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薩摩いろは歌  幕末編15 生麦事件の総括(無料公開)
[【時代小説発掘】]
2012年12月23日 13時42分の記事


【時代小説発掘】
薩摩いろは歌  幕末編15 生麦事件の総括
古賀宣子



(時代小説発掘というコーナーができた経緯)


梗概・生麦事件の総括
 攘夷でなければ武士でないという空気が大勢を占めるなか、薩英戦争によって覚醒させられた薩摩藩は、現実に即した対応に苦慮する。事件の総括を西郷吉之助に綴る大久保一蔵。


作者プロフィール:
質素な暮らしと豊かな心が信条の年金生活者。騒々しい政局などどこ吹く風と言いたいところだが、三代続く民主党政権に辟易な日々。愛猫はこの夏十八歳の天寿を全う。


これまでの作品:
薩摩いろは歌 幕末編1 口上
薩摩いろは歌 幕末編2 率兵上京に向けて
薩摩いろは歌 幕末編3 時に到りて涼しかるべし
薩摩いろは歌 幕末編4 久光入京
薩摩いろは歌 幕末編5 寺田屋事件 
薩摩いろは歌 幕末編6 舞台裏  
薩摩いろは歌 幕末編7 勅使東下
薩摩いろは歌 幕末編8 無明の酒
薩摩いろは歌 幕末編9 極密献策
薩摩いろは歌 幕末編10 外交初陣
薩摩いろは歌 幕末編11 中川宮朝彦親王
薩摩いろは歌 幕末編12  戦端
薩摩いろは歌 幕末編13 戦禍
薩摩いろは歌 幕末編14 八月十八日政変

                  
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【時代小説発掘】
薩摩いろは歌  幕末編15 生麦事件の総括
古賀宣子



