ブロくるトップ こんにちは、ゲストさん  - ログイン  - ヘルプ  - このブログを閉じる 
2017年4月1日 10時42分
「4月1日」
 
わたしにとって 限りなく「嘘」の無いような 日   ほぼ100%
    ・・99%?  数字をいくつにしたらいいのか わからない



わずかなかたがた からの (根や枝のような) 浸透


  喝采




・・・・・・・・・・

昨夜から 眠気が少なめ



「命日」・・1988.4.1へ
「道場」という場所が のぞみだったのかどうか


「寒井」という名称の地は   栃木県大田原市寒井

「1988年3月24日上海列車事故 高知学芸高校の生徒が被害」
6年後製作された映像・・動画も確認 (事故から引き出す「年」)


Wikipediaの詳細 より たどって
川添哲夫(教諭 「上段の川添」という異名)享年38
上段の構え   天の構え 火の構えとも 

(平正眼の構え)

その年 ニュースを見聞きして あの教師が と
大変なショックをうけた すぐあとのことだった らしい

その他 「圧」のいろいろ・・ その後の展開 などなど など



わたしは 入学式に出席していない
(どれくらいか 相当数 通った地)




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2
記入時にgoogleマップも開いておりました

職員宿舎の上 ちょっと・・数十メートルくらい? 北 でしたか
緑の (やや)丸型 が ありますが そこでは
パター練習ができるような機能もあったような   覚えが


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
6
そのときは(所の関係?)「材木」町から出向いていただいた形
その後 数回 そちらに

建永元年(1206年)『稲木山観専寺』浄土真宗本願寺派

信願房(清和天皇の後胤、佐竹常陸介義隆の次男
稲木次郎義清:常陸稲木の領主)により建立

親鸞聖人伝道の際、梅の木に託して句を詠まれた時、
梅樹の梢よりしきりに雨を降らしたという『霊雨梅樹』があります。

[カテゴリ:2017.4]




2017年2月12日 7時58分
は い る
2020.5.14
それが下書き状態でしたのを公開設定に変更



11/17:04 muonに送付されなかった分(今日 送りなおし済み)



目白

1 11:30

2 11:32 あれ
[続きを読む]
[カテゴリ:2017.2]




2017年1月22日 7時57分
息抜き
おいしいと感じた  最近の数店舗ではそこ (2.11)



“FABRIC”ブレンドのほうは ブラック



シマシマ 

速度によっても 道筋 入射角などが異なりますか
いるポイント シマが置かれている場所 ・・時間(帯)?

屈折角 ですか・・



水滴に 大きいもの 小さいものがあるとして 
(中くらいとか 様様でしょうが) そんなふうに分けたとして

「雲」あたりから落ちる速度がちがう というような研究も
かつて されて

小さいものが 大きいのにぶつかって(反発) 砕ける 
というような  とらえかたをする時期があり

いや 小さいのは 大きいものの中をすり抜けるのだ 
とかいうような・・・・ (研究の持続)



どちらかに というのか   新たな 何か とか
  

割合  バランス 均衡    姿勢  意思  心持  道理    


イキヌキ 



[カテゴリ:2017.1 ]




2016年12月21日 12時9分
烏有
 
烏 有

そんな漢字をみたような気がしたのですが。 どこで。 どこに。


鎖鑰 さやく
鑰という字 始めて見ました(変換可) 「錠前と鍵」 ですか


言葉には 思わぬ意味が付いていたりするもので
何かがついてくる‥まあ タダほど アレなものもないかもしれません
.......................................
さゆう【左右】
<一> 
(1) 左と右。
(2) 自分のそば。かたわら。
(3) 態度をあいまいにすること。
<二> 
思うように支配すること。
.......................................


