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「払暁の風」第四章 亀裂 (無料公開)
[【時代小説発掘】]
2012年4月29日 11時28分の記事


【時代小説発掘】
「払暁の風」第四章 亀裂
鮨廾賚



(時代小説発掘というコーナーができた経緯)



【梗概】: 
 南北朝末期、室町三代将軍足利義満の時代。美濃、尾張、伊勢三か国の守護土岐氏は、惣領康行の弟満貞が、自ら惣領にならんとする野望を抱いていた。主人公沼田又太郎は、満貞の信頼厚い家臣であり、土岐頼益の内室玉木の方に仕えている早希とは、互いに慕い合う関係にあった。だが、明徳元年(1390年)、土岐康行を討った頼益の台頭を恐れた満貞は、又太郎に土岐頼益の暗殺を命ずる。


【プロフィール】:
鮨廾賚此 昭和33年(1958)生まれ。平成22年(2010)第40回池内祥三文学奨励賞受賞。現在、新鷹会会員、歴史研究会会員、大衆文学研究会会員。


鮨廾賚困里海譴泙任虜酩福

秘太刀「一心の剣」
第一話はるいち−風烈廻り昼夜廻り同心朽木重四郎−  
雲、流るる
猿御前
信綱敗れる 
あかね空
中条流平法 
沼田法師 
女忍び無情
ぼろぼろ系図 
帰心の風
「払暁の風」第一章 黒田の合戦
第二話 筑波ならひ−風烈廻り昼夜廻り同心朽木重四郎−
蝉丸無明剣(前編)
「払暁の風」第二章 合縁奇縁
「払暁の風」第三章 暗転


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【時代小説発掘】
「払暁の風」第四章 亀裂
鮨廾賚


一 挑発

 長井掃部介から呼び出しを受けたのは、陰暦六月に入ってすぐのことだった。その日も蒸し暑い日だった。
 熊蝉の鳴き声が少しずつ遠ざかっていく。時刻は、やがて昼を過ぎようとしていた。
 場所は鴨川の河原である。晩夏の陽光を受けて、川の流れがきらきらと眩しかった。
 互いに家人を一人づつ伴っていた。又太郎の供は渡辺源太郎である。
 吹き出る汗を流れるに任せて、約束の場所まで来ると、
「ようよう来たか」
 掃部介が待ちかねたように口を開いた。
 まっすぐに向けられた目は、心持ち大きく見開かれているように見えた。
 又太郎が挨拶を述べようとすると、掃部介はそれを遮って、
「お方様より聞いた。早希という侍女とわぬしは互いに許し合った仲というではないか」 と、吼えるように言った。
「やはり。そのことか」
 又太郎は、掃部介からの呼び出しを受けたとき、ある程度の覚悟はしていたのである
「おおよ。それゆえそれがしが、戦勝の褒美に望んだ嫁取りは、殿の預かりになっている」
 押さえた口調だったが、それだけに返って掃部介の言葉には激しい怒りがこもっているように思われた。元来が直情径行の質なのである。
 だが又太郎は、掃部介の直截な言葉を聞いて、むしろ、ほっとした気分の方が強かった。いつかは話をしなければならないとは思っていたのである。
「知っている」
「ならば話が早い」
「話の中身は?」
「それがしよりも先に許し合った仲というならやむを得ぬ。それがしは諦めもしよう。だが余の者に聞けば、わぬしと早希の祝言は、何時あげるとも決まっておらぬと言うではないか。いったい、どうしたということか」
 掃部介の語気が心なしか強くなったような気がする。
「む。それは・・・・」
 又太郎は一瞬言い淀んだが、
「頼益どのが、出陣した美濃での戦が終わるのを待っていたのだ」
 と、力を込めて言った。
「そうか。ならば戦も終わった。堂々と申し出るがよい」
「む・・・・?」
 掃部介の意外な言葉だった。早希を諦めてくれ、と言われると思っていたのである。
「どうした。それがしが早希どのを嫁に望んだからか。確かにそれがしは、わぬしと早希どのとのことを知らなんだ。したが、それでも噂を聞いたならば、なにゆえにそれがしにその話をして殿に申し出ぬ」
 又太郎は答えられない。掃部介の真意を測りかねてもいた。
「聞けば、まだ主君の満貞どのの許しも得ておらぬとか」
「・・・・」
「ええい。なぜ、答えぬ。わぬしはそれでも美濃の武士か」
 声はだんだんと大きくなっていく。興奮しているのは明らかだった。
 掃部介の怒りは、又太郎の煮え切らぬ態度を怒っているのだと思われた。主の満貞を通じて嫁取りの申し出ができないのは、何か事情があるのだと考えているのだろう。友だからこその言葉で、ありがたいと思わずにはいられなかった。
 だが又太郎は、答えられなかった。早希との婚儀は、友の主人である頼益を暗殺した後に許す、と密かに命じられているのである。いくら相手が掃部介といえども、そのような大それたことを口に出すわけにはいかなかった。
(すまぬ)
 又太郎は心の内で手を合わせた。
 無言の沈黙がしばらく続いた。それは又太郎にとっては、針の筵に座らされているよりも長く感じたが、実際はわずかな刻だったかもしれない。
 ややあって、突然、掃部介が、
「ふん。卑怯者め」
 と、吐き捨てるように叫んだ。
「なに! 卑怯者とな」
 それは又太郎にとってまったく唐突なもので、そして心外な言葉であった。
「おおよ。己の口からではなく、早希どのの口からお方様に伝えてもらい、その伝手で思いを遂げる。いわば、女子の力を借りる卑怯者よ。そうでなければ、腸の腐ったいくじなしよ」
「お、おのれ。もう一度言うてみよ」
「何度でも言おう。それがしは、わぬしのような腰抜けとともに兵法を学ぼうとは思わぬ。慈恩どのは、わぬしの筋の良さを褒めておったが、これでは念流の底も知れようというものよ」
 掃部介の言葉は意外な方へ向いた。
「言うな。それがしのことは良い。だが、御師匠の名を辱めることは許さぬ」
 掃部介にとっても師匠ではないか。又太郎は思わず腰の太刀に手をかけた。
「ほう。怒ったか。ならば、早希どのとのことを何とする」
「む! そ、それは・・・・」
「抜け。腰の太刀を抜くが良い。ここで、わぬしと決着をつけてやろうわい」
 吐き捨てるように言うと、掃部介は二、三歩後退さって太刀の柄に手をかけた。
「黒田の合戦で、一度は立ち合った間柄。あのときの決着をつけてやろうわい」
「殿」
 と、小さく呼んで源太郎が又太郎の近くにすいっと寄った。
 見れば掃部介の家人も主の近くにより、腰の太刀に手をかけている。
「それとも、かのときと同じように尻尾を巻いて逃げ去るか」
「何っ!」
 又太郎もかっとして、思わず太刀に手をかけた。
(待て!)
 己を止めようとする心の声が、かろうじて太刀を抜く手を止めた。
 ここで又太郎と掃部介が太刀を抜き合うと、事は二人のみはで収まらない。満貞と頼忠との争いになってしまう恐れがある。
 将軍義満の土岐家に対する信頼は薄い。双方の主人にかかる災いも小さくはないだろう。もしかしたら、これ幸いとばかりに満貞や頼忠の守護職を取り上げるかも知れない。いや、内紛を理由に土岐氏の断絶を図るかもしれない。
(耐えるべきだ)
 又太郎は必死に己を抑えた。
「掃部介どの。堪えてくれ」
「ふん。一騎打ちはできぬと申すか、腰抜けめ」
「早希のことは、我が主君を通じて必ず申し込む。頼む。こなたは諦めてくれ」
「いつじゃ?」
「そ、それは・・・・」
「約束できぬか」
「すまぬ」
「なぜじゃ?」
「すまぬ」
「ええい、煮え切らぬ奴よ。わぬしと腹を割って話せば分かりあえると思うたは、やはりそれがしの思い違いであったわ」
「すまぬ」
「それしか言えぬのか。情けない。わぬしとの友情もこれまでよ。これほどの腰抜けであったとは」
「待て。それと、これとは・・・・」
「違うと申すか。では、言うてみい。いつ早希を欲しいと申し出る」
「それは・・・・」
「それ見い。生涯の友と思うたは、それがしの目違いであったわ。無念じゃ。新次郎どのも悲しもうて」
 掃部介は侮蔑の言葉を吐き捨てて、その場を後にした。
「ううむ」
 又太郎は絞り出すような声をあげると、その場にしゃがみ込んだ。
「殿・・・・」
 源太郎が抱え起こそうとしたが、又太郎は両手で払ってそれを拒否した。
「おれはどうすれば良いのだ」
 又太郎は近くの草をぎゅっとむしり取った。固く掴んで手は、ぶるぶると震えているばかりだった。