一 逡巡させるもの

 英国艦隊との戦闘は僅か二日間でしたが、被害はすこぶる甚大で、薩摩藩は大いにその迷夢を覚醒させられました。言い換えるならば、その精鋭な兵器に驚き、遂に薩藩の国論を一変させたのですから。英国の長所を取り、我が藩の短所を補わなくてはなるまいと、初めて斉彬公の優れた高い見識と戦略を懐かしむに至ったのです。
 一蔵は一気にそこまで記すと、源助が邪魔にならぬよう置いていった湯呑みに手を伸ばした。久光三回目の率兵上京に従ってきた、二本松藩邸でのことである。
 宛先は西郷吉之助だ。
 先ず結論を記した方が、薩藩の状況を把握し易いであろう。一蔵は茶を一口飲むと、再び筆を走らせた。
 また、昨年春、伏見寺田屋の一挙に関係した諸士は、悉く禁足を命じられ謹慎の身であったのですが、この戦争の開始前に赦免されました。
 しかも、これらの諸士は薩藩中の有為な士で、この度の戦闘では、最もよく奮闘勇戦。貴兄の弟信吾も然りです。それ故に、これらの諸士とその志をともにしていた勢力は益々強大となり、中山中左衛門の一派は排斥されました。そして中山中左衛門も桜島の地頭となり、政治の中枢からは退隠させられるに至ったのです。
 一蔵は冷めかけた茶を飲み干した。
 西郷吉之助を沖永良部島から戻して欲しい。英国との戦に備えて砲台の築造に努めながら、何度も脳裡を掠めたことである。が、今度は久光に訴える時機を慎重に見据えねばなるまい。それに自分は一度失敗しており、率先して願い出ることが出来ない立場にある。 昨年の率兵上京の際に起きた一連の出来事を思うと、一蔵はどうしても逡巡してしまう。その一方で、精忠組の仲間からも待望の声が大きくなりつつあるのも事実だ。時世が吉之助を必要とするに違いない。その時はきっとくる。戦争が始まる前にそう思ったものだった。
 実はこの手紙を書く意図も、その点と関わりがある。事件がどのように終結したか、経過を伝えるのが目的ではない。では、一蔵を逡巡させるものとは・・。
 一蔵は筆をおくと、煙草盆を引寄せた。
 束の間、喫煙に身をゆだねながら、大島から戻る吉之助に抱いた懸念とその後に起きた出来事を、改めてなぞってみる。
 吉之助が島民のなかで暮らしていた三年の間に、幕府を取り巻く状況は激変していた。旧い習慣やしきたりを無視してでも、外様諸藩が進んで中央政局に打って出ようという時代になっていたのだ。長井雅楽が提唱する長州藩の公武周旋運動がその典型で、朝廷も幕府も、そうした長州藩に対して、正式に公武間の周旋を依頼したのである。
 詳しい経緯は省くが、安政五年末に吉之助が島送りになった頃は、藩が政治向きの問題で朝廷に接触することは厳しく禁じられていた。その幕府の基本方針が大きく転換していたのである。無論、この間に一蔵だけではなく他の精忠組の仲間も情勢変化については報せている。それでもなお、文面を通してと実際の空気に触れるのとでは異なるのだ。この懸念をなくするにはどうすればよいか。そして出した結論は・・。
