人権を犠牲にする『平和の祭典』は明らかに必要ない | |
[日本の政治] | |
2017年3月21日 23時59分の記事 | |
政府は、共謀罪の成立要件を絞った「テロ等準備罪」を新設する組織犯罪処罰法改正案を閣議決定し、衆議院に提出しました。この法案に対しては、権力の乱用や悪用の可能性が指摘され、国民の人権を侵害する可能性が指摘されています。本ブログ「ニュース色々」(2017年3月10日)などで指摘してきましたが、焦点となっている森友学園問題のポイントは、『法の運用』の問題です。違法性がないと言っても、その運用に大きな疑義があるので、森友学園が問題となっているわけであって、それは即ち安倍政権と日本政府に法の運用の問題と恣意的な乱用がある可能性を示唆しているのです。 「政府、衆院に提出 野党『今国会成立を阻止』 」(2017年3月21日 毎日新聞) 「『テロ等準備罪』新設法案を閣議決定 」(2017年3月21日 NHK)
森友学園の問題での法の運用と恣意的な乱用についての疑義は、不可解な国有地売却や様々な審査、そして補助金の問題となっています。このポイントは明らかにこの共謀罪の問題においては、国民の人権が蹂躙される可能性を雄弁に物語ります。即ち、これは現在の日本政府や安倍政権には、国民が納得しうる法の運用がなされていないということを意味し、そのことが何よりも問題で、共謀罪の運用においての危険性を示唆しているのです。このポイントは、集団的自衛権やPKOの駆けつけ警護など明らかに憲法違反であることが、どんどん推し進めらえてきた現政権のこれまでの姿勢にも非常に色濃く反映されていると考えます。 菅官房長官はこの法案について「3年後に迫った東京五輪・パラリンピック開催に向け、テロを含む組織犯罪を未然に防止するために万全の態勢を整える必要がある。一日も早い成立を目指す」(2017年3月21日 毎日新聞)と述べ、これが政府の見解になっています。 しかし、オリンピックというたった数週間の行事のために、テロの危険性が増し、そのために人権を犠牲にするような法律を制定する必要があるのなら、そもそもオリンピック開催を辞退すれば良いのは自明です。オリンピック開催がなくなれば、テロは減り、人権を犠牲にする法律を制定する必要もなくなり問題は丸く収まります。この政府の見解はそう言っているのです。 先の大戦における日本の責任を軽視し、国会では虚偽ではないかと多くの人々が指摘する不誠実で無責任な答弁が平気で繰り返され、民主主義を否定する思想を大臣が諸手を挙げて評価し、復古主義を唱える人々が政権中枢にあり、報道の自由度が格段に落ちているのが、現在の安倍政権であり、日本政府なのです。だからこそ、多くの人々はこの共謀罪に内在する問題点にさらに輪をかけて不信感と危険性を見いだし、人権の蹂躙の可能性を心配しているわけであり、そのことを『平和の祭典』であるオリンピックが推進材料となっているのが現状です。これは全くの皮肉ですが、IOCはこのことに対してどう考えているのか見解を日本国民に示すべきでしょう。 先日、オリンピック会場になるカンツリークラブの会員資格が女性にも拡大されました。女性の権利拡大と言うことなのでしょうが、しかしこのオリンピックのために共謀罪が推進されることの方が、桁違いに、はるかに大きな問題です。カンツリークラブの会員資格拡大で女性の権利拡大が言われて、一方でオリンピックそのものの開催で国民の人権が侵害されるのなら、それは明らかに本末転倒で欺瞞でしかなく、そのような大会は開くべきではないですし、日本国民にとっては害でしかないでしょう。これまでも、オリンピック開催に関しては、最初はコンパクトで低コストが言われていたのに、ふたを開ければ巨額の開催費と国民負担の増大です。さらに競技場やロゴではおかしなことが連続して起きました。多くの人々が辟易していると考えますが、その上、今度はテロの可能性を増大させ、それを理由に国民の人権を犠牲にしなくてはならないというのなら、そのようなものは『平和の祭典』でも何でもなく、単なる厄介事でしかないということになります。IOCがどう考えているか、日本国民にメッセージを出すべきでしょう。 オリンピックとは国民の人権を犠牲にするものなのでしょうか? | |
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