二 意地

「腰抜けめ」
 鴨川の河原を離れて、掃部介は、幾度となく呟いた。
 それはもちろん侮蔑の言葉ではあったが、やがて、煮え切らない態度の、又太郎への怒りは遠のき、無念やるかたない気持ちに変わった。
 掃部介は、嘉慶二年の黒田の合戦を思い出した。沼田又太郎と戦場であい見えたとき、これは良き相手、と思って刃を合わせたのである。馬を失った又太郎のために自らも馬を下りた。馬上の方が有利だったにも係わらずである。五分の条件での戦いを望んだのである。それも束の間、又太郎はすぐに逃げてしまった。
 ――卑怯者。
 とも思ったが、崩れたった味方の陣を見て主人を思っての逃避に、やむを得ないという気持ちもあったのである。
 そして、土岐頼益に従って上洛すると、土岐新次郎の屋敷で偶然に再会した。
 あれから早いもので二年の歳月が流れていた。
 始めのうちこそ警戒の気持ちもあったが、短気を出してもう一度互いに刃を交えた後に、新次郎を交えて三人、歳の近さもあって打ち解けるのにそれほどの時間はかからなかった。
 良い友を得たかも知れぬ、とは掃部介の率直な気持ちだったのである。本気で一年後に桃の花の咲く頃に義兄弟になろうとも思ったのである。
 あるときは、三人で七条の河原に兵法を学び、またあるときは、四条の酒屋で酒を呑み、兵法談義にときを忘れた。新次郎が室町御所の奉公でいないときは、二人で呑み明かしたこともある。
 あるとき、酔った勢いで、
「加世辻子のづし君と遊んでいかぬか」
 と、誘ったことがある。づし君とは、家に居ながらに客を取る遊女である。街に立つ遊女は、立君という。
「いや。それがしは行かぬ」
 又太郎は誘いに乗らなかった。
 その後、何度か誘ったが、その度に頑として聞かなかった。堅物な奴、とそのときは思ったのだが、最近になって早希と言い交わしていると知って納得したものだった。早希のために遊女と交わらぬとは、存外骨のある奴、と近頃は思い直してもいたのである。
 だが、やはり腑抜けではないか、と思う。己が惚れた女一人幸せにできぬ男ではないか。その気があれば、主人を説いて早々に嫁取りの話を進めるだろう。ところが、さっき話した限りでは、全く煮え切らぬ態度だった。主人を説こうとも考えていないようである。もしかしたら事情があるのだろうが、他人に取られるかもしれないのである。悠長なことをしているときではなかろうに、と掃部介は、強く思うのだった。
 卑怯者といい腰抜けとも呼んだ。掃部介は、わざと挑発したつもりだったのである。太刀を抜いたら、率直に詫びて、その気骨を満貞どのへ向けたまえ、とけしかけるつもりだったのである。そうしてこそ、自分も早希を諦められる、と思ったのだ。残念ながら、又太郎の態度には、覇気も気骨も感じられなかった。
(なにゆえに兵法を学んでいるのか。まさか、わしに負けると思うたわけでもあるまいに)
 掃部介にとって腹立たしい限りである。
 さっきは念流の悪口も言った。こちらも挑発の意があったが、
(師はなぜあのような腰抜けを褒めるのか)
 掃部介の怒りは、師である慈恩にも向いていた。
 確かに近頃の又太郎の上達は著しい。特に太刀の使い方が格段にうまくなっていた。美濃で掃部介が戦っている間に、修行がさらに進んだようである。
 だが、と掃部介は思う。つまるところ木太刀を遣った稽古ではないか。自分は矢が飛びかい、白兵交わる戦場で経験を積んできたのだ。ばかりではない。実際に槍を合わせて、名のある首級をあげる手柄を立てたのである。
 結局兵法とは、実戦の役には立たぬのではないのか。師慈恩への不満は、又太郎に対する不信とあいまって、念流そのものへの疑問となっていった。
「そうだ!」
 突然、掃部介の脳裏に閃くものがあった。
(しょせん兵法は、太刀が主流なのだ。だがわしは、槍が得意ではないか。槍でこそ手柄を立ててきたのではないか)
 掃部介はそれまで学んできた念流が、急に色褪せていくような気がした。
 槍は新しい武器である。この時代戦場では、大太刀、長巻、長刀が主流であった。小さい頃掃部介は、兵士だったという唐土渡りの僧に習って以来、槍に慣れ親しんできたのだった。
(そのうえ、友と信じていっしょに学んでいた又太郎が、あんな腰抜けだったとは)
 何か虚しいものを感じて、掃部介は悄然とした気持ちで、池田家の屋敷に戻った。
「疲れた」
 と呟いたとき、
「殿・・・・」
 それまで黙って後ろからついてきた家人が、掃部介の袖を引いた。
 怪訝に思って家人を見やると、その視線の先に早希の姿があった。
「早希さまでござります」
「うむ・・・・」
 早希は玉木の方の使いに出たものか、下女を従えて外から戻ってきたばかりのようであった。
「ここは直に殿が話された方が、よろしいのではござりませぬか」
 家人の名は弓場彦一という。掃部介より十ばかり上で下情に通じている。直接口説いた方が良いということであろう。
「我らは武者。都とはいえ、惰弱な文など遣り取りすることはありますまい」
 この時代はまだ、想いを歌や文に託して送る、という貴族の風習が残っていたが、無骨な武士には不要なものだという家人の意であろう。
 余談ながら、婆娑羅大名の一方の雄高師直にこんな話が伝わっている。『太平記』にある話で、暦応三年(一三四〇)から四年頃のことであろう。
 塩冶高貞の妻に横恋慕した師直は、
「何度も口説けば、情にほだされてなびくに違いない。文を贈ってみよう」
 と、徒然草で名高い兼好法師に恋文の代筆を頼んだという。
 当時、兼好法師は、遁世者だが能書家として知られていた。
 早速兼好法師は、紅葉重ねの薄紙に香を焚きしめて、口説き文句を書き連ねたが、肝心の高貞の妻は、文を手にはしたが、開封することなく捨ててしまったという。
 怒った師直は、兼好法師を出入り禁止にしたというのである。
 彦一という家人は、あるいは高師直のこの逸話を知っていたかもしれない。
 幸いにも辺りに人影はない。
「いっそ。力づくで・・・・」
 と、彦一はけしかけた。
 さすがに掃部介も、すぐにそこまでの決心はつかなかった。
 だが、日に日に早希への想いは募っている。又太郎に会って吹っ切ろうと思ったが、逆に又太郎に絶望する結果となった。あんな男より、という気持ちがあって、掃部介にとって、これは絶好の機会と思われた。
「早希どの」
 掃部介は意を決して声をかけた。
 早希は、はっとして竦んだように見えた。
「長井さま・・・・」
「いや。良いところで会うたものよ。話がござってな。暫時よろしいか」
「いえ。お方さまが・・・・」
 早希は怯えたように声をふるわせた。
「なに、手間はとらせぬ。こなたへ」
 掃部介は早希の手をとって、中門の裏へと導いていた。
「早希さま・・・・」
 下女が案じ顔で声をかけると、
「こなたは、しばらくわしにつきあいなされ」
 と彦一は、その下女の腰を抱いて強引に連れていった。
 下女は満更でもないのか、科をつくると彦一に腕を絡めて、そのままいっしょに去ってしまった。
「これで二人きりでござるな」
「何用にござりましょうか」
 早希の声は固い。掃部介が、馴れ馴れしく近づかないように、拒む気配がある。
「先ほど沼田又太郎どのに会いましたぞ」
「稽古でござりまするか」
 掃部介と又太郎が、慈恩のもとで兵法を修行していることは、早希も知っている。
「いや。それがしは念流を学ぶのをやめ申した」
「えっ!」
「腰抜けの沼田又太郎とともに修行しようとは思わぬ」
「な、なんと言われます」
「沼田又太郎は、こなたを嫁にもらう気などありませぬぞ」
「何を仰せられます」
 早希がきっとなるのへ掃部介は、先ほどの鴨川の河原でのやりとりをつぶさに語って聞かせた。
「それゆえ、こなたを幸せにはできぬ男とみましたぞ」
 掃部介がきっぱりと言った。
「余計な世話にござります。沼田さまには、何かご事情があることかと思われます」
「いかにも。それがしもその事情を聞き申した」
「で、何と?」
「答えられなんだ。無い、ということでござろう」
「長井さまに申し上げられなかったのではありませぬか」
「なんと! これほど申しても、まだあの腰抜けを信じると申すか」
「はい。わたくしは沼田さまを信じております」
 早希もまたきっぱりと返した。
 意想外な態度に、掃部介が、衝撃を受けていると、その間隙をついて、
「お方様がお待ちでござりますゆえ、失礼いたします」
 さっとその場を離れると早希は、足早に去っていった。
「ま、待て・・・・」
 掃部介が、心の内を立て直したときにはすでに遅かった。早希は後ろも見ずに、中門から回廊に上がった後だった。
「おのれ、沼田又太郎」
 掃部介は、胸にこみ上げてくる怒りを止めようがなかった。
(それがしは、必ず早希を我がものにして見せるぞ)
 もはや掃部介も意地であった。
 堅く結んだ口の中で奥歯をきりきりと噛みならしていた。