番号のあれで 役所に向かった日(煙突に向かう前) 東武裏側の
壁に貼りついた窓型ショーウインドーshow window の中に

西洋風の鳥籠が入っていたのですが 中にはなにも‥あれは カゴ自体を見て ということ?  たしか トビラも開いていたような

右隣の出窓に置かれていたものは 見事な手仕事品で
小ぶりのものでしたが 細部も眺めたくなるような感じの飾られかた(出っぱりの「窓」は同じ形だったような  たぶん)

ガラスの中に密閉されている(閉じ籠っているor閉じ込められている) 鉄枠

糸で丁寧に装飾された‥埃や何かが被らないように展示された 布

そんなふうに とらえることも 可能

また (鳥が)鳥籠の外にいても カゴに重なって見えるケースでは カゴ内にいるように錯覚する場合も なくはない‥

鉄格子の中に有るのは 烏 とか


(朝から 紙にメモをとっていたのですが 紙面が簡単に埋まってしまい)


昨日 20
前日午後 前夜 廊下が ざわついた ことだけでなく めぐるものごとなどもあり 睡眠1時期程度で

おでかけを どうするか? やめとこう‥でも などと
体調が微妙な中 でかけました

経緯など 気になるところで

16に 自分のおこなっていたポイントは ‥曰く「男手があたる場所」だから かわってもらった というようなことでした

そこに入られたのは12月から入場 のYさん
状況説明していただき(微量の申し送り) 労い など
(同じ頃入られたもう一人は 一度挨拶したきり 姿が見えず)

聞いて‥ 思うに‥‥
煉瓦を どのようにか 積み上げるにあたり 周囲に溝を掘らせ
そこに それらをぶっこんだ 的な  無造作な大量投入なのでは

Y:(電気屋系ではなく)前の現場では匠掘りの方 そして長野にも 二人  同姓

(電気のほうの Yチェーンは ある意味相当な覚悟を持って のぞまれているようで)


いつでも早退 などと思いながら 結局あれで (具合が悪かったのですが)

そのようなときには 動きがあるもので 消耗しそうになりつつ
(慣れている様子で)あれ

誰が どのような物事を起こしてくるのか 手を差し伸べるのか
はっきり 特定できるように お知らせして くれたり します

あれですか‥隙というのは 気づくこと みつめ続けること
修整 調整など と 「使う」こと ですか?


.......................................
さら・う
習ったことをくり返して勉強する。復習する。
.......................................
さら・う【攫う】
(1) すきをみて、うばいさる。
(2) ひとりじめにして持ってゆく。
.......................................


(心身の調和などを) 弱めようとはたらく方々は
わかりやすい力の誇示をしたり(逆とか)そうでなかったり と
見かけは様様ですが

タイミングをさりげなくねらって 弱まっている隙間や
弱いところが無くても 何かをやらかしてでも 入り込もうと 画策

わかりにくく みえにくい しらっとした 態度で(後ろ姿でも 背中や頭)総動員で (相手の)様子の観察

この国の  て ろ 系  というのは 「ゼン人」の装いかたといい
ギマンにミチ(そしてアフレはじめ) この上ないほどに アレ で

些細なことをきっかけにして はじまる (個人間)「  」日常茶飯事  その凝り固まりが 「史」をつくり


「ゆる」すことはできない というフレーズを 有効にしつづけたい
(相手に言わせて) タタかい好きな方々が・・・・・・・・・・
(いるようなので それを発し続けており また「  」す と発することも無理)


「ユル」されることをノゾまず 延延行いたいこと
その「オコナイ」のゼンテイ 。。。ホショウ。。。 どうでしょう?

(相手は誰かを「ころ」さないタイプだから でも自分は「やる」 などというのは 論外というより アレ)

とりわけ 独自カンが「  」の「  」ですと
「コロ」しても(されても)「     」ですとか?

どのみち あれだし「  」するしか。。というなら
あれでしょう‥   意思の尊重 ですか

「  」の「  」というのも 望み通りかに関わらず
キョウギに則った ソレ で 粛粛と なのでしょう

ベースのちがう処に住んでいる者には あれな世界 ですが


.......................................
さら・う【浚う・渫う】
川・池などの底の土砂をすくってとりのぞく。
.......................................

