『日本海軍400時間の証言: 軍令部・参謀たちが語った敗戦 』(NHKスペシャル取材班) | |
[書評] | |
2015年11月9日 23時49分の記事 | |
戦前、戦中と海軍の中枢部である軍令部に在籍した参謀を中心メンバーとした「海軍反省会」という非公開の会議が、1980年から1991年まで開かれていました。その会議の模様は、カセットテープに録音され、関係者によって保管されていました。議論された内容は先の大戦に関する様々なテーマに及び、旧海軍の超エリート士官による赤裸々な発言が収録され、その量は400時間あまりと膨大なものでした。 このテープの存在を知ったNHK取材班が、テープの入手を関係者やその親族と交渉し、それを元に企画をスタートさせ、太平洋戦争開戦の真相、特攻作戦に至る道程、東京裁判の裏面史などについて作られ番組が、「NHKスペシャル 日本海軍400時間の証言」でした。番組は2009年、3回にわたって放送され、第1回が「開戦 “海軍あって国家なし”」、第2回が「特攻 “やましき沈黙”」、そして第3回が「戦犯裁判 “第二の戦争”」というものでした。 以下にご紹介する本は、その番組を書籍化したものです。内容は、テレビで放送された番組より圧倒的に濃く、こちらを読めば、番組を見る必要がないものです。 『日本海軍400時間の証言: 軍令部・参謀たちが語った敗戦(新潮文庫) 』(NHKスペシャル取材班 2014年 新潮社)
本書は大変に秀逸で、是非、ご一読をおすすめします。この本を読んだのは、今年の8月でしたが、読んでいて『NHK、さすがだな』とおもう反面、『今の状況で、NHKは果たしてここまでできるのだろうか』と率直に思いました。このような番組を放送できた2009年はほんの6年前ですが、このように思うのは、たった6年で日本の社会の空気が重苦しく大きく変貌したことの裏返しでしょう。11月6日、BPOの検証委が公表した意見書で、今年4月に自民党の情報通信戦略調査会が、ヤラセが指摘されたNHKの番組について同局幹部から事情聴取したことを、「放送の自由と自律に対する政権党による圧力そのものであり、厳しく非難されるべきだ」と批判しています。正にこの批判は時代の本質を象徴しています。 このBPOの批判に官房長官や自民党幹事長が反論しているようですが、政権与党・権力者としての自覚に欠けているように思います。公的メディアの報道においてヤラセがあったり事実が歪曲されることは、社会に多大な影響を及ぼし国民の利益にならないので、厳しく扱われなくてはなりません。ただ、それを監視するのはBPOがやれば良いことで、そもそもそのために作られた組織です。そして、権力はそのようなことに極力介入すべきではありません。なぜなら、報道を黙らすことができるわが国最大の存在が権力だからです。権力が持つ力は絶大です。その権力の介入で報道が曲がり、その介入を批判しても、再度、その批判に対して権力が反論しては、誰が一体、権力が報道に介入することを抑止することができるのでしょうか。そういうことが仮になくと、権力の報道に対する姿勢を間違えれば、すぐにそのように判断されます。官房長官や自民党幹事長の反論には、権力者であることの自覚と配慮がそもそもないという本質が見え隠れしているように思います。その自覚の無さは大変に危険であると率直に考えます。 しかし、看板報道番組でヤラセとはNHKも劣化したものです。 やましき沈黙 話を元に戻します。本書はNHK取材班の各スタッフが文章を書いているのですが、その誰もがしきりに言及することは、この旧海軍の事情は、今の私たちにも通じることであり、身につまされるということです。その言葉に、この本に書かれていることが、過去の特殊な人達のことではなく、時代を超えて日本社会や日本人の間に存在する陥穽を描き出したものであることがよくわかります。歴史的考察としては、非常に優れた見地だと思います。 本書の重要なポイントの一つは、海軍軍令部という正に軍部の中枢にいた人々の証言であるということです。つまり命令する側の証言であるわけで、これは大変に貴重で、先の大戦の実情を鮮明にかつ立体的に理解することに間違いなく役立つものです。 個人的には、本書の「やましき沈黙」という言葉が、非常に心にとまりました。この言葉は、特攻作戦が実施された経緯についての部分で使われているものですが、実際は、開戦に至る経緯にもやはりこの「やましき沈黙」が支配していたと、本書を読めばよくわかります。日本において「やましき沈黙」が支配し始めた時、必ず悪い方向に転がっていくということを、今の時代と重ねあわせて非常に思います。ただ、このことはどこの社会でも共通することなのです。 日本は先の大戦で破滅しました。そのような結末を迎えた戦前・戦中という時代に良いことはあまりないと思います。結局は内外ともにコントロールをすることができなかったのです。