三 掃部介の回想

 掃部介は思い出していた。早希に惹かれたときのことを。
 あれは確か嘉慶二年五月下旬のことだった。黒田の合戦の後、土岐頼益に従って都に出てきてすぐのことである。
 その日、空は五月晴れの良い天気だった。日差しのきつい晩夏が、すぐそこまで迫っていた。
 都に来たのは久しぶりである。前に来たのはいつだったか、と思いながら、土岐屋敷を出た。
 四条河原で猿楽が催されると聞いて、こっそりと見に行こうと思ったのだ。なにせ演じるのは、当代一と言われ、将軍義満の寵愛厚い観世座の若き太夫世阿弥元清である。
 観世座の噂は、先代の観阿弥清次とともに尾張の田舎にも流れていた。
 話の種にも是非に見てみたし、という気持ちだったのである。
 日はすでに中天にあって、掃部介が来たときには、かなりの人だかりができていた。
 三間四方の柱と屋根だけの舞台が中心であろう。右側に地謡座が張り出しており、奥には後座があった。すでに役者、囃子方が座に着き、いつでも始められるような気配であった。
 正面は貴人席であろう、一目でそれと分かるやんごとなき身分の者が座っていて、その近くにいかめしい武者たちが控えていた。
 今日の猿楽は、地下(じげ)の者にも解放されたためか、河原の端のところまで竹矢来が下がっている。警護のためであろう、周りをぐるりと侍所の軍勢が固めていた。長刀や大太刀など銘々の得物を持った徒立ちの武者たちで、この年四月十日に侍所は、土岐満貞から赤松義則に交代したばかりである。掃部介の知った顔はなかった。
「むっ」
 思わずうめき声が出たのは、己に対する腹立ちだった。
 尾張ではないのだった、と思い知ったのである。都である。人が多くて当然だろう。あっというまに人垣ができて、舞台が見えなくなってしまった。掃部介は、悠長に構えていた自分が恥ずかしかった。
 それでも人並みをかき分けて、何とか背伸びをすれば舞台が見えるというところまできた。
 そのときである。彼方に見知った女性が見えたのは。
「確かお屋敷の北の方に仕える・・・・」
 掃部介は、とっさに名前が出てこなかった。
 薄桃色の地に御所車をあしらった小袖は、ぴったりとしなやかに身体に張り付いているようで、掃部介は、ひどく悩ましいものを感じた。
「いかん」
 都に来て、しばらく遊女と遊んでいないことを思い出した。諸方への挨拶に赴く土岐頼益に従って、ここのところ何かと気ぜわしい日を送っていたのだった。
 ちょうど始まるところで、掃部介は、自らの若い肉体をもてあましながら舞台を見た。 だが、猿楽が終わるまで、掃部介は集中できなかった。女が気になって仕方がなかったからである。
 掃部介は、猿楽が演じられる間も、彼方の女をちらちらと見た。女は全く掃部介に気づいていないようであった。
 長い髪を後ろで無造作に束ねていた。そこからうなじが、横顔とともに見え隠れする。 白い肌が日の光を反射して、掃部介の目を眩しく射た。
(そうだ、早希という名だ)
 掃部介はようやく思い出した。
 一人であろうか、と思って早希の回りを見たが、知った顔はなかった。どうやら一人で来ているようだ。屋敷務めの暇を見つけて、こっそりと猿楽の見物に来たものと思われた。
 よし、猿楽が終わったら声をかけよう、と思っていると、都合良く一つ演目が終わったようである。
「ふふ、運が良い」
 呟きながら、掃部介が早希の方へ歩み寄ろうとすると、
「何だ。もうおしまいか」
 険しい声とともに五、六人の武士が固まって掃部介の目前に入ってきた。
 早希との間を塞いだ格好である。
「ちっ!」
 思わず舌打ちが出た。
「むっ!」
 その舌打ちが聞こえたのだろう。一団の武士が、いっせいに掃部介の方を見た。
「いま、舌打ちをしたのは、ぬしか?」
 一団の頭らしい男が、目を光らせて聞いた。歳は三十くらいであろうか。背は六尺を超え、いかつい体躯である。
 回りの見物衆が、一斉に掃部介たちを注視したのが分かった。視線が痛いように突き刺さってくる。
 掃部介が黙っていると、
「我らを執権殿の家人と知って侮辱するか?」
 頭らしい男の後ろから、髭面の見るからに婆娑羅を好みそうな男が、目を怒らせて訊いてきた。
 こちらは若い。掃部介と同じくらいだろうか。それだけに血の気が多そうだった。
 まずい、と掃部介は思った。
 男たちは〈執権〉と言ったが、昨今は〈管領〉という。将軍を補佐する役職で、その権能は諸国の大名中随一である。
 執権といえば北条氏のことであった。鎌倉幕府の時代、名ばかりの将軍に代わって権力を振るった、その北条氏に比して、男たちはわざと自慢げに言ったのである。
 いまの管領は、斯波左衛門佐義将であった。越前国の守護である。康暦元年(一三七九)の政変で、細川頼之から交代し、以後九年も管領の座にある。義満の信任も厚く、その力は大きなものがあった。
「ご無礼を仕りました」
 掃部介は丁寧に頭を下げた。
 一団の武士たちも猿楽を見物にきたのだろう。だが、いずれも小具足姿である。
 越前国の出身であろうか。色は白いが、いずれも北国育ちの頑丈そうな体躯を持った者たちばかりである。このまま、一団を相手にしても負ける気はしないが、かなり大きな騒動になるのは必定である。主人土岐頼益は、土岐詮直に従って幕府に弓を引いたばかりである。その恭順を兼ねての上洛でもあるのだ。紛争が起きれば、頼益に迷惑が及ぶのは必至と思われた。
(丸く納めるに越したことはない)
 掃部介の詫びの言葉に、
「殊勝な心がけよ」
 一団の頭らしい男が言った。
 斯波の家人たちは、それ以上の争いは、無用と思ったのか、案外にあっさりと片が付いてしまった。
 早々に肩怒らして引き上げていく一団を見送りながら、ふう、と掃部介は吐息をついた。
 見物衆は、当然のことながら、
 ――すわ、喧嘩騒動か。
 と、思っていただろう。
 安堵とも期待外れともとれるため息を感じながら、掃部介は、早希の居た方を見た。
「しまった!」
 そこには、すでに早希の姿はなかった。慌てて回りを見回したが、すでに河原を去ったものであろうか、早希の姿はもはやどこにも見えなかった。
「ううむ・・・・」
 思わず掃部介は無念の言葉を発した。
 見れば、舞台では新たな演目が始まっていた。
 いま掃部介は、あのときの光景を鮮やかに思い出していた。
(なにゆえにかくも強く拒絶されねばならぬのか) 
 正確にいうとあのときは、早希に拒絶されたわけではない。だが今となっては、偶然すらも天意のように思われて、やり場のない怒りが込み上げてくるのだった。
(いったいどうしたことか?)
 掃部介にとって、拒絶されればされるほど、なぜか早希に対する想いが募ってくる。
 あのときの、小袖が張り付いたような早希の身体を思い出しながら、
「なにゆえにあのように惰弱な男に」
 またも無念の思いが湧き上がってきた。
 沼田又太郎と立ち会って、破れれば潔く早希をあきらめようと思った気持ちに嘘はなかったはずである。
 わしも武者なのだ。又太郎も武者ではないのか。なにゆえにあれほどに煮え切らぬのだ。早希に惚れているならば、なぜ欲しいと申し入れぬのだ。
 掃部介は、堂々巡りを繰り返すように、再び又太郎に対する怒りが込み上げてきた。
 あのとき又太郎は、男らしく、武者らしく見えなかった。あんな男になにゆえに早希が惚れるのか、その気持ちも理解できなかった。
(このままでは蛇の生殺しではないか)
 あんな腰抜けの又太郎に渡せるものか。武者としてはわしの方が上ぞ、という思いがふつふつと湧いてくる。
 よし、と意を決して、掃部介はその足で頼忠を訪ねた。
 こうなれば正々堂々と今一度大殿に頼んでみよう、と思ったのだ。
「必ず我がものに」
 してみせる、と掃部介は、決意を新たにした。
「早希を嫁に迎えられれば他の恩賞は返上する」
 土岐頼忠にそう直訴するつもりであった。


