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薩摩いろは歌  幕末編18  長州藩処分問題 (無料公開)
[【時代小説発掘】]
2013年4月28日 11時42分の記事


【時代小説発掘】
薩摩いろは歌  幕末編18  長州藩処分問題
古賀宣子



(時代小説発掘というコーナーができた経緯)


梗概・長州藩処分問題
 大久保一蔵は小松帯刀の部屋へ西郷吉之助を伴った。京都出立の前日である。
「こん複雑な京都情勢を、西郷にしっかい呑み込んで貰わねばならぬゆえ」久光名代として京都をあずかることになった小松帯刀が、緊張した面持ちで囁いた。
 

作者プロフィール:
ひっそり年金暮らしの老夫婦。


これまでの作品:
薩摩いろは歌 幕末編1 口上
薩摩いろは歌 幕末編2 率兵上京に向けて
薩摩いろは歌 幕末編3 時に到りて涼しかるべし
薩摩いろは歌 幕末編4 久光入京
薩摩いろは歌 幕末編5 寺田屋事件 
薩摩いろは歌 幕末編6 舞台裏  
薩摩いろは歌 幕末編7 勅使東下
薩摩いろは歌 幕末編8 無明の酒
薩摩いろは歌 幕末編9 極密献策
薩摩いろは歌 幕末編10 外交初陣
薩摩いろは歌 幕末編11 中川宮朝彦親王
薩摩いろは歌 幕末編12  戦端
薩摩いろは歌 幕末編13 戦禍
薩摩いろは歌 幕末編14 八月十八日政変
薩摩いろは歌 幕末編15 生麦事件の総括
薩摩いろは歌 幕末編16 西郷召還
薩摩いろは歌 幕末編17 元治国是会議

                  
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【時代小説発掘】
薩摩いろは歌  幕末編18  長州藩処分問題
古賀宣子



