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終章 落涙 (無料公開)
[【時代小説発掘】]
2012年6月3日 10時33分の記事


【時代小説発掘】
終章 落涙
鮨廾賚



(時代小説発掘というコーナーができた経緯)


【梗概】: 
 南北朝末期、室町三代将軍足利義満の時代。美濃、尾張、伊勢三か国の守護土岐氏は、惣領康行の弟満貞が、自ら惣領にならんとする野望を抱いていた。主人公沼田又太郎は、満貞の信頼厚い家臣であり、土岐頼益の内室玉木の方に仕えている早希とは、互いに慕い合う関係にあった。だが、明徳元年(1390年)、土岐康行を討った頼益の台頭を恐れた満貞は、又太郎に土岐頼益の暗殺を命ずる。


【プロフィール】:
鮨廾賚此 昭和33年(1958)生まれ。平成22年(2010)第40回池内祥三文学奨励賞受賞。現在、新鷹会会員、歴史研究会会員、大衆文学研究会会員。


鮨廾賚困里海譴泙任虜酩福

秘太刀「一心の剣」
第一話はるいち−風烈廻り昼夜廻り同心朽木重四郎−  
雲、流るる
猿御前
信綱敗れる 
あかね空
中条流平法 
沼田法師 女忍び無情
帰心の風
「払暁の風」第一章 黒田の合戦
第二話 筑波ならひ−風烈廻り昼夜廻り同心朽木重四郎−
蝉丸無明剣(前編)
「払暁の風」第二章 合縁奇縁
「払暁の風」第三章 暗転
「払暁の風」第四章 亀裂
「払暁の風」第五章 決意


