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風の喜八15「悲願、浅野家再興」 (無料公開)
[【時代小説発掘】]
2013年4月14日 14時54分の記事


【時代小説発掘】
風の喜八15「悲願、浅野家再興」
佐藤 高市(さとう たかいち)


(時代小説発掘というコーナーができた経緯)

梗概:
 赤穂藩隠密の風の喜八が、討ち入りの後、浅野家再興のために公儀隠密として活躍する物語。ついに悲願であった浅野家が再興に向けて時代は動くのか。「風の喜八」シリーズの完結でございます。

プロフィール:   
酉年でも喧嘩鳥の生まれ年で単純明快 東京都生まれ 
小説「谷中物語」で茨城文学賞受賞
江戸を舞台の小説「入梅」が韓国の常緑樹文学に翻訳掲載
江戸の歴史研究会会員 

 
これまでの作品:

風の喜八1 「討ち入り」
風の喜八2 「丸木を持って水月を知れ」
風の喜八3 「元禄の終焉」
風の喜八4 「水月空華」
風の喜八5 「江戸騒乱」
風の喜八6「江戸の初雪」
風の喜八7 「陰陽五行の天才占い師現わる」
風の喜八8 「高砂やこの浦舟に帆を上げて」
風の喜八9 「真如の月に無相を見る」
風の喜八10 「江戸の月見」
風の喜八11 「後の月」
風の喜八12 「岸辺の風」
風の喜八13 「宝永五年の冬」
風の喜八14「将軍綱吉の最後」-綱吉に憑依していた赤犬の怨念-

赤穂浪士 「春の名残(なごり)」

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【時代小説発掘】
風の喜八15「悲願、浅野家再興」
佐藤 高市(さとう たかいち)