四 山名播磨守と京極民部少輔

 陰暦七月になった。
 外では蜩がかなかなと、去りゆく夏を惜しむように鳴いている。喧しいはずの鳴き声は、ここのところ妙に心に染みこんでくる。
 主命とはいいながら、頼益暗殺という卑怯な役目に、沼田又太郎はどうしても気が進まず、鬱々とした日を過ごしていたのである。
 そのうえ、先月の掃部介とのことが引っかかっていた。あの日のことを思い出すたびに胸が痛む。こちらから呼び出して、全てを打ち明けてしまおうか、そして早希とのことを相談してみようか、という衝動に駆られるのも事実だった。そうすれば少しは胸の痛みも軽くなるだろう。
 あれから、早希とは会っていないし、会いたくなかった。会えば、弱音を吐きそうで怖かったのだ。それでも、早希に会っていっさいを話してしまおうか、とも思うのだった。 早希は、又太郎にとって最も大切な女である。むろん、掃部介も信頼できる友である。だがそれでは、満貞を裏切ってしまうことになる。
 毎日部屋の組み入れ天井を見つめながら、又太郎の思考は、堂々巡りを繰り返していた。
 やがて、そんな自分に嫌気が差して、七条河原に師慈恩を訪ねた。
「ほ! 来たか」
 そう言って慈恩は、慈愛のこもった優しい目を向けた。
「久しいの」
 いつに変わらぬ師の優しい言葉に、又太郎が無沙汰の詫びを述べると、
「こなたが沼田又太郎どのか」
 澄んだ声が響いてきた。
 又太郎が声のした方を見ると、ふくよかな顔に絹物の直垂をさらりと着た、一目で貴公子と知れる若者が立っていた。傍らに、これも元服したばかりと一目で知れる、やんごとなき家筋の者が隠れるように従っている。
「どちらの御曹司でござろうか?」
「はは。御曹司とは片腹痛し」
 陽気に笑って、貴公子然とした若者は、
「山名播磨守」
 と、名乗った。そして、
「これなるは京極三郎左衛門」
 傍らの元服したばかりの若者を紹介した。
「山名どのに、京極どの!」
 又太郎が驚くのも無理はない。山名播磨守は、日本六十余州のうち十一か国を領する山名家の若き当主だったからである。自身、丹後国、出雲国の守護でもある。
 京極三郎左衛門もまた出雲、隠岐、飛騨の三か国の守護京極家の嫡男である。
「土岐どのは残念なことであったな。満貞どののお気持ち分からぬわけではない」
 播磨守はしんみりと言った。どうやら土岐氏の内紛に同情的で、又太郎の主君満貞が、土岐氏の総領職を望んでいることも知っているようだ。
「惣領職は一度こじれるとなかなか元に戻るのが難しい」
 それは土岐氏のことでありながら、おそらく山名氏のことでもあっただろう。本来なら山名氏も播磨守が惣領になってもおかしくないのだ。
「だが、信じて待つが良い。わしも必ず山名の総領職を継ぐ」
 播磨守はきっぱりと言った。
「義兄上なれば当然のことでござりましょう」
「はは。そなたは良いのう。すでに家が二つに分かれている」
 播磨守は三郎左衛門の頭をなでた。
 京極の本姓は佐々木で、元来六角氏が惣領家だったのだが、京極(佐々木)道誉という傑物の出現が、傍流の京極氏の隆盛を招き、京極氏と六角氏に別れたいま〈佐々木氏〉としてまとまる気配は全くない。すでに独立した二家だった。
 だが、山名氏はいまだに一門の結束が生きている。又太郎は土岐氏の混乱を思いながら、山名氏は目前の若き播磨守にすんなりと継承されることを切に願うのだった。
「よし。改めて、参るぞ」
 播磨守は、三郎左衛門を押しやると、木太刀をとって、又太郎に迫ってきた。
「おう」
 一声発して、又太郎も木太刀で受けた。
「ほほ。これはよい勝負じゃわい」
 慈恩は目を細めると、
「三郎どの。こちらで見物しようわえ」
 三郎左衛門を手招きして、近くの河原の大石にどっかと腰を下ろした。
 隣に来た三郎左衛門は、そのまま立って二人の立ち会いに目を凝らしている。手が拳を作っているのは、兵法好きの証拠だろう。
 播磨守は、又太郎より四歳上である。始め余裕を持って対していた播磨守だったが、やがて少しずつ追い詰められていった。
「えい、面倒だ。真剣で参ろう」
 播磨守は太刀を抜いた。
 又太郎は聞こえなかったのか、木太刀のままである。ここのところ又太郎は、刀術に格段の上達を示している。
 こうして木太刀を合わせると、煩わしいことが何もかも吹き飛んでしまう。ひたすら木太刀の動きに集中し、押せば引き、引いては返す太刀の流れに身を任せた。
「参った」
 播磨守の声で、はっと我に返った。
「沼田又太郎は強い。これは好敵手かも知れぬぞ。ははは」
 高らかに笑った播磨守は、
「いずれ、また」
 と、又太郎に一礼した。
「七条の河原にも来てみるものでござるな。では、今日はこれで失礼仕る」
 慈恩に別れの辞を述べると、
「来い。三郎」
 京極三郎左衛門を促して、河原を足早に去っていった。
 この二年後、すなわち明徳二年。大大名潰しを謀った将軍義満の挑発にのり、洛中内野で存分に戦い、破れて没落する山名満幸とは、この播磨守のことである。内野の戦いは、後世「明徳の乱」と呼ばれる。
 ところで慈恩には、十四人の高弟がいたと伝わっている。文献によって人名はまちまちである。東国に八人の上手、京都に六人の名人がいたともいわれており、このうち京都の六人をあげると次のようになる。
 中条判官某
 圓明坊
 甲斐筑前守
 社掃部頭
 村上筑前守
 山名播磨守
 このうち「中条判官某」とは、室町幕府の評定衆を務めた中条兵庫頭長秀のことである。「山名播磨守」は、先ほど述べたように山名播磨守満幸のことで、「甲斐筑前守」とは、越前国守護代に甲斐氏がいてその一族と思われる。残る「圓明坊」「社掃部頭」「村上筑前守」については、今のところ不明である。
 さらに別な文献では、確実に京の弟子と思われる人物に、
 甲斐豊前守
 土岐近江守
 京極民部少輔