一 奉勅始末

 大久保一蔵は、大島こと西郷吉之助を、小松帯刀の部屋へ伴った。京都出立を明日に控えた元治元年四月十七日のことである。
「こん複雑な京都情勢を西郷にしっかい呑み込んで貰わねばならぬゆえ」
 実質の久光名代として京都をあずかることになった小松帯刀が、緊張した面持ちで今朝ほど囁いた。
「今や、前回のよな暴走は許されぬ状況になっておいもす」
 先ずは長州藩処分についての久光の考え。これについては、一蔵等も納得の上、同じ考えで臨んできたこと。二つ目は幕府と朝廷に深い失望を抱くに至った経緯。そして、なぜ久光が「禁裏御守衛一筋」を言い渡していくか。この重要な三点を、確かなものとして臓腑に落としてもらうには、丁寧に順を追って語っていく以外にない。二人はそう結論付けたからである。
「八月十八日の政変後、長州藩の最初の動きは」
 座に落ち着くなり、小松帯刀が始める。
 家老根来上総が、藩主毛利敬親の嘆願書を携えて上坂したのが、文久三年九月十三日。「そいどん朝廷は根来の入京を許可しなかった」
「代わいに京都留守居役之美織江が大坂で嘆願書を受け取い、勧修寺家を通じて朝廷に差し出した」
「それが九月二十三日だ」
 小松帯刀は確かめるような目と口調だ。
「その後、根来は如何しましたか」
「使命を果たせず帰国した」
「おお」くぐもった声音が安堵に変わる。
 吉之助は最悪の事態を浮かべていたのであろう。
「ついで家老井原主計が『取調書』と『奉勅始末』を携えて伏見の長州藩用達所に入ったのが十一月二十七日」
「取調書・・誰の」
「政変の際における清末藩毛利元純の行動を弁明した書類だ」
「その行動、とは」
「薩摩藩は姉小路金知暗殺事件の嫌疑をうけて、五月二十九日以来、乾御門の警備を解かれていたが」
 復帰するよう朝命があり、ついで長州藩に代わって堺町御門を守衛するようにとの朝命があったという。小松帯刀は着京後に高崎左太郎等から聴取した内容を語る。
「それまで警備に当たっていた長州藩兵に退去をせまる薩摩藩兵と、唐突な朝命を信じない長州藩兵とが、御門の内側でにらみ合う事態が起きてのう」
「これを知った長州藩兵四百名ほどが駆け付けたが、門が閉ざされて入ることができず、鷹司邸の裏門から屋敷内に入ったのだ」
 続いて駆け付けた清末藩兵と岩国藩兵も同様に屋敷内へ。鷹司屋敷は藩兵で溢れ、激昂した長州藩兵の一部が、屋敷から堺町御門内に出て、薩摩藩兵と応援に駆け付けた会津藩兵と対峙し、一触即発状態になった。
「『取調書』とはその時のもので、人数の少なかった清末藩の分を差し出したのじゃなかか」と一蔵。
「『奉勅始末』ちゅうのは、恐らく」
 嘉永六年以来、長州藩は叡慮を奉じて国事に奔走してきた始末を述べ、もし不審があるなら、藩主敬親を朝廷に召して、敬親から直接説明するよう命ぜられたいといった内容ではと小松帯刀はいう。
「之美織江が勧修寺家を通じて井原主計の入京を求めたが、これも朝廷は許可しなかったごとだ」
「会津藩の秋月悌次郎が強硬に反対したのだ」
「その訳は」
「井原主計は悔悟謝罪のために入京をしたかと言うとうが」