 中央政局に打って出るにあたっての心構えは、三年前と文久期の現在とでは明らかに異なる。が、その空気を小松帯刀以下一蔵達が理解できているのは、時代の奔流にあったからこそ、なのだ。体感であって理屈ではない。その結果とった手立ては、時代の風を実感させようとの意図から、吉之助は先発して、九州各地の情勢を視察した後、下関で久光一行を待つということになった。
 下関までの探索で、その変化を体感できれば、吉之助本来の力を発揮できるであろう。そう考えての先発であったが、吉之助は下関にはいなかった。廻船問屋小倉屋主人白石正一郎はこう語る。
 久光公率兵上京は予定通りに決定との報せは、西国志士の間に瞬く間に広がったという。呼びかけたのは有馬新七だ。
 西国勤皇の士申し合わせ、名分大義を明らかにし、鎌倉以前の大御代に挽回し、朝威を内外に輝かすべきの時節到来なり、と。
 有馬新七の考えは久光上京前に伏見にて義挙し、姦計を企てた酒井所司代らを斃し、その上で久光を押し立てて錦旗を翻し・・というもので、具体案まで明示していた。
 その具体案は、およそ七百人の志士が必要と説き、それらを引率する人物として、白石正一郎は一蔵も熟知している十数人の名を告げた。
「これは各地の志士達を高揚させたのです。そのようなところに西郷様は飛び込んでこられまして」
 折から、豊後岡藩の小河一敏が二十数名を率いて大坂へ発つ直前だった。その中にいたのが筑前浪人の平野次郎だ。
「月照様の一件で、亡くなられたと思い込んでいた西郷様ですから、驚かれるやら喜ばれるやら」
 白石正一郎はその場の空気をどのように表したらよいか思い浮かばす、ありきたりの言葉を口にしながらも、息遣いは興奮を抑えきれずといった面持ちだった。
 そうでなくとも上方へと意気軒昂だった志士達。それが爆発寸前まで盛り上がったに違いない。
 一方吉之助は、到着するなり懐かしい顔に出会い、たちまち興奮の渦に巻き込まれたわけである。
 平野次郎は幕吏に追われた月照に付き添ってきて、入水時、同船していた人である。その平野次郎に吉之助は告げたのだ。
「またその方と死をともにすることになった。いずれ方策が決まったら、ともに戦死しよう」
 あの時、白石正一郎の話を聞きながら、一蔵は呟いた。
「いささか誤解を招く言動で、あるのう」
「ですから平野様は、いよいよ西郷様が同志とともに立ち上がると受け取られたご様子でした」
 鹿児島出発にあたって久光は無論、藩内に諭書を示している。そこで最も強調されていたのは、「慷慨激烈」の説を主張する志士や「浪人軽率」の所業などに共感して接触を持つようなことはしてはならないとする点であった。つまり藩士個人で国事運動に関わってはならず、あくまでも国事周旋運動は挙藩一致で行うという主張である。
「あん時、覚ったことは」
 一蔵は煙草盆を押しやって、再び机に向かった。
 体感はあくまでも体感に過ぎない。そこに頭での理解力が加わって初めて、本来の能力は構築されていく。絶えず時代の変化に晒されてきた小松帯刀以下一蔵等はその点に思い及ばなかった。