なんか。 さらっと とっかかりを と うちこみはじめたのですが。。
メモ外のことで長くなってしまい。


啓意 ということで
.......................................
さらけだ・す【さらけ出す】
ありのままをすっかり出して見せる。
.......................................


はてな は 行間や画像の修整等が果てしない ということもあり
こちらでも


烏有に帰す    「烏有」 「いずく(烏)んぞ有らんや」

 




2016年12月13日 11時21分
もともと “色” は ‥
11.1 14:38

撮る直前まで 虹色の何かはあったのですが 消えたようで

休憩中に写している方がいて (わたしも ちょうど持っていた とか そんな)


....................


「次の  」という感覚 とか

「  間」「  憶」「  実」とは? というあたりで

それらは あれで いろいろと あれ


そこそこ はなれているような場合には 特に


 




2016年12月8日 9時33分
つなぎ目
鉛を流し込む


2016年12月8日 9時33分下書き


2024.9.26公開
[カテゴリ:2024.9]




2016年10月1日 2時21分
スイホウ
 
年端の満たない者共が  騒々しく涌き出し 蠢く‘秋の夜’


お決まりのパターンに則ってしか 動くことができない者たち

“秋の夜長”の静けさ  情緒  情感
ゆたかな過ごし方をみつめることが‥あるのだろうか



ある『ハッケン者』の道より
 * * * * * *

東京の中野区を、西武新宿線という私鉄が走っている。その沿線の野方という駅から環七通りを北へ十分ほど歩き、丸山一丁目の四ツ角を右へ直進すると、道はほどなく、この一帯を蛇行しながら流れて神田川に注ぐ妙正寺川という川を、直角に横ぎる格好になる。そこにかかる橋を江古田橋という。

(2.26事件 昭和11年)


若い人にも ぜひ一度 その植物化石層のあるあたりを歩かれてみることをすすめたい

江古田の植物化石層
この地層は (当時の)気候風土 地形 のみならず
「日本が大陸から離れて列島になる寸前のありさまを示すものだ、と私は思っている」

関東ローム層との関係から、この寒系植物化石の地層の直後に堆積したと考えられる千葉県館山市附近の沼の地層は、暖かい珊瑚礁の海の生物の化石を包含している。なぜ生物にこのような極端な移り変わりが生じたのか、それは地学的な大変動があったからであり、その大変動こそが大陸から日本が離れたことを示すものだ、と私は思っている。

    *

昭和22年11月4日 かたくなに主義を守り通した裁判官が
栄養失調で亡くなるというできごとがあり

前の月にも 警察官が同様にあの世に旅立った

 * * * * * *



その レットウ

‘日本海’と呼ばれる域は ‘水疱’性の何かのようにもみえ

そちら側は ‘断ち切り’  
あちら側は ‘しわ寄せ’


‘浄化’装置は ‥      (各アルプス)

‘災害’の準備は念入りに 怠らず
‘優雅’に移動しては 何かの成功例として ‘大売出し’


‘水泡’の中で ぬくぬくと



‘おこす’‘おこした’‘おこしてきた’

‘発案者’たちは 一方で ‘おこす’ことはない
それは くすぐるような “プログラム” なのだろうか?

‘浄化’と名づけられた  ‘  ’行動  


‘泡’たちは ゆっくり   あるいは  一斉に  ?

‘道具’と化したまま 望み通りに 疑問を いだくこともなく


‘発案者’も 同様なのだろう


いずれも 内容に関わらず 全て“自発”扱いなのだろう
これまでも そうだったように




階下のことは見える  


ほかのことを記入したくなるのは・・どうしてか そこらへんは

もう わずかに残る‘自発’的感覚 としか 
いいようがないような




サイカイ〜スイホウ5頁 水-はてな に



2016年10月1日 2時21分下書き

2024.9.26公開
[カテゴリ:2024.9]




2016年9月30日 11時19分
ぼ け っ
 


ボケ?  アルイハ キオクッテナニ


(緒)「説」以前に 
‥何を見て(思って)(浮かべて)記入したのか?