 の名が見えている。「甲斐豊前守」は「甲斐筑前守」と同姓であり、おそらく一族であろう。〈豊前〉と〈筑前〉ともに九州の国名であり、もしかしたら同一人物であろうか。「土岐近江守」は、土岐新次郎のことで、父の亡き後「近江守」を継ぐこととなる。「京極民部少輔」は三郎左衛門のことである。婆娑羅大名で有名な京極(佐々木)道誉の曾孫で、後の「京極民部少輔高光」のことである。
 この年、山名満幸は二十四歳。京極高光は元服したばかりの十五歳であった。二人は屋敷が近く、仲がよい。高光が満幸を兄と慕う関係であった。いつもは、
「大名は取り巻きが五月蝿いゆえ、河原の者が迷惑をする。拙僧が参ろう」
 と言って、わざわざ慈恩手ずから、山名邸に出向いて満幸と高光に稽古をつけているのだが、今日は何の気紛れか、播磨守と三郎左衛門が河原に出てきたようだ。
 七条の河原は、室町御所からは巳の方角(南南東)にある、鴨川に沿った広大な地で、戦によって働き手を喪ったり、家を無くしたりした者が寄り集まっていた。慈恩はそうした者たちの面倒を見ながら、河原の一角で兵法を指南していたのである。
「よし、今度は拙僧と参ろう」
 二人が帰ったのを見送った慈恩は、又太郎に声をかけた。
「はい」
 又太郎にとっては願ったりであった。
 河原には、かつかつという木太刀の打ち合う心地よい音が響いていた。
 一刻(二時間)ほども木太刀を合わせただろうか。又太郎の身体は疲れていたが、頭は奇妙に冴えていた。
(むっ! 見える)
 師慈恩の木太刀の流れがはっきりと見えたようだった。そのまま次の動作が予見され、すかさず己の太刀が、そらにその先を見越して動いていく。それは無意識なごく自然に流れていくような動きだった。
 又太郎は、下段に構えた木太刀で、慈恩の攻めをさらりと躱して、逆に左から右に一気に打ち込んだ。
「良いぞ。その流れを忘れるな」
 さっと後ろに退った慈恩は、木太刀を収めるとにっこりと笑ってそう言った。
 慈恩は今年四十歳になる。僧侶とは思えぬがっしりとした体躯に、常に色の褪せた墨染めの破れ衣を纏っている。その右袖を高く上げて見せた。袖に新しい裂け目ができていて、それが今の又太郎の打ち込みによるもののようだった。
 師から褒められて、思わず頬が崩れた。
「はい。ありがとうござりまする」
 忘れていたような心地よさだった。
「ところで。そなた、何ぞ気に掛かることがあるのではないか」
 稽古に集中し、又太郎は主命を思い出さないように努めていたが、さすがに師は、何かを感じていたようだ。
 あるいは来たときに暗い顔をしていたのかも知れない。又太郎の顔は正直だった。
「いえ。そのような」
「そうか・・・・」
 又太郎の言葉に力はなかったが、師はそれ以上深くは問わなかった。
 自ら申し出ぬものを深く問うてもしかたのないこと、と諦めているのかもしれなかった。
 しばらく思案していた慈恩は、
「長井掃部介のことを知らぬか?」
 と、聞いてきた。
「いえ・・・・」
 又太郎は顔を伏せた。先月のことは思い出したくないし、たとえ師とはいえ話しづらい。
「掃部介は、美濃の合戦が終わって一度来たきりじゃ。その後は姿を現さぬ」
「・・・・!」
 やはり、と思った。先月会ったときの言葉が耳に蘇った。
 ――わぬしのような腰抜けとともに兵法を学ぼうとは思わぬ。念流の底も知れようというものよ。
 どうやら掃部介の本心だったようだ。又太郎は、寂しさを覚えたが、一方ではそれを否定したい気持ちもあった。
「そなたに聞けば、何か分かると思うたが」
「戦の後始末で忙しいのでござりましょう。たいそうな手柄を立てたと聞きました」
「うむ。ならば良いのだが・・・・」
 掃部介のことで、まだ何か聞きたげな慈恩だったが、又太郎はもうこれ以上の話はしたくなかった。
「土岐新次郎どのは?」
 又太郎はわざと自分の方から話題を変えた。
 実際、新次郎にもここしばらく会っていないのは事実だったが、慈恩の応えは意外なものだった。
「親父どのが亡くなられて何かと気忙しかろう」 
「えっ!」
 又太郎はびっくりした。
「近江守どのが身罷られたのでござりますか?」
 父親の具合が悪いという話は聞いていなかった。
「ほう。知らなんだか。急なことでな。三日前のことだ」
「・・・・」
 屋敷にふさぎ込んでいた又太郎は、己の粗忽を悔いた。すぐさま詳しいことを聞きに家人を走らせようと思った。
 又太郎が考えていると、慈恩はさらに驚くことを言った。
「そなたの上達は目覚ましい。しばらく一人で修行するが良い」
「えっ。一人で! まさか御師匠には・・・・」
「うむ。拙僧はしばらく京から離れねばならぬ。余の者にはすでに告げてある。そなたにはいま告げた。後は掃部介のみ」
「ど、どちらへ行かれますのか?」
 又太郎の衝撃は大きい。
「坂東じゃ。このような破れ坊主でも忙しい身でな」
 慈恩は南朝のために奔走しているという噂があった。坂東行きはそのためか、とも思ったが、坂東に弟子がいても可笑しくない。
 だが慈恩は、坂東に行く用向きを又太郎には伝えなかった。
「今から立つ」
「えっ! それはまた急なこと・・・・」
「そなたと掃部介のことが気に掛かっていたのだ。だが、さきほどの剣技をみれば、そなたはもはや案ずることもあるまい。向後は一人で精進するがよい」
「はっ!」
 又太郎は師の言葉を聞いて、やむなくその場にしゃがんで手をついた。
「惜しむらくは掃部介じゃな。長い戦があったとはいえ、当人に上達の気がなくてはのう」
 顔を上げた又太郎には、そのときの師の無念そうな顔が目に入ってきた。
「まあ、やむを得ぬ。掃部介にはそなたから伝えてくれれば良かろう」
 おれが伝えねばならないのか。できれば今は掃部介に会いたくない、と又太郎が思いながら、
「御師匠。他の誰かに託すわけには・・・・」
「頼んだぞ。さらばじゃ」
 師は又太郎に皆まで言わせず、別れの言葉を告げて、上流の筵や藁で作った小屋の方へすたすたと歩いていった。
(御師匠!)
 又太郎は、なぜかこの後師慈恩とは生涯会えないような気がした。
 慈恩の色褪せた僧衣の背中が名残惜しくて、又太郎はその場に座ったままずっとその後姿を見追っていた。