二 知る者とそうでない者

 後に神奈川の外字新聞を見せてくれた重野厚之丞(安繹)によると・・。時期は前後するが、一蔵はその時の模様を先に記すことにした。
「薩摩士官二人の生擒(せいきん)の者は、と」
「捕虜となった松木弘安(寺島宗則)と五代才助(友厚)のこっだな」
「艦牢中に置いていたが、甲板上の遊歩を許し懇ろに遇したと。そして薩摩の事情を聞いたところ、英艦が入湾すうこたあ前知しておい、攻撃の準備をしていたと、答えたごとですね」
 先ずは、松木弘安と五代才助が捕虜になった経緯を記さねばなるまい。ここにも知っている者とそうでない者との判断の差異が、結果として大きく影響を及ぼすと痛感したからである。
 幕府使節団に随行して英国に行った松木弘安は、アームストロング砲が盛んに造られている現場を見てきている。その松木弘安が、英国艦隊が鹿児島に向かったことを長崎で知り、上海に行ったことのある五代才助とともに急いで帰藩し、戦をしないように進言したが受け入れられなかった。
 一方、生麦事件の現場に遭遇し、その処置に身体を張って対応してきた小松帯刀以下一蔵等にとっては、攘夷は本意ではないが、迎え撃つのは止むを得ないという状況にあった。
 これについては致し方なかったということでしょう。問題はその先にありました。
 船奉行添役で、汽船の乗頭の職にある松木弘安と五代才助が、慌ただしく二の丸御用部屋へやってきたのは、英国艦隊来航の号砲が各砲台から鳴り響く頃でした。蒸気船は城下の真下に広がる前之浜に碇泊中だ。
「万一のため、汽船三隻の鹿児島湾外への避難を是非、許可頂きたいのですが」
 三隻とは天祐丸、白鳳丸、青鷹丸のことです。
「湾外だと」中山中左衛門が即座に気色ばむ。
 瀬戸を通過して坊泊辺りに回船し、この場所を避けるのが機宜に適した処置ではと、二人は訴えた。が、それに対して中山中左衛門は、何たる卑怯未練なる行為と吐き捨てたのだ。
「しかし」と二人も譲らない。
 三隻ともに前年よりこの春にかけて買い入れたばかりの船だと。
「それがどうした」
 敵が現れるや背中を見せるとは何事か。
「おぬしの言い分も解からぬではないが」
 激しい物言いに、拙者は思わず口をはさんだ次第。中山中左衛門は士気低下を懸念しているのだ。城を国分へ移さなかったのも、同じような理由による。決して中山中左衛門の意見だけが異常なのではない。しかし、この献策は果たして卑怯未練と罵られるだけのものであろうか。判断は微妙と拙者は述べた。
 価格を考慮すれば当然の処置ではと、松木弘安等も引き下がらない。三隻で三十万両を支払っており、英国が要求している賠償金の三倍余に値する額だと、船方の掴む現実で反論。すると中山中左衛門がたたみかけるように詰問する。
「日新公いろは歌の“ゆ”を解かっておうな」
 防備体制に入るにあたり、藩庁が城下に伝えた歌である。
 大将の心ひとつで、軍の意気が上がったり、反対に衰退したりするものだと、士気の大切さを謳っておるのは、貴兄も熟知の通りだ。
「お言葉ではございますが、よく部下の心をとらえて士気が衰えぬようにすべき、との意味も・・」
 松木弘安は語尾を濁したが、要は上に立つ者の采配ひとつで状況が変わると訴えたかったのであろう。
 そこで拙者は、下会議所での会議に臨んでいる帯刀殿の耳に入れておいてはどうかと提案した。ところが・・。
「金勘定と武士の意地、どちらを重んじるか」
 中山中左衛門の怒りが倍加し、二人を責め立て、退けていく。
 考えた二人は、三隻を密かに重富脇元浦に避泊させた。それも陸から離れること五十間ばかりの所で、前之浜沖からは望見することの出来ない位置に隠匿したのだ。それを知って拙者も、双方が一応納得できると、安堵した次第だ。
 ところが、英国はその三隻を見つけ拿捕した。それが戦端となったのだから皮肉なものだ。何しろ英国も薩摩藩も互いの請求を受け入れず、硬直状態に陥っており、藩兵たちの、特に砲台に構える兵士等の逸る気持ちは限界に達していたゆえ。
 途中、奈良原喜左衛門が、西瓜売りに扮して乗船し、公使と提督を殺害する策を度々上申してきていた。それもあり、家老たちも「策の巧拙」には問題があるものの、「忠誠勇奮」の心情に免じて殺害計画を任せることにしたほど暴発の懸念があったのだ。無論、それは不発におわったが。
 戦は覚悟をしているものの、戦端を開くきっかけは、出来得るならば薩摩側でない方がよい。生麦一条に強気にでられるのは、行列を横切ろうとしたという大義名分があったからである。