 それは表向きにすぎない。その真意は、八月十八日政変は、真の叡慮によるものではない、とするものだ。従って長州藩は十八日以前の朝廷に復することを、朝廷に働きかけるのを目的としている。鳥取藩とも連絡をとっているので、断固拒絶するべきである。
「ちっと待ってくれ」
 吉之助が太い指を広げて制止した。
「鳥取藩は八月十八日の政変で、会津藩側に協力したでは、なかったか」
「それなのだが」
 一蔵が後に判ったことを説明する。
「鳥取藩をはじめ在京の諸侯が政変に協力したのは」
政変の目的が、一部の強硬な攘夷論者を朝廷と朝廷周辺から排除することに、あったからである。
「何しろ、奴等は天皇の意向を無視して勅を出したり、大和御幸を行おうとしたりなど、そういうことをしておったゆえ」
「天皇の知らぬところで勅を取り消したりもした」
 小松帯刀が付け加える。
「朝廷の秩序が、奴等によって破壊された状態にあったのだ」
「松平容保が政変計画に即座に同意できたのは、鳥取藩ら有力諸侯の意志や姿勢を掴んでいたちゅう背景があう」
「進めるぞ」よいなと小松帯刀は確認する。
 吉之助は深いため息を洩らして頷いた。
「この秋月の発言は、十二月一日に、一橋慶喜の宿舎である東本願寺に呼ばれた際のものだ」
「ちゅうこたあ、協議の席に呼ばれたのだな」
「そん通いだ」一蔵は吉之助の肩を強く叩いた。
「久光公も井原主計対策の協議に列しておられた」
「そん他の諸侯は」
「松平春嶽、伊達宗城、黒田慶賛だ」
 結局この日の話し合いでも、井原主計の入京は許可せず、朝廷から取り次ぎの者に所司代の家来を添えて、伏見に遣わし、書面だけで嘆願させることになった。
「そん嘆願は、何日に行われたのか」
「十二月十一日だ。勧修寺家雑掌と所司代稲葉正邦の家士が伏見に出向き、井原主計から『奉勅始末』を受け取った」
「そいどん、藩主からは直接口頭で説明すうこつを申し含められていたのじゃなかか」
 吉之助は順聖院の庭方役を務めていただけに、その辺の状況理解はさすがに早い。
「それが重要な任務であったのだろう」
「取調書」と「奉勅始末」を渡すことを躊躇っていたらしいが、以後のことにも配慮して取り敢えず書面を渡したという。
「入京それ自体も重要な任務であったろうし。これを受けて」
 小松帯刀は進める。
「十二月十四日、一橋慶喜の宿舎で協議が行われた」
 出席者は春嶽、宗城、松平容保、熊本藩長岡護美・護久兄弟、黒田慶賛、稲葉正邦。
「薩摩藩は」
「久光公が風邪のため、拙者が代理出席を命じられ、井原をひとまず帰国さすっべきちゅう久光公のお考えを伝え、諸侯もこん意見に同意した」と一蔵。
 久光の真意は長州・井原の行動は謝罪ではなく申し開きであり、詰問してはかえって問題を起す懸念があるから、将軍が上洛するまでは、結論を出さない方がよいとの判断があった。(将軍上洛は翌年正月十五日)
「これによって十六日、朝廷から沙汰が出された。一時帰国して待つようにと」
「井原は藩主の内命を実現するために重ねて入京の許可を請い、伏見にとどまったが、年が明けた正月二十一日、大坂に下った」