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【時代小説発掘】
終章 落涙
鮨廾賚



一 窮地

 湿り気を含んだ風がぴたりと止んだ。
 星は見えない。月も見えない。十日といえば、上弦と十三夜の中間で、能面のような月のはずだが、まだ沈むには早すぎる。おそらく雲に覆われているのだろう。
 空にかかる雲は、厚くはないようだ。完全な闇夜というわけではなく、雲を通してわずかだが明かりが感じられた。
 そんな夜の闇に、やっと目が慣れた沼田又太郎は、万里小路にある土岐頼益の屋敷に忍び込んだ。
 すでに意は決していた。満貞と三郎次郎が訪れたあの日の翌日に、早速又太郎は、石清水八幡宮へ詣でて、己の武運を祈った。仮に失敗したしても、無様な死に様にはならないように、とも願ったのである。合わせて、故郷で静かに暮らす父母へ、先立つ不幸をこっそりと詫びた。
 夜が明けると、家人のうちこころ効いた者には、あらかじめ意を含めて美濃国へ帰した。その他の者や、召し使っていた下人と婢には、明日戻らなければ好きにするように命じてあった。
 もはや心迷うものは何もなかった。気持ちの定まった又太郎は、むしろすっきりとした思いで土岐頼益の屋敷に忍び込んだのだった。
 勝手の分からない他人の屋敷にやや戸惑いながらも、又太郎はなんとか頼益の寝所と思しき建物に近づいた。あらかじめ早希が裏の戸を開けておいてくれたのと、頼忠の遠出に家人が従ったのとで、警備が手薄になっていたのも幸いした。
 思えば満貞は、決して良い主君ではなかった、と思う。もし、面と向かって言えるものであれば、言いたいことは山ほどあった。
 だが、父から美濃国の所領を相続したときに、満貞は、快く安堵してくれたのである。元服して初めて京の屋敷で対面したときも、
 ――親父のように励めよ。
 と、暖かな声を掛けてくれたのである。
 己の意が決したいま、腹の立つ思い出ではなく、情け深い思い出のみが、回り灯籠のように淡く蘇ってくるのはなぜだろうか。又太郎は、そんな自分に戸惑いを覚えていた。
「いかん」
 感傷に流され過ぎている。と気づいた又太郎は、気持ちを奮い立たせるように、
(大丈夫だ。必ず成就する)
 己に言い聞かせて、静かに寝所に忍び入った。
「居る!」
 闇の中で夜具が、こんもり盛り上がっているのがはっきりと分かった。頼益が寝ているものと思われた。熟睡しているのか、寝息一つ聞こえない。
 そっと近づいた又太郎は、静かに太刀を引き抜くと逆手に持って、夜具の上からぶすりと頼益に突き立てた。手応えが太刀を経て伝わってきた。
「やった・・・・」
 だがそれは、主人の命を果たした歓喜ではなかった。恋しい女を裏切ってまでも果たさなければならない、己と運命とに対する哀愁とでもいったら良かっただろうか。
「うん・・・・?」
 ふと、又太郎は不審を感じた。
 そのとき、勢いよく左右の戸が蹴破られた。
「曲者め!」
 口々に呼ばわって、灯りが差し出された。
 突然の灯りに又太郎は、目がくらんで何が起きたのかよく分からなかった。とっさに両手で顔を目を覆った。
「お、おのれは沼田又太郎!」
 驚愕の声の主は、長井掃部介と思われた。その声には聞き覚えがあったが、やや震えているように思われた。
 又太郎は答えられない。すまない、と詫びて、目が慣れたら見事に腹割っさばいて償おうぞ、と心の内で思ったとき、
「わっはっはは」
 破鐘のような大笑が部屋に響いた。掃部介のものだった。
「土岐満貞の家人沼田又太郎。殿の寝所に忍び入るとは、大胆不敵な奴。観念せい」
 そして声高に呼ばわった。
 ようよう灯りに目が慣れた。又太郎が四囲を見回すと、小具足姿の池田家の郎党たちが取り巻いていた。指揮しているのは、紛うことなくいかつい面立ちの長井掃部介だった。「卑怯者は、やはりうつけ者よな」
 掃部介の憎々しげな言葉に、
「まさか!」
 はっ、として又太郎は夜具をぱっと引きのけた。
「あっ・・・・!」
 何とそこにあったのは藁束を丸めたものだった。
「しまった! 図られた・・・・」
 驚愕と慚愧でくらくらと目眩がする。しくじった、という無念さが強く込み上げてきた。
「満貞どのが刺客を放ったという噂は、真のことだったようだの。それもまさか、沼田又太郎とは。残念だの」
 残念、とは言ったが、長井掃部介の口調には、そのような情は込められていなかった。 見抜かれたか、と思ったとき、宿直の手薄さが理解できた。謀ったつもりが謀られていたのである。
(早希!)
 はっとして、又太郎は早希のことを思った。