三 秘めていた開港説

 重野厚之丞が順次訳してくれた続きをもう少し・・。
「司令長官らは前日の不利を深く憤慨し、再挙して鹿児島を攻撃せんと欲したごとですな」
「そうならなかったのは、なにゆえ、か」
「準備のためには少なくとも八九カ月を要すると」
「その間に薩摩側も防備に力を尽くすと読んだ」
「加うるに薩人は最も陸戦に長じており、その性質の勇敢なるに至っては亜細亜洲に冠たりと。いささか面映ゆい感なきにしもあらじ、ですな」
「刀の切れ味やその凄さを知っておったのだろう。上陸しての話し合いに応じなかったはずじゃ」
「再びこれを征伐して英国の意思を貫徹するには、更に幾多の歳月を要するとて」
「薩藩の実力を大いに重視したわけだな」
 一蔵はそこで一旦言葉を止め、続けた。
「しかし薩藩も覚醒させられた。特にあのアームストロング砲には」
「英吉利艦隊もこの一戦で初めて試したごとですが」
 距離の測定不正で爆発した砲丸も多数であったと雖も、長尖形の鋭弾で甚大な破壊力があることを覚知したようだ。
「七隻のうち一隻だけ残っておった船があったろう」
「鹿児島湾口の十二三里沖合に七日ばかり碇泊しておったのですね」
「それについては何か書いてあるか」
「毀されて航海ができぬためだったとあります」
「あん時は、色々憶測が飛んだゆえ」
「皆怪しんで、再び襲来するため、番船を置いて行ったのじゃあなかかなどと」
「夜が明けてみると船がいない。そこで沿岸の報告を聞けば、昨日蒸気船が通ったという届けが出た」
「迎えに来たのであろうちゅうこっになり、近日また必ず来るに違いないと薩藩の士気は大いに上がいました」
「遠方から砲撃して立ち去ったので必ず来ると」
「今度来たら船を皆取ってしまおう。それには砲台も修築せねばならぬし、砲架の繕いもせねばならぬと昼夜の区別なく準備にといかかいました」
「誰が命じたわけでんないのに、皆競い合って土を運ぶなどして修繕をし、茂久様もそん場に毎日出てこられた」
「土こそ運ばれはしませんでしたが、それで台場の修築も速やかに出来あがり、大砲も造らねばならぬと同様に兼業しました」
 重野厚之丞との会話を綴った後も、一蔵は筆を休めず続けた。
 士気は盛んでしたが、帯刀様以下我々は、これではいかぬという思いが・・。到底軍艦を撃ち沈めるだけのことはできまいと。斉彬公がなさった建言が臓腑にすとんと落ちたのです。
 久光公も和戦の是非を藩内に諮るべしとその理由を話されました。
 朝廷が御心配遊ばさるるところは、三百諸侯の方向も定まっておらぬではないかと。それに外国と戦うのは幕府も満足せぬところだ。乱暴なことをなしては、朝廷の存亡になることである。が、決して戦うなと言うことではない。
 そこで我々も同じ思いであることを述べ、小松帯刀様が初めて腹に秘めていた開港説を吐いたのです。
 この上は、恥辱は一時お忍び下されと。恥辱ではなく、内を整えてしかる後に外へ向かわねばならぬ、国家のためには如何に不明は受くるとも苦しからず、内を整えて外に皇威の輝くようにせねばならぬ。一時のことは互いに忍ぼうではないか。
 それを聞かれて久光公は淡々とした口調で言われました。
 それが尤もと思うなら拙者父子は国家のために汚名を忍ぼう。同時に長州藩の挙動がはなはだ不満足であるけれども、これも忍ばねばならぬ。このような時勢に国内で争うのは大小軽重を弁ぜぬというものである。朝廷の御威光を輝かせるのは誰がやるか、三百諸侯が同心一致してやらなければならぬではないか。依って私憤は忍ばねばならぬ。
 ここに於いて、藩の方向が決まりました。
 救われましたのは、久光公や帯刀様の言葉に、英国に対する卑屈さが微塵も感じられなかったことです。冒頭に記しました通り、あくまでも英国の長所を取り、我が藩の短所を補わなくてはならないとの考え方です。そこに真の強さを感じられたからこその救いだったと思います。