五 剣術の三大源流

 その夜慈恩は、東海道を東に向かっていた。
 墨染めの破れ衣を着て、穴の開いた網代笠を被っている。禅宗は足利幕府の庇護の元、五山十刹の制を定めて隆盛に向かっていた。慈恩もまたその気になれば、名利を得ることも可能なのであろうが、その気は全くないようであった。
 闇に慣れた目で、常人の倍の早さで歩いていく。兵法を修行した慈恩にとって、ごく当たり前のことであった。
 鎌倉に不穏な動きがあるという噂があって、その真偽を確かめに赴こうとしているのである。
 それにしても気になるのは、山名満幸のことである。
「惣領職に執着しすぎるわい」
 呟きが自然と出た。
 山名氏は一族で十一か国の守護職を持つ。その惣領ともなれば、幕府の中でもひときわ大きな発言力を有することになるだろう。山名満幸が、惣領職にこだわるのもやむを得ないことと思われた。
 だが、一族が大きくなればなるほど、より大きな力量と才覚が求められる。満幸に山名一族を統べていく器量があるとは思えないのだった。兵法には優れた才能を持っているが、それだけで人の上に立つことはできないだろう。爽やかな性格だが、根は単純で野心も人並みの人物なのである。そこを足利義満に利用されるのではないか、という危惧が慈恩にはある。
 兵法上手で世を渡る時代は過ぎつつあるのかもしれない。それは同時に、南北朝という動乱の時代の終わりのような気もしているのだった。
「待て・・・・」
 そこまで考えながら、慈恩ははっとした。
(土岐満貞どのも同じではないか)
 満貞は義満に利用され、土岐氏の力は大きく後退してしまった。にも関わらず満貞は、自らが土岐氏の惣領になることをいまだに断念していないと聞いている。
 播磨守には兵法を学ぶある潔さがある。最後は合戦で決着をつけることになるかもしれない。だが、満貞にはそれがない。せっぱ詰まった小心者が、己の野心を満たそうとするとき、そこには幼稚で得手勝手な発想があるのみである。そのとき、真っ先に火の粉が降り掛かるのは、正直で忠義心の厚い家臣であろう。
「何も起きねがよいが」
 いや、起きないで欲しい、と沼田又太郎のために慈恩は願った。
「いずれにしろ、兵法で野心を防ぐことは難しかろう」
 慈恩の胸に小さな無力感が兆した。
 幼い頃時衆として諸国をさすらい、今また禅僧として兵法を指南する慈恩は、
〈念禅一致〉
 を理想としている。
 時宗の他力本願でもない。禅の自力本願でもない。両者の一致、その無念無想の境地こそ慈恩の求めるものである。念流を学ぶ者は、すべからくその境地で生きて欲しい、そこにこそ安息がある、と思うのだった。慈恩にとって世俗の名利は、一切不要である。
 兵法は殺しの技でもなければ、人に勝つためのものでもない。己の精神を高めるためのものである。そのため、念流は攻めではなく守りを重視する。否、守りもまた本来不要なものである。兵法もまた不要になる世の中になって欲しい、と慈恩は切に願うのだった。 古く日本の剣術の祖先を訪ねていくと〈京八流〉〈板東七家〉に行き着くとされている。しかしながら〈京八流〉も〈板東七家〉も、その剣術というものは、実態がはっきりとせず、ほとんど伝承の部類に入る。
 別してよくあげられるのが、日本の剣術の三大源流というものである。「念流、新刀流、陰流」の三つがそれに当たるが、これは、新陰流の流祖上泉信綱から柳生宗厳に相伝された新陰流の『影目録』が根拠になっている。
 実は同書には「中古念流、新刀流、陰流」となっていて、「念流」の頭には〈中古〉とついているのである。これはなぜだろうか?
 ところで「念流」という剣術は、現代まで続いている。群馬県馬庭の地に戦国末期以降連綿と「樋口氏」によって相伝されているのである。ただし、こちらは「念流」といわず「馬庭念流」または「樋口念流」という。
 その前に、武術史家綿谷雪氏の『日本剣豪一〇〇選』に拠りながら、念大慈恩と念流について述べておきたい。
 念大慈恩は、俗名を相馬四郎義元といった。観応二年(一三五一、南朝では正平六年)生まれ。下総国相馬四郎左衛門尉忠重の子と伝えられている。相馬といえば奥州の相馬氏が有名だが、本貫地は下総国で、奥州に下った一族が栄え、下総国の一族が滅びたことにより、奥州の相馬氏が有名になったのである。
 内紛により五歳のときに父を殺され、乳母に抱かれて武蔵国今宿に隠れた。後、相模国藤沢の遊行上人の弟子となった。このときは念阿弥と名乗っていたという。
 父の仇討ちをこころざし、十歳のときに京に登り、鞍馬山で修行したとも、十六歳のときに鎌倉の寿福寺の神僧栄祐に剣術を習ったとも伝えられている。
 応安元年(一三六八)十八歳のとき、筑紫の安楽寺で修行して剣の奥義を得たという。 その後、還俗して見事父の仇討ちを果たすが、改めて禅門に入り、念大慈恩と名乗る。兵法修行を兼ねながら、諸国を流浪していたが、弟子になる者を拒まなかったため、結果として念流の名が諸国に広がっていった。
 慈恩の父相馬忠重は、若い頃新田義貞に従ったことがあったという。そのため諸国流浪は、衰えた南朝復興のためという噂もあるが、禅僧として政治的立場を問わず、自らの理想に向かって生きていくその姿勢が、誤解して伝わっているものと思われる。
 ちなみに、五十八歳のときに信濃国浪合の地に長福寺を建立し、腰を落ち着けた後、応永十五年(一四〇八)五月に入寂している。
 慈恩の弟子の一人に樋口太郎兼重という者がいた。名字の示す通り、源平時代の木曽義仲四天王の一人として名高い、樋口次郎兼光の子孫である。
 樋口兼重は自らが学んだ兵法を次郎兼定に伝え、さらに新左衛門高重に伝えた。この高重のときに信濃国を出て、上野国の上杉顕定に仕えることとなったが、居を多胡郡馬庭村に定めたという。
 ところで、高重は兼重より伝わった念流に飽き足らなかったのか、柏原肥前守盛重なる人物に神道流に学び、この頃は「神道流」を名乗っていた。
 上杉顕定の戦死により郷士となった高重は、自らの神道流兵法を、三男の新三郎定兼へ伝え、その子飛騨重定、又七郎定次へと伝えた。
 定次は、曾祖父高重と違って、神道流に物足りないものを感じたのか、たまたま上野国を遊歴していた友松清三入道に入門して念流を学び、以降「念流」を称したという。そのため、教えている地の名をとって「馬庭念流」といい、または教えている者の姓をとって「樋口念流」という。
 ところで、樋口兼重が学んだ友松清三入道とは、別名を偽庵という。目医者を兼ねながら諸国を遊歴していた人物だが、念流の正系を伝える七代目でもあったという。
 念流の正系は、念大慈恩の後は、赤松三首座慈三が継いだことは分かっているが、その後は伝説の域をでない。試みに、剣道史家森田栄氏の『源流平法剣法史考』に基づき、三世以降の名をあげると次のようになる。
 三世 小笠原東泉坊甲明
 四世 小笠原新次郎源氏綱
 五世 小笠原備前守氏景
 六世 小笠原左衛門尉氏重
 七世 友松兵庫頭氏宗
 三世以降、いずれも小笠原姓であるが、小笠原系図には比定できる人物が見あたらず、今後の調査が待たれるところであろう。
 七世の友松氏宗が、友松清三入道偽庵ということになるが、偽庵の生涯も不明な点が多い。
 長々と述べてきたが、現代に続く「馬庭念流」も樋口高重が「神道流」を名乗り、定兼、重定の二代の空白の後、定次の代になって「念流」に復しているのである。
 上泉信綱は、樋口定次と同じく上野国の出身で、樋口家のこの間の事情を熟知していたであろう。そのために『影目録』において「念流、新刀流、陰流」とせず「中古念流、新刀流、陰流」としたのではなかろうか。
 後世〈剣禅一致〉といって、戦国時代後期から江戸時代初期にかけて、初めて剣術(兵法)と禅宗(宗教)の一致を志したかのようにいわれているが、それは誤解であろう。兵法はその始まりにおいて、すでに仏教の影響を色濃く受けているのである。
 鎌倉時代に起こった浄土宗、一向宗、時宗、日蓮宗など新興宗教は、南北朝時代から室町時代にかけて広く浸透していった。何よりも戦乱の時代であり、常に死と隣り合わせの世の中である。無常観とともに極楽浄土を願う心が、現世利益に向いた人間がいてもおかしくはないであろう。
 日本の中世における鎌倉新仏教の浸透は、天台・真言等の既成仏教との関わりと絡めつつ、兵法の発展にも大きな影響を与えているのであって、その関係はもっともっと研究されてよいものと思われる。
 それは、念大慈恩と念流に止まらないであろう。