何か違う地名を書いたような‥ 「出雲」 とかなんとか

設定によれば  そこは「妻」の「実家」らしい‥

そのあたりの記述を

どこかに「弥生」を あれだったかもしれないおカタ(マリ)
の ひとり

『学問への情熱』から (しょっ)引く
 * * * * * *

(大正12)1923.2.3
『目黒の上高地に於ける先史人類遺物及文化の化学的考察』

「私の病はぬきさしならないものになっていった」

(ある日医者から)
「これ以上化学研究をつづけると、命は保証できない」
(と宣告された)

「肺がぼろぼろになっていたのである」

「2年間懸命に勉強」「ようやく就職できた職場」
「3年間、おこたりなく勤めあげたその職場」

窒素研究所に退職願いを出し

(「結核療養所に入るお金をもちあわせない私は」)
しばらくして長野県 別所で「むしばまれたからだをいやす」

「ともかくも空気のきれいなところへ移らなければならなかった」が

「血のつながりのない」家に「長く厄介になれるわけがない」
しかも「伝染性の病気の持ち主」

郷里臼杵に帰る決心

志を立てて再上京から6年目の大正12年8月31日、東京駅発の夜汽車に飛び乗らなければならなかった私の心は沈みきっていた。

姫路で途中下車しようと、ふと思い立ったのは、明けて9月1日、その汽車が明石駅を過ぎたころだったと思う。

急に先生(後に「妻」)に会ってみたくなった と

住まいは 「姫路駅の東北およそ1キロ」 城近くの「五軒邸」町

その9月1日午前11時58分。この瞬間から東京・横浜両市の400万人の人びとは奈落の底におちることになった。

「知ったのは 先生の家に着いた翌日だったと思う」
(新聞の号外)

「東京にのこしてきたかけがえのない女性がいた」
(上野保線事務所にいるとき知り合った)

「近い将来結婚することを約束していた」が
「彼女も胸を病んでしまった」

「周囲からの意見もあって」「ひとりで臼杵に向かったのである」

「彼女はどうしただろうか」
「が、ちょうどその日」先生から「意外なことを打ち明けられ」

「恋人のことを気にかけながらも」 「いいですよ」と

翌年の冬 「十歳上の先生と私は結婚した」
「私が入籍」し 名字が 変わった


 * * * * * *


シュウソクのドラマをタダヨワセル …グループ


 * * * * * *


午後 小部屋にて少々の追加をしていた

別の場からの連絡待ちで電源を入れていたところ
14:23 メール送付先の増殖組から 電話が入る
(昼間にもかけられる ようす)

電話ができない場所にいることを告げつつ
いついつメールを送りましたが?と聞けば 通じていないようで

どうやら 「スタッフ相談室」メール窓口は機能していないらしい
(さわりを伝えて・・ 続きを読んだかどうか?)

なんとものんびりとした方  遮られたポイントをながめながら
一分くらい話してしまった   会話禁止の場所で

話したくない  関わりたくもない  でも 隙間に入り込む


踏んだまま 気づかない  気づいても踏みつけたまま


〜一般的「低レベル」しかも 「超」がつくそれは
 私にほどほどの体調をもたらす因のひとつ らしい〜

このような状況を 万人が我慢できるとは思えない

「自律改革」などと 悠長に掲げている間にも 
ギリギリで 今にもあれな方々が 沢山いるのでは

そうとらえることで なんとか しのいできた (という面)
(ずっと怒っていれば 伝わった?  そうでもないのでは)


このあたり よく「家族」系にも勘違いされてきたのだけれど
満足しているわけでもなく 膨大な怒りをかかえたままで

サラには なりようがない面で 全くおさまることもない

座を奪って どかっと座ったままの方々が どうにかしないと
起こしてきた方々が なんとかしなければならないこと

(災害などの)情報を伝えるだけで 済むとでも?