二 二条城会議

「そして問題の正月二十八日」
「問題・・」
 太い眉を動かす吉之助に、まあ落ち着けと扇子を上下させる小松帯刀だ。
「二条城に於いて会議が行われた」
 出席者は久光、春嶽、宗城、容堂の参預諸侯と政事総裁職松平直克そして酒井忠績、水野忠精、有馬道純の三老中で、一橋慶喜は欠席だった。
「そこで、容堂公が主張なさったのだ」
 将軍が江戸に帰った上で、毛利父子を江戸に呼び出して処置すべきではないかと。
「これに対して久光公は」と一蔵が続ける。
「将軍は滞京し、征討軍を長州に派遣するか、あるいは毛利父子を大坂に呼び出すか、どちらかじゃあべきだ、と」
「どちらも一歩も譲られず、容堂公など久光公の胸ぐらを掴まんばかいで・・」
「そいどん、大丈夫か」
 吉之助は、幕府方の前でよくそのような、と心配顔だ。
 小松帯刀の目が瞬時、一蔵を捉える。
「閣老等は、甚だ当惑の体であったそうだ」
「それだけか」信じがたいと言いたげな吉之助だ。
「二月八日には」小松帯刀の声音が改まる。
「関白二条斉敬邸で会議が開かれた」
 朝廷側からは朝彦親王、晃親王、徳大寺公純右大臣、前関白近衛忠熙、内大臣近衛忠房、幕府側からは慶喜、松平直克と酒井忠績、水野忠精、有馬道純の三老中、そして久光、春嶽、宗城、容堂の参預諸侯で、朝幕藩の最高首脳会議といってよかった。
「それで、どのよな決議が」
 吉之助はまた激論になったのではと危ぶんでいる。小松帯刀はそれには応じず先へ進む。
「長州藩の末家一人と家老一人を大坂に呼び出し、閣老が下坂して次の箇条を尋問すう」 八月十八日政変の際に、三条実美ら七卿を誘引したこと。幕船を抑留し幕吏を暗殺したこと。幕府長崎製鉄所(造船所)から薩摩藩が借用した汽船(長崎丸)に発砲したこと。そして三条ら七卿を差し出すよう命ずる。
「毛利父子の呼び出しちゅう二条城会議での議論よか緩やかになったのですな」
「それには訳があう」
 長州藩の罪は遁れられないが、幕府にも「失錯」や「因循」があったとする反省論が出たからだ。
「続く十一日には」と一蔵。
 毛利父子が万が一承服致さぬ節は「征伐」を考えると。
「詳細は」
「和歌山藩主徳川茂承を名代に、副将・会津藩主松平容保、差添・丸岡藩主有馬道純とし」
 薩摩、徳島、鳥取、松江、熊本、芸州、岡山、小倉、福山、竜野の各藩に、その節は出兵するようにと、幕府から内達が出された。
「薩摩藩では準備がなされたのであろうな」
「無論。城下士・諸郷士あわせて二五〇〇人、これには京都出張中の藩兵二二〇人の派遣も含まれておるが、出兵の用意が命じられた」
「長崎丸の事件の後だけに、出軍を願い出る者が多く、藩庁は、先発隊だけの人選だと、慰撫すうのに大変じゃったごとだ」
 この時の訓練が後に、禁門の変での薩摩藩兵の活躍につながるのだが。
「話を戻すぞ」と小松帯刀。
「二月一三日には、小御所で国是朝議(垂簾出御)が行われた」
 久光、春嶽、宗城が出席。慶喜、容保、容堂は欠席した。
「朝廷側の意見は、率然の出兵は長州藩を激させる懸念があるので慎重に考えた方がよかちゅうものじゃった」
「参預諸侯もそん積いではなかったのか」と吉之助。
「そん通いだ。もとよい止むを得ん場合を想定してのこっだと答えたと久光公も申しておられた」
「さらに二十四日、国是朝議が小御所で行われた」
「出席者は」吉之助だ。
「慶喜と久光、春嶽、宗城の参預諸侯に加え、籐堂高猷、浅野茂勲、長岡護美・護久兄弟の諸侯だ」
 そして、長州藩の末家一人と家老一人および支族吉川監物を「御用有之」という理由で、大坂まで呼び出すことが決議された。
「やっと、そこまで決まったのだな」吉之助が大きく息を吐く。
「それが・・」同時に呟く二人。
「翌二五日、前日の朝議にもとづいた朝命が、長州藩京都留守居役乃美織江に伝えられたのだが」
「だが・・」再び濃く太い眉が動く。
「二七日に黒田慶賛から朝廷に建白書が出されたのだ」
「そん内容は判るか」
「井原主計は勝手に伏見まで来たものであるから入京を許されなくても止むを得んが」
 今度の朝命は、朝廷が「召す」ということであるから入京を許すべきであると。
「実は、吉川監物らの入京を許すか、大坂までとするか、朝廷、幕府、諸侯いずれも、議論が分かれていたのだ」
「そして漸く二九日になって、二五日の朝命を撤回すう旨が、乃美織江に伝えられた」