六 空火照り

 月が変わって陰暦八月になったある日、沼田又太郎は、土岐新次郎の屋敷を訪れた。供も連れず一人だった。
「曼珠沙華か・・・・」
 塀のところに彼岸花の茎が伸びていた。先端はまだ蕾で、楕円に丸まった紅い花弁を薄緑色の薄い葉が優しく包んでいた。
 曼珠沙華は、我が国では彼岸花の別称だが、本来は梵語で天上に咲く美しい花の名前だという。
 だが今の又太郎は、その花を見たことが、何か不吉な予感がして嫌な気分になった。古来から我が国では、彼岸花は〈死人花〉とも呼ばれ、不吉なものとされてきたのである。 目を空に転じると、雁が群れをなして西の空へ飛んでいくの見えた。
 又太郎は、ここのところ一人悶々とした日を過ごしていたのである。
 師慈恩は鎌倉へ去った。一人で稽古をするのも億劫だった。早希とも会う気になれなかった。ただ、たとえ合う気になったとしても早希とは会えなかっただろう。なぜならば、早希は禁足の状態にあったからである。又太郎と掃部介のことを憂慮した玉木の方の計らいで、屋敷の奥向きの用を言いつけられていたのだった。
(そうだ。近江守どのの焼香にも行っておらぬではないか)
 そう思いなして、今日五辻の土岐新次郎の屋敷を訪ねたのだった。
「珍しいな。元気か」
 新次郎は屋敷に居た。父近江守の死後、兄も身体の具合が悪いらしく、室町の御所への出仕はしばらく控えているのだという。
「少しやつれたような・・・・」
「気のせいでござろう」
 会えば気のおけない二人である。いつも会話は率直に言い合う。
 焼香の後、新次郎は、茶を振る舞ってくれた。
「ところで近頃、そなた満貞どののもとへ伺候しておらぬそうではないか?」
 又太郎が、側近く仕える主満貞の父と近江守は、従弟同士である。本来なら満貞に従って、もっと早く訪れているはずなのである。新次郎はそのことを言ったのだが、詰る、という口調ではなく、満貞との間に何かあったのではないか、と気遣う風情であった。
「少しわけがあるのです。殿は何か言うておられましたか?」
 新次郎の気持ちを内心ありがたいと思う反面、満貞の命令が命令だけに、又太郎は慎重に答えた。
「いや、特には聞いておらぬ。兵法に専念させるためとは言うておったが」
「御師匠は、坂東へ旅立たれました」
「うむ。いつものことだ。直に帰ってこられる。ところで、満貞どのの悪い噂を耳にしたぞ」
 又太郎は、満貞との話題を避けるために、慈恩のことを持ち出したのだが、無駄だったようだ。
「満貞どのが、池田二郎どのに刺客を放ったと聞いたが真か?」
 新次郎は、声を落として、当たりを憚るように尋ねた。じっと又太郎に目を絡めてくる。
 又太郎は内心どきりとした。もともと心の内の動揺を隠すことの苦手な質である。新次郎の視線に、努めて自分の感情を押し殺しながら耐えた。
「いや、聞きませぬ。いくら殿でもそのようなことは・・・・」
 ありますまい、と言おうとしたが、語尾がかすれた。
 そのとき、チチッ、という鳴き声とともに鳥が飛び立つのが目に入った。又太郎はそれ以上新次郎と顔を合わせるのが辛くて、秋鳥に気を取られたふうを装って、わざと蔀戸の外に目をやった。
「そうか。それがしもそうあって欲しいと願っている。土岐の惣領は頼忠どのと決まったのだ。そして、いずれ頼益どのに譲られる。ここで満貞どのが下手に動いて、御所様のお怒りに触れれば、尾張の守護職すら取り上げられてしまおうぞ」
「真でござりましょうか?」
 又太郎は外から目を戻した。
「御所様は、鎌倉幕府の滅亡からこっち、内乱を通じて大きくなった守護を警戒しておられる。お側近く仕える我ら奉公衆を集められたのもそのためよ。おそらく、此度の土岐の乱は、その先駆けであろう。用心に越したことはあるまい」
「そのことは殿にお話し下されましたか」
 やはり、とは思いながらも、又太郎は聞かずにはいられなかった。
「いや。今は遠ざけられたとはいえ、かつては御所様近く伺候した満貞どののこと。それくらいの分別はあろう」
(違う。その分別がないのだ。それゆえ、それがしに池田二郎どのの暗殺を命じられたのだ)
 又太郎は内心で強く思ったが、声に出すことはなかった。
「そなた奉公衆にならぬか?」
「えっ!」
 それは突然のことだった。
「にわかのことで驚くのも無理はない。だがのう、そなたを見ているとわしも辛いのだ。真の話だが、満貞どのは仕えるに値する主人とは思えぬのだ」
 奉公衆とは、将軍義満に近侍する親衛隊のことである。後の旗本と思えば良いだろうか。
 義満から見て今の又太郎は陪臣である。奉公衆になるということは直臣になることを意味する。義満は、大名の庶流や国人の次、三男を積極的に奉公衆として組織していた。
「わしから公方様に推挙しよう。考えておいてくれ」
 それは明らかに新次郎の好意だった。
 奉公衆になるか、ならぬかは別にして、又太郎はそんな新次郎の思いやりが嬉しかった。
「ところで、長井掃部介のことを聞いたか」
「はて、いっこうに・・・・」
