もはや使い物にならない宰相? | |
[日本の政治] | |
2020年8月22日 17時6分の記事 | |
昨日の本ブログ「もはや使い物にならない宰相?」(2020年8月21日)の続きです。 「もはや使い物にならない宰相?」(2020年8月17日) (※ 本記事は掲載から1週間が経つと有料記事になります)
死せる孔明、生ける仲達を走らす 三国志、五丈原での闘いでの有名な一節です。この闘いは赤壁にならぶ有名な場面です。五丈原で蜀の諸葛孔明と魏の司馬懿仲達とが対峙、仲達は色々な策を弄して孔明に挑みますが、ことごとくやられてしまい、結局、何もしない持久戦を選びます。そして、五丈原の闘いは膠着状態になるのですが、死期が迫っていることを悟った孔明は、孔明死しても全軍を安全に撤退させる策を部下に授けるわけです。撤退はとにかく危険であるので、トップである孔明自身がなくなった時の全軍撤退で、全軍を無事に帰還させることが最大の問題であったわけです。 そして、孔明がなくなる。仲達は孔明が亡くなって蜀軍が撤退したと観て、追撃をしますが、孔明の策で孔明が生きているように見せられて、それまで孔明にことあるごとにやられていた仲達は、恐れをなして追撃を断念するわけです。だから、死せる孔明、生ける仲達を走らす、というわけです。 この孔明の動きには、政治において健康問題は表にださないという古今東西の鉄則があります。政治とは古来そういうものです。トップの病気は、全軍の命運、国家の命運が関わるので何があっても隠し、しっかりと後継者を作って、後を託すわけです。あくまでも、政治では機能しているか、否かが問題なのです。 アベ氏の場合、その健康問題が大々的にメディアに出ているわけで、まさに孔明とはまったく反対なのですが、なんともそこに矜持を感じません。なぜなら、首相がまだ執務をして状態であるのに健康問題の情報が色々なところからかなり詳しく出るというのは、その情報の出本が本人という場合ことと考えられるからです。関係者が口を固く閉ざせば、なかなかこのようなことはわからないものなのです。 そもそも持病があるアベ氏は、本当に病気なら、現在のように健康問題が出るはるか前に、後任に託すのが筋です。それが持病があってそのことで第一次のときに辞めているのに、再チャレンジを温かく受け入れてくれた国民への責任というものです。 とはいえ、アベ氏の動きを観ていると、一種の兵法のようなものをいつも感じます。兵法の基本は虚実なのですが、虚とはウソのことであり、ウソと実を織り交ぜて相手を翻弄し、相手の動きを制し、浪費させたりするわけです。 とは言え、アベ氏の場合は虚実ではなく、単に虚だけなので、実がないわけです。ですから8年以上も政権の座にあるのに何一つ実がないといわれるわけです。実がない、まさに典型的な虚なのです。 さらに本質的な問題は、国民に対して、政治において、この虚実を使っていることです。そもそも虚実は兵法であって、軍事に使うものです。ですので、「死せる孔明、生ける仲達を走らす」ということになるわけです。政治と軍事はまったく違うものなのです。アベ氏はその違いがわかっていないものと考えます。 政治に虚実、それも虚、ウソばかりでは、当然、実はなくなります。そして、それは国民をまさに欺いているということなのです。要するに国民を愛していないということなのです。それは非常にはっきりしているのです。だから、公文書偽造や国会虚偽答弁という嘘が政権において頻発するわけです。 国を愛せと、国民に迫るが、国民を愛さない政治家では単なる独裁者です。これがアベ氏の本性と考えます。右翼とはいつの時代もそういうものです。 しかし、山高ければ谷深し。最長期政権のアベ政権のツケを、これからたっぷりと払うことになるでしょう。 「もはや使い物にならない宰相?」(2020年8月27日)へ続く。 最終編集日時:2020年8月29日 16時21分 | |
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