三 久光の姿勢

「次に、この件について、久光公はどのような姿勢であったか。それを述べる」
 よいな。小松帯刀の眼が吉之助を正面から見据えた。
「久光公は一貫して入京に反対しておられたが、そん理由は」
 自分は「初ヨリ京師エ被召儀至当」と考えていたが「朝廷御動揺、公卿方御恐怖生スルハ案中故」であるから大坂までと主張しているのだ。
「なぜ朝廷が動揺し、公卿方が恐怖すうかと申すなら」
 一蔵が後をつなぐ。
 長州藩が「必死之者多数召連」て上京するであろうと見ていたからである。
「こん点については、伊達宗城様もご同様なのだ」
「長州藩処分そのものについては、どうなのか」
 もう少し詳しく聞かせてくれと吉之助。
「実は年が明けて、朝廷に提出すうために、起草した意見書があうのだが」小松帯刀がその控えを広げる。
 それは「長州暴論行はれ候所以は、三条実美以下七卿有而之訳ニ候」とあるように、八月十八日のあと長州藩を頼って行った三条実美ら七卿を京都に召還し、叡慮に反して脱走した罪で伏罪させ、その上で長州藩の処置に移ることが肝要であるとしたものである。
「つまい、こん問題は長州藩だけのもんではなく、七卿と朝廷側にも責任と関わいがあうちゅう点を先ず主張なされたのだ」
「そん上で、長州藩と折衝してゆくと、順序を明らかにされた」
 小松帯刀がその折衝について述べていく。
「長州藩は何かと口実をもうけて七卿を渡そうとはしないだろうが」
 もし仔細なく渡すようなら「皇国之御大幸」である。しかし拒絶するようなら、征討すべき「名義判然」となり、それはそれで「天下人心も安堵」納得するであろう。
「七卿の受取り方にも、また順序がある」
 先ずは七卿を差し出すよう「厳命」を長州藩に下し、五日以内の返答を命ずる。また七卿受取の「主将」と軍勢を手配しておく。
「そして、もし期日を過ぎても返事がなか場合は」
「正々と御請取之勅使」を派遣する。ただし前もって長州藩に使節を派遣しておく。
「使節、藩主毛利敬親へ、か」
「そうじゃなか。長府藩主毛利元周と吉川監物に、だ。朝廷の意志を伝達すうが、その折い、次の事柄も丁寧に伝えておく」
 長州藩主毛利敬親父子の責任は免れないが、それは暴臣らが「私権を掌握」し「上下傾倒」の勢いとなった結果であり、そのことを天皇はよく承知している。
「それゆえ毛利父子を憎んでいるわけではないので、すみやかに暴論を吐く者の処置をつけて謝罪するようにと」
「そうでなければ止むを得ず官兵で征討におよぶことになり」
 そうなると「皇国之乱階」および「長州之滅亡」となるのは疑いない。
「だから其方は・・ちゅうわけなのだな」
 吉之助が大きく頷く。
「まさしく。藩主毛利父子が悔悟するよう必死に説得されたいと」
「つまい、久光公が言わんとしておられることは」と小松帯刀。 
 藩主父子と暴臣との「差別」を明確にし、「丁寧反復を尽し」て天皇・朝廷の考えを説明するならば、末家の立場から元周と監物は「感激」し、死を以て尽くすであろう、と。「また長州藩は暴論を藩論としているが」
 一蔵が後をつなぐ。
「忠誠之者」もいるだろうから、二人の説得に応じて、社稷を失ってはならずと「直諫抗言之士」が起こるに違いない。
「そうすれば長州藩が自らこん問題の処置を付けるこつになるかも知れず」
 その場合は戦わずして事が決着することになり「皇国之大幸」というべきである。
「ただし長州藩があくまでも拒否した場合は止むを得ず征討を加ゆっ、ちゅうこつなのだな」
「そん場合にも、七卿召還の命に応じなかったから、致し方なく干戈を用いるとの勅勘を奉じて出兵すう」
「もし戦争になった場合は」
 その勅勘を布告して、征討が至当のものであることを広く明らかにし、後世の論において非難されることのないようにしなければならない。
「以上だが、久光公のお考えの特徴は」
 小松帯刀が、これまで述べてきたことをまとめる。
「まずは三条実美ら七卿の罪を明らかにして伏罪せしめ」
 その上で長州藩の罪を問うべきであるが、基本として、朝廷側にも責任があると主張している点だ。
「昨年三月に久光公が上京なさった時に」
 一蔵は当時を思い出すような口調になる。
「浮浪藩士の暴説」を信用することのないように、そして「暴説」を信用し支持する堂上は朝議から遠ざけるようにと、鷹司関白、近衛父子らに建白したのである。
「そいを朝廷側が用いなかったため、こんよな事態を招いてしもた。そういったお気持ちが滲んでおう」
「つまり、長州藩処分問題においても、久光公は朝廷に自覚と自己改革を求めておられう」
「また、止むを得ん場合は征討を、と述べておられうが、筋を通そうとしておられうのであって、長州藩と戦争などするお積りはない。いま国内で戦争などしじゃあ状況でなかちゅうこつは、久光公が誰よっかよくご理解しておられうゆえ」
「戦争より武備の充実・増強こそが、緊急の課題。久光公が、これまで繰り返し強調してこられたのは、こん点だ」
「胸を突かれたのは、後世の論においても、公正・至当なものであったとの評価を受けう措置でなにゃならんと、述べられた点だ」
 ずっしり落ちたと、一蔵は腹部を力強く打った。