(一)浅草聖天町の八百屋の夫婦

 犬公方綱吉は、宝永六年一月十日に、はしかで亡くなったことが、江戸市中に知らされた。突然の知らせに大名や旗本、そして町民たちは、驚くばかりであった。
 早飛脚たちは、全国に将軍の死を知らせるために、江戸を発った。
 ムジナ長屋の大家の清兵衛は、町触れで将軍綱吉の死を知り、大急ぎで花川戸の権助の家を訪れた。
「将軍様がお亡くなりになった・・・・・・、はしかに罹って突然に亡くなられたという・・・・」 清兵衛は、権助に自身番からの触れを伝えた。権助は、既に、喜八から将軍綱吉が死去したことを聞いていた。
「そうですかい。清兵衛様、世の中は変わりますかい?」
「将軍綱吉様には、後継ぎがいないので、西の丸に入られている家宣様が次の将軍を継ぐことになる。穏やかな気性の家宣様は、世の中を平穏にしてくれますよ。そして、あの博学の新井白石をそばに置いている」
「生類憐みの令は、まだ続きますかい?」
「禁を犯して、多くの町人たちが小伝馬町送りになっている。権助さん、行き過ぎた法であることは、皆、承知しているよ」
 セツが白湯を持ってきた。
 権助は、喜八から聞いていたことを大家の清兵衛に話した。熱にうなされていた喜八が見たものは、将軍綱吉に憑依していた赤犬の怨霊であった
 江戸城の屋根には、大きな赤犬の化け物が姿を現した。喜八は、白龍に乗って丸木の棒を構えた。
 赤犬には、子どもが乗っていた。よく見ると顔は老人のようであった。喜八は、それが綱吉であることを知った。綱吉には、赤犬が憑いていたのだ。
 人が食した赤犬の怨念が将軍綱吉に憑いていたのであった。綱吉は、将軍在位の間、実に五十七回もの「生類憐みの触れ」を出した。
 それは、狂気の沙汰であった。犬から始まって鳥や蚊までも触れの対象になった。多くの者たちが牢に入れられていた。
 江戸城の真上には、黒雲が渦巻いていた。暗黒の中に綱吉を乗せた赤犬が消えて行く。黒雲に稲光が走り、綱吉は、暗黒の冥界に入って行くのだった。
「権助さん、この話は、ここだけのことにしておきましょう。幕府が知ったら大ごとになりますからね・・・・・・」
「それはそうと、梅婆さんの具合が悪いと聞きましたが?」
「そうなんですよ。初めは、将軍様と同じ病になったと言って、梅婆さんは、寝込んでいます。今では、自分で立ち上がることもできないんでさ」
 権助は、清兵衛に聞かれてそう答えた。
「セツ、梅婆さんの塩梅はどうだった?」
「はい、はしかではないと竹庵先生は見立てていましたよ」
 権助に聞かれた妻のセツは、朝から、梅婆さんの看病をしていた。
 竹庵は、昨年の秋に、ムジナ長屋に越してきた医者であった。物腰が柔らかくて、目を細めて笑う顔がいつもあった。
 昨年の秋に、西国から江戸にやってきた。色白の娘と住んでいた。娘は、仕立てが得意で呉服屋から仕事を貰っていた。
「竹庵先生の見立ては、確かなものだ」
 権助は、竹庵が武家屋敷からの診察を求められ、秘伝の薬草で重い病人を治していることを知っていた。
「あの先生なら、間違いはなかろう」
 清兵衛も堪え切れないほどの腹痛を診て貰い、竹庵の処方した苦い丸薬を飲むとたちどころに治ったことがあった。
 話しをしている時、その竹庵が権助の船宿に顔を出した。
「これは、これは、竹庵先生、いつぞやはお世話になりまして、ありがとうございました」
 大家の清兵衛は、竹庵に挨拶をした。
 竹庵は、いつもの柔和な顔ではなくて、眉間にしわを寄せていた。
「先生、どうなさいましたか?」
権助は、いつも笑いを浮かべている竹庵が神妙な顔でいるのに胸騒ぎがした。
「梅婆さんのことですが・・・・・・、身内の方はいないそうですね?」
「ええ、ムジナ長屋の住人たちが家族です。先生、梅婆さんの具合は、そんなに悪いんですかい?」
 竹庵は、梅婆さんの命は、全身が衰弱していて、風前のともし火のようだと言った。
 権助と清兵衛は、竹庵の言葉に顔を見合わせた。
  権助は、セツに梅婆さんの所に行くように伝えた。小太郎も一緒に看病に向かう。
梅婆さんの部屋からは、南無妙法蓮華経のお題目の声と団扇太鼓の音が聞こえてきた。
法華宗の強信者であった梅婆さんが、同じ信心をする人たちを頼んでいた。
「倅が迎えに来てくれるよ。仏様たちを連れて・・・・・・」
 梅婆さんは、うわ言を繰り返していた。
 ムジナ長屋の住人たちも梅婆さんの見舞いに駆けつけていた。梅の手を握る権助の妻のセツは、梅の耳元でお題目を唱えていた。
 昨日まで、意識がしっかりとしていた梅婆さんは、一月の十八日の観音詣でを楽しみにしていた。
 浅草寺の観音様に、祈りを捧げていた梅婆さんは、ムジナ長屋の住人の安穏を祈っていた。
 棒手振りの三太が、浅草聖天町で八百屋を開くことになって、自分のことのように、喜んだのは梅婆さんだった。
 三太が八百屋の鑑札を貰ったのは、観音様のご利益だと言って、手を合わせていた。
 晩になって、セツの泣き声がした。梅婆さんは、セツに見守られて、倅のいる霊鷲山に旅立って行った。まるで寝ているような死に顔であった。
「皆さん、これがお題目を上げきって、成仏なさった仏様のお顔です。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」
 大家の清兵衛は、そう言って、亡骸に手を合わせた。そして、梅婆さんの顔に白い布をかけた。
 小太郎の泣き声がした。権助に貰われた小太郎をいつも気にしていたのは、梅婆さんだった。
 権助やセツの前では、いつも元気な顔を見せていた小太郎だったが、浪人であった亡き父を偲んで大川の岸で泣くこともあった。
 梅婆さんは、そんな小太郎を不憫に思って、観音様や待乳山に連れて行ってくれた。
「お侍様の子は、泣いちゃならないよ」
 それが、梅婆さんの口癖だった。
 宝永六年の一月は、将軍綱吉が亡くなり、棺が江戸城にあるうちに、生類憐みの令は、新将軍の徳川家宣によって廃止された。
 常軌を逸した生類憐みについての触れが無くなり、江戸市中の人たちは、大いに安堵した。
 小伝馬町の牢獄から赦された人たちは、自由になった喜びに湧いた。大川を渡り、春の川風に吹かれて、父母や妻が待つ我が家に向かうのだった。
 江戸の町には、尾を垂らした野良犬がごみを漁る姿があった。おかみさんたちが犬を追い払った。江戸っ子たちは、犬に怯えることも無く生活をすることができた。