誰かが起こそうとしているのを 手伝う ということなのか
理解しがたい     ゆるしがたい

それらと 体調などを 離した   放した だけのこと


 * * * * * *


建物の管理人が 騒音に対して ナーバスなのか
赤太線(フリーハンド)囲みの記事を 貼った

それはミンパクについてのことなのだが



このあいだのアレは。。本当にひどかったのだけれど

たぶん旅行者が泊まっていたわけではないと思う

その件に関しては この部屋からは 苦情は入れていない



2016年9月30日 11時19分下書き
2024.9.26公開
[カテゴリ:2024.9]




2016年9月29日 11時13分
さっぱり
 
「昨日」は 何処


? 。。 整理してみよう

確かに 「窒素固定(法)」検索したら 一冊出た
(直良氏の著作は たまたま 数冊収蔵されているようす)

記憶のつながりが‥変

あー 逆か


(ここ数日 日中も携帯の電源は ずっと入れたままだ‥)

昨日の午後 麻糸を編みはじめて‥

場によって 編み図やジグソーパズルのように表現されている

DNAタイルの計算結果が描くパターン
“シェルピンスキーの三角形”非周期的なフラクタルの模様
(アルゴリズミック・セルファンブリの例)

を思い出し 手が止まる

数少なくなった資料をあたった(別の場所にあった)

‥そうそう その資料の中の 中野の発掘モノだ

「昭和39年,直良信夫博士によって最初の発掘調査が行われて以来,実に20年が経過し(略)」
『中野区平和の森公園北遺跡発掘調査報告書』

予想を越える遺構・遺物の発見があった と(「弥生」)



編み図のようだとは 前から思っていたほうは
そのようなことを意識するとしても 柄を編み込むなら 片手間ではできない

図案化や 計算も要るし じっくりだ

などと 手を休めた



直良氏 書中   (森本氏からの手紙には)
「かならず すてきな自作の和歌がそえられていた」
というのも目に

かなり カナリ ひいて ヨム感じ

パラパラしていると見覚えのある「蜂窩織炎」という文字があり‥

そういえば まだあるかも と さっきの少ない資料の中から見出す

2011.8 初旬 中野ゼロホールにいる半日の間に
一部が 突然 ぷくっとなった件‥

頸部MRI
「左顎下部皮下組織の腫張脹とSTIRでの高信号域が見られており 蜂窩織炎の所見」その年の8.9かも


そんなのを見てから また パラパラ

少しして ‥ふと‥ 髪を整えようと
。。電気式の道具はどこに? 。。さっぱり分からず

(これはワリと使うやつだから忘れないように と念をいれて仕舞っている 最近なのだが)

ハサミ2種で作業‥サッパリ このほうが手入れ含めてスムーズかも



(また パラパラ)

そして 検索だった


土層や肥料のほうにも行ったりするのかもしれない ?


そうそう きのうどこかで 

沖ノ鳥島映像・・ なんだったか  30分位×7枚組みの
3枚をみた  個人が1億寄付して製作された とかいう

海景モノを借りたつもりが 説明モノだった。。

http://www.sangyo-rodo.metro.tokyo.jp/nourin/suisan/okinotorishima/library/
同島の歴史や周辺海域の生物資源 保全の取組などを映像でまとめ
インターネットで配信 DVDの販売(東京都庁第一本庁舎3階)

奇跡の島/沖ノ鳥島映像ライブラリー
毎日映画社  坂井溢郎・喜和子/H18.5.26寄付



手紙 メール  記号のような文章 等等
「感」がわかない という 特有 特異ツール

そこには 何かを添えられるケースも


今日午後1時過ぎ
「折り返し」をしていない というか できない件で 

メールを送付  電源切りたいので



2016年9月29日 11時13分下書き
2024.9.26公開
[カテゴリ:2024.9]