 先日の下人の使いでは、屋敷から連れて逃げて欲しい、そのために裏の戸を開けておく、と言付けてきたのである。いまの自分は、早希の願いを叶えるどころか、逆に大きな迷惑をかけていることになる。
「はっはっは。まさかこの前の下人の言葉を真に受けてはおるまいの」
「なに!?」
「早希どのがそなたと逃げるなどあり得ぬこと。それがしの嫁になる女子ゆえな。これで早希どのも沼田又太郎なる男は、主君を狙う大悪人だということが分かったことであろう」
 掃部介は哄笑した後で、薄ら笑いを浮かべたまま憎々しげに言った。それは嘲弄といってもよいものだったが、冷静さを失った又太郎は、そこまで思い至らなかった。
(まさか、あの下人さえ謀であったとは・・・・)
 又太郎は愕然として言葉も出ない。
 先日訪ねてきた三郎次郎という者の顔が思い起こされた。皺の深い赤黒い顔であった。六十を過ぎていたように思う。実直な翁という感じで、まさかその者が虚報をもたらすとは、夢想だにしないことであった。うまうまと騙された己の浅はかさに無性に腹が立った。
「刺客を放つ卑怯な主君に臆病な家臣、いや闇夜に一人忍んでくるところを見ると臆病風はやんだようだの。だが、女子の手引に乗じて事を果たそうなどとは、いかにも卑怯者に相応しいことだて。いまにして思えば、念流の兵法を習うたのも刺客の用を足すためであったか。そのような者とともに学ばなくて良かったわ。念流の兵法とは刺客の兵法か。うわっははは」
 掃部介の高笑が寝所に響いた。
「言うな。確かに卑怯な仕儀とはいえ、こちらにも子細あってのこと。それに、此度のことに御師匠は関わりはない。師の悪口は許せぬ」
 掃部介のさらなる挑発の言葉を聞いて、もはやこれまでと、又太郎は覚悟を決めた。
「ふっ。子細だと、主も主なら家人も家人よ。そろいもそろって卑怯者揃いよ」
 愛しい女を裏切る結果となり、主君の命も果たせなかったのである。このままおめおめと生き恥をさらすのは口惜しい。ここまで侮辱した長井掃部介を斬って、潔く自分も死のうと思い定めた。そうしなければ己の武士の道が立たない。
「おのれ!」
 又太郎は、激しい怒りに身を焦がしながら、すっくと立ち上がった。素早く辺りを見回すと、手にした太刀を振り回した。郎党たちがひるんだ一瞬の隙をついて寝所を出た。
「何をしておる。それっ、討ちとれい」
 掃部介の下知で、頼益の家人たちがいっせいに又太郎を追った。
 寝所から回廊を伝って、又太郎は一気に屋敷の中庭に飛び降りた。このうえは武士として恥ずかしくない死に方をするばかりである。
 だが、長井掃部介だけは許せない。早希の名を語り、己を謀るその所行が許せなかった。いったんは潔く身を引き、掃部介と早希の前途を願っただけに、そんな己の愚かさにも腹が立った。
 家人たちが庭に集まってきた。中には弓を構えている者も居る。
「よし。いざや、ここで勝負。長井掃部介、一騎打ちを所望」
 又太郎が呼ばわると、
「この期に及んで、卑怯者が、一騎打ちを所望とは片腹痛いわ。まあよかろう。我が勇姿をとくと見ろ」
 割れ鐘のような声を響かせて、掃部介が並み居る家人を割って前に進み出た。
「誰ぞ、槍を持て」
 掃部介は槍を受け取ると、しゅっ、しゅっ、と一突き、二突きくれてさっと身構えた。 又太郎はすでに太刀を中段に構えている。二年前の黒田の合戦のことが脳裏をよぎった。
 だっ、と掃部介の槍が繰り出されてきた。銀色の毒蛇が、鎌首をもたげて、しゃあっと襲ってくるかのような鋭さだったが、
(見える。見えるぞ!)
 二年前と違って又太郎の目は、槍の穂先をしっかりととらえていた。あのときと違って太刀で受ける必要はなかった。身に届く直前でふっと槍先をかわすだけでよかった。
(御師匠!)
 それは、慈恩のもとで積んだこの二年間の修行のたまものであったろう。
 二突き、三突き・・・・。
 又太郎の槍をかわす動作には余裕がある。逆に二年前との違いに掃部介は、戸惑っているように見えた。
 掃部介も聞こえた豪の者だが、やがて、その顔に焦りが現れてきた。
 やっ、と槍を投げつけると、そのまま太刀を抜いて大上段に又太郎に討ってかかった。その太刀の動きは、又太郎の目にくっきりと跡をひいた。
 掃部介の鋭い太刀を寸前でかわした又太郎は、返す刃で深々と喉をえぐった。
 断末魔の声を発することなく、どうと倒れ込んだ掃部介は、そのまま息絶えた。
「よし、これで吾は本望!」
 又太郎が叫んだとき、一瞬の静寂が訪れた。
 だが、すぐに頼益の郎党たちがいっせいに又太郎に迫った。
「これで思い残すことはない」
 もはや又太郎の心にかかることはなかった。襲い来る頼益の家人に対して縦横に剣を振るった。このまま疲れ果てて、首討たれても悔いはない、と思った。