破滅に至った経緯や要因に対して真摯に目を向け、予防策を講じなければ、将来、同じことを繰り返すだけですし、少なくともそのようにならなければ前向きな評価などできないでしょう。本当に日本は戦後、そうしてきたのか、そして今の時代、その過去のことを忘れる傾向に陥っているのではないかと非常に思います。 海軍反省会で意見した人々の発言と人物像が本書では書かれています。その発言を追っていくと、先の大戦の様々なことへの責任感を感じて発言している人と海軍時代の人間関係に縛られて発言している人の色分けがよくわかります。戦後、相当に時間が経過してもまだそこには「やましき沈黙」が実は存在しているのです。一方で、責任感を感じて発言している人の言は、やはり金言で、将来への道筋をしめす要素が多分にあります。 本書第2章は、開戦の経緯についてですが、そこに太平洋戦争に至る原因となるキーパーソンがはっきりと書かれています。恐らく、多くの人はその名前を今まで聞いたことがなかったと思いますが、そのことをしっかりと本書で掲載したことは非常に良いことであると思います。まだまだ、多くの日本人は先の大戦の本当の原因を知らないのです。 サンソウ島事件 また、第5章に、「サンソウ島事件」ということが書かれています。この本を読むまでこの事件については全く知りませんでした。サンソウ島とは、香港、マカオの西に位置するところで、軍民共用の珠海金湾空港(じゅかいきんわんくうこう)があるところです。現在、この辺りは大陸と陸続きですが、かつては島になっていたのでサンソウ島と呼ばれました。この島に旧海軍は、中国本土爆撃用の飛行場を造ったのですが、その際、1万2000人いたと言われた島民を、追い出したり、殺したりしたと言われているのがこのサンソウ島事件です。現在、珠海金湾空港はその時に旧海軍が造った滑走路を土台にして整備されたものです。 海軍反省会で、このサンソウ島事件について言及したのは、大井 篤元大佐です。大井元大佐は、中国に派遣された艦隊の参謀を務めた人物で、また海軍戦史の権威としても有名で、『高松宮日記』の編纂者の一人でもあります。海軍きっての国際派、戦史の権威というのが、大井元大佐と書かれています。その大井元大佐が、海軍反省会で、このサンソウ島事件のことに言及し、当時の状況を語るとともに批判をしています。大井元大佐の言葉の部分を以下に二つ引用します。 私はもっと前に、たとえばサンソウ島事件というのがあって、昭和十三年かな。サンソウ島事件というのがあって、私はその後行ったんですが、臭くて死臭が。あのサンソウ島に海軍の飛行場を作ったんです。飛行場を作るのに住民が居るもんだから、全部殺しちゃったんですよ。何百人も殺した。(略)ようするに支那事変の頃から人間なんてのはどんどん。作戦が第一なんだ、勝てばいいんだ。そういう空気でしたよ、あの頃は(『日本海軍400時間の証言: 軍令部・参謀たちが語った敗戦(新潮文庫) 』P.433 NHKスペシャル取材班 2014年 新潮社) その点について、先にふれた大井元大佐が、改めて自らの中国での経験をもとに、海軍が反省しなければならない思考法について言及している。 「我々は捕虜と言っておったんですが、そういうものの人権なんていうのは全く無視しているんですよ。ことに捕虜どこではない市民にまで酷いことしてるんですよ。サンソウ島に三連空(第三連合航空隊)の飛行場をつくったんですよ。その時も行きました。とにかくもう、あの頃からね、私は満州だとか、日中戦争あの頃がね。あの癖がついたんじゃないかという気が非常にするんですよ。太平洋戦争になると、何であんなに日本の人たちが残酷になったのかと」(同上 P.435) 極めて貴重な証言であると思います。 このサンソウ島事件に関しては、NHK取材班が調査しましたが、記録や証言が乏しく、その正確な実態を解明するには至らなかったと書かれています。ただ、大井元大佐の証言もありますし、米国が英国から借りているインド洋にある米国海軍基地・ディエゴガルシア島でも、米国が借り受ける際に島民を追い出したと言われていますので、サンソウ島においても、島民を排除したことは間違いのないことでしょう。そして、大井元大佐が、この事件に触れた理由については、斟酌する必要は間違いなくあると思います。本書を記したNHK取材班のスタッフは「私には、彼が反省会を通じ、後の世に語り残さねばならないと強く考えていた事件であるように思えてならなかった」(同上 P.436)と書いています。私もそう思います。 大変に良い本ですので、是非、ご一読を。 | |
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1. だんご 2015年11月10日 23時47分 [返信する] 非常に良い本を紹介していただきありがとうございます。戦争責任は誰にあるのかが非常によく理解できました。
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