2016年9月29日 5時21分
以心
 
水田に落電すると生成されるものがあり

それが「稲妻」の語源     ‥「神鳴り」

活かしてきた はず  なのだろう



「窒素固定(法)」を調べていた
(それには「軍備拡張」も ついてくるようだ)

「(化学的)窒素固定法」 で 本の検索をした


その研究を続けて 体調を崩し
1923.8.31 大災害の前夜に 脱出

という体験をされた 直良信夫(『学問への情熱』明石原人発見者の歩んだ道)

それだけが出てきた

結核療養もされた著者は「日本のキリスト教発祥地」でもある臼杵の出身

(以前 遺跡関連の何かでお見かけしたのだろうか)



その書には 重なる 畳かける?既出の名称がいくつもあり‥苦笑

「悦」「心酔わしめるのに十分な」「陶酔」「うっとり」

そんな表現も見られた


この方は ‥数行では

「明石原人」wikiの頁だったろうか‥ 変な現れを見たような

捏造というだけでなく

(学)歴を振りかざす方がいたり (経)歴詐称などといった振る舞いがあるように

中には熾烈な思いをどこかに入れ込みたい方も?

考古学 遺跡

物事が複雑に絡みあって。。


    ・・・・


昨夜 9時半にコールがあったよう(留守録なし)
いくつかの電話番号のひとつのよう‥前回より1分早く 違う番号

やはり 強い眠気があった‥
電源を入れていたが 気づくこともなく
今回は痛みのようなものはあまり感じられない

もし会話することがあれば
こちら側のネット環境などにより 業務以外での必須事項に
対応 適応できない点が少なくないと感じ(無理)

こちら側の生活サイクルによる理由とか
あるいは こちら側が時代に逆行しているため

などといった説明になるかと思う



いくつもの場や職種を扱う会社

やり方は様々だろう  


面接自体も特異的

小スペースにも詰め込みたい  伝えたいことも 詰め込みたい
書類は流れの途中であっても きっちり押さえたい

拡く網羅された就業規則の書かれた紙
小フォントでぎっしり数枚

その場では読めない


就業中ならば夜にも連絡が要ることもあるが
この段階でのその時間帯の(営業時間外の)電話は非常識であり
使用人に向けた連なる規則の縛りをみれば

天秤 片側下に着く

ある種の体験や経験の積み重ねを避けてきて
(の 気づけない手落ち)

あるいは (囲い込みの文化)
ストレスやダメージを与えるような扱いが主流のため
あえてそのように行っている

そんなことが浮かぶが

いくつかの場や職種で ある程度の 使われる体験(や修行)が
なければ 会話がなりたたないと思われる

そこらへんを知らないで 仕事があるなら 何でもいいだろう
とか は 話にならない

仕事以外での 日常生活での(細かな)経験があまり無い
他人任せ なども 論の外

「職」系での こうした私の態度は 今までは なかった事柄で
「折り返し」をしていない というか できない ということも

はじめて



「僅かな取りこぼしもなく」というのは どこでもそうだろうが

ロボットのように事務的に素早く 細かく聞いて
細かく相手に負わせる  押しつける

そちらは 極度な押し付け体質の表れが そこここに散見され

不自然な印象を振りまいているというだけでなく
「人」として扱われているのかわからない

理解に苦しむ



一般的「低レベル」しかも 「超」がつくそれは
私にほどほどの体調をもたらす因のひとつ らしい

手芸もはじめた   
超スローペースの作業 は いままでなかったことだ



2016年9月29日 5時21分下書き
2024.9.26公開
[カテゴリ:2024.9]





 前の10件 次の10件
くる天
最近のコメント
コメントはありません。
最近の足跡
足跡はありません。


Copyright (c) 2006 KURUTEN All right reserved