 
(二)木村源浄の思い出

 二月になって、江戸城では亡き将軍綱吉の正室であった鷹司信子が亡くなった。綱吉が亡くなってから、わずか一月後のことであった。
 江戸市中では、信子が自害したという噂があった。亡き綱吉は、信子によって殺害されたことが流言となって駆けめぐっていた。
 喜八は、隠密廻り同心の高畠十郎から、江戸市中を引き続き見張ることを命じられていた。
 関ヶ原の戦いに敗れた西軍の怨念は、まだ残っていた。百年の年月を経て、それらの怨念は引き継がれていたのだった。
 徳川幕府の隙を窺うその者たちは、常に江戸市中に配下の忍びたちを放して、策略を練っていた。
 それらの忍びたちは、大名屋敷の塀部屋や寺の離れ、長屋の片隅で江戸城の様子を窺っていた。
 亡き将軍綱吉が正室の信子の手によって、殺害されたという流言を画策したのもそう言う者たちの仕業であった。
 喜八は、八丁堀の組屋敷から本所に行くために、永代橋を渡っていた。
ここで、暴れ馬に蹴り殺されそうになった喜八の妻であるお勢と娘のお登勢を助けたのは、宝蔵院流十文字鎌槍の剣豪である木村源浄だった。
 喜八の妻のお勢は、役目で家を空けていた喜八に着替えを届ける途中であった。
 お勢に手を引かれた娘のお登勢は、大川に浮かぶ白い帆の船を見て、驚きの声を上げた。物売りが忙しそうに先を急いでいた。
 橋の向こうから馬に乗った侍が、供の者たちを従えていた。馬のたてがみはきれいに結ってあった。その時、橋のたもとにいた野良犬が馬の脚にかじりついた。
 驚いた馬は、前足を高く上げて乗っていた笠を被った侍をふり落とした。馬は、後ろ脚を蹴り上げて勢いをつけて、身ごもっていたお勢とお登勢に向かって来た。
 橋を渡っている人たちが悲鳴を上げた。
 その時であった。馬の前足の付け根に刃が付いていないたんぽ槍の突きが入った。槍先には、綿を丸めてその上に布が巻かれていた。電光石火の早業だった。
 前足を上げた馬は、急に力が抜けたようにその場にうずくまった。
 馬のすぐ脇で、お勢は娘のお登勢を懐に抱いていた。馬のそばにあったたんぽ槍を手に取ったのは、痩せた年寄りであった。それが、木村源浄であった。
 木村源浄がその場にいなかったら、お勢もお登勢も命を落としていた。そして、お勢の腹の子も同じ運命であった。
 後日、喜八は、濱町の木村源浄の家を訪ねて、身重の妻と娘の命を助けてくれたことに感謝をした。
 それが、宝蔵院流十文字鎌槍の剣豪である木村源浄との出会いであった。
 木村源浄は、幕閣から密命を受けて、紀州徳川家に潜入していたのだった。
将軍綱吉は、紀州徳川家に嫁いだ愛娘の鶴姫を可愛がり、娘の夫である徳川綱教を将軍に就かせようとしていた。
 これには、徳川光圀をはじめとして幕閣は、綱吉の亡き兄綱重の子である甲府宰相綱豊に継がせるのが天道であると主張していたのであった。
 幕閣は、徳川幕府の安泰を切望して、木村源浄に密命を与えた。
 それは、紀州徳川家の祖であった徳川頼宣が、幕府転覆を企てたとされる由井正雪と関係していたことを江戸市中に流すことであった。
 それにより、次期将軍の座を紀州の徳川綱教ではなく、甲府宰相綱豊に仕向けるためであった。
 神君家康の子である紀州徳川家の初代藩主である徳川頼宣は、由井正雪と交流があった。当時の幕府も疑いをもったことであった。
 そのため、徳川頼宣は、十年の間、国元の紀州には戻ることができなかった。
「紀州の人々は、次期将軍は将軍綱吉の娘を娶った徳川綱教様が六代将軍に就くと信じておった。だが、鶴姫様が非業の死を遂げ、綱教様も逝去されました。残ったのは、次期将軍職のために費やした莫大な借財であった・・・・・・。武士も領民も暴発する心配がある」
 木村源浄は、そう言って、紀州徳川家の存亡に憂いを抱いていた。
紀州徳川家は、宝永四年の大地震と大津波に襲われ、疲弊していた。困窮した人々が商家の土蔵を襲うことも度々であった。
 木村源浄は、若き藩主である徳川吉宗や幕閣に紀州藩の窮状を詳(つまび)らかに伝える必要があった。
 落日のような紀州藩には、一刻の猶予もなかった。人心は乱れ、紀州藩に対して武士や領民の不満が向けられれば、徳川の幕藩体制そのものが危機に瀕することになる。
 幕閣は、木村源浄の訴えに驚き、即座に、喜八が紀州藩主徳川吉宗の書状を国元に持参することを命じた。
 若き藩主の思いが国元に伝われば、紀州藩は危機を乗り越えることができる。吉宗の書状は、闇夜を照らす一灯のようであった。
 紀州藩に大恩のある忍びの根来衆が、重い任務を命じられた喜八を守る。浅野宗家は、紀州藩を領していた時に、豊臣秀吉に焼かれた根来寺を再興したのだった。
 根来衆にとって、浅野宗家と紀州徳川家には大恩があった。喜八は、自らの使命を胸に秘めて、紀州徳川家のために江戸随一の飛脚である大関屋勝らと共に紀州に向かい、役目を務めたのだった。
 喜八は、木村源浄との立ち合いを昨日のことのように憶えていた。鉄砲州波除け稲荷の境内で、喜八と源浄は立ち合った。
 海からの風が吹いていた。月の光に、木村源浄の持つ十文字鎌槍の切っ先が光った。
 喜八は、海側に立っていた。源浄は、海からの風を受けて十文字鎌槍を喜八に向けた。槍先を地面に向けながら、喜八の様子を窺っていた。
 喜八は、十文字鎌槍に対して動けなかった。その時、喜八は、自分と木村源浄を照らす月を見たのであった。
 月は、光を放ちながら、空(くう)にあった。この世は、無相である。月の光は、地上にあるものを照らしていた。
 二人の立ち合いは、そこで止められた。止めたのは、隠密廻り同心の高畠十郎であった。
 木村源浄は、既にこの世を去っていた。そして、木村源浄の十文字鎌槍は、四ツ木八幡宮に納められていた。