四 戦後処理交渉

 和戦については、佐土原藩からの、宗家の安危に関するのみならず、実に皇国の一大事件なので、軽挙して事を誤らしてはならないという申し入れを受けた形にしました。
 従って使者は、薩摩藩側が重野厚之丞と高崎猪太郎、佐土原藩は家老樺山久舒(ひさのぶ)と用人能勢直陳(なおのぶ)です。
 重野厚之丞は鹿児島での交渉にも尽くした経緯からの人選で、高崎猪太郎は事件勃発以来、横浜探索に携わっており、交渉を有利に進めるためには、引き続き情報収集が重要ですから。
 佐土原藩の二人については、英国艦隊がまさに襲来せんとするときからの関わりで、藩主島津忠寛自身も鹿児島に来て、久光・茂久と会い対策を協議しています。
 鹿児島を発った使者は、直ぐに江戸へ向かったわけではありません。以下は重野厚之丞等の手紙から記します。
 念には念を入れ、先ずは長崎に向かい、在留の蓑田伝兵衛・伊地知季遠両士に会して英艦の動静を探り、この地に於いても又、再襲の形勢なきを確認。進んで横浜に到り、談判を開くべしと議決した。
 よって丁度長崎に碇泊していた幕船の借用を出願。ところが、長崎奉行は船舶の貸与はするが水夫その他一切の費用はすべて薩藩が支払えとの達しであった。幕府の問題にも関わる交渉で赴くのだと、重野厚之丞の筆には怒りが露わでした。
 たまたま普魯西人仲介の蒸気船が、売却されようとしているのを聞知し、代価十四万両のうち二万両を渡し、残額は後日支払うことを約して、これを購求。直ちにこの船(安行丸)に搭乗して長崎を出帆した経緯があります。
 今、江戸藩邸には、側用人の岩下佐次右衛門、徒目付の吉井中助そして留守居役の新納嘉藤次等、精忠組の仲間がいます。
 重野厚之丞と高崎猪太郎は先ず、横浜にて英国艦隊の動静を観察。先に記した外字新聞は、この時手に入れたもので、英艦もまた大いに破損して、将校水兵に死傷者が多かったと知る。更に本国より新たに艦隊を召喚はしないので、到底再襲は不可能と探知。
 そこで重野等使者は、談判交渉の方法に関して、江戸詰藩士等と協議を行った。ところが議論紛々として容易に決まらなかったという。何故ならば、江戸にあって戦の現況を実際に見ていない岩下佐次右衛門や吉井中助等は、強硬の説を主張して一歩も譲らなかったからです。
「英艦が再び襲撃したならば、宜しく応戦して奮闘すべきである」
「もし講和の談判を開いたことが判れば、天下の笑い者となり、薩藩の名望は全く地に堕ちてしまうであろう」
「その通りだ。再び回復することは不可能では」
 その意気は解からぬではないがと、重野厚之丞は書いています。
 しかし、戦争の実況を目撃した使者達は既に講和は致し方ないことを覚り、平和の説を唱え、こちらも譲らない。論談は連日に及んだが、ようやく議決したという。
 重野厚之丞等は実によくやったと思います。
 現実を目の当たりにした者とそうでない者。意見が分かれるのは当然です。まして世間の大勢が攘夷とあっては・・。そういった状況のなかで事実を冷静に把握し、あくまでも道筋立てて相手を説得していく。肝心なのは、単に藩主の命令だからというだけで動かされていたわけではなかった。その点です。また、反対の立場にあった岩下佐次右衛門も然りで、よく相手の話に耳を傾けたと議論の大切さを痛感しました。
 しかしながら本番はこれからです。
 先ずは談判を開き、英国艦隊が薩藩の汽船三隻を奪取せしを詰問すべしとなり、幕府の外国掛に交渉し、英国代理公使ニィ―ルとの会見が確定。岩下佐次右衛門は全権委員に、重野厚之丞が応接掛に、幕吏を挟んで、対する英国側は通訳及び三英人を従えていた。これが戦後薩英の使臣が会見した最初で、以下要点を記します。
重野厚之丞曰く、
 昨年、武州生麦に於いて、我藩の亡命者が、貴国人を斬殺したのは決して不当の所為とは言えない。諸侯の行列を横ぎる者を殺戮すべきことは我国古来の定法なり。決してその外国人なりしが為に暴行を加えたものではない。
 被害者の妻子等は誠に可憐の情に堪えないが、また国法を枉げて養育料を支給することはできない。
代理公使ニィ―ル曰く、
 諸侯の行列を横ぎったとはいえ、直ぐに之を殺害するが如きは、決して穏当の所為とは言い難い。また殊に、未だ最後の談判に至らぬのに直ぐに砲撃したのは、最も不当な処置である。
重野厚之丞曰く、
 戦端を開いたのは薩藩ではなく、英吉利艦隊である。我藩所有の三汽船を奪取せしは、実に海賊の所為ではないか。これを薩藩の君臣が大いに憤慨して、ついに発砲した所以である。
 その後、代理公使はキューバ―中将をも列席させ、互いに論議するが容易に決着をしなかった。実は高崎猪太郎と重野厚之丞は、鹿児島を発つ際に内命を受けている。談判をして、事情止むを得ない場合は、養育料を支給して平和の局を締結すべしと。それゆえ、遂に十月五日、遺族の孤独を憐れみ養育料を支給する旨を告げた。
 しかしながら、このような決定をしたといえども、世情は攘夷を説かざる者は武士に非ずという空気で、大いにその実行が躊躇われたと重野厚之丞は後に語る。
 そこで更に久光の意見を求めて、これを確定すべしと決議し、重野厚之丞と能勢直陳は江戸を発った。


