘミシンクに置き換えていただいて結構です. 「現実世界を生きることが一番重要ですよ」 これは、いみみさん並びにいみみさんがコンタクトをとられる高次の存在がよく仰られていることだと思います. これは私なりに「”いまここで目の前にあること(つまり意識がフォーカスしていること=現実)から逃げること無く一生懸命取り組みなさいよ(関わり合いなさいよ)”」というふうに捉えています. 拙い人生経験を顧みても、上記のような態度で臨んでいるときが一番意識が内面に向かっている(自分と向き合っている)ように感じます. これは、振り子で例えるならば振り幅が大きければ大きいほどその反作用として逆方向への振り幅が大きくなるようなもので、これを生きることに置き換えれば、現実に向き合う幅が大きいほどに、結果自分と向き合う強度も増すということになろうかと思います. つまり、瞑想とは究極的には「”自分と向き合うこと”」に尽きるのだろうと考えているんですが,そうであるならば、その前に目の前の現実にちゃんと向き合い関わることが必須であるのだろうと思うのです. 私も瞑想をもう10年以上やっているのですが,その中で感じたのは瞑想とは薬(=きっかけ)であると。 現実を正面から生きることが出来れば(=健康になれば)その薬も必要なくなるんじゃないか?ということです. ただ、メンテナンス(リラックスしたり意識を解放したり)するという意味において日々のバランスを調整する(中庸を保つ)上ではとてもいい行為であるというのが実感です. いみみさんのリーディングでもありましたが、お釈迦さんが瞑想よりも個別の説法を重視したというのはこの辺にも理由があるのではないでしょうか? taka3、はるぱぱさん、コメントありがとうございます。 究極的には、現実世界を生き切ること、これに尽きるのではないかと思います。 そのためのツールとして、ヘミシンクや瞑想その他があるのではないでしょうか。 単なるツールですから、より洗練されていけば、ヘミシンクも瞑想もいらなくなります。 他方で、私のように現実世界とのバランスをとりながらヘミシンクをして自分自身を探求し続けていく者もいます。 我々は今、現実世界でメインに生きていますから、まずしなければならないのは、自分自身が直面している現実から逃げることなく(普通は嫌でも逃げられませんよね)対処していくこと、これが最優先であることには変わりません。 それプラス、例えばヘミシンクなり瞑想なりするのであれば、構わないのではないでしょうか。 また、目的にもよると思います。 例えば、現実世界で悟りの境地に到達することを主眼としている人がいるとします。 その人は、妻子を捨てて出家の道に入り、ひたすら苦行の日々を送っています。 ある時、苦行からは何も得られないと思い、7日間の瞑想の後そこの呪縛から解放され、ついに悟りの境地に到達することができました。 私は、これはこれでありだと思うのです。 ある意味、この例もちゃんと現実世界と向き合っています。 つまり何が言いたいのかというと、我々は普段、何も考えずにただ何となく生きている場合が大半です。 我々は、貴重な体験をするためにこの現実世界にわざわざ生まれてきていること、現実世界は自分自身で作り上げていること、自分自身は創造主であって、自分自身で物心共に豊かな現実を作り出していくこと。 これが理解できていてちゃんと自分なりに実践していれば、何をしてもいいのだと思いますよ。 Some rights reserved by lejoe 最終編集日時:2014年7月31日 18時58分 | |
このブログへのチップ 0pts. [チップとは] [このブログのチップを見る] [チップをあげる] |
このブログの評価 ★★★★★ [このブログの評価を見る] [この記事を評価する] |
◆この記事へのコメント | |
コメントはありません。 | |
◆この記事へのトラックバック | |
トラックバックはありません。 トラックバックURL https://kuruten.jp/blog/tb/imimi/259362 |