(三)浅草聖天町の八百屋の夫婦

 二月に入って、すっかり気候も穏やかになった。夕刻のことだった。
「ごめんください。花川戸の大将、いますかい?」
 権助の船宿に懐かしい声がした。
 小太郎が出て行くと、そこには、三太が旅姿で立っていた。傍らには、初々しいキヨがいた。
「おう、小太郎。元気だったかい」
 三太は、きょとんとしている小太郎に声をかけた。奥からセツも出て来て、二人を座敷に通した。
「疲れたでしょう。少し休んだら、湯屋に行ってらっしゃいな。汚れものは、外のたらいに入れて」
 三太は、話すことが山ほどあった。三河吉良の庄で祝言を上げたことや大地震と富士山の大噴火で街道が荒れて、難儀をした。
 湯屋に行った後、店を出す聖天町に向かった。
三太は、明日には、八百屋の鑑札を手配してくれた八百千の旦那の所に行くことにしていた。
 浅草花柳界の粋な芸者衆が、待乳山聖天社に参拝をしていた。三太は、芸者衆を見るキヨの表情を追った。
 三太は、待乳山聖天社が夫婦和合や縁結びのために、本尊の男女抱合像を拝むことを話した。階段を登った本堂には、二股大根の供えものが山と積まれていた。
 二人は、二股の大根を目の前にして、顔を赤くしていた。
 三太は、自分の店を構える聖天町を案内した。大川から待乳山を左手にして、山谷堀に入る場所に聖天社はあった。三太の店は、聖天社の目と鼻の先だった。
「山谷掘りを舟で行くと、吉原がある。苦界に身を沈める人たちに、せめて取り立ての野菜を食べて貰いたい」
 三太は、キヨに自分の気持ちを語っていた。
 キヨは、三太が毎朝、棒手振りの商いに行く前に、観音様にお参りをしていたことを聞かされていた。
 キヨも三河吉良の庄にある八幡神社に仕えていた。一途な三太の気持ちにほだされ、江戸で八百屋を開くことを決めた。
 キヨは、赤穂浪士の仇討で、悪名を馳せた吉良上野介の菩提を弔いたかった。元領主の 吉良上野介を憐れむ気持ちがいつもあった。
 ふるさとでは、亡き吉良上野介は、民のために尽力した名君として称えられていた。
 三太は、明日からキヨと店を開くことにしていた。キヨも一緒に買い出しに行くことを承知した。
 権助の舟で青菜を買い付けて、長屋に住む人たちや遊郭で春をひさぐ人たちに食べて貰いたかった。
「三太にいさん、夕餉の支度ができましたよ」
 小太郎が二人を呼びに来た。
 権助の船宿に戻ると、セツが魚や野菜の天ぷらを用意していた。キヨは、御馳走を前にして故郷のことを思い出した。海に近い吉良の庄では、魚がおいしかった。
 キヨは、江戸に下る時に富士山を仰ぎながら、江戸で生きる覚悟をしていた。三太とともに、浅草一の八百屋を築くことを観音様や四ツ木の八幡様に誓願をしていた。


