霊性進化という旅路に生きる私達 | |
2013年7月26日 1時56分の記事 | |
昨日は2件の個人リーディングをさせていただきました。 お二人目のリーディングは、キワラ・ビーチというところで行いました。 ここは、9000年前の海岸古墳があるところで、海水浴場となっているところなんですけど、人がほとんどいなくて、プライベートビーチという感じでした。 2年ぶりに海で泳いだんですが、海で泳ぐというのは、霊的には禊(みそぎ)という側面があります。 そうすることで、エネルギーバランスを整え、私自身の持つ能力を調整する働きがあると感じます。 夕方から仕事だったんで、海にはほんのわずかしか入れませんでしたが、浄化力に満ちた海水にどっぷり浸かり、心から癒されました。
仕事から帰ってから、お二人目のリーディングの続きをさせていただきました。 リーディングの内容について詳しいことは言えませんが、人生の霊的価値というのは、我々から見て真逆のところがあります。 簡単化して言うと、大変な人生というのは、反転して、ものすごく深い霊的学びをもたらすことがあります。 ですが、これも絶対ではなく、「本人がどのようにその人生と向き合うか」によって、得られる効果が大きく変わってきます。 しかも、普通はそのことを何も知らされずに、我々は今生において生きています。 何も知らされていないので、だから余計に(霊的な学びが)成功するのが難しいわけです。 我々人間というのは、長い長い人生という航海に出た船乗りのようなものです。 一人一人が船長であり、それぞれが異なる目的地というのを持っています。 船長は、自由に自分自身の船(肉体)を操り、人生という名の大海原を縦横無尽に進みます。 時には嵐に出くわします。 船が転覆しそうなほど揺れることもあります。 ですが、船長は長年の勘(トータルセルフという集合無意識からの情報)により、どんな嵐が来ても、それを乗り越えられることを知っています。 そうやって、我々はかけがえのない人生を生きているわけです。 その価値は、計り知れないものがあります。 様々な体験が、その計り知れない価値をもたらすのです。 その体験は、血となり肉となり、我々の意識内に蓄えられます。 つらい、悲しい体験をして、我々は人の心の痛みを知ります。 楽しい体験をして、我々は喜びという霊性の本質部分を知ります。 怒りの体験をして、我々は進化の重要な羅針盤となる感情のコントロールを学びます。 そうやって我々は、進化、成長という旅路を進んでいる真っ最中なわけです。 皆様、応援の方、よろしくお願いします ↓ポチッとお願いします(^0^)/) 最終編集日時:2014年7月31日 18時34分 | |
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