オフ会の話 | |
2014年8月16日 22時42分の記事 | |
今回は、先日行ったオフ会の話からです。
今回、山口オフ会でまわったところは、 住吉神社(竹内宿禰お手植えの大楠があるところ)、 彦島八幡宮(ペトログリフの遺跡が保存されている場所)、 豊功神社(龍宮界に開かれた神域があるところ)、 角島(海の景色が抜群、龍神のお社があるところ)でした。 他に、nino caféさんというマクロビ風のカフェや、麺宗祐気さんというラーメン屋さんにも寄らせてもらいました。 特に、麺宗祐気さんは、もうお店が閉店しているのに、近くにいるので寄らせてもらいたいと言うとわざわざ開けてくださり、おいしいラーメンを食べさせていただきました。 いつも行かせていただいている名店ですが、今日のラーメンは格別美味しかった〜 途中、角島ではみんなでUFOを呼んでみましたし(笑)、移動中の車中ではみんなで魂語を話して笑い転げたり・・・ 本当に充実したオフ会でした。 何事も、楽しむためにあるのだなと、原点を振り返る良い機会でした。 ありがとうございました。 前回のPART2までお話した山口のエネルギーラインを巡る旅にもつながるのですが、それをちょっとだけお話したいと思います。 今回、龍神にゆかりのあるところを訪ねて感じたのは、その時々、場所場所で、神話上の神々ではなく、人間のドラマがあったのだということです。 それは、近現代の我々の様子に近い征服劇(領土を奪い合い、支配する関係)を感じました。 誰かが誰かを支配し、その土地を治める。 そこには、争いがあり、勝者がいて敗者がいる。 まさに、2000年前から同じ様相が繰り返されていた印象があります。 そして、勝者が歴史に名を残し、神として、龍神としてあがめられます。 私の感覚では、神は男性の権力者、龍神は女性の権力者あるいは高貴な身分の人物だった可能性があります。 時にそれは権力者側がその人物が死去した際に自ら敬い奉りました。 また別の時には、一般の人々が能動的にみずからの意志でそういった高貴な人物が亡くなったときに崇め奉り、墓を設け、古墳としました。 人々が神として、龍神として祀ることによって、実際に神が生まれ、龍神が生まれ、生き始めるのです。 人々によって神格化された集合的な信念が、実際に行き始める瞬間でもあります。 だからといって、それらがまやかしやうそではありません。 そこが我々の理解を超えるところですが、数千年にもわたる我れ割れの思いとは、それほど強烈なのだと思います。 神、龍神という役割は、ある意味において、民衆によって作られてきたという言い方もできます。 そういった、神話の世界ではない、地に足のついた人間的なドラマから、神様や龍神が誕生してきた様相が、いろんな史跡を訪れる中で私には感じられてきました。 興味深いのは、実際にそれらが効力を持ち始めるのです。 人々によって龍宮界に開かれたゲートがあると信じられれば、実際にそういったゲートが出来上がります。 例えば、今回訪れた豊功神社がまさにそうでした。 古くはここは海運で栄えた場所で、沖にある二つの島がいろんなところへ向けて行き来をする船にとっての目印になった印象があります。 当時のこのあたりは、巨大国家が存在した北九州や、重要な宗教上の施設があった宗像大社、さらには出雲や周防方面へ行く際の重要な航路となっていました。 豊功神社のあたりはまさにその分岐点というか目印として用いられていた印象があります。 「龍宮界に開かれた場所」の龍宮界とは、遠く離れた異国を龍宮界に見立てて、そこへのゲートとしての意味合いがあったものと思われます。 (異国とは現代の感覚では外国を指しますが、当時の感覚ではそうとは限らず、彦島のあたりから見れば福岡のあたりや宗像大社のあたり、そして出雲や周防も外国に相当したと感じます。)。 もちろん、遠くは朝鮮などとも交流はあったでしょうから、朝鮮を龍宮と見立てることも可能です。 ですが、それだけではなくて、龍宮とは非物質界をもさしています。 豊功神社沖の2つの島の真ん中あたりに、非物質界の龍宮界につながるゲートがあります。 そこはまさに、多数の多次元的な存在が出入りするゲートであり、多次元的存在と宇宙人と言い換えてもいいかもしれません。 ある意味で、現実世界と非物質界はリンクしているのです。 現実世界でゲート、通り道になっているところは、非物質的にもゲート、通り道になっていることがあります。 エネルギ―ラインのPART1の記事で、山口はプレアデス系のエネルギースポットになっているという話をしました。 それは、たとえば北海道とは異なる印象があると。 それが何に置いて一番違うのかといえば、今回のオフ会でやはりそう感じたのは、「人の関与があるかないか」です。 宇宙人の関与というより、人の関与です。 例えばこんな感じです。 日本の現政権をおこなっているのは、あたり前ですけど、普通の人間ですよね。 神様ではありません。 でも、今から1000年後、もしかしたら神のように崇められるかもしれません。 集団的自衛権の行使を容易にした立役者として。 実際そうなるということではありませんよ。あくまでたとえば、です。 でも、今の我々からすれば、当然違和感がありますよね? ぶっちゃけ、あれが神様ですか?みたいな(笑) でも、わからないんですよ、1000年後にどう扱われるかは。 我々が龍神の史跡を訪れたときにも、我々の認識と実際にはそのくらいの違和感が存在する可能性があります。 つまり、史跡として跡が残されている部分というのは、きわめて人間臭いドラマがあるだろうと推定したほうが無難であるというお話をしています。 それは、我々が触れることのできるどの古文献についても、それが言えます。 しかし、我々の集団的な信念によって神格化される人物、龍神が現れた場合、それが1000年、2000年の時を経れば、実際に神のようにその土地や人々を守る力が備わるのだという人知を超えた側面があります。 「当時は一人の人間だったが、2000年の時を超えたら神様(龍神)になった。」 その感覚に近いのが、いわゆる龍宮伝説の真相ではないかなという気がしました。 しかし、我々の理解を超えているのは、たとえそうであっても、我々が神格化すると、それに応じて現実も創造され、実際に神や龍神がその地や人々を助けるようになるということです。 最後に、UFOのお話を。 角島(つのしま)に行ったとき、みんなでUFOを呼んでみました。 すると、私には肉眼では見えなかったんですが、非物質的にはUFOの存在を感じました。 一昨日の竹林の中の磐座で感じたものとは異なり、発光していました。 発光している色はちょっと複雑で、青とかオレンジとか、あるいはそれが混ざったような印象すら感じました。 形的には、竜の頭あるいは、まあるい球体のように見えていたと感じました。 | |
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◆この記事へのコメント(投稿順) | |
1. nagi 2014年8月18日 0時14分 [返信する] imimiさま、 先日は、大変失礼いたしました。すっかりすっぽかしてしました…また、機会をいただければ、今度はぜひ参加させていただきたいと思います。 黒五郎さんと麺宗祐気さんも知り合いですので、どこかでまた繋がりをいただけるかもしれません…これに懲りずによろしくお願いいたします。 2. いみみ 2014年8月18日 6時46分 [返信する] nagiさん、コメントありがとうございます。 また機会がありましたら参加してくださいね。 たぶん次回のオフ会は、1年後です(笑) またお会いしましょう!
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