(四)寛永寺での大名殺し

 湯屋の二階では、陰陽五行の天才占い師の佐藤瑞法が口上を述べていた。
「本年は、己丑(つちのとうし)で陰陽五行では、比和(ひわ)であります。己は陰の土で、丑は陰の土で、土と土でますます盛んになるという年でござる」
 佐藤瑞法の陰陽占いは、江戸では評判になっていたので、占いを求める者たちが詰め掛けていた。
「本日は、これでおしまいです、明日から浅草寺の境内で占いを始めます。宜しくお願いいたします」
 佐藤瑞法の言葉に、集まった者たちがため息をついた。
 佐藤瑞法は、湯屋を後にすると権助の船宿に向かった。
 権助の家では、喜八が夕餉をとり、再び江戸市中の見廻りをするために外に出ようとした。玄関先で、喜八は佐藤瑞法と再会をした。
「喜八殿、お久しぶりでござる」
 佐藤瑞法の言葉に喜八は笑って会釈をした。
「善光寺の山門の横には、佐藤忠信、継信の供養塚があります。佐藤兄弟の母親が供養のために建てたものです。私は、懇ろに経を上げて、信濃中を旅しておりました」
 源義経の忠臣を先祖に持つ佐藤瑞法は、善光寺を詣でて先祖の供養を行ってきた。
「喜八殿、将軍綱吉様がなくなったばかりで、大きな声では申せませんが、本年は陰陽では、比和になります。悲願であるお家再興の日が近いのでは・・・・・・」
 喜八は、佐藤瑞法を見た。確かに、世間では綱吉が亡くなり、新しい将軍の徳川家宣は、綱吉の遺骸が江戸城にあるうちに、生類憐みの令を廃止した。
 家宣は、綱吉の行ってきた制度を取りやめた。そして、巷では、将軍綱吉の死により、大赦が行われることが囁かれていた。
 罪人の罪が許されることにより、亡き綱吉の菩提を弔うためであった。慈悲の心は、あの世にいる綱吉の迷える魂を救済することができるとの思いがあった。
 既に、生類憐みの触れに背いた罪人たちが小伝馬町の牢獄から赦されて、自由の身になっていた。
 喜八は、お家再興が現実のこととなることを願った。だが、楽観はできなかった。旧敵であった吉良上野介の吉良家は既に断絶をしていた。
 浅野家が再興することになれば、横槍が入ることも考えられた。
 上野の山が見えると役人たちの数が多くなっていた。
 寛永寺の近くでは、役人たちが道を塞いでいた。
 今日は、前将軍綱吉の法要が寛永寺で行われることになっていた。尋常でない厳しい警護に、寛永寺で重大なことが起きたことが分かった。
 喜八は、警護の役人たちを避けて、清三と会うために不忍弁才天に向かった。公儀隠密の清三は、棒手振りの格好をして喜八を待っていた。
 二人は、弁才天の参道沿いにある茶屋に入った。
「喜八様、大名が大名を刺し殺したらしいのです・・・・・・」
 喜八は、無言で清三の話を聞いていた。
 天皇の勅使等の接待にかかわっていた大聖寺新田藩主の前田利昌が大和柳本藩主の織田秀親を刺殺したことが、明らかになってきた。
 人々は、赤穂藩主浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)と吉良上野介の刃傷沙汰を重ね合わせていた。
 この度の刺殺場所は、寛永寺境内の屏風坂門の脇にある吉祥院で起きた。ここが織田秀親のいた宿坊であった。
 法要の当日を迎える未明に、前田利昌は、吉祥院に忍びこんで、織田秀親を刺し殺したのだった。
 織田秀親は、織田信長の血統を継いでいた。前田利昌の先祖は、前田利家であり、前田利家が織田信長の小姓であったことを思うと皮肉な巡り合わせであった。
 誰もが、この事件で赤穂浪士の出来事を思い出すことは必定であった。
 茶屋を出た喜八は、清三と別れて高輪の泉岳寺に向かった。清三は、隠密廻り同心の高畠十郎からの命を喜八に伝えていた。
 寛永寺で刺殺された織田秀親の屋敷を見張れという指示であった。
 大和柳本藩主の織田家屋敷は、三田にあった。織田家の屋敷から高輪の泉岳寺は、寺町を通って程近い所にあった。
 織田の屋敷は掘割沿いにあって、大石内蔵助の長男である大石主悦や堀部安兵衛が討ち入り後に預けられた伊予松山藩の松平家は目と鼻の先であった。
 大石主悦ら十人がこの松平家の屋敷で切腹をしたのだった。
 喜八は、赤穂浪士の怨念が渦巻いているといった流言が飛び交うのを恐れた。
 寛永寺での事件の裁きは、慎重に対応しなければならなかった。幕府の裁きが誤れば、赤穂事件の二の舞になってしまう。
 喜八は、金杉橋を渡ると赤穂浪士たちの顔や声を思い出していた。
 三田の織田家の屋敷はひっそりとしていた。当家の主人が寛永寺の宿坊で殺されたことが嘘のようであった。
 織田信長以来の名家は、まさに存亡の危機にあった。そのため、前田家への怒りは我慢をしなければならなかった。下手に動けば、お家が取り潰しになる恐れがあった。