四 禁闕御守衛一筋

「ほとけ神、他にましまさず、あれだな」と吉之助が呟く。

  仏神他にましまさず人よりも
             心に恥じよ 天地よく知る


 人のこころには神仏が必ず住んでいる。だから良心に恥じることはするな。誰も見ていないようであるが、天地は必ず見ている。それゆえ天地をごまかすことはできない。
 三人は黙然と端座したまま、しばらくして・・。
「それで」と吉之助が促す。
「黒田様の建白書によって、二月二十五日の朝命が四日後に撤回され、そん後は」
「三月二日、四日、五日と朝議が行われ、参預諸侯にも参内の命があったが、久光公は三日間とも出席なさらなかった」
「腰と脚に痛むところがあってちゅうのが理由だが、本心は違う」
 小松帯刀の視線が引き締まる。
「朝議と幕府に対する失望が大きく、もはや期待すうところがなくなったからだ」
「他の諸侯は」
「伊達宗城様も五日は不参」
 松平春嶽のみ三日とも参内。慶喜は四日、五日と不参したため、朝廷に対して不敬であり、誠意がみられないと春嶽にたしなめられる始末だったという。
「三日間の朝議の内容は」
「二日と四日の朝議では結論が出なかった。問題となっていたのは、入京を許可して、万一難しか事態となったときの対応だ」
「幕府は、朝廷が動揺して長州藩に動かされうよなこっがなにゃ、入京させてもよかちゅう意見を示したが」
 朝廷はそれに対して自信をもって答えられず、幕府が責任をもって事態を収拾してくれるかと、そればかりを気にする。
「伊達宗城様が言われるには、腹の探り合いをやっていたと」
「腹の探り合い、のう」
「朝廷は幕府に、責任もって受け合ってくれるのかといい」
 幕府は朝廷に、圧力に負けて「御動き」するようなことはないかといい、お互いに自分の態度と方針を決然とさせなかったのだと。
「五日に二条城で幕府首脳の会議が行われ、ここでようやく幕府の意志決定がなされた」 長州藩兵が吉川監物らと上京し、万一「事変」が起きたときは幕府の責任で「鎮静」するが、その際に朝廷が「動揺」しないことを条件とする。
「ただし朝廷が確約できないのなら、入京は許可せず大坂までとするちゅうもので」
 この幕議決定に朝廷も大坂までということで了承。改めてこの朝命が長州藩に伝達された。
「つまい、問題の解決ではなく、解決のための交渉の場を、大坂に
すうこっが決まっただけのこつなのだ」
「そして三月九日、久光公他参預諸侯が参預の辞表を関白二条斉敬に提出し、十五日に正式に参預御免となった」
「神州挽回のため、昨年秋に連携して上京してきた有力諸侯のすべてが、苦い思いを胸に京を去っていき、我等も明日しかりだ」
「繰り返すが」と小松帯刀。
「朝幕両方が病根を取り去った健全な理想の体制にならなにゃ、外部からの危機に対応でけんちゅうのが久光公の持論だ」
「久光公が描いておられた公武合体とは、そんよな体制だった」
「慶喜は将軍後見職を辞し、自ら望んで、新しく設けられた禁裏守衛総督・摂海防御指揮の職に就任したのであろう」
「これについての伊達宗城様の見方はかない厳しか」
 慶喜は横浜鎖港という難題から逃れるために、幕府の責任ある立場から離れたのであろう。そして朝廷側の立場から、幕府に横浜鎖港の実現を厳しく迫ることによって、人々の人気を収め、やがて主上を擁して天下に号令するようになるのではないかと。
「時を経て振り返ったときに、案外、的はずれな見方ではなかったと、言われうごとなうかも知れぬが、現状を思えば、妥当な人事ともいゆっ」
「一つは横浜鎖港にからんだ外国の出方だ」
「大坂湾に来航してなされる砲艦外交への対応が想定され、もう一つは長州藩の出方に対するものであう」
「公方様御名代として指揮をとれうのは、一橋慶喜しかおうまい」
「と、なると、今後は朝廷と一橋慶喜、そして京都守護職と京都所司代で京都を治めう、ちゅうこっだな」
「そん通りだ。慶喜を会津藩主松平容保と桑名藩主松平定敬が支え、そん他老中が一人は残うであろう」
「淀藩主稲葉正邦あたりだな」
「それゆえ、久光公は『禁闕御守衛一筋』と命じられ、幕命には従うなと」小松帯刀の視線が頼むぞと、ばかりに、吉之助を刺す。
「久光公は、参預の辞退とともに官位の返上も申し出られた」
「ご自身の熱心な働きかけによって、ようやく実現した朝議参預を、なんの未練もなく自らの決断で捨て去ってしまおうとしておられう」
「官位にしても然り」
「一度返上した官位を、再度求めることは至難のこつ」
「つまい、今後も朝議に加わうこたあせんちゅう意志表明だ」
「久光公の決意は生半可じゃなかちゅうこっか」
「まさしく」小松帯刀と一蔵は同時に頷いた。
「念を押すが」と小松帯刀。
「公平正大な議論で、朝議を助けうこつによって、神州を挽回すう。そいを大目標としておられた」
「これも繰い返すが」と一蔵が付け加える。
「神州挽回」のためには、天皇・朝廷の自己改革が必要であると切言していた。
「従って、朝議への参預は、こん目標を実現すうための手段であって、参預すうこつ自体が目的でなかったのだ」
 部屋へ戻る途中で一蔵は囁いた。
「慶喜はかけがえん協力者を失ったこつになう」
「松平春嶽様や伊達宗城様も、か」
「春嶽様は二月十五日以来、会津侯に代わって京都守護職に就任しておられたが」すでに辞職の決意で、久光、伊達宗城同様に、幕政への参加を自らの意志で断ったという。
「三諸侯は有力な支持者だったが」
 そして一蔵はさらに声を落とした。
「恐らく久光薩摩藩が朝廷と幕府に抱いた失望が、希望にかわうこたあ、あうまい」
「まことか・・」