五 世に残る名をただ思うべし

 これより先、藩務を帯びて京都にいた吉井中助と新納嘉藤次が、たまたま東下の途次、新居宿で重野等と会合。重野等が横浜談判の事情を告げると、吉井中助は大いに憤慨し、断然再戦に決すべしと主張したという。が、戦争後鹿児島に帰ってその実況を目撃した新納嘉藤次は、既に戦争の不利なのを自覚しており反対。
「再び戦争になれば鹿児島は悉く灰燼となり、城下は無人の境に変じて、薩摩・大隅・日向の三ケ国は遂に敵の占領する所となるであろう」
 そのような事態がおこれば、島津家の不幸なるのみならず、実に皇国の一大事である。それゆえ、先ず、恥を忍び和を講じ、徐々に国力を養って後のはかりごととしてはどうかと。
 重野厚之丞と能勢直陳もこの意見に同意したが、和戦の二字は当に久光の命を待つ外なしと東西に別れたようだ。
「最初の時点で、談判交渉を持つかどうかの議論紛々として、ようやく決着をみたはずでしたが」
 重野厚之丞は吉井中助の反応に、現場を見る重要性を痛感したといい、多くを自分自身が学んだと述懐している。
 久光は小松帯刀以下一蔵等と協議し、遂に皇国の為に忍び難きを忍び、重野等の言に従って平和の局を締結すべしと決め、一蔵はその責任者として東下することに。折から京都政局では、将軍上洛が遅れていた。幕府がそれに消極的であったことと、加えて十一月十五日に起きた江戸城本丸と二丸が火災となったためである。松平容保以下諸侯は将軍上京を要請するため、京都町奉行永井尚志を江戸に派遣することとし、その際、主要な六藩から藩士を一人ずつ同行させたので、一蔵はその任務もあった。
 養育料七万両は幕府から借り入れることに決定し、一蔵は岩下佐次右衛門等を伴い、老中板倉邸に赴き之を出願。
 しかしながら幕府は財政が窮している折から躊躇して容易に決しない。そのため英国代理公使は違約だと詰責してくる。英国の姿勢から、幕府の外国掛は再び平和が破られることを憂え、薩藩に向かって大いに督促してくるといった始末だ。
 そこで一蔵は、直接交渉にあたった重野・能勢等を再三、板倉邸に赴かせ、厳談させることにした。板倉は、幕府の財政すこぶる困難にして要求に応ずることはできないと答えるばかりで進展しない。
それに対して重野等は反論。
 七万両の額は個人の為には元より巨額なれども、幕府にとっては要するに僅少の額に過ぎず、加えて、之を支給するのと否とによって和戦の問題は決するのだ。もしこれが許されないのであれば、我等は先ず横浜に行き、英国代理公使を斬り、自らも割腹する外ない。
今や外国掛の督促はすこぶる急であって、このような回答をせざるを得ない。
 重野等がまさにその場を辞して退出せんとした時、板倉は大いに驚いて留めた。
 今より登城してこの事を計り、三井に交渉して、横浜に於いて下付せしめるので、速やかに神奈川に行き、明日を以て支払うがよい。
英国代理公使の督促は和らぐであろう。
 その夜、板倉勝静の書翰及び三井の為替券が届けられた。実にこれは十月二十九日のことで、翌十一月一日、重野・能勢・樺山は共に英国領事館に赴いた。
 先ずは重野厚之丞より遷延した所為を述べ、能勢・樺山両士より洋銀三万弗(七万両)を支払い、ここに於いて初めて生麦事件の落着を見たのです。 
 この間、重野厚之丞が心していたことは、日新公いろは歌の「ら」の歌だったと明かしています。

