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現実を見る眼?
[日本の政治]
2017年6月27日 23時59分の記事

戦後、ある左翼の学者が書いた言葉が、私たちに、戦前と現在とを見通す現実を見る眼を与えてくれます。戦後70年以上が経過し、この間、様々な歴史的展開がありましたが、現状は、何に優先順位を置き、何を重要視するかが大きく問われているほど歴史的に大きく動いています。現状、大方を占める高度成長期、特にバブル期以降の価値観、即ち経済だけで見る視点で物事を見れば、確実に社会の破滅へ、経済の破滅へと向かっていくのではないでしょうか?

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ここに、現在の現実を見る上で非常に示唆に富む良い言葉があります。以下の言葉は元法政大学総長の大内兵衛の『法律学について』に書かれた一節ですが、1950年代はじめという戦前・戦中の記憶が生々しい時期に、戦前を回顧して書かれたものです。この一節は、破滅に向かった戦前の日本に何があったかを、21世紀に生きる私たちに教え、さらに今ある現実を見る眼を与えてくれます。大内は左翼に位置づけられる学者ですが、その視点は賞賛に値するほど確かなものと考えます。
この一節は、戦前の美濃部達吉の天皇機関説問題について書かれたものです。美濃部達吉の天皇機関説とは、国家を統治権の主体として、天皇はその一機関に過ぎないものという明治憲法の解釈ですが、大正デモクラシー以後、学会、政界、官界で支配的な地位を占めます。しかし、満州事変以後、右翼団体、軍部、官界が、この美濃部の説を反逆思想と見なし攻撃し、美濃部は右翼の襲撃にさらされ重傷を負っています。右翼の総帥・平沼騏一郎も、この天皇機関説を激しく攻撃しています。そして、この時期を契機に、日本は破滅への道をまっしぐらに進みますが、そのときのことを書いたのが以下の一節です。


私は、こういった法律学徒の人生観・世界観なるものについて、イヤというほどその社会的意義を見せつけられたのは、昭和七、八年より一〇年前後にかけて起こった美濃部達吉博士事件のいわゆる天皇機関説問題であると思っている。
美濃部達吉博士の学説といえば、大正八年より昭和一〇年までの日本における、政府公認の学説である。という意味は、この一五年間に官吏となったほどの人物は、十中八九あの先生の憲法の本を読み、あの解釈にしたがって官吏となったのである。そしてまた、その上司はそれを承知して、そういう官吏を任用していたのである。これは行政官だけのことではない。司法官も弁護士も同様である。しかるに、いったん、それが貴族院の一派の人々、政治界の不良の一味、学会の暴力団によって問題とされたとき、すべての法学会、衆議院議員、検事、予審判事、検事長、検事総長等々より、下は警視総監、警視、巡査にいたるまで、彼らのうち一人も、みずから立って美濃部博士の学説が正当な学説であるというものがなかった。いいかえれば、自分の学説もまたそれであり、自分は自分の地位をかけても自分の学説を守るというものがなかった。もう一度いいかえれば、美濃部先生の学説はその信奉者たる議員、官吏のうちにさえ、その真実の基礎をもたぬものであった。だからこそ、彼らは、上から要求されれば、自己の学説をすてて反対のことをやったのである。そしてそれについて自己の責任を感じなかったのである。何ともバカらしい道徳ではないか。何ともタワイのない学問ではないか。そんなことなら、私はかたく信じている、日本の法学は人物の養成においてこの程度のことしかなしえなかったのであると。同時に、そういう学問ならば、いっそないほうがよいのではないか。そのほうが害が少ない。(『文章読本(改訂版)』 丸谷才一著 中央公論社 1995年 P.190−191)


この一節を読んで、今の日本を思わずにはいられません。
さて、大内は、ここであげられている法律学徒、衆議院議員、行政官、司法官、弁護士、法学会、検事、予審判事、検事長、検事総長、警視総監、警視、巡査等々だけでなく、あまねくエリートの無責任さ、学問への姿勢を批判していることは間違いありません。
この戦前のエリートたちは、大内に指摘されたその姿勢や無責任な動きが、その後、極めて甚大な人的犠牲を出し、日本が破滅に至ることを予期していないわけです。危ないと思いながらも、一方で大丈夫だろうと、自分一人だけ見て見ぬふり、ほっかむり、保身に走ってもたいした影響はないと思っていたと考えます。もちろん、そんなことすら思わない現実感に乏しい思考のものもいたでしょう。
しかし、“現実”はそうはならなかったわけです。昭和6年(1931年)の満州事変から国の方向性が変わり、その中で昭和10年(1935年)前後の天皇機関説問題があるわけですが、もし昭和10年代以降、このエリート達に昭和20年(1945年)に日本は破滅していると言っても、彼らは真剣に考えなかったと考えます。そんなことはあるはずないと頭から否定したり、ちょっと危ない雰囲気だけでそこまではならないでしょうと反応したりと、このような反応が大半だったと思います。やはり、痛い想いをするまでは悟らないものと思います。もちろん、それでも悟ることのない人もいたでしょう。
大内のこの一節は、そういう時代を経て書かれたものです。そこには生の人間像とそのことによって至った破滅が書かれているわけです。しかし、現在の私たちは、当時の人たちと違って、歴史としてどのように破滅に至ったかを知っているわけです。実体験はしていなくとも、戦前の人々とはここが大きく違います。だからこそ、大内のこの言葉は非常に重要であり、一方で今度、同じ過ちを繰り返せば、それは単なる日本人の愚かさを意味するしかないのです。

この大内の一節には、エリートや秀才の保身、変わり身の早さ、学歴はあっても学の浅さというものが鮮明に描かれていると思います。試験にパスすることだけが目的で生きてきた人間の見識は、浅はかということです。昨今、問題となっている女性議員の言動はそのことを良く表していますが、もちろんそれだけではないでしょう。
エリートが保身に走り、自らの責任を果たさなければどうなるか、私たちは、先人の体験を通してそのことを知っているのです。否、知っているはずなのです。
「現実を見る眼?」(2017年6月28日)へ続く。

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1967年生まれ。東京都出身。中央大学法学部政治学科卒。高校がミッションスクールの聖学院高校で高校・大学時代は聖書研究に没頭。
大学在学中から元航空自衛隊幹部の田村秀昭元参議院議員の秘書、以来、元防衛庁出身の鈴木正孝元参議院議員、元防衛大臣の愛知和男元衆議院議員の秘書、一貫して政界の防衛畑を歩む。
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