参考資料2 (雌伏編以降の追加)
『薩藩海軍史』中巻・下巻 公爵島津家編輯所
『大久保利通傳』中巻・下巻 勝田孫弥(マツノ書店)
『大久保利通関係文書』(マツノ書店)
『有待庵を繞る維新史談』大久保利武談(尚友ブックレット)
『木戸孝允文書』(日本史籍協会叢書)
『防長回天史』(マツノ書店)
『忠正公勤王事績』中原邦平著(マツノ書店)
『朝彦親王伝』徳田武著(勉誠出版)
『徳川慶喜』家近良樹著(吉川弘文館)
『岩倉具視』佐々木克著(吉川弘文館)
『小松帯刀』高村直助著(吉川弘文館)
『京都守護職始末』山川浩編述(マツノ書店)
『七年史』上下 北原雅長輯述(マツノ書店)
『若山要助日記』下 京都市歴史資料館
『幕末の公家社会』季元雨著(吉川弘文館)
『幕末公家集成』監修小玉征任 校訂編集大賀妙子(新人物往来社)
『明治維新人名事典』日本歴史学会編(吉川弘文館)
『奄美大島の砂糖政策と倒幕資金』先田光演著(南方新社)
『高崎正風先生伝記』北川蘭著
『遠い崖』萩原延寿著(朝日文庫)
『日本の砲術』板橋区立郷土資料館
『明治維新1858-1881』坂野潤治+大野健一著(講談社現代新書)
『池田屋事件の研究』中村武生著(講談社現代新書)
『加藤図書の周辺 筑前藩・乙丑の極始末』
成松正隆著(西日本新聞社)
『さつま人国誌 幕末明治編?』桐野作人著(南日本新聞社) 
『「坂本竜馬」の誕生』知野文哉著(人文書院)





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10/19 08:33 「本日のマーケット」(FX編)・・・午前11時に発表される中国の一連の経済指標に注目
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