  楽も苦も時過ぎぬれば跡もなし
      世に残る名を  ただ思ふべし


 人生の苦楽はその時だけのものだが、名は永遠に残る。世のために尽くし、子孫のためによい名を残すように努めねばならない。
 狭い意味での苦楽ではありませんと重野厚之丞。藩主から、藩全体から託されてきた重みが、双肩にのしかかっている。
 八月十八日政変の立役者である高崎左太郎と今回の重野厚之丞。流人の暮らしをやり遂げてきた者に共通した点は、腹の据わり方です。それが並ではないと、拙者は痛感した次第。無論、そこには吉之助への期待も込められていた。
 政変以来、その形勢は一変したとはいえ、攘夷論は尚、朝廷・諸侯・有志者の間に唱道せられており、開国の議を公然と説ける有様ではありません。そのため英国との談判交渉の要となった重野・樺山・能勢の三名は、その身に害があることを恐れ、久光公に拝謁後、直ちに帰藩させました。
 拙者もまた、その責任者としての身上に憚り、復命書を提出後しばらく謹慎していたのは言うまでもありません。


六 重野の西郷観

 一蔵は筆を置くと、再び煙草盆を引寄せた。紫煙の先に久光の問いかけに答える小柄で丸顔の重野厚之丞が。
「ところで」と久光は話題を変えた。
「厚之丞は大島で、西郷吉之助と交流があったと聞くが」
「ありました。それ以前、職務は異なりましたが、江戸藩邸で顔を見知っておりましたので」
 詳細は省くが、西郷が斉彬に訴えてくれたことで、切腹を免れ遠島になったことを、重野厚之丞は言い添えた。
「大島で感じた西郷吉之助について、腹蔵なく申してみよ」
「先ずは、月照との一条ですが、自分が死損なって、和尚に気の毒であるという考えが、脳髄に溜まって居って、始終死を急ぐ心持があるのではと、ふと感じう時があいもした。理屈ではなく・・」
「外には」
「西郷はとにかく相手を取る性質があります。これは西郷の悪いところです。自身も解かっていて、私にもそや悪いちゅうこっだと言っておりました」
 取る、とは。微かに首を傾げる一蔵に、小松帯刀が囁いた。昨年の堀次郎の件。長井雅楽の公武合体説云々の。ああ、ああいうことだな。
 長井雅楽とともに江戸から上京していた堀次郎に、伏見で会った吉之助は、そこに居合わせた後輩の藩士や浪士たちに告げたという。堀が長井の説に同調するようなら、お前たちが堀を討て、と。
 一蔵は、今は伊地知貞馨と名前を変えている堀を窺った。唇を固く結び、重野厚之丞に強い視線を投げて、頷いている。
「そうして」
 重野厚之丞は続ける。
「そん相手を、ひどく憎む塩梅があいもす。西郷吉之助ちゅう人は一体大度量のあう人物ではあいもはん。人柄は豪傑肌じゃあけれども、度量が大きいとはいえません。いわば度量が偏狭です。ですから敵を持つ性質です」
 これは学者の視点だろうか。重野厚之丞は昌平黌に学んだ人である。あるいはと、一蔵は思った。
 少し離れた位置から見ると、精忠組の仲間のように親しい間柄では見えない面、というか、許せる部分が問題点として映る・・。
 重野厚之丞の指摘を受け、久光は我が意を得たりと、眼に力がこもる。後に西郷の赦免を願い出た高崎猪太郎の話を聞いて、一蔵は久光の心境に納得したのだった。
 えらい御怒りで、金の煙管の端をきりきりと噛み砕く位に歯噛みをして、なぜ御前はそのように言うか、西郷という者と交際したことがあるかと、お詰めであるから、
「まだ交際しては見ませぬ」
「左様な不信用な事を言って、己(お)れに言うというものは、甚だ如何わしい話だ」
「私ども交わってはみませぬが、あの人望というものは、これは人力の及ばぬもので、古より賢公は民の好みに従うということがありますから、そこを思召して下さらぬと・・今日は勢いが迫っております」そう申し上げたところ、
「あれは謀反をする奴じゃ」









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