二 受苦の涙

 土岐頼忠の屋敷の中庭は、広くて大きい。植栽も十分で中には桜の巨木もあった。又太郎はそんな中庭を縦横に駆け回り、迫り来る土岐の兵士を振り回して思う存分に暴れ回った。
 又太郎の周りには屍が積み重なっていった。やがて、庭の中程に戻ると、
「どうした。かかってこぬか」
 又太郎は挑発するように叫んだが、誰も討ってかかるものはいなかった。
 ふと周りを見ると、すでに攻めかかる家人の波が止んでいた。遠巻きにして取り囲んだままである。手を出しかねているといった風情であった。
「弓で射ろ!」
 誰かの恐怖に引きつった声が聞こえる。
 中庭は血で染まり、至る所に死体と深手を負った家人が転がっていた。
 顔面をぬるりとした返り血が垂れるのを感じて、又太郎は不意に疲れをもよおした。
「もう良い」
 どうせこのままでは早希に顔向けもできない。あの世で深く詫びたい、と思った。
「存外、臆病者の集まりと見える。やむを得まい。この場で腹かっ切るゆえ、誰ぞ手柄にするがよい」
 又太郎はその場にどっかと腰をおろすと、太刀を逆手に持ち替えた。
 その太刀をまさに腹に突き立てようとしたそのとき、
「待て!」
「待ちや!」
 と、止める甲高い男女の声が同時に響いた。
「殿!」
「お方様」
 取り巻いていた家人たちからいっせいに声が上がった。
 又太郎が止める声のした方を見ると、一目でやんごとき身分と知れる男女が回廊に立っていた。土岐頼益と玉木の方と思われた。
「鬼神のような働きとは、こなたのことを言うのであろう。満貞どのは良き家人をもたれた。殺すには惜しい勇者よ」
 紫地の直垂に侍烏帽子、金地の兵庫鎖の太刀を掴んで立っている人物こそ確かに土岐頼益であった。感に堪えぬと言うふうにしみじみと言う言葉が、なぜか又太郎の心に沁みた。
「沼田又太郎とやら。わらわはそなたと早希が結ばれるのを望んでおりました。かくなったことはあまりにも無念」
「お方さま!」
 玉木の方の悲しげな声を聞いて、又太郎は持っていた太刀を捨て、がっくりと頭を落とした。早希の姿が目前に鮮やかに蘇った。
「沼田さま。差し出た物言いをお許しくださりませ」
 そう言って家人の間から顔を出したのは、いつぞやの三郎次郎という下人だった。
「先日、わっしがお伝えしたことは真実でがす。なぜ、お伝えした通りにしていただけなかったので・・・・。早希さまは・・・・」
 そこまで言って、三郎次郎は、泣き崩れてしまった。
 代わって玉木の方が冷厳とした口調で言った。
「早希は、さきほど小刀で我が喉を突いて自害いたしましたぞ」
「ええっ!」
 又太郎は顔を上げて、真っ直ぐに玉木の方を見た。
「まさか。そんな・・・・」
 信じられぬとばかりに又太郎は首を振った。
「思えば早希も哀れな女。今宵、そなたと二人きりで逃げてくれることをわらわも望んでおりました」
「えっ!」
 まさか、今夜屋敷の裏の木戸を開けておく、というのは、玉木の方も了解のことだったのか。
「しかしながら、この騒ぎを聞きつけて、身の責任を感じたものでありましょう。おそらく、三郎次郎に言付けを頼むところを、掃部介に聞かれたのでありましょうな」
「今宵、掃部介がしきりに寝所換えを進言しておった。その言を入れたればこそ、こうして無事で居るわけだが・・・・。まさか、そなたが刺客であったとは・・・・」
 頼益は複雑な胸中を滲ませた。早希のことは頼益は知らなかったのだろう。
「早希は、情が深く、芯の強い、わらわのような者にもよく仕えてくれた忠義一途な女でありました。そして、このような浅はかな策を仕掛けた掃部介もまた哀れに思いまする。じゃが、そこまで一途な気性でもあったのでしょう。だがのう、沼田又太郎とやら。わらわは女子ゆえに分かるが、今宵のこなたの短慮に、この世で結ばれることを、早希は、諦めたのではあるまいか。こなた、何ゆえにもっと早くわらわのもとを訪ねて来なんだか」 玉木の方は、小袖の袖口で瞼を押さえた。
「わしもそれを待っておった。お方とは別にだ。父上の命があろうと、こなたさえしっかりと申し出てくれれば、わしとて掃部介へよっく言い聞かせることはできたのだ。刺客のこともしかりだ。満貞どののやりようは美濃武士の道を外れている。いつか、身を滅ぼすことになるであろう」
「ああ・・・・。それがしはが浅はかであった」 
 玉木の方と頼益の話を聞いて、又太郎はもはやこの世に思い残すことはない、と思った。
(早希の後を追おう。この世で添えないのであれば、せめてあの世とやらで)
 本当に好き合った男女は、二世を契るという。
 又太郎は、腰刀を引き抜いた。再び腹に突き立てようとしたそのとき、
「うつけ者! 早まるでない」
 頼益の怒声が飛んできた。
「いかにも、待ちゃれ。そなたが死んで、誰が早希の菩提を弔うぞ」
 はっとして、腰刀を持った又太郎の手が止まった。
 玉木の方は、これへ、と三郎次郎を手招きすると、又太郎のもとに束ねた一房の黒髪を扇に乗せて届けさせた。
「それは早希の遺髪と遺品。遺骸はわらわが手厚く葬って進ぜようゆえ、それを早希と思いなして大事にするがよい」
「お方さま・・・・」
 玉木の方の情けある計らいは、又太郎の心に沁みた。
 届けられた早希の遺髪を手にしたとき又太郎の心は決まった。一礼して目前にその遺髪と扇を置くと、返り血の着いた侍烏帽子を脱ぐのももどかしく、持っていた腰刀で自らの髻をばっさりと切った。
「おおっ!」
 ざわめく兵士の声を無視するように、
「向後は早希の菩提を弔って生きて参りまする」
 又太郎は、玉木の方と頼益に向かって深々と頭を下げた。
「うむ。殊勝である。もし叶うならば、我が家人長井掃部介の冥福も祈ってはくれぬか。思えば、かの者も哀れな男・・・・」
 頼益の言を聞いて、又太郎の脳裏に、土岐新次郎の屋敷で長井掃部介と再会したことが鮮やかに思い返された。
 確かに直情の男ではあった。だが、それ故に一度わだかまりがとけると、互いに酒を酌み交わし、胸を開いて夜の更けるのも忘れて楽しく語り合った。友と呼び、慈恩の兄弟弟子としていっしょに兵法修行に励もうとしたのである。
 そのうえ一度は、恋しい女から身を引き、自らその男と結ばれることを願った相手でもあった。運命の悪戯で刃を交えたとはいえ、掃部介もまた女を一途に恋し、忠義に殉じたのも事実である。我が手で斬ったのも何かの因縁ではないだろうか。
 そして、たったいま我が手に掛けた家人たちには、何の罪もないことである。思えば、その家人たちにも恋しい女がいたかもしれない。家では今日も帰りを待つ妻や子や父母が居るかもしれないのである。いや、間違いなく居るだろう。
 今日のこの始末は果たして誰のせいなのか。紛うことなく手に掛けたのは己であり、自分の学んだ兵法ゆえであった。その事実は、厳然として又太郎の目前にある。自分はその全てを受け入れなければならないのではないか。
 この場で腹を切ることは容易い。生きて、生き続けて死者の菩提を弔い、自らの罪を償うことは遠く、長く、苦しい道のりとなるだろう。だが、たとえそれがどんな道であろうとも、それこそが自らが受け入れなければならない運命(さだめ)というものなのではないのか。
 又太郎は意を決した。
「長井掃部介、いやそれがしが斬った全ての家人とともに、掃部介どのの菩提も、早希と合わせて向後厚く弔いまする」
 又太郎は両手を合わせると深く瞑目した。
 晩秋の柔らかな風が、一陣吹き過ぎていった。
 その風に身を任せた又太郎は、暁を払い、長い夜がまさに明けようとする瞬間を五体の内で感じていた。そして、いまはっきりと確信していた。人生とは、詛うものではなく、じたばたと足掻いたりするものでもなく、まして抵抗するものでもない。まず受け入れるべきものである、と。そこから己の成すことを、誠実に純真に行っていかなければならないことを。
 又太郎の両眼から、一条の泪が溢れた。
「よくぞ申した」
 頼益は嬉しそうに叫んだ。そして、
「たったいま、土岐満貞どのの家人沼田又太郎は死んだ。よいか皆の者、この後手を出すでないぞ」
 と、取り囲んだ兵士に向かって呼ばわると、
「法師どの。どこなと去るがよい」
 慈愛の籠もった目を又太郎に向けて、優しく言った。
 合掌したままの又太郎、否、沼田法師の頭(こうべ)が、自然と前に垂れた。