 とは言ったものの、又太郎の脳裏には、先々月鴨川の河原で会った掃部介の怒りを露わにした武者面がありありと蘇ってくる。
「そなた、玉木どのに仕える侍女と言い交わしているとか」
「・・・・!」
 新次郎の突然の問いに、びっくりして言葉が出てこなかった。
「真か?」
 今度は新次郎からやや強い問いがあった。
「その通りです」
「掃部介が、先だっての美濃の合戦での褒美に、その女を嫁に望んだとか」
「と、聞いております」
「玉木どのからそのことを聞いた頼益どのが、ひとまずその話は預かったというが、今になるまでそなただけでなく、満貞どのの身内のしかるべき方からも何の話もないと聞くぞ」
「その通りです」
 又太郎の頭が自然と下がった。
「なぜじゃ。仲人に相応しい者がおらぬのか」
「そのようなことは・・・・」
「ないというか」
「・・・・」
「業を煮やした掃部介は、直接、頼忠どのに『女を嫁に迎えられれば他の恩賞は返上する』とまで訴え出たというぞ。その心根を哀れと思った頼忠どのは、頼益どの、玉木どのにその女との婚儀をお命じになったぞ」
「ええっ!」
「なぜもっと早く、池田二郎どののもとへ話を通しておかなかったのだ。頼益どのは話の分からぬ方ではない。情けを心得たりっぱな武将だと、かねてそれがしは思っている。そなたには悪いが満貞どののような小人ではない。もし、満貞どのとの間に気まずいものがあれば、それがしが月下氷人を買ってでても良いのだ。なぜ、相談してくれぬ」
 最後の方はさすがの新次郎も声が高ぶっていた。
 それは新次郎の友情から発した言葉であったろう。又太郎はその気持ちが分かるだけに、逆に何も言えなかった。もしかしたら新次郎は、又太郎が頼益暗殺を命じられ、その見返りに早希とのことを許すということも知っているのかも知れない。
 だが、たとえそうだとしても又太郎は、そのことを新次郎に話すことはできなかった。すまないと、心の内で強く思った。
「掃部介は御師匠から兵法を習うこともやめてしまった。そなたのような卑怯者といっしょに学ぶのは嫌だというてな。掃部介は、確かに直情の気味はある。だが、一本気で決して悪い男ではない。それがしは、そなたも掃部介も友として大切に思っている。二人を失いたくないのだ。なぜ、それがしに言うてくれぬ」
「新次郎どの、すまぬ。しばらく待ってくだされ」
 又太郎はそれだけを言うと、逃げるように新次郎の部屋を後にした。
「待て、又太郎」
(すまぬ。新次郎どの、すまぬ)
 土岐邸を出た又太郎は、心の内で何度も詫びながら、ただ闇雲に京の大路を走った。
(どうすれば良いというのだ)
 烈しい苦悶に苛まれ、
(このような宿命に生まれた身の不運を呪えと言うのか)
 又太郎は神仏を激しく憎んだ。
 侍烏帽子が飛び、髪を振り乱し、いっさんに駆けていくそんな又太郎に、
 ――狐でも憑いたか。
 と、囁き合いながら、往来を行き交う都人たちの好奇の目が突き刺さってきた。
 いや、又太郎にとっては、じろじろ見られることなどはどうでも良かった。いまのこの苦しさから一時でも早く抜け出したかった。
 五辻の通りを南に下って、仏心寺のところを左に折れると、一条の通りに入る。戻り橋を越え、百万遍、真如堂を過ぎて、さらに一条の通りを真っ直ぐ走ると、やがて鴨川に出た。無意識のうちに足は鴨川に向いていたようだ。
 又太郎は京を縦断する鴨川が好きだった。水量こそ違え、故郷美濃国を流れる長良川を思い出させるのである。所領から近いその川を又太郎は、幼い頃から見て育った。悠々と、そして滔々と流れる大河に畏敬の念を抱いていた。叶うことならば、この川のように生きたい、と少年の心に強く思ったものだった。
 又太郎は、鴨川の流れに向かって、うおう、と一声大きな声をあげた。胸に渦巻く言いようのない感情が一気に爆発したような叫びだった。それは獣の咆吼に似て、己では表現できない、何か大きなものに対する怒りだったかもしれない。
 すでに陽は西に傾いていた。ふと気がつくと、辺りが薄い黄金色に輝いて見えた。まるで辺りが火照ってでもいつようだった。又太郎ははっとして目を転じ、西の方を見た。遠く嵐山の峰峰が赤丹色に燃えていた。鮮やかな紅緋色と弁柄色がせめぎ合っているように見えた。
「美しい!」
 今までに何度となく見慣れていた夕焼け空であった。
 だがその夕焼け空が、これほどに美しいものだということを、又太郎はそのとき初めて知ったのだった。と同時に、
「人がどうあれ天地山河は、常に過去(むかし)も未来(これから)も、そして現在(いま)も同じ姿を我らに見せてくれる。それは永遠に変わることはないのだ」
 と思うと、自分が悩んでいることが、何か卑小な情けないもののように思われてきた。 又太郎は陽が西に沈みきるまで、その場にぬかずんで、沈み行く夕日を呆けたようにただじっと見つめていた。
(続く)








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