(五)お家再興

 喜八は、大川の岸辺にいた。初秋の風に柳の枝葉が揺れていた。喜八は、先日、夢を見た。
 白い龍が玉をくわえて天に昇る夢だった。吉兆だった。陰陽五行の占い師の佐藤瑞法は、喜八の話を聞いて、その夢が浅野家再興の吉瑞であることを告げた。
 将軍綱吉の死去と新将軍家宣の就任による恩赦が続いていた。そして、赤穂浪士たちの子どもたちが赦され、浅野内匠頭の弟である浅野長広の恩赦も現実のことになると噂が立っていた。
 四ツ木八幡宮では、放生会の準備が始まっていた。江戸市中でも四ツ木八幡の放生会は知られていた。
「おねえちゃん、亀を捕ってきたぞ。ほら」
 その頃、四ツ木八幡宮で放生会の支度をしていた喜八の娘お登勢に、村の子どもたちが縄で縛った亀をぶら下げて来た。
 縄でぶら下げられた亀は、手足を動かしていた。
 お登勢は、子どもの頭を撫でながら、鳥目を渡した。お登勢から銭を貰った子どもたちが歓声を上げた。
 放生会には、亀が必要だった。亀を求めた者が大川に亀を放す。それは、先祖への供養となる。そして、前世において捕らえた生き物を放した者は長命になると信じられていた。
 喜八は、赤穂の塩饅頭を縁台の皿に並べていた。八幡宮の境内に高畠十郎の姿が見えた。高畠十郎は、喜八を見ると表情をやわらげた。
 高畠十郎は、小銀杏の髪を結い、月代の青さが凛々しく、朱房の十手を帯に差した姿は粋な八丁堀同心であった。
 高畠十郎は、幕閣から浅野家再興が近いことを告げられていた。その知らせを喜八に持って来たのだった。
 喜八は、高畠十郎の言葉に体が震えた。言葉がすぐには出せなかった。すぐにでも泉岳寺に眠る赤穂浪士たちに知らせたかった。
 喜八は、妻のお勢を呼んだ。お勢の笑顔が見えた。手伝いの村人たちも手を握って喜んでいた。
 やがて、その知らせを受けた権助は、祝いの酒をムジナ長屋の住人たちに振る舞った。 ムジナ長屋の住人である医師の竹庵は、浅野家再興を知って、すぐに紀州藩の中屋敷に走った。
 竹庵は、根来衆だった。知らせは、すぐに紀州藩主の徳川吉宗に届けられた。
 紀州藩の危機に際して、命をかけて吉宗の書状を紀州に届けた喜八であった。紀州藩は、喜八に大恩があった。
 吉宗は、名を伏せて四ツ木八幡宮に多額の寄進をすることを命じた。
 その頃、浅草聖天町の三太の八百屋では、三太とキヨが商売に励んでいた。キヨもすっかり八百屋のおかみさんになっていた。
 三太は、観音様に毎朝お参りを続けていた。横にいるのは、キヨだった。そして、キヨは、毎月、中野の吉良上野介の墓にお参りをして、菩提を弔っていた。
 吉良の庄の人たちは、赤馬に乗って、所領を見回るかつての領主の吉良上野介の姿を忘れることができなかった。
 