 又太郎のその後は知られていない。わずかに、念大慈恩の高弟中に沼田法師と伝わっているのみである。ちなみに、衣斐丹石軒宗誉の創始になる丹石流は、慈恩の高弟沼田法師を遠祖に仰いでいると伝えられている。
 土岐頼益は、応永二年(一三九五)に父頼忠より美濃国守護職を譲り受け、以後、頼益の子孫が土岐家の惣領となる。頼益は文武に秀でた武将として知られているが、陰に玉木の方の支えがあったであろうことは固くない。
 ちなみに土岐満貞は、明徳の乱に際し卑怯な振る舞い有りとして、明徳三年(一三九二)に尾張国守護職を解任されている。その後の消息は不明である。
                  (了)






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09/25 08:53 「本日のマーケット」(FX編)・・・・朝方、イエレン米連邦準備理事会(FRB)議長が年内利上げが適切との見方を
09/25 08:44 「本日のマーケット」(株式編)・・・引き続き弱含みで推移。直近の安値1万7415円61銭を意識。
09/24 08:37 「本日のマーケット」(FX編)・・・・連休明けの東京時間のドル/円は120円前半を中心にもみ合う展開。
09/24 08:26 「本日のマーケット」(株式編)・・・続落スタート。連休中にNYダウが軟調に推移。
09/20 10:55 〈助太刀兵法45〉北斎蛸踊り(7)(無料公開)
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