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12/06 12:26 江戸浅草物語14「月こそ心よ花こそ心よ」 (無料公開)
11/15 15:30 〈助太刀兵法46〉北斎蛸踊り(8) (無料公開)
10/26 08:49 「本日のマーケット」(FX編)・・・今週は日米の金融政策イベントに注意。
10/26 08:40 「本日のマーケット」(株式編)・・・ 続伸後に日経平均株価が1万9000円台を回復。
10/21 08:39 「本日のマーケット」(FX編)・・・ドル円は120円ちょうどの壁を意識。
10/21 08:25 「本日のマーケット」(株式編)・・・手掛かり材料難のなか、方向感の出づらい展開。
10/19 08:33 「本日のマーケット」(FX編)・・・午前11時に発表される中国の一連の経済指標に注目
10/19 08:23 「本日のマーケット」(株式編)・・・午前11時、中国経済の指標しだい。
10/14 08:48 「本日のマーケット」(FX編)・・・昨日に続き中国の経済指標。米9月小売売上高。
10/14 08:31 「本日のマーケット」(株式編)・・・前日の動きが継続し軟調な展開。
10/13 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・ドル円は120円大台を中心に方向感に欠ける動きが当面続きそう
10/13 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・5日線(前週末9日時点で1万8218円)が下値を支え
10/05 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・東京タイムではドル円やクロス円は押し目買いが優勢
10/05 08:34 「本日のマーケット」(株式編)・・・続伸後、日経平均株価が1万8000円に迫る。
10/04 12:07 江戸浅草物語13「天海僧正の結界が破られる時、魔界の者たちの進撃が始まるのか」 (無料公開)
10/02 08:44 「本日のマーケット」(FX編)・・・米雇用統計を控えた様子見姿勢
10/02 08:35 「本日のマーケット」(株式編)・・・週末要因や米雇用統計を前にポジション調整
10/01 08:47 「本日のマーケット」(FX編)・・・9月日銀短観、9月中国製造業購買担当者景気指数(PMI)などが材料。
10/01 08:35 「本日のマーケット」(株式編)・・・欧米株式の上昇を受けて買いが先行後、もみ合い。
09/30 08:52 「本日のマーケット」(FX編)・・・日中は119円後半のもみあい
09/30 08:44 「本日のマーケット」(株式編)・・・反発後、上値が重い展開。
09/29 08:55 「本日のマーケット」(FX編)・・・株安・円高パターンの継続はドル高圧力を後退
09/29 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・続落後に落ち着きどころを探る展開。
09/28 08:46 「本日のマーケット」(FX編)・・・東京時間のドル/円は120円半ばを中心にもみあい。
09/28 08:36 「本日のマーケット」(株式編)・・・手掛かり材料難のなか、もみ合い。
09/25 08:53 「本日のマーケット」(FX編)・・・・朝方、イエレン米連邦準備理事会(FRB)議長が年内利上げが適切との見方を
09/25 08:44 「本日のマーケット」(株式編)・・・引き続き弱含みで推移。直近の安値1万7415円61銭を意識。
09/24 08:37 「本日のマーケット」(FX編)・・・・連休明けの東京時間のドル/円は120円前半を中心にもみ合う展開。
09/24 08:26 「本日のマーケット」(株式編)・・・続落スタート。連休中にNYダウが軟調に推移。
09/20 10:55 〈助太刀兵法45〉北斎蛸踊